学位論文要旨



No 122202
著者(漢字) 小林,寛基
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヒロキ
標題(和) Six1/Six4二重遺伝子変異マウスを用いたマウス泌尿生殖器形成におけるSix遺伝子の機能解析
標題(洋) Analysis of Six gene function of the mouse urogenital development in the Six1/Six4 double-deficient mice
報告番号 122202
報告番号 甲22202
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5065号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 岡,良隆
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨 要旨を表示する

 発生学の中心的課題は、未分化な器官原基がどのようにして、複雑かつ高度に専門化された組織を形成していくかという点である。遺伝子欠損マウス作成技術の確立によって哺乳動物でのin vivoにおける遺伝子の機能解明が大きく進展し、発生学上の課題の解決につながる遺伝子が明らかになりつつある。しかし、遺伝子の多くは、構造の類似したサブタイプが存在し、ファミリーを形成している。そして、ファミリーの中の他の遺伝子により、機能が補償されている事も少なくない。その為、一つの遺伝子の欠損マウスでは、異常な表現型が生じない場合や、その遺伝子の機能が充分に明らかにされてない場合がある。また逆に、ファミリー内の遺伝子間で、in vitroにおける機能が類似し生体における発現領域が重なっていても、in vivoにおける機能は異なる事もある。そのような場合、対象となる複数の遺伝子を同時に欠損させたマウスを作成し解析することで、in vivoにおける遺伝子間の機能の違いが明らかになったり、新たな機能が発見されたりする事がある。

 腎臓及び性腺を含む泌尿生殖器は、沿軸中胚葉と側板中胚葉の間に形成される中間中胚葉から発生する。哺乳類では、腎臓は間充織の上皮への転換で特徴づけられる三つの段階(前腎、中腎、後腎)をへて発生する。最初に形成される腎臓である前腎は、体節と表皮外胚葉からのシグナルによって分化が開始し、中間中胚葉前方領域の細胞をウォルフ管とネフロンへという上皮組織へと分化させる事で生じる。中腎は、尾側方向へ総排泄腔に向けて伸張したウォルフ管によって、凝集した近傍の間充織に上皮転換が誘導され、ネフロンがウォルフ管にそって連なった中腎細管が形成されることで生じる。最後に、後腎(成体における腎臓)は後肢の後ろ側に位置するウォルフ管の部分から分岐した尿管芽が、凝集した後腎間充織へと誘導されることからはじまる。後腎間充織に引寄せられた尿管芽の分岐と後腎間充織の腎上皮細胞への転換を伴う分化が双方向誘導的相互作用によって連続的に生じる結果、最終的に多数のネフロンからなる腎臓が形成される。

 性腺は、中腎の腹側の側方表面が肥厚化して生じ、中腎に由来する体細胞と尿膜基部の胚胎外中胚葉から腸管を介して移動してくる生殖細胞から構成されている。そして、性腺はあらゆる器官原基の中で、雄性または雌性の二種類の器官を発生しうる性質を有している。つまり、性分化によって両方への分化能を有する一種類の原基から、二つの器官のうちの一方、精巣または卵巣が形成される。Y染色体上に存在するSry遺伝子(sex-determining region of Y)の発現によって、雄の性腺は精巣への分化が確定される。一方、Y染色を有さず、Sryの発現を生じない雌の性腺では卵巣へと分化が進行する。

 Six遺伝子はショウジョウバエにおいて複眼の形成に必要であるsine oculis遺伝子の脊椎動物におけるホモログであり、特定のDNA配列への結合に必要である保存されたシックスドメインとホメオドメインによって特徴づけられている。Six遺伝子は、ヒトとマウスではSix1-Six6遺伝子迄の六種類のサブタイプが同定され、Six遺伝子ファミリーを形成している。Six3遺伝子とSix6遺伝子は主に頭部に発現し、前脳及び目の発生に必須であり、Six5遺伝子は白内障に関係している。また、Six2遺伝子はSix1の下流で、腎形成において間充織の未分化維持に関わっていることが報告されている。

 Six遺伝子ファミリーのうちSix1とSix4遺伝子は、発生期の体節を含め非常に類似した発現パターンを示している。また、Six1とSix4はin vitroにおいて筋形成に関与するmyogeninプロモーターのMEF3サイトに結合し、供転写活性因子であるEyaと結合して、プロモーター活性を正に制御する事が知られている。これらの知見から、Six1とSix4遺伝子は、in vivoで機能的に類似であることが予想された。Six4遺伝子欠損マウスは、骨格筋を含め胚発生において全く異常を示さず、継代も可能であったが、この事は類似した発現を示し、標的遺伝子であるmyogeninの転写を同様に活性化できるSix1遺伝子の補填的機能によって説明できた。しかし一方で、Six1遺伝子欠損マウスは内耳、鼻、胸腺、腎臓、骨格筋といった組織の発生に異常を示した。これらの結果は、Six4はSix1遺伝子の機能的欠損を補えないが、Six1はSix4遺伝子の機能を補える事を示唆し、in vivoにおいてSix1とSix4遺伝子の機能が異なることを示唆していた。

