学位論文要旨



No 122209
著者(漢字) 村岡,七重
著者(英字)
著者(カナ) ムラオカ,ナナエ
標題(和) 実地震データに基づく鉄筋コンクリート造学校建築の耐震性能評価に関する研究
標題(洋) Evaluation of seismic capacity of reinforced concrete school buildings based on actual earthquake data
報告番号 122209
報告番号 甲22209
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6414号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 目黒,公郎
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 助教授 石原,孟
 東京大学 助教授 岸,利治
 千葉大学 教授 山崎,文雄
内容要旨 要旨を表示する

 1995年兵庫県南部地震では,被害を受けた建物の大部分が1981年以前の基準で設計・施工されたものであることが指摘された。このことから「建築物の耐震改修の促進に関する法律」が施行され,特定建築物の所有者は建築物が現行の耐震基準と同等以上の耐震性能を確保するよう耐震診断や改修に努めることが求められている。なかでも学校建築は,災害時に地域の防災拠点となるケースが想定され,地震後も建物本来の機能維持が求められるため,これらの耐震安全性の確保は急務である。既往の研究では,構造耐震指標Isと被災度を比較して,Isが耐震性能を評価する指標として概ね妥当であることが示されている。しかし,いずれも被害程度の大きい建物を中心とした報告であるので,その地域の全建物を対象とした場合と比較して耐震性能が低い建物の割合が多いと推測される。さらに,損傷レベルの比較的小さな建物や無被害建物を含む全数調査結果をもとに,耐震性能と被害程度を分析した事例や発生確率の高い中程度の地震動における建物被害と耐震性能の関係を分析した事例はない。呉市では2001年芸予地震発生以前に,市内の校舎の耐震診断が終了していたので,全数調査による被害と耐震性能の関係を分析することが可能なった。そこで本論文では,呉市の鉄筋コンクリート(RC)造小中学校校舎を対象に建物群の耐震性能の把握を行い,被害調査を行うとともに地盤特性を計測して問題点の抽出を行った。その結果,建物被害は建物の耐震性能とともに,入力地震動や建物の振動特性の影響が大きいことがわかった。そこで地盤の振動特性を,常時微動あるいは余震記録の2点間のフーリエスペクトル振幅比を用いて,応答スペクトルを推定する。また,応答スペクトル強度を用いて災害対応時の指標としてよく使われる計測震度の推定を行う。さらに,耐震補強前後の建物の振動特性を把握するために常時微動を用いて建物の固有周期を推定し,数値解析の結果と比較する。

 以下に本研究で得られた成果を要約する。

 第1章では,本研究の背景と目的を述べるとともに,関連する既往の研究についてまとめた。 既往のRC造建物の地震被害と耐震性能の関係に関する研究では構造耐震指標ISが耐震性能を評価する指標として概ね妥当であることが示されている。しかし,これらのデータは被害程度の大きい建物が対象で,全数調査から分析した事例がほとんどなく,特に耐震性能の低い建物であった可能性がある。

 第2章では, 2001年芸予地震におけるRC造学校校舎の被害について,校舎群の耐震性能を把握するために,呉市の小中学校の全棟に対し被害調査と常時微動観測を実施し,立地場所による入力地震動の違いを考慮して耐震性能と建物被害の関係について分析を行った。呉市が経験した今回の地震動レベルでは,柱にせん断亀裂が生じた建物のコンクリート強度は極めて低く,壁・柱量とコンクリート強度から推定される見かけ上の耐力が小さいほど損傷の程度が大きい。また同程度の耐震性能をもつ校舎であっても,地盤特性により損傷の程度は異なる。芸予地震では短周期(約0.3秒)の地震動成分が卓越し,建物固有周期と地盤卓越周期がこれと重なるようなところでは耐震性能が高い校舎であっても損傷を受けている。したがって,耐震性能と被害の関係を分析するときには,地盤特性を考慮する必要がある。

 第3章では,地盤条件に応じた入力地震動スペクトルの設定や建物被害と地震動の関係の分析を行うために,余震記録あるいは常時微動を用いた本震の応答スペクトルの推定を行う。また,求められた本震のスペクトルから計測震度の推定を行い,その精度を検討した。常時微動と地震動のH/Vスペクトル比の卓越周期を比較すると,概して常時微動,弱震,強震のH/Vスペクトル比の順にピーク周期の値が長くなる。本震の応答スペクトルは,強震のH/Hスペクトル比から求めるのが最も推定精度が高い。また,弱震のH/Hスペクトル比からもある程度の精度が得られることがわかった。

 第4章では,地盤と建物の振動特性を考慮してRC造学校建築の耐震補強効果を確認するため,常時微動観測によって補強前後の固有周期の変化を検討した。その結果,耐震補強により固有周期が短くなる傾向があり,常時微動と数値解析のいずれからも同様のことが示された。常時微動観測から靭性の向上について把握することは困難であるが,剛性の増大に関してはある程度把握できる。従って常時微動観測をこれまでの耐震診断や数値解析と併用することで,耐震改修の効果を精度よく評価できるものと考える。

 第5章では,本研究で得られた結論をまとめ,研究をさらに発展させるための今後の課題を示した。

 一連の研究から,芸予地震のような中程度の地震動における建物被害は,見かけ上の耐力の影響を強く受ける。そして,入力動,地盤,建物のスペクトル特性が被害発生に関して相互に影響することがわかった。地盤の影響を考慮した入力動を把握するために行った本震の応答スペクトル推定に関しては,強震のH/Hスペクトル比から求めるのが最も精度が高いが,弱震のH/Hスペクトルからでもある程度の精度は得られ,計測震度に関しても同様の結果が得られた。このことから,地震計の設置されていない地点でも,余震観測を行えば,入力動スペクトルを適切に設定することができると思われる。今後は,発生確率の高い地震動における建物被害データの収集とさらなる分析を行うことで,中程度の地震動に対する耐震指標の提案ができるものと考える。また地震動記録を蓄積し,継続的な検討を行うことにより,地盤の非線形化を考慮した地震動スペクトルの推定が可能になるであろう。耐震補強効果の確認については,補強による靭性向上効果の確認ができれば,より精度の高い評価法になると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 旧耐震設計基準で造られた建物の耐震性評価と耐震性の向上は,我が国にとって,現在,緊急の課題の1つである.なかでも学校建築は,災害時に地域の防災拠点となる場合が想定され,地震後も建物本来の機能維持が求められるため,その耐震性の確保は急務といえる.本論文では,実地震による鉄筋コンクリート(RC)造建物の損傷の発生を事前の耐震診断結果と比較し,損傷発生を説明する要因分析を行い,現行の耐震診断手法の問題点を示した.また,建物に対する地震入力を説明するために,余震や常時微動を用いた本震地震動の応答スペクトルの推定法を提案した.また,建物の耐震補強効果について,補強前後の建物・地盤の常時微動観測と数値解析により評価した.

 本論文は全5章から構成されている.

 まず第1章では,本研究の背景と目的を述べるとともに,既往の研究についてまとめている. 既往のRC造建物の地震被害と耐震性能の関係に関する研究では,耐震性能を評価する指標として,構造耐震指標が概ね妥当であることが示されている.しかし,その根拠となっているデータは,被害程度の大きい建物が対象であり,周辺建物の全数調査から分析した事例はほとんどないことが分かった.したがって,評価に用いられた建物が,耐震性能の低い建物であった可能性が指摘さられるとともに,低いレベルの損傷を評価する指標の必要性も明らかとなった.また,建物への入力地震動については,詳細な検討が少ないことが分かった.

 第2章では, 2001年に発生した芸予地震におけるRC造建物の被害を評価するため,呉市の小中学校の全棟に対し被害調査と常時微動観測を実施した.これらの小中学校では,地震の前に全て耐震診断が実施されており,耐震診断結果と実地震被害の関係を全数について比較検討することが可能であった.今回の地震動レベルでは,柱にせん断亀裂が生じた建物のコンクリート強度は極めて低く,壁・柱量とコンクリート強度から推定される見かけの耐力が小さいほど,損傷の程度が大きいことが分かった.また同程度の耐震性能をもつ校舎であっても,常時微動から得られた地盤固有周期により,建物損傷の程度は異なっていた.芸予地震では短周期の地震動成分が卓越しおり,建物固有周期と地盤卓越周期がこれと近似するようなところでは,耐震性能が高い校舎であっても被害を受けていた.したがって,耐震性能と地震被害との関係を分析するときには,入力地震動と地盤特性についても考慮する必要があることが示された.

 第3章では,被害想定における入力地震動の設定や,実被害と地震動との関係の分析を行うために,地盤条件に応じた地点ごとの入力地震動の推定法について検討した.周辺で複数の強震動記録が得られた2003年の新潟県中越地震を対象として,余震記録あるいは常時微動を用いた本震の応答スペクトルの推定を行った.常時微動と地震動のH/Vスペクトル比の卓越周期を比較すると,概して常時微動,弱震,強震のH/Vスペクトル比の順に,ピーク周期が長くなる傾向が見られた.本震の応答スペクトルは,近傍の地震動記録と強震のH/Hスペクトル比から推定するのが最も推定精度が高い結果となった.また,弱震のH/Hスペクトル比からも,ある程度の精度で本震の応答スペクトルを推定できることがわかった.また,求められた本震のスペクトルから,計測震度についても推定する手法を提案し,その推定精度を明らかにした.

 第4章では, RC造学校建築の耐震補強効果を確認するため,補強前後の建物と地盤に対して常時微動観測を実施した.その結果,これらの建物に対しては,建物と地盤の相互作用の影響は小さいこと,また耐震補強により剛性が増加し,固有周期が短くなる傾向が観測された.また,これらの建物の基礎固定3次元モデルによる固有値解析を行った結果,同様に,耐震補強による剛性の増加が精度よく再現された.これらの結果より,常時微動観測の有用性が示され,これをこれまでの耐震診断法や数値解析と併用することで,耐震改修の効果を精度よく評価できるものと考えられる.

 第5章では,本研究で得られた結果をまとめ,研究をさらに発展させるための今後の課題を提示している.芸予地震のような中程度の地震動における建物被害は,見かけの耐力の影響を強く受けること,また入力動,地盤,建物のスペクトル特性が,被害発生に関して相互に影響することがわかった.地盤の影響を考慮した入力動を把握するために行った本震の応答スペクトル推定に関しては,強震のH/Hスペクトル比から求めるのが最も精度が高いが,弱震のH/Hスペクトルからでもある程度の精度が得られた.このことから,地震計の設置されていない地点でも,余震観測を行えば,入力動スペクトルを適切に推定できる可能性を示した.今後は,発生確率の高い地震動における建物被害データの収集とさらなる分析を行うことで,中程度の地震動に対する耐震指標の提案につながることが期待される.また地震動記録を蓄積し,継続的な検討を行うことにより,地盤の非線形化を考慮した地震動スペクトルの推定が可能になると思われる.耐震補強効果の確認については,補強による靭性向上効果の確認ができれば,より精度の高い評価法になると期待される.

 以上,本研究では,入力動の影響を詳細に考慮した鉄筋コンクリート建物の耐震性評価において,極めて有意義な知見を得ており,今後の地震防災力の向上に貢献すると思われる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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