学位論文要旨



No 122206
著者(漢字) 橋口,晶子
著者(英字)
著者(カナ) ハシグチ,アキコ
標題(和) ツメガエルの初期発生におけるXTSC-22遺伝子の機能解析
標題(洋) Functional analysis of XTSC-22 gene in Xenopus laevis development
報告番号 122206
報告番号 甲22206
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5069号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 助教授 奥野,誠
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 野中,勝
内容要旨 要旨を表示する

 多細胞生物の発生過程では単一の受精卵が細胞分裂を繰り返して多数の細胞からなる個体が作られる。この過程では細胞分裂と細胞の運命決定、形態形成運動およびアポトーシスなどが複雑に制御されることが必要である。アフリカツメガエルXenopus laevisにおいては初期の卵割(第2卵割-第12卵割)は同調しており、分裂周期はG期を含まない。St. 9以後、G期が現れるとともに形態形成運動が見られるようになる。近年、形態形成に関して細胞分裂の制御が重要な役割を果たすことが知られるようになってきた。例えば最初の大規模な形態形成運動である原腸陥入では、陥入していく中胚葉において特定の時期に局所的に細胞分裂が抑制される。この細胞分裂の抑制が阻害されると細胞の移動に影響が生じる。例としてはSt. 9のbottle cellsやSt. 12-13の中軸中胚葉があげられ、この領域での細胞分裂の抑制はTGF-βシグナルに依存すると考えられている。このように、分裂停止-形態形成という系は原腸陥入の各局面で用いられている。しかしながら、原腸陥入の主要な推進力の一つであるSt. 10の外胚葉においては、この領域特異的に細胞分裂を抑制して細胞の移動を促進するような因子は知られていない。そこで私は、Transforming growth factor-β1 stimulated clone 22 (TSC-22)に着目した。TSC-22はマウス骨芽細胞においてTGF-β1応答性の因子として同定された遺伝子であり、哺乳類ではがん抑制因子として知られている。TSC-22はショウジョウバエの発生において複数の成長因子に応答し、各成長因子が誘導する発生運命の境界を決定することが調べられているが、細胞分裂抑制能に注目した研究は少ない。興味深いことに、TSC-22はマウスの発生過程では受精後6.5日という初期において外胚葉に発現することが分かっている。

 本研究では、初期発生における細胞分裂と形態形成との関係について知見を得る目的でTransforming growth factor-β1 stimulated clone 22 (TSC-22)のアフリカツメガエルにおけるホモログ(XTSC-22)を単離し、機能解析を行った。はじめにツメガエルの初期発生での発現パターンを調べた。この因子は原腸陥入の起こる時期(St. 9)に発現を開始し、その際外胚葉において局所的な発現を示した。モルフォリノアンチセンスオリゴ(MO)を用いてXTSC-22の機能阻害を行った結果、XTSC-22機能阻害胚では原腸陥入の際の原口の閉鎖に顕著な遅延が認められた。XTSC-22がこの時期の外胚葉に発現していることから外胚葉細胞の運動について調べたところ、外胚葉細胞の原口への運動が乱されていることが示された。しかし、whole-mount in situ hybridizationやRT-PCRでは、Xbraやchordinといった中胚葉のマーカー遺伝子の発現に変化は認められなかった。このことからXTSC-22機能阻害胚における陥入の遅延は中胚葉誘導に阻害に起因するものではないことが示された。ツメガエルでは未分化状態の予定外胚葉(アニマルキャップ)を切り出してアクチビン処理を行うと、中胚葉組織を分化誘導して伸長する。XTSC-22機能阻害胚でのこの運動の様子を調べたが、影響は見られなかった。哺乳類のTSC-22はがん抑制因子として知られている。一方ツメガエルの初期発生では、細胞分裂の制御が形態形成における細胞の移動に重要な役割を果たしていることがわかっている。そこでXTSC-22機能阻害胚における陥入の遅延が細胞分裂の異常によるものであるか否かを、抗リン酸化ピストンH3抗体(分裂マーカー)を用いた免疫染色によって調べた。その結果、XTSC-22機能阻害胚においては細胞分裂が亢進していた。一方、XTSC-22をわずかに過剰発現した胚では細胞分裂が抑制されていた。このことからXTSC-22には細胞分裂抑制能があることがわかった。さらにXTSC-22機能阻害による細胞分裂の亢進を、p27Xic1の過剰発現によって抑制することを試みた。p27Xic1はアフリカツメガエルにおける主要な細胞分裂抑制因子である。p27Xic1を導入したところ、XTSC-22機能阻害によって引き起こされた原腸陥入の遅延は見られなくなった。この際、外胚葉細胞の原口へと向かう運動も正常に近い状態になっていた。以上の結果から、XTSC-22は原腸陥入の際に外胚葉に特異的に発現して当該領域の細胞分裂を制御することで原腸陥入運動を調節していると考えられた。ツメガエル胚では、移動する細胞群に特異的に発現してその領域の細胞分裂を抑制することを通じて形態形成を調節する因子が存在する。本研究の結果は、そのような調節機構のうち最初期のものとしてXTSC-22の存在を明らかにしたと考えている。

 哺乳類のTSC-22は転写因子として働き、細胞分裂抑制因子であるp21の発現を上昇させることで細胞分裂を停止させることが分かっている。そこでツメガエルでXTSC-22が細胞分裂を抑制する機構も同様のものであるかを調べるために、XTSC-22機能阻害胚を用いてRT-PCRによる検討を行った。検討の結果、ツメガエルにおけるp21ファミリーの因子であるp16Xic1、p17Xic2およびp27Xic1の発現には変化は見られず、XTSC-22による分裂阻害の機構は哺乳類の場合とは異なっているということが示唆された。そのためXTSC-22の作用機序に関する知見を得る目的で、XTSC-22の欠失変異体を作成して解析を行った。各欠失変異体の細胞分裂抑制能を調べたところ、TSC-boxと呼ばれる領域を書いた変異体では細胞分裂を抑制する能力が弱いことが示された。これらの変異体の細胞内局在を調べた結果、XTSC-22全長や多くの欠失変異体は核に局在していたのに対して、TSC-boxを持たない変異体は核および細胞質で検出された。またTSC-boxのみからなる変異体は、細胞分裂を抑制する能力があることおよび核存在することがわかった。このことから、TSC boxと呼ばれる領域がXTSC-22の核局在に必要であり、これによって分裂が抑制されると考えられた。これを確認するために、TSC-boxを含み核局在する変異体またはTSC-boxを含まず核局在しない含まない変異体に、それぞれ核外輸送シグナル(NES)または核移行シグナル(NLS)を付加して、このときの細胞分裂抑制能および細胞内局在を調べた。その結果、TSC-boxが核に存在しない場合には細胞分裂が抑制されないことが示された。TSC-boxは、TSC-22をはじめとするTSCファミリーに属する分子群で高度に保存されている領域であり、ファミリー因子であるGILZでは他の調節因子(AP-1、Raf-1、NF-κB)と結合する可能性が示唆されている領域である。したがってXTSC-22もこの領域を介して何らかの因子と相互作用している可能性が考えられた。一方過剰発現実験の結果は、XTSC-22には単独で細胞分裂を休止させる活性はないことを示唆した。すなわちXTSC-22を過剰発現しても、St. 9以前には影響は現れず、St. 9以降になってはじめて細胞分裂に異常が生じた。St. 9以前の分裂周期はS期とM期だけから構成されている。一方、St. 9以降の周期はG期を含む通常の分裂周期である。細胞分裂抑制因子p27Xic1はSt. 9以前に細胞分裂を停止させることができるが、これはp27Xic1が分裂周期にG期を導入することによる。このことから、XTSC-22の細胞分裂抑制能は分裂周期へG期を挿入するものではなく、G期を延長することによると考えられた。ここまでの結果から、XTSC-22が細胞分裂を制御する因子と相互作用してその因子の働きを助けるのではないかと考え、XTSC-22と結合する因子の候補を発現パターンなどから選定して相互作用を調べた。免疫共沈降を行った結果から、XTSC-22は分裂抑制因子p27Xic1と相互作用する可能性が示された。このときp27Xic1の近縁分子であるp16Xic2とのあいだには相互作用は見出せなかった。p27Xic1は細胞増殖抑制シグナルに応答して核内へと移動し、そこでcyclin/cdk複合体の働きを阻害する。p27Xic1の調節は主として翻訳後調節によっており、核内での役割を終えたp27Xic1はリン酸化やユビキチン化を受けて核外へと輸送されて分解される。XTSC-22が細胞分裂を抑制する際には核への局在が重要であり、またこの因子がp27Xic1と相互作用することから、XTSC-22はp27Xic1と結合してp27Xic1と共に核内へと移動し、そこでp27Xic1の細胞分裂抑制能を強めるのではないかと考えられた。

 本研究ではXTSC-22は原腸陥入の際に外胚葉特異的に発現して細胞分裂を抑制することで原腸陥入を調節していることを明らかにした。また、XTSC-22による細胞分裂の抑制にはTSC-boxと呼ばれる領域が核局在することが必要であることを示した。さらに、このときp27Xic1が関与している可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はアフリカツメガエルXTSC-22の機能解析について述べた論文である。

 論文の前半部分で、橋口氏はTransforming growth factor-β1 stimulated clone 22 (TSC-22)のアフリカツメガエルにおけるホモログ(XTSC-22)を単離し、初期発生における役割の解析を行った。多細胞生物の初期発生では、細胞分裂が抑制されることが形態形成における細胞移動が起こるために必要である。一方、TSC-22は哺乳類ではがん抑制因子として知られており、マウスの発生ではごく初期から発現している。このことから、TSC-22は細胞分裂を制御することで初期発生における形態形成に寄与する可能性が考えられた。

 モルフォリノアンチセンスオリゴ(MO)によるXTSC-22の機能阻害は、原腸陥入の際の原口の閉鎖に顕著な遅延を引き起こした。この遅延は中胚葉誘導の阻害や中胚葉の収斂伸長運動の異常によるものではなかった。XTSC-22は原腸胚期に外胚葉において局所的な発現を示す。細胞系譜の追跡により、XTSC-22機能阻害胚では外胚葉細胞の原口への運動が乱されていることが示された。このとき、外胚葉では細胞分裂が亢進していた。一方、XTSC-22をわずかに過剰発現した胚では細胞分裂が抑制されていた。XTSC-22機能阻害による細胞分裂の亢進を、p27Xic1の過剰発現によって抑制したところ、XTSC-22機能阻害によって引き起こされた原腸陥入の遅延は見られなくなった。この際、外胚葉細胞の原口へと向かう運動も正常に近い状態になっていた。以上の結果から、XTSC-22は原腸陥入の際に外胚葉に特異的に発現して当該領域の細胞分裂を制御することで原腸陥入運動を調節していると考えられた。

 ツメガエル胚では、移動する細胞群に特異的に発現してその領域の細胞分裂を抑制することを通じて形態形成を調節する因子が存在する。例えば最初の大規模な形態形成運動である原腸陥入では、移動する中胚葉細胞群は細胞分裂を行わない。このとき、細胞分裂の抑制が阻害されると細胞の移動に影響が生じる。しかしながら、原腸陥入の進行に関して中胚葉と同様に深く関与する外胚葉においては、この領域特異的に細胞分裂を抑制する因子の存在は知られていなかった。本研究の結果は、分裂停止-形態形成という関係が外胚葉でも見られることを初めて明らかにした。

 次に橋口氏はXTSC-22が細胞分裂を抑制する機構の解析を行った。哺乳類のTSC-22は転写因子として機能することが分かっている。そこでこの点を検討したが、XTSC-22は哺乳類TSC-22とは異なり、転写因子としては機能しない可能性が示唆された。XTSC-22の欠失変異体を用いた解析を行った。その結果、TSC boxと呼ばれる領域が核に局在することがXTSC-22による細胞分裂の抑制に必要であることが明らかになった。さらに免疫共沈降を行った結果から、XTSC-22は分裂抑制因子p27Xic1と相互作用することが示された。XTSC-22が細胞分裂を抑制する際に核局在することおよびp27Xic1と相互作用することから、XTSC-22はp27Xic1の核内での活動を助ける可能性が考えられた。

 本研究で橋口氏は、XTSC-22が原腸陥入の際に外胚葉特異的に発現して細胞分裂を抑制することで原腸陥入を調節していることを明らかにした。分裂停止-形態形成という関係が中胚葉だけではなく外胚葉にも見られることは、原腸陥入を完了させるためにさまざまな調節機構が存在することを示しており、複雑なシステムである多細胞生物の発生を理解する上で重要な知見である。

 また、橋口氏はXTSC-22による細胞分裂の抑制にはTSC boxが核局在することが必要であることを示すとともにp27Xic1との関わりを示した。乳癌や大腸癌などの上皮性癌ではp27は核外にとどまっているという報告がある。これらの上皮性癌のうちいくつかは、TSC-22の発現が減少していると報告されている癌である。本研究の結果は、これらの癌の増殖にはTSC-22によるp27の調節が関与するのではないかという可能性を示した初めての知見である。

 なお、本論文の前半部分(XTSC-22のツメガエル初期発生における役割の解析)は岡林浩嗣、浅島誠との共同研究である。また、後半部分(XTSC-22が細胞分裂を抑制する機構の解析)は常陸圭介、乾雅史、岡林浩嗣、浅島誠との共同研究である。これらの研究は論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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