学位論文要旨



No 122197
著者(漢字) 西井,かなえ
著者(英字)
著者(カナ) ニシイ,カナエ
標題(和) ストレプトカルプス属(イワタバコ科)に見られる多様な葉の形態形成機構の理解を目指して
標題(洋) Towards the understanding of diversified leaf morphogenesis in Streptocarpus (Gesneriaceae)
報告番号 122197
報告番号 甲22197
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5060号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 教授 加藤,雅啓
 東京大学 教授 平野,博之
 東京大学 教授 塚谷,裕一
内容要旨 要旨を表示する

 植物のシュートは、茎頂の茎頂分裂組織(SAM)における細胞分裂活性により供給された細胞群より構成されている。SAMでは、中心部での幹細胞を維持するような機能とその周辺の細胞分裂活性によりその機能が果たされていることがモデル植物の研究から明らかになっている。ところが、イワタバコ科においてはこの通則から外れる植物が見られる。このような植物群で、シュートの形態形成機構がどのように行われているのか、また相違点はどのようなものであるのかという問題は大変興味深い。私は、イワタバコ科の中でも、特にストレプトカルプス属のシュート形成機構の解析を個体発生学的見地より追跡を行った。これまでの形態学研究により、ストレプトカルプス属の葉は介在分裂組織をもち、継続的に成長する機能を持つシュート様器官であることが示唆されている。また、一生を一枚の葉で過ごす一葉種やSAMを介さずに継続的に葉を形成するロゼット種など、多様なタイプが知られている。発芽直後に片方の子葉が継続的に成長を続け大子葉を形成する現象はストレプトカルプス属に共通に観察されるが、このような過程に対してphyllomorph concept が提出され(図1)、一葉種においてはこの大子葉のみで一生を過ごす。また、それ以降のphyllomorph 形成には、groove meristem(GM)と呼ばれる特殊な分裂組織の関与が示されており、葉器官の性質、発生機構ともにユニークである。そこで、私は一葉植物の大子葉形成過程、およびロゼット種のGMからの葉発生過程に着目し、これを解析して通常の葉形態形成機構と比較することにより、植物の形態形成機構のより深い理解を深めることを目的として研究を行った。

結果と考察

一葉植物の大子葉形態形成機構の解析

 一葉種であるStreptocarpus wendlandiiを材料として、大子葉形成過程を解析した。まず子葉の拡大成長パターンを解析した結果、はじめは双方の子葉が相同に成長し、その後片方の子葉のみが継続的に成長を続けた。この成長は大子葉基部の細胞分裂活性の発現によるものであった(図2A)。形態学的解析により、大子葉基部には、特異的なトライコームの形成、および側脈の形成が観察された。この大子葉形成にかかわる内生因子として種々の植物ホルモンの影響を調べたところ、サイトカイニン類である6-ベンジルアミノプリン添加によって双方の子葉が大子葉化した(図2C-E)。これらの結果、相同成長期から不等成長期への転換に伴い、大子葉基部に特異的に基部分裂組織が形成され分裂活性を維持し、不等成長期特異的な新たな組織が形成され、またその転換はサイトカイニンによって調節されていると推定した。

ロゼット種の葉発生過程の解析

 ロゼット種では、一葉種と同様な大子葉を形成した後、その介在分裂組織GMより継続的に葉を形成する。そこで、この葉の発生過程を解析し、通常のSAMからの葉形成過程と比較した。材料としてはS.rexiiを用いた。葉の発生パターンの解析結果、葉腋に存在するGMより葉が形成され、また新生葉に存在するGMから葉が形成されるという、側生的なパターンを示した(図3)。

 そこで、第一葉の発生過程を解剖学的に詳細に解析したが、はじめ大子葉基部に細かな細胞塊が観察され、膨らみ、次に膨らみの背軸側にトライコームの分化が観察され、背腹性のある葉が形成された(図4)。この結果、ロゼット種の葉発生過程はGM形成期とGMからの葉原基分化期に分けることができた。そこでGMの内部構造と細胞分裂活性を検出するため、BrdUを植物体に取り込ませ、その取り込み部位を検出すると同時に、隣接する切片をトルイジンブルー染色し、小型で細胞質濃度が濃いと考えられているGMを構成する可能性がある細胞を検出した。これらの細胞群の植物体内での位置を確定するため、細胞の位置情報をもとに3D画像を構築した(図5)。その結果、GM形成期にはGMで、葉原基分化期には葉原基を形成する可能性がある部位で活発なBrdUの取り込みが観察された。これらの観察は、まず形態形成中心としてGM形成がおこり、そこから葉原基が分化するという2段階を経て葉が形成されることが示された。また、このGMは葉を形成すると同時にその役割を終え、消滅する可能性が示された。

