学位論文要旨



No 122192
著者(漢字) 阿南,圭一
著者(英字)
著者(カナ) アナン,ケイイチ
標題(和) Hoxd13における系統分類群特異的なアラニンリピートの人為的欠損による形態的変化
標題(洋) Morphological Change Caused by Loss of the Taxon-Specific Polyalanine Tract in Hoxd-13
報告番号 122192
報告番号 甲22192
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5055号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 植田,信太郎
 東京大学 教授 諏訪,元
 東京大学 講師 井原,泰雄
 東京大学 助教授 石田,貴文
 東京大学 助教授 河村,正二
内容要旨 要旨を表示する

導入

近年、蛋白質において反復構造をとるアミノ酸配列(単一アミノ酸反復配列;HAAR)が注目されるようになってきた。とりわけアラニン残基の多数連続する配列であるアラニンリピート(pA;論文ではpolyalanine tractと表記)は、病理学的にも関心が高い(図1)。その理由としてpAが原因で起こるヒト遺伝性疾患が、9種類知られていることが挙げられる。pAをコードする塩基配列もまた、(GCN)nという不完全反復配列であり、リピート数の増減させる変異が非常に起こりやすい。よって結果としてpAにおいてはアミノ酸レベルの増大(expansion)、縮小(contraction)といった変化が頻繁に起こる。そして増大・縮小変異に関連して、pAの獲得(repeat gain)、喪失(repeat loss)といった動的な変異も起こる。よってpAなど単一アミノ酸反復配列は、増大・縮小・獲得・喪失という進化的な配列変化によって蛋白質の系統分類群特異性を容易に作り出すことが出来ると考えられる。

それではpAの獲得や喪失などのアミノ酸配列上の進化が、生物の形質進化にどのように関連しているのだろうか。しかし、蛋白質内におけるpAの機能性についての知見は、いまだ乏しい。そこで、本研究ではpAの進化が推進する形質進化についての手がかりを探るために、Hoxd-13について研究を行った。Hoxd-13蛋白質はおもに四肢や外生殖器の形態形成を司っている転写因子である。先行研究から哺乳類のHoxd-13はpAを有することがわかっていた。またこの蛋白質はpAの異常な増大によりヒトおよびマウスの遺伝性疾患を引き起こし、多指合指症という手掌部および足距部の形成不全の原因となる。そこでHoxd-13蛋白質におけるpAの進化と機能を研究することにより、本研究では、pAの獲得および喪失が脊椎動物の形質進化に関与しうるかどうか明らかにすることを試みた。

結果

羊膜類に特異的なpolyalanine tract(pA)

まず脊椎動物Hoxd-13におけるアミノ酸配列の比較解析を行った(図2)。この結果から哺乳類、鳥類などの羊膜類においてHoxd-13はpAを獲得していたが、魚類、両生類においてpAを有しないことがわかった。羊膜類にのみpAの存在が保存されたということは、羊膜類Hoxd-13 におけるpAの重要性を示唆する。

Hoxd-13(ΔA)変異マウスの形態的特徴

Hoxd-13におけるpA獲得喪失の重要性を検討するために、ジーンターゲティングにより、pAコード領域を欠失変異させたHoxd-13(Hoxd-13(ΔA))をもつマウスを作成した。これはマウスHoxd-13においてpAの喪失という進化上の現象を人工的に引き起こしたものと言える。

このHoxd-13(ΔA)変異体で確認された形質について解析する際に、本研究では特に親指に注目した。親指はHoxd-13のノックアウトマウスで関節が全くなくなるなど深刻な異常を引き起こす部位である。そして親指に関する解析の結果、以下に示す通りHoxd-13(ΔA)変異マウスと野生型との間で異なる特徴を発見した。

指骨と中手骨との間には、Sesamoid boneと呼ばれる小さな骨が存在している。この骨の形態を調べてみると、上肢の親指のSesamoid boneでは一つの指に二つあるタイプ(paired type)と一つしかないタイプ(single type)が存在することがわかった( 図3)。そこでHoxd-13(ΔA)変異体の集団と野生型の集団とで数を集計してみると、Hoxd-13(ΔA)変異マウスでは、野生型比べてsingle type があらわれる割合が有意に高いことが明らかになった(図4)。この結果は、Hoxd-13(ΔA)変異が上肢親指の形態形成に影響を与えていることを示唆する。

