学位論文要旨



No 122203
著者(漢字) 須澤,佳子
著者(英字)
著者(カナ) スザワ,ケイコ
標題(和) ツメガエル胚発生における細胞運動に対するグルコーストランスポーター1の機能解析
標題(洋) Xenopus Glucose transporter 1 (xGLUT1) is required for cell movement in Xenopus laevis
報告番号 122203
報告番号 甲22203
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5066号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 平良,眞規
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨 要旨を表示する

<背景と目的>

 細胞膜に存在する膜タンパク、グルコーストランスポーター(GLUT)は、細胞内外の濃度差を利用して細胞内に受動的に糖を取り込む促進拡散型の糖輸送体であり、生体へのエネルギー供給と細胞の生存に大変重要な役割を果たしている。GLUTファミリーの輸送体は12回膜貫通型の構造をとり、哺乳類で現在14種が報告されており、それぞれ基質となる糖との親和性や組織への分布特性が異なることが知られている。

 GLUT1はGLUTファミリーの代表的な糖輸送体で、主にグルコースを輸送する。GLUT1は多くの組織に広く分布しており、ヒトでは主に赤血球、脳、胎盤、腎臓、癌化組織などで発現している。ヒトにおけるGLUT1異常は先天性脳疾患や代謝異常、糖尿病、癌などと関連することが報告されている。GLUT1遺伝子の欠損により中枢神経系に重い障害が生じることが知られており、脳を中心とした神経系の細胞がエネルギー源である糖を取り込むためにはGLUT1が必須であり、GLUT1は神経系の発達や神経組織の生存維持に不可欠な因子であることが報告されてきた。しかし、神経系が形成される以前、つまり初期胚発生におけるGLUT1の機能についてはこれまでほとんど研究されてこなかった。

 近年、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)において、GLUT1の相同因子(xGLUT1)が、Activin/Nodalシグナルの下流で発現するという報告がなされた。Activin/Nodalシグナルは、中胚葉を誘導するための重要なシグナル経路であることから、中胚葉形成へのxGLUT1の関与が予想された。本研究において私は、アフリカツメガエル初期発生をモデルに、モルフォリノアンチセンスオリゴヌクレオチド(MO)を用いたxGLUT1の機能阻害実験により、初期形態形成におけるxGLUT1の機能を解析することを試みた。

<結果>

1.xGLUT1のActivin応答と発現パターン

 私はまず、アニマルキャップアッセイにより、xGLUT1 がアクチビン処理によって発現が上昇する因子であることを確認した。次にRT-PCRにより、xGLUT1は中胚葉誘導後である後期胞胚期から発現が上昇し、以後どの発生段階でもほぼ同じレベルの発現を維持し続けることがわかった。またWhole mount in situ hybridizationにより、xGLUT1 mRNAはツメガエルの原腸形成期において、原口上唇部を中心とする背側中胚葉領域に強く発現することが示された。胚内でのこの発現パターンはActivin/Nodal シグナルの下流の因子として知られる中胚葉マーカーであるchdやgscの発現パターンと類似していたことより、xGLUT1と中胚葉形成との関連が予想された(図1A)。さらに、神経板誘導後の神経領域周辺では、中軸中胚葉やそれに接する神経板に(図1B)、また神経管閉鎖後では、神経管の腹側部分にxGLUT1が局在していることが確認された(図1C)。ボディパターン形成が終了した初期幼生期では、xGLUT1 は主に目、セメント線、体節、神経管へ局在することが確認された(図1D)。これらの部位は、哺乳類においてGLUT1の発現が報告されている組織と一致していた。

2.xGLUT1の阻害が原腸陥入運動に及ぼす影響

 原腸形成は、脊椎動物の発生過程に起こるダイナミックな細胞の移動である。原腸形成は中胚葉誘導後に起こり、後のボディパターン形成に非常に重要な役割を担っている。脊椎動物における原腸形成は、主に3つの動きから構成されており、それぞれ、予定外胚葉領域における覆い被せ運動(epiboly)、中胚葉領域の背側帯域で始まる内部移行(invagination)、原腸陥入に伴って伸長する中胚葉領域の収斂伸長運動(convergent extension)と呼ばれている。

 本研究では、原腸胚期に中胚葉領域に局在するxGLUT1の機能を調べるため、xGLUT1に対するモルフォリノオリゴ(MO)を作成し、xGLUT1の機能阻害実験を行った。予定表皮領域、予定内胚葉領域へのMO の注入では顕著な影響が見られなかったが、予定背側中胚葉領域への注入は著しい形態形成異常を引き起こした。背側帯域へMOを注入した胚では、原口閉鎖の阻害と原腸陥入の異常による体軸の縮小、頭部構造の欠損が観察された。組織切片の観察により、MO注入胚から切り出した原口上唇部では、中胚葉壁の肥厚と細胞間隙の増加が観察された。

3.xGLUT1が神経管の閉鎖に及ぼす影響

 収斂伸長運動は、中胚葉領域の陥入だけではなく、予定神経領域の伸長と神経管の閉鎖にも関わることが知られている。xGLUT1の収斂伸長運動への関与を裏付けるため、MOを予定神経領域である背側動物極へ注入した。MO注入胚では、中枢神経系と頭部構造が完全に欠損し、注入部に特異的な神経管の閉鎖阻害が確認された(図2)。以上よりxGLUT1は原腸陥入だけではなく神経管閉鎖期においても収斂伸長運動を通じて胚の形態形成に関与していることが示唆された。

4.xGLUT1の阻害と中胚葉の誘導

 正常な原腸陥入運動が起こるためには、中胚葉の誘導と細胞の移動の制御が正しく行われることが必要とされている。しかしMO注入胚では、コントロール胚と比べて中胚葉マーカーの発現には顕著な違いは見られなかった。またMO注入を行ったアニマルキャップをアクチビン処理したところ、アニマルキャップの伸長は抑制されたが中胚葉マーカーの誘導はMO の影響を受けないことが明らかになった。上記の結果より、xGLUT1の阻害は中胚葉の誘導へは影響せず、細胞の移動に関わることが示唆された。

5.xGLUT1と細胞移動

以上の結果より、xGLUT1が収斂伸長運動に関与する可能性が示唆されたため、私は次に、収斂伸長運動へのxGLUT1の関与の可能性を調べた。収斂伸長運動は、双極化した細胞が横軸方向に相互に入り込むことによって生じる(図3)。まず背側帯域のサンドイッチ外植体を作製したところ、xGLUT1MO は収斂伸長運動による外植体の伸長を抑制することが示された。さらに私は接着培養した背側帯域内の細胞の動きを撮影し、xGLUT1MOによる収斂伸長運動の阻害がどのように行われているかを観察した。コントロール外植体内では切り出し後約4時間で細胞は双極化し、極性に沿った一方向な細胞の移動が観察された(図4A)。一方、xGLUT1 の機能を阻害した胚の原口上唇部では、細胞の極性が消失し、細胞の形は丸いままで、方向性のある移動は観察されず、細胞は一カ所をランダムに旋回するような動きを見せた(図4B)。この結果から、xGLUT1MO注入胚ではxGLUT1の阻害によって細胞の極性と運動性が抑制されていたと考えられる。以上の結果よりxGLUT1 は原腸形成期の背側中胚葉領域において、細胞極性の制御を通じて、収斂伸長運動に必須の因子であることが示唆された。

<考察>

 本研究では、糖輸送に関わる膜タンパクであるxGLUT1がActivin/Nodalシグナルの下流で発現することを示した。さらにxGLUT1がアフリカツメガエル初期発生において原腸陥入時の収斂伸長運動に必須の因子であることを示した。

 xGLUT1が細胞極性を制御するメカニズムについては、2つの可能性が考えられる。一つ目はxGLUT1が糖の取り込みを介して、運動に必要なエネルギーを供給しているという可能性である。収斂伸長運動は大規模な細胞運動であり、膨大なエネルギーを必要とする。過去の知見により原腸陥入が起こる背側帯域は胚内でもとくに解糖が盛んであるとされており、この部位は今回解析したxGLUT1が局在する部位と一致している。またもう一つの可能性は、GLUT1のC末に存在するPDZ結合領域が細胞内骨格や細胞間結合と相互作用することによりWnt/PCPシグナル伝達系に関与する可能性である。動物の発生において、Wnt/PCPシグナル伝達系は収斂伸長運動と深く関わることが知られており、PCP関連因子の多くがPDZ領域やPDZ結合領域を持つことが報告されている。

 これまでGLUT1の研究の多くが神経管の閉鎖後の胚もしくは出生後の個体について行われてきたが、本研究によって、xGLUT1の発現がActivin/Nodalシグナルによって誘導されること、また、MOによるxGLUT1の機能阻害によって細胞極性の異常と原腸陥入の阻害が引き起こされることが示された。これらの結果より、GLUT1は神経管が閉鎖する以前、中胚葉誘導が起こる時期から機能を開始していることが明らかになった。本研究の結果、神経管閉鎖以前の初期胚発生においてxGLUT1は背側中胚葉領域の細胞の極性を制御することで、正常な収斂伸長運動を引き起こし、続く原腸陥入運動を正常に進ませ、さらに、正常な神経管の形成に深く関わっていることが推測された。従来のGLUT1の研究では、臨床学的な観点から糖輸送を通じた神経系の発達についての研究が数多く行われてきた。しかし、本研究では、神経形成期以前の初期胚発生においてGLUT1がボディパターン形成へ関与することを初めて示し、糖輸送に関わる因子と初期発生との間に未知の様々な関連が存在する可能性を提示した。

図1.xGLUT1 mRNAの発現パターン (A)初期原腸胚(B)神経板形成期(C)神経管閉鎖後(D)初期幼生

図2.xGLUT1MO注入により生じた

神経管を欠損した胚(B)と正常胚(A)

sc:spinal cord, so:somite, no:notochord.

図3. 収斂伸長運動における細胞の動き

図4.xGLUT1 阻害による

背側中胚葉領域の細胞極性への影響。

(A)正常胚 (B)MO注入胚

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、細胞膜に存在する糖輸送体、グルコーストランスポーター1(GLUT1)が、初期発生における収斂伸長運動において細胞極性を制御することにより正常なボディパターン形成に関与することを示した論文である。

 細胞膜に存在するグルコーストランスポーター(GLUT)は細胞内外の濃度差を利用してグルコース等の単糖類の受動輸送を行う糖輸送体である。GLUT1は14種類が報告されているGLUTファミリーの代表的な輸送体であり、多くの動物種でほとんどの細胞に存在し、主にグルコースを輸送する。GLUT1のアミノ酸配列は種を超えて高度に保存されており、ヒトにおいては先天性の遺伝子欠損症が多数報告されている。その多くが神経系の発達障害や代謝系の異常を招くことから、GLUT1は神経系の発達や生存の維持に必須の因子であると考えられている。GLUT1は古くから研究が盛んなタンパクであったが、初期発生における発現パターンや機能はほとんど知られていなかった。

 先行研究において、背側中胚葉の誘導を担うシグナル経路であるActivin/Nodalシグナルの下流で発現する因子としてツメガエルにおけるGLUT1 (xGLUT1)がスクリーニングされたため、GLUT1が初期発生に関与する可能性が生じた。そこで論文提出者は本論文の前半で、GLUT1のアクチビン応答を調べ、アニマルキャップアッセイによりxGLUT1の発現がアクチビンの濃度依存的に上昇することを確認している。次に、RT-PCRによりxGLUT1 mRNAが後期胞胚期から発現を開始することを明らかにしている。また全胚in situ hybridizationによりxGLUT1は原腸陥入期においては原口上唇部に、原腸陥入が進むにつれて中軸中胚葉や前方神経板の一部に、神経板形成期には神経板の中央部、脊索、体節に、神経管閉鎖後は神経管の下部と脊索、体節、セメント腺、眼に局在することを示し、GLUT1の発現が中胚葉形成期からすでに始まっていることを明らかにしている。本論文においてはモルフォリノアンチセンスオリゴヌクレオチド(MO)を用いたxGLUT1の機能阻害実験により、xGLUT1の阻害によって著しい頭部欠損と体軸の欠損が引き起こされるが、それらの欠損の原因が原腸陥入の異常によることを示している。さらに、MOを予定神経領域に特異的に注入すると、神経管の閉鎖が阻害され頭部構造が欠失した胚が得られることから、xGLUT1の阻害により原腸陥入運動のうちの収斂伸長運動が影響を受けたと推論している。また、xGLUT1が阻害された胚では中胚葉誘導と原口上唇部の持つ組織誘導能には影響がないことを示し、MOによる原腸陥入異常の原因が中胚葉誘導の異常によるものではないことの裏付けを行っている。

 本論文の後半では、xGLUT1を阻害することにより、収斂伸長運動が阻害され、中胚葉領域の細胞の形状と極性に異常が起きることを示している。はじめに収斂伸長運動に対するxGLUT1阻害の影響を調べるために、原腸胚から切り出した2枚の原口上唇部を張り合わせた外植体を作成し、xGLUT1 MOを注入した外植体では収斂伸長運動によって起こる外植体の伸長が阻害されることを示している。次に、この原口上唇部内の細胞の挙動を詳細に観察するため、接着培養した原口上唇部内の細胞の運動を経時的に観察している。その結果、無処理の原口上唇部では収斂伸長運動に伴い、細胞が双極化し時間の経過ともに一方向の極性を持った細胞の移動が観察されるのに対し、xGLUT1 MOを注入した外植体内の細胞は双極化せず、回転するような挙動を示すことを明らかにしている。

 これまでGLUT1は、糖輸送によるエネルギー供給により細胞の生存を維持し、神経管形成後の個体における神経細胞の生存と発達に貢献するという機能のみが知られていたが、本研究によって、GLUT1が、中胚葉誘導の起こる時期から発現を開始していること、原腸陥入の原動力となる収斂伸長運動において、細胞の極性を制御していることが明らかになった。本研究は、これまで糖輸送能や代謝の方面からのみ研究されていたGLUT1が、正常な原腸陥入、正常な神経管の形成を通じてボディパターン形成にも必須の因子であるということを初めて示した研究となっている。

 なお、本論文は、雪田聡氏・早田匡芳氏・後藤利保氏・團野宏樹氏・道上達男氏・Ken. W. Y. Cho氏・浅島誠氏らとの共同研究であるが、分析及び検証は論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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