 GMはSAMと同様、葉の形態形成中心としての役割を担っている可能性が示されたが、最近GMにもSAMの維持に働くSTM遺伝子の発現が認められることがHarrisonら(2005)により示された。そこで、この2つの分裂組織を機能的に比較するため、SAMで機能を持つ他の主要な遺伝子を単離し、GMにおいて解析した。SAMでSTMと同様に分裂組織の維持と分化抑制に関わることが示されているクラス1KNOX遺伝子であるKNAT1、STM、そして、これらの遺伝子と相互作用しつつSAMで器官分化と形態形成にかかわるAS1・RS2・PHAN(ARP)遺伝子群に注目し、これらの遺伝子の発現パターンをin situ hybridizationにより調べた。SKN1(Streptocarpus KNAT1-like)、SPHAN(Streptocarpus PHAN-like)遺伝子を単離し(図6)、発現パターンを解析したところ、これらの遺伝子は大子葉を形成する際に大子葉基部で発現が観察され、その後GM形成部位で、さらに第一葉のGM、basal meristem(BM)、および葉身で発現が確認された(図7)。GMでのSPHAN遺伝子の発現開始時期は、SKN1、STM1遺伝子の発現に比べてやや遅れているように見られたが、ほぼ同時に発現が観察された。これらのSAM機能遺伝子は、GMの形成とphyllomorph形成過程にも機能を持っている可能性が示され、初期の大子葉形成にも重要な働きをしていると考えられる。また、複葉を形成する種ではARP遺伝子群とクラス1KNOX遺伝子群がSAMで同時に発現することが観察されるため、phyllomorphの形成にも類似した遺伝子間相互作用が関与する可能性が考えられる。

イワタバコ科における進化発生学的解析

 イワタバコ科全体においては、異型子葉形成は旧世界イワタバコ科の特徴であり、新世界イワタバコ科には観察されない。S.rexiiでの解析において、クラス1KNOX遺伝子であるSKN1が不等成長期に大子葉特異的に発現していたことから、成長能を持つphyllomorphの性質の付与にSKN1 が関与している可能性が考えられる。そこで、イワタバコ科のそれぞれの形態タイプにおいて葉形態形成過程におけるSKN1遺伝子の発現を比較した。通常のSAMと相同な子葉を持つ新世界イワタバコ科のAlloplectus vittatus、通常のSAMと不等子葉を持つS.glandulosissimus、一葉種のS.grandisを材料として用いた。その結果、大子葉をもつ種においては大子葉基部でSKN1の発現が確認された(図8)。一方、相同子葉を持つA.vittatusでは、RT-PCR解析で子葉への発現は確認されなかった。また、SAM、GMでは、どの種においてもSKN1の発現が確認され、この遺伝子が分裂組織の維持を担っている可能性を示した。これらの結果は、通常SAMで機能を持つクラス1KNOX遺伝子が、ストレプトカルプスおよびその関連属のユニークな葉形成過程に深く関与していることを示唆している。

結論と今後の展望

 ストレプトカルプスの大子葉形成、GMからのphyllomorph 形成過程の解析結果、これらのユニークな葉形成過程に植物ホルモンであるサイトカイニン、また分裂組織の維持に関わるクラス1KNOX 遺伝子が関与していることが示された。近年、SAMにおいてクラス1KNOX遺伝子が制御因子としてサイトカイニン合成を誘導することがわかっており(Jasinski et al. 2005, Yanai et al. 2005)。ストレプトカルプスでもサイトカイニン添加によって双方の子葉にSTMの発現が持続することが示されている(Mantegazza et al. 2006)。このようなことから、SKN1 もサイトカイニンと密接な相互作用をし、大子葉を形成している可能性がある。イワタバコ科の大子葉形成機構は、生態学的にはより多くの光を受けるための適応である可能性がある(Burtt 1970)。予備的な実験により光が大子葉化に必須であることが示されており、光、植物ホルモンであるサイトカイニン、そして形態形成遺伝子のクラス1KNOX遺伝子が相互作用し、大子葉形成が制御されている可能性を考えた(図9)。そこで、今後はこのような大子葉形態形成の制御機構の実態を解明していきたい。

図1.Phyllomorph concept

ストレプトカルプスの葉の形態は、通常の葉とは異なることから、Jongら(1973)はphyllomorphという考えを提示した。Phyllomorphは、葉身を形成するbasal meristem(BM)、葉柄体(petiolode)を形成するpetiolode meristem、そして器官形成に関わるgroove meristem(GM)と呼ばれる介在分裂組織を持つ。

図2.一葉種S.wendlandiiの大子葉成長過程とサイトカイニンの影響A. 発芽後の子葉面積の変化。B. 異型子葉を形成した植物体の透明化観察。大子葉基部に特異的に側脈が観察される(B)。C. アニリンブルー染色によって検出された隔壁の分布。大子葉基部に特異的に分布している。D-F.10-6M 6-ベンジルアミノプリン添加培地で育成すると双方の子葉が大子葉化する。

図3.ロゼット種S.rexiiの葉の発生パターン

大子葉形成後、葉腋に第一葉が形成され(A)その後引き続き側生的なパターンで葉腋に葉が形成される(B,C)。

図4.第一葉形成過程(走査型電子顕微鏡写真)