近交系統の差はSesamoid boneの形態に影響しない

前節の解析において、野生型Hoxd-13、つまり何も処理していないHoxd-13遺伝子を持つマウスにおいても若干single typeが見られた。したがって変異導入以前から存在する遺伝的要素の違いが存在していて、それが骨のタイプ決定に関与している可能性を否定できない。特にマウスの近交系統の差異が影響している可能性が考えられる。特に前節の解析では、Hoxd-13(ΔA)アリルは常に129系統という近交系マウスの染色体から遺伝し、野生型Hoxd-13は常にB6系統に由来している。従ってもともとHoxd-13遺伝子座付近に129系統とB6 系統でSesamoid boneの形質を決める遺伝的違いが存在しているとすると、Hoxd-13(ΔA)の有無にかかわらず元から存在する系統差だけで前節の実験結果を再現できてしまう。

よって、Hoxd-13の系統差の影響を排除し場合でも、Hoxd-13(ΔA)の変異の有無によりSesamoid boneの形態の違いを引き起こすことができるかどうか調べた。方法の要点としては、変異アリルも野生型アリルも、同じ129系統に由来するようにしたマウス同士で比較したことである。そうすることによってHoxd-13が位置する染色体の遺伝的バックグラウンドをそろえることができるので、変異の有無の効果だけを検討できる。実際には、変異Hoxd-13アリルは必ず129系統に由来するので、野生型Hoxd-13アレルも129系統から継承した野生型マウスを作出した。各個体のHoxd-13が、129系統とB6系統のうちどちらの系統に由来しているのか調べる方法として、Hoxd-13遺伝子座付近に存在するマイクロサテライトマーカーD2Mit37を用いることで染色体を区別した。以上のような準備をしてサンプルとなるマウスを用意した上で、骨形態解析をおこなった。その結果、129系統に由来する集団同士でも、Hoxd-13におけるΔA変異の有無でSesamoid boneのタイプ決定の割合が有意に異なることが明らかになった。よってこれらの結果はSesamoid boneのタイプ決定から、系統差の関与を排除できることを示唆する。

Sesamoid boneの詳細な形態解析

次になぜ異なるタイプのSesamoid boneが見られるのかを明らかにするために、詳細な形態解析を行った。Single typeができる原因として次のようなことが考えられる。発生過程で二つのうち一方の骨を失って残った骨の形成が大きく成長してsingle typeとなる可能性と、paired typeの2つの骨が癒合してsingleとなる可能性の2つである。そこでどちらが正しいか検討するために、私はmicro CT解析によってsesamoid boneの内部構造を詳細に調べた(図5)。その結果、single typeの一つの連続した骨の内部には、2つの髄腔と思われる構造が見られることがわかった。髄腔は一つの骨に一つと考えられるので、したがってこの結果は、single typeでは発生過程で2つの骨もしくは軟骨原基形成時の軟骨が癒合していることを示唆している。

考察

単一アミノ酸反復配列の機能性

本研究はpAの獲得喪失をモデル動物により実験的に再現することを試みた。そして以上の解析の結果のとおり、Hoxd-13(ΔA)変異がSesamoid boneのタイプ決定に異常をもたらすことが示された。これはHoxd-13蛋白質におけるpA喪失が形質レベルの違いを作り出す要因となりうることを示す。そして一方でHoxd-13(ΔA)変異遺伝子にとって立場を変えてみると、野生型遺伝子はpAを獲得したアリルと考えることが出来る。よってHoxd-13がpAを獲得した場合も形質に影響があると考えられる。従ってまとめると本研究は、pAの獲得と喪失が形質に影響を与えうることを示唆する。

単一アミノ酸反復配列の獲得喪失の進化的重要性

本研究においては、Hoxd-13についてのみ調べたが、このような機能性を、Hox蛋白質以外の蛋白質に含まれるpAも同様に持っていると考えられる。Hoxd-13と同じく他の蛋白質でもpAは増大変異によって機能の異常を示すので、本来の長さにおいてもそれらpAは機能を持っていると考えられるからである。そして同じことがpA以外の単一アミノ酸反復配列についても当てはまるかもしれない。なぜなら他種のアミノ酸によって構成された反復配列もまた増大変異した状態での機能が、報告されているからである。蛋白質に含まれるすべての反復配列に機能性があると現時点において結論付けることは出来ないが、その候補となる反復配列の数は多い。今回見られたように個々の反復配列の効果は小さくとも、多数の反復配列が蛋白質の機能にかかわっていると考えると、それらのプロオームに対する影響力は無視できないだろう。