 ところで、腎発生に関してSix1遺伝子欠損マウスは異常を示すが、その表現型には個体間の差が大きいため、Six4遺伝子が機能的に重複している可能性が示唆された。そこで、泌尿生殖形成に関してSix1遺伝子及びSix1/Six4二重遺伝子欠損マウスを解析することで、in vivoにおけるSix1とSix4遺伝子の機能の違い及び、あらたなSix遺伝子のin vivoにおける機能の解明につながると考え、研究を行った。

 私はまず、Six1とSix4は腎形成間充織においても共発現していることを示した。また、腎臓領域においてSix1/Six4二重遺伝子欠損マウスを調べた結果、Six1遺伝子欠損マウスと異なり、全ての個体で腎臓及び尿管が形成されず、それらの原基として発生期の後腎形成に重要な二つの構造体である後腎間充織の凝集及び尿管芽も全く形成されないことが分かり、Six1/Six4二重遺伝子欠損マウスはSix1遺伝子欠損マウスと比べて重篤に後腎形成が阻害されていることが判明した。遺伝子欠損マウスにおける遺伝子発現の変化をin situ hybridization法を用いて調べた結果、尿管芽の引き寄せに関わるGdnf及び腎形成間充織の分化やGdnfの制御に関わるPax2の後腎間充織における発現が、Six1遺伝子欠損マウスでは若干減少しているが、確認されるのに対し、Six1/Six4二重遺伝子変異マウスでは完全に欠失していた。Sall1遺伝子の発現に関しては、Six1遺伝子の欠損だけでほぼ完全に欠失していた。一方、腎形成においてPax2と機能的重複がある事が知られているPax8は、Six1/Six4二重遺伝子変異マウスにおいてのみ発現が欠失していた。以上の結果から、Six1とSix4遺伝子は協調的に後腎発生に関わるが、その機能は同等ではなく、遺伝子発現の制御のレベルで異なる活性を有する可能性が示唆された。一方、中腎領域では、Pax2及びPax8の遺伝子発現の変化は、後腎間充織におけるSix1遺伝子及びSix1/Six4二重遺伝子欠損マウスの結果と同様であったが、中腎細管の形成阻害はPax2遺伝子の欠損だけで引き起こされ得る為、中腎細管の形成に関しては、Six4遺伝子の寄与はほとんどないことが判明した。

 次に、腎臓と同様に中間中胚葉から発生する生殖器に注目して解析を行った結果、Six1/Six4二重遺伝子欠損マウスは、Six1遺伝子欠損マウスと異なり、高頻度に卵巣と子宮を有する雌の個体が確認された。そこで、核型を調べる為にY染色体上にあるSry遺伝子の存在をgenomic PCRにより調べた結果、核型がXY(Sry陽性)であるにも関わらず、雌の生殖器をもって産まれている個体がSix1/Six4二重遺伝子欠損マウスで存在している事が判明した。XY型のSix1/Six4二重遺伝子欠損マウスの性腺の発生期の構造を調べた結果、雄に特徴的である精細管及び内腔上皮下の血管形成が生じていない事が分かった。性腺における遺伝子発現の変化をRT-PCRで調べた結果、Sryの下流で雄化に関わる遺伝子のSox9の発現がXY Six1/Six4二重遺伝子欠損マウスの性腺においても観察された。しかし一方で、Sox9の下流の遺伝子であるMIS、Cyp26b1、P450sccの発現の減少が観察された。さらに、雌化に関わるFstの発現の上昇がXY Six1/Six4二重遺伝子欠損マウスで観察された。これらの事から、XY Six1/Six4二重遺伝子欠損マウスの性腺では、雄への分化ははじまっているが、雄への分化を維持することはできず、雌への分化に切り替わっている事が示唆された。加えて、雌の性腺に特異的に見られる生殖細胞の減数分裂がXY Six1/Six4二重遺伝子欠損マウスの性腺においても確認された。以上の結果から、XY Six1/Six4二重遺伝子欠損マウスでは、雄の雌化が生じていることが示された。なお、この発見はSix遺伝子が雄の性分化に関わる事を示した最初の報告である。

 私は本研究において、泌尿生殖器形成におけるSix1とSix4遺伝子のin vivoにおける機能の違いを明らかにした。さらに、Six遺伝子が腎形成に必須なだけではなく、従来知られていなかった雄の性決定にも関わる事を初めて示した。これらの結果は、腎発生、性分化といった重要な発生現象の解明の新たな糸口となりうるのではないかと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなる。第1章は、Six1/Six4二重遺伝子変異マウスとSix1遺伝子変異マウスをもちいた研究によって初期腎発生の重要な現象である尿管芽の後腎間充織への引寄せにおいて、Gdnfの発現をSix1とSix4が協調して制御することによって腎発生に関わっていることについて述べられている。加えて、Six1とSix4による他の腎形成に必須な遺伝子の制御についても述べられている。まず、Six1とSix4がともに発生期の腎形成間充織に発現している事が確認された上で、Six4遺伝子の欠損によってSix1遺伝子変異マウスの腎臓における尿管及び後腎間充織の表現型が重篤化していることが形態的及び組織学的に記述されている。そして、Six1遺伝子変異マウスと比べ、Six1/Six4二重遺伝子変異マウスでは尿管芽が全く形成されないことに関しては、必須な尿管芽の誘因因子であるGdnfの発現がSix1/Six4二重遺伝子変異マウスにおいてはじめて完全に欠損していることから説明されている。また、後腎間充織におけるSall1やPax2の発現に加えて、あらたに発現が同定されたPax8の後腎間充織での発現がSix1/Six4遺伝子変異マウスによって欠損していることが示され、後腎間充織の表現型の重篤化の一因である可能性についても述べられている。一方で、中腎領域における中腎細管の形成にはSix1遺伝子のみが必須であり、Six4遺伝子との機能的重複がみられないことが組織学的に示されている。さらに、中腎細管におけるSix1依存的Pax2の発現が中腎細管の形成に必須であるという可能性についても遺伝子変異マウスの解析によって示されている。確かに、定性的評価のみで定量的評価がかけている点及び分子生物学的解析が不十分であるという指摘がある。しかし、従来、in vitroにおいてSix1とSix4の機能的研究がされてきたにも関わらず、実際のSix1とSix4の機能の解明は不十分であった中、in vivoにおけるSix1とSix4による機能的類似性及び違いがあることを示している点において十分評価しうると考えられる。本論文の第1章における研究は、Six4遺伝子変異マウスの解析ではin vivoにおける機能が未知であったSix4が、腎発生において機能している事を示した点において新規であり意義があると考えられる。また、中間中胚葉及び、中間中胚葉由来の二つの組織(ウォルフ管と腎形成間充織)に発現しているPax2及びPax8の発現がウォルフ管と腎形成間充織で異なる制御を受けている事が遺伝子変異マウスの解析から示唆されている点においても、初期腎発生における二つの構造体(ウォルフ管と腎形成間充織)の発生の違いを研究する手がかりを与え得ると考えられ意義があると考えられる。加えて、従来のSix1遺伝子変異マウスの腎臓に関する解析において、報告された論文間で結果の齟齬が生じていたPax2及びGdnfの発現に関して、正確な結果を示した点、及び、間違って記述されていた中腎領域における表現型を明らかにした点においてもSixの腎発生における機能の解明において意義があるものにしていると考えられる。

 第2章は、Six1とSix4遺伝子両方を欠損させることで初めて見いだされたSix遺伝子が性腺の雄の性分化に必須であることについて述べられている。まず、Six1/Six4二重遺伝子変異マウスのXY型の性腺において、雄に特徴的な構造が外見上及び組織学的に観察されないことに関して述べられており、加えて、発生期の性腺の雄への分化が切り替わった直後の段階から雄に特徴的な構造変化、及び雄特異的な体細胞(セルトリ細胞及びライディッヒ細胞)への最終的分化が生じていないことについて、形態的またはマーカー遺伝子によって確認されている。雄から雌型の性腺への分化の切り替わりが生じている根拠として、XY型のSix1/Six4二重遺伝子変異マウスの性腺ではRT-PCRによって雌優位の遺伝子であるFstの発現の上昇及び、胎生期には雌の性腺でしか生じない生殖細胞の減数分裂が確認されることから述べられている。確かに、例数が少ない並びに全ての個体が完全に雌化していないという指摘がある。しかし、XX型のSix1/Six4二重遺伝子変異マウスでは雄型化した生殖器は観察されない点及び、XY型のSix1/Six4二重遺伝子変異マウスの性腺に関して異なる複数の観察から示唆されており、Six1及びSix4遺伝子の欠損の結果、性腺の分化が雄型から雌型への切り替わりが誘発されていると考えることができる。本論文第2章における研究は、従来マウスだけでなく他の動物種において全く予想もされていない雄の性腺の性分化に関してSix遺伝子が必須である事を示している上で、Six遺伝子の機能の新側面の解明に結びつく点、ならびに発生学上非常に興味深い性分化という現象の解明に前進を与える可能性がある点において、非常に新しく意義があるものと考えられる。

 なお、本論文第1章は、浅島誠・川上潔・西中村隆一との共同研究であるが、論文提出者が主体となってSix遺伝子の腎臓における機能の分析及び検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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