まず小さな細胞群が大子葉基部に観察され(A)、膨らみ(B)、その一部にトライコームが観察され(C)、葉の形成が起こる(D)。

図5.第一葉形成過程におけるBrdUの取り込み部位とGMの変化

A.相同成長期 B.GM形成期 C.葉原基形成期 D.新生葉

灰色の丸;BrdU取り込み部位黒の丸;GME-F.BrdU取り込み部位(オレンジ)とGM(青)の位置の変化のモデル図、それぞれA-Dに対応

図6

A.得られたSPHAN 遺伝子の推定アミノ酸配列

a.SPHAN

b.PHANTASTICA

(Antirrhinum majus)

B.得られたSKN1 遺伝子部分配列の推定アミノ酸配列

a.SKN1

b.SNAP1(A.majus)

c.SSTM1

図7.第一葉形成過程におけるSKN1遺伝子のin situ hybridization

紫色がシグナル。A.発芽直後の子葉の縦切り切片。双方の子葉基部にシグナルが見られる。B.異型子葉期。大子葉基部にのみシグナルが観察され、小子葉には観察されない。C.GM形成期。GM(矢頭)でシグナルが見られる。D.GMが膨らむ時期には、頂部でシグナルが見られる。E-F.新生葉では基部(E)および葉身(F)でシグナルが見られる。

図8.イワタバコ科の異なる形態タイプにおけるSKN1遺伝子のin situ hybridization

A-C.A vittatus、相同子葉、SAMを持つ。A. SAMの横切り切片。アステリスク;SAM、矢印;側芽B.若い葉の横切り切片D-G. S glandlosissimus、不等子葉、SAMをもつ。D.SAMの縦切り切片E.葉の横切り切片F.異型子葉 H-J. S grandis、一葉種。H. GMの横切り切片 I. 異型子葉 C. G. J. 各形態タイプのスキーム図

図9.大子葉形成機構のモデル図

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、7章からなり、第1章は、イントロダクション、第2章は、全体にわたる材料と方法について、第3章は、Streptocarpus wendlandiiの異型子葉の形成に関する解析で、第4章は、Streptocapurs rexiiの葉形成の発生学的解析について述べ、第5章は、S. rexiiのフィロモルフ形成に際して通常の植物で茎頂働く遺伝子の内Knox-1様遺伝子とARP遺伝子の発現の動態を調べたものであり、第6章は、イワタバコ科全体で茎葉の形成がどのような特徴を持つかについて述べられている。第7章は全体の総括の議論である。

 本論文は、イワタバコ科のStreptocarpus属に見られる茎頂分裂組織を介さない、茎葉の分化を行うStreptocarpus属の植物群の茎葉分化の機構を探った研究についてまとめられたものである。Streptocarpus属の無茎種、有茎種のフィロモルフと名づけられている茎葉を形成する種と、関連するが通常の茎葉形成する種をイワタバコ科から選び出し、それらの茎葉の形成機構を調べた。

 第3章では、無茎種のうちの一葉種S. wendlandiiの異型子葉は、葉基部の基部分裂組織の活性化によってもたらされる細胞分裂により形成され、その領域では形態変化を伴う顕著な構造変化が起こっていることを示した。また、その変化には、植物ホルモンであるサイトカイニンが関わっていることを明らかにした。

 第4章では、ロズレート種S. rexiiにおける葉の形成においては、グルーブメリステムが器官全体の中でどこに位置するかを三次元的に捉えた。また、同時にチミジンアナログであるBrdUの取り込みにより判定された細胞分裂領域についても三次元的構築を行い、両者の相関関係を三次元的的に対応付けた。その結果、S. rexiiの葉の形成がグルーブメリステムからどのように形成されるかを初めて明らかにした。

 第5章では、第4章のデータに基づき、葉の形成に際して転写因子クラス1 Knox1と別のMyb転写因子ARPホモログをS. rexiiより単離し、その発現部位をIn situハイブリダイゼーションで確定した。その結果、モデル植物での結果と異なり、両者の遺伝子は協調的に発現して葉を形成し、形成後はその領域は消滅してしまうという一過的葉形成装置であることを示した。

 第6章では、第5章の結果をより広くイワタバコ科に広げて解析した。即ち、Streprocarpus属の葉形成の代表的な種を取り上げて解析するとともに、旧世界、新世界から代表的な種を選定して葉の形成機構をKnox1とARPの発現パターンで解析して、葉形成の区分けを行った。そこで、特徴的であったのは、旧世界イワタバコ科植物は異型子葉を形成することが知られていたが、異型子葉の形成とKnox1遺伝子の発現が対応して見られることで、新世界イワタバコ科では見られなかった。また、それらの要因を議論した。

 以上の結果は、イワタバコ科に見られる通例と異なる葉の形態形成がモデル植物とは見かけ上異なるが、葉形成に関わる遺伝子では共通性も見られ、葉の形態形成機構全体で理解するうえでの重要な知見を与えた。また、異型子葉形成の背景と進化的側面を初めて明らかにすることが出来た。このようなイワタバコ科の代表種を網羅して行った解析は、初めての知見であり、重要な貢献であると言える。なお、第3章は、桑原明日香、長田敏行との共著、第4章は長田敏行との共著であるが、論文提出者が主体となって、実験、観察および考察をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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