学位論文要旨



No 122222
著者(漢字) 狩野,朋子
著者(英字)
著者(カナ) カノウ,トモコ
標題(和) 二値化データに基づく場所の固有性に関する研究
標題(洋)
報告番号 122222
報告番号 甲22222
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6427号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 教授 加藤,道夫
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、ものの捉え方に関する一つの思考を理論化するもので、ある特定の条件(二値化データ)を用意し、その中で場所の特性をもっとも明確に描き出す=場所の固有性をとらえる方法を、実データを用いて検証していく。

 具体的には、東京都区部の都市空間の用途的な特性を記述する方法について研究を行なう。

 たとえば公園を考えた場合に、そこは土地利用的には公園であるが、緑比率を考慮する場合には緑地であり、また建蔽率を算定する場合には空地となり、周辺の住民にとっては憩いの場となる。このように、ある場所は常に複数の用途に対応している。これは、場所に幾層ものレイヤがかけられていて、利用者はその層の中から適宜、適切な用途を選択して、活用していると解釈される。場所は、様々な機能に対して潜在的な用途をもっているが、既存の地図等の記述、例として土地利用図は、ある場所が明確な境界をもって区別され、区別された場所が特定の用途に対応しているため、明解だが、実在する場所の特性をとらえきれていないように思われる。そこで本論文は、このような潜在的な用途が真の用途であると考え、これを場所の固有性と定義する。

 以下に示す手順で理論を実証していく。

方法1:データの収集

まず、東京都区部を研究対象とし、場所の用途特性を表現している既存の空間データや地図を多数収集する。

方法2:メッシュデータの作成

既存のデータをメッシュ化したメッシュデータを観察すると、互いに相関の高いデータが幾つか含まれる。つまり、同じ構造をもつレイヤが複数内在しているということで、その中で代表的なメッシュデータを候補レイヤとして選定する。

方法3:二値化データの作成

二値化とは、フルカラー画像を白と黒の二つに色分けする画像処理をいう。二つに色分けする際、画像のある特徴が最大限にあらわれる値を閾値とし、その値より大きければ白、それ以下であれば黒と区別される。この処理は、複雑な画像の情報からある特定の情報を選び出し、その情報を最大限に表現する一方、必要のない冗長な情報は切り捨てる処理なので、特性を単純に捉えられるようになる。当然、特性をどれだけ表現できるかは、その場合の閾値に依存する。本研究でも、画像特性を単純に表現し得る二値化データを用いることにする。方法2で選定した候補レイヤを閾値により二分し二値化データに変換する。たとえば、地形データを二分すると、「山の手」と「下町」に分かれることとなるが、二分する為の閾値の決定方法に関しては詳細に検討する。この二値化データを分析用データとし、研究を進めていく。

方法4:二値化データの組み合わせをみる

二値化データの組み合わせにより、たとえば、i)「山の手」でありかつ「地価が高い場所」や、ii)「下町」であり「地価が高い場所」でありかつ「建蔽率が低い場所」などがとらえられる。これらのあらゆる組み合わせを見る方法として、冪集合の理論をもちいる。i)やii)は冪集合の部分集合であり、n層のレイヤからなる二値化データを組み合わせていくと、集合全体は2n個になる。これは、数理的には、二分木の理論に相当するものである。

方法5:属性に基づく情報量の算出

二分木として表現した属性情報は、ビットのオン、オフ(数学では、2進数の数列)として表現されるので、コンピュータの処理に適している。ビットの配列を観察し、オン、オフの数を調べることにより、属性に基づく情報量を算出する。この指標をもとに、場所の類似性や差異性を顕在化させ、東京の固有性をとらえる。

方法6:二値化データの順序と適切な枚数を決定する

二分木には、分類の順序がある。本論文では、二つの極端な例についてシミュレーションを行うことにより、「東京らしさ」を表す合理的な空間分類について考察する。さらに、独立した事象(レイヤ)がいくつくらいあれば場所の固有性を表現できるのかについて触れる。

 本論文は、序、第1〜6章、および付で構成されている。以上で示した方法論と具体的な分析結果は、下記の通りまとめている。

 「序」では目的および論文構成、そして関連研究を示している。

 第1章「基礎概念」は、ものの見方、場所の捉え方に関する既往概念、そして具体的な場所の検索方法を通して研究の問題意識を説明している。

 第2章「定義と仮説」では研究の発端であり、前提となったアイディアを実現する具体的な理論と、その理論を用いることにより想定できる結果を仮説として述べている。まず、冪集合を用いて場所を捉える方法を提案している。既存の地図やゾーニングではある任意の場所が特定の用途に分類されるのに対し、本論文では場所を様々な用途で捉える理論を提示している。実在する場所の特性をより詳細に捉えるための方法である。この方法を用いて東京の土地利用分析を行う場合、考えられる仮設を2つ(意外と少ないレイヤの重なりで再編できることと、組み合わせは限定されたものになること)挙げ、第5章の最後で仮説の照合を行っている。

 第3章「データの作成方法」では、既存の異種多様な土地利用データからメッシュデータを作成する方法について述べている。既存のデータは、様々なフォーマットで作成されているためデータの構造別にメッシュ変換方法を提示している。この方法は既存の異種データを統合する手段の一つとして、地理情報システム、都市計画などの土地利用分析に大きく寄与できると考える。5種類のGISデータを用いて、東京都23区の概ね32km四方の矩形に含まれる約6万haの範囲の土地利用に関わる36種類のメッシュデータ(単位メッシュの大きさは500m×500m)を作成している。これにより、既存のGISソフトウェア等では表示できない膨大なデータを体系的に捉えることのできるデータベースを作成している。

 第4章「データの分析」では、前章で作成した36種類のメッシュデータを相関分析により独立性の高い28種類に減らした上で判別基準法を用いて二値化し、最終的な分析用データを作成している。

 第5章「東京の分析」では、任意の場所を様々なレイヤ(二値化データ)の組み合わせから捉えることにより、東京都区部全体における固有性を描き出している。具体的には3つの分析から固有性を捉えている。i)一つ目はレイヤを組み合わせて発見できる新たな特性を冗長度という指標を用いて分析している。28種類のレイヤの組み合わせは、2(28)種類つまり2.7億個近くあるが、それらの組み合わせを冗長度により評価すると、その値が極端に低いものと高いものがある。満遍なく広がる道路や面状に広がる生産、埋立レイヤは、重ね合わせると新しい情報(地域)が発見できるので冗長度が低いレイヤの組み合わせである。一方、地価や乗降客数、寺社のレイヤは、それぞれ丸の内、新宿、代々木公園など既に場所を特定している特徴的なレイヤで、冗長度が高くなっている。これらの事象は、ひとつのキーワードで東京の特定の場所を連想できる可能性が高い。このように東京のレイヤには、2種類の大きな特徴がある。ii)二つ目は、属性に基づく情報量を定義し、算出した結果を用いて土地利用の活用の度合いという観点から東京の固有性を説明している。丸の内、新宿、銀座、池袋は非常に情報量が高く、28枚のレイヤのうち9-13枚に該当するという結果を導いている。一方、郊外の情報量は低く、3枚以下のレイヤにしか該当しない地域もある。工場や貨物跡地など、比較的大きな敷地があると利用が限定されて単調になりやすいため、土地利用の活用の度合いも低くなり、情報量が低くなる。iii)最後に、二分木の理論を用いることにより、東京にとって重要なレイヤを順序付け、さらに東京(複雑な場所)を説明する際の効率的なレイヤの枚数について分析している。具体的には二つのシミュレーションを行い、エントロピーを指標として順序を決定している。道路、標高、生産、計画道路、地上駅圏域の順にレイヤが取り上げられており、この順序をもとにレイヤを重ねていくと、徐々に冗長度は増え、属性の数も増えていく。本論文できは、冗長度と属性の数を指標として、適切な枚数を判断しており、東京は7枚(ビット)のレイヤで表現することが適切であることを示している。最後に、第2章で提示した仮説(理論)との照合を行ない、特に二つ目の仮説である組み合わせが限定されることを実証できたことを示している。

 第6章「結論と展望」は、全体の総括で、得られた知見と課題そして今後の展望について述べている。

 「付」では、山手線の内側を対象地域とし、異なる単位メッシュ(250m×250m)における分析を加え、手法を再検証している。6枚のレイヤを用いることが、最も効率的であるという結果を示している。また空間データを扱う際に用いたプログラムのリストを掲載している。

 以上、本論文は東京をケーススタディとし、複雑な都市空間を効率的に説明するための適切なレイヤの枚数を求める方法論に力点を置いて執筆している。これらの分析は、あらゆる場所にも適用でき、またものの分類方法あるいは認識過程として一般化されるものであると考えているが、当面は都市解析を行う上で新たな指標の一つとして確立することを目標にしている。

 本手法により場所の理解が深まり、そして都市・建築を行う上での議論材料になれば、幸いである

審査要旨 要旨を表示する

 ある場所は、土地利用図上では特定の色に塗られているが、実際にはその場所を利用する立場の違いにより、さまざまに意味づけられている。公園は、緑地であると共に、空地であり、また、人々の憩いの場であり、同時に災害時の避難場所でもある。場所のもつ多義性に着目すると、そこには活用する立場の相違に基づくいくつかのレイヤが存在し、人々は、その中なら、適宜、自己に都合のよいものを選び、活用しているという構図が浮かび上がってくる。

 本論文は、場所の持つ用途的な多義性に着目し、それぞれの地点が、どのように意義づけられ、活用されているかについてについて研究したもので、場所の固有性が用途の重畳性としてどのように表現されるかについて言及したものである。

 具体的には、東京都区部を対象に、土地の用途特性を表すさまざまな指標を用意し、それらを、二値化データに転換する。こうすることにより、場所を0/1 のビットの配列として表現することができるが、これはグラフとしては二分木を描くことに相当する。こうして得られたデータの組み合わせは理論的には冪集合になるが、実際に現れる組み合わせはそれよりもはるかに少ない。各指標の出現確率に着目すると、それぞれの地点の情報量を計算できるが、この情報量(エントロピー、冗長度など)には、それぞれの土地における用途的な偏在性が反映されていて、それらが場所の多義性や固有性を表出しているものと思われる。本研究は、場所のもつ情報量を分析することにより、それぞれの土地の用途特性を把握すると共に、その最適な表現方法について分析したものである。

 論文は、序、第1〜6章、および付で構成されている。

 序では、本研究の目的および論文構成について述べている。

 第1章の「基礎概念」は、ものの見方や場所の捉え方に関する考察で、近年の認知科学や空間検索などの関連分野について言及している。

 第2章の「定義と仮説」は、場所を二値化したレイヤーの重なりとして捉えることの利点と、その裏付けとなる二分木や冪集合の理論についてのまとめで、分析の結果として予想されるふたつの仮説についても述べている。

 第3章の「データの作成方法」は、本研究で使用したGISデータについての解説で、36種類の用途に対応したデータの作成方法と、それぞれが有する空間特性についてまとめている。

 第4章の「データの分析」は、第3章で作成したメッシュデータに対して、先ず、その独立性をバリマックス法により検証し、その結果として28種類の事象を最終的なレイヤとして選択している。次いで、これらのデータに対して、判別基準法を適用し、二値化データに変換している。

 第5章の「東京の分析」は、情報量の概念を援用した土地利用分析で、複数のレイヤを組み合わせた場合について、どのような組み合わせが適しているのか、あるいは組み合わせる順序はどのようにするのがよいのかなどについて、東京のデータに則して解説し、二値化することの有効性を検証している。その結果として、東京の土地利用を語るには、7つのレイヤで充分であることを示している。また、第2章で提示した仮説との照合を行ない、二値化データを用いることの妥当性について検討している。

 第6章の「結論と展望」は、全体の総括で、各章で行った方法論とその結論をまとめ、同時に今後の展望について述べている。

 最後の「付」は、異なるメッシュサイズを用いた場合の検証で、サイズを小さくすることの有用性について検討している。また、本論で用いたプログラムのリストを掲載している。

 以上要するに、本論文は、場所の用途特性を、従来の土地利用図のように単一の機能に対応させるのではなく、土地を用途の多層構造として捉え、それぞれの場所がいかに多義的に活用され、都市空間において固有な存在になっているかについて分析したものである。この視点は、現実的な都市計画を考えてゆく上でも重要で、場所の持つ複数の用途を顕在化させる効用があり、実務上、極めて有用な示唆に富んでいる。本論では、情報理論を援用して、場所の固有性や、空間特性を分析しているが、二値化データは、土地利用に限らず、さまざまな分野に普遍的に存在している。ここで提示された方法論はそれらに対しても適用可能で、1/0のビットの配列に対して汎用性を有するものである。

 結論のひとつとして東京の用途特性が7つのレイヤ、すなわち、7ビットで表現できるという指摘は、スモールワールドの結果ともよく符合し、都市論としても極めてユニークで、建築計画、建築設計の分野における新たな知見を提示したものとして大いに評価できる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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