単一アミノ酸反復配列については、以前の研究からも増大、縮小という長さの進化における重要性が指摘されてきた。それに加えて本研究から、獲得、喪失についてもそれぞれが形質レベルの進化に関与していることが示唆された。よって、単一アミノ酸反復配列が生物の進化に果たしている役割はこれまで今まで知られていた以上に大きいのかもしれない。今後は、更なる研究により、反復配列獲得喪失の影響がどう分子レベル起こっているのか解明されるべきであろう。

図1 pAとは

図2 Hoxd-13 pAの獲得

図3 Sesamold boneの2つのタイプ

図4 遺伝子型と豆状骨のタイプ別に分けた上肢の数

図5 Micro CTによるSesamoid bone内部の観察

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章からなり,第1章はイントロダクションであり、研究の目的と背景が述べられている。第2章は本研究でもちいた材料と方法が詳述されている。第3章は本研究によって得られた結果が、第4章では結果の考察が述べられている。

 近年、蛋白質において反復構造をとるアミノ酸配列(単一アミノ酸反復配列)が注目されている。とりわけアラニン残基だけが多数連続する配列であるポリアラニンリピートは病理学的にも関心が高い。ポリアラニンリピートの獲得や喪失などのアミノ酸配列上の進化が生物の形質進化に関連しているかどうかの手がかりを探るために本論文では転写因子Hoxd-13について研究を行っている。Hoxd-13蛋白質はおもに四肢や外生殖器の形態形成を司っている転写因子である。先行研究から哺乳類のHoxd-13はポリアラニンリピートを有することがわかっていた。またこの蛋白質はポリアラニンリピートの異常な増大によりヒトおよびマウスの遺伝性疾患を引き起こし、多指合指症という手掌部および足距部の形成不全の原因となる。脊椎動物Hoxd-13におけるアミノ酸配列の比較解析を行った結果、哺乳類、鳥類などの羊膜類においてHoxd-13はポリアラニンリピートを獲得していたが、魚類、両生類においてはポリアラニンリピートを有しないことがわかった。そこで、羊膜Hoxd-13に特徴的なポリアラニンリピートの生物学的意味、特に表現型における影響を検討するために、ジーンターゲティングにより、ポリアラニンリピートコード領域を欠失変異させたHoxd-13 (Hoxd-13(ΔA))をもつマウスを作出している。これはマウスHoxd-13においてポリアラニンリピートの喪失という進化上の現象を人工的に引き起こしたものと言える。Hoxd-13(ΔA)変異マウスと野生型と形態学的比較をおこなった結果、指骨と中手骨との間に存在するsesamoid boneの骨の形態とその発生頻度に有意な違いを見いだした。上肢の親指のsesamoid boneでは一つの指に二つあるタイプと一つしかないタイプが存在するが、Hoxd-13(ΔA)変異マウスでは、野生型と比較して一つしかないタイプがあらわれる割合が有意に高かった。次に、二つあるタイプと一つしかないタイプの内部構造の違いを、micro CT解析によって解析している。一つしかないタイプの骨の内部には2つの髄腔構造が見られた。髄腔は一つの骨に一つと考えられるので、一つしかないタイプは二つあるタイプが融合して生まれたことを示している。また、二つあるタイプと一つしかないタイプの出現頻度は、変異型ホモ個体、変異型ヘテロ個体、野生型、と順になっており、変異型対立遺伝子の量的効果の存在も示唆された。

 本研究はポリアラニンリピートの獲得喪失による影響評価をモデル動物により実験的に検証した画期的な研究である。特に、たった一ヶ所のポリアラニンリピートの欠失だけで表現型へ影響を与えることを示した、知る限り、世界で最初の報告である。哺乳類のHoxd-13蛋白質には哺乳類に特徴的なポリアラニンリピートが複数箇所、存在している。したがって、これらすべての哺乳類特徴的なポリアラニンリピートを欠失させたならば、さらに大きな影響が表現型に現れることが期待できる。さらに、Hoxd-13遺伝子とファミリーを形成し、同様に四肢の形成に深く関与している哺乳類のHoxa-13遺伝子やHoxd-11遺伝子もHoxd-13遺伝子と同様に哺乳類に特徴的なポリアラニンリピートを有しており、これらすべての遺伝子のすべての哺乳類に固有のポリアラニンリピートを欠失した場合に、極めて重大な影響を与えることがさらに期待されることが、本研究によって示された。

 以上,本研究は様々な転写因子上に存在する「ある特定の生物種に固有な単一アミノ酸リピート」の生物学的な意味を世界に先駆けて実験的に検証したものであり、学問的意義は非常に高い。なお,本論文は植田信太郎、吉田進昭、片岡由紀、佐藤充治、市瀬広武、那須信との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって,博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク