学位論文要旨



No 122224
著者(漢字) 山田,義文
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヨシブミ
標題(和) 個性豊かな生活を継続可能な高齢者居住環境の計画に関する研究
標題(洋)
報告番号 122224
報告番号 甲22224
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6429号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では、高齢者の居住に関連する環境に関して、ケア付集合型ホーム、住宅、そして地域公共空間の視点から高齢者や介護スタッフに対する実態調査を通して、高齢者が現行制度の下で安心して、自信の希望に沿った個性豊かな生活を続け得る高齢者居住環境の計画を策定することを目的としている。

■1.研究の背景

 先進諸外国の中でも類を見ないほど、わが国では人口の高齢化が進み続けている。国は、介護保険制度の改正、介護療養病床の廃止を決めた。高齢者の居住環境が十分に整ってない状況下、高齢者にも支援する側にも混乱を招いている。

■2.研究の目的

 高齢者のニーズも多様化している今日、ケアホームの数を増やすだけでは不十分である。活力ある高齢者像の実現、高齢者やその家族の安心、高齢者に対する地域支援の各目標を達成することができる居住環境の計画における望ましい方向性を多角的に考察する。

■3.研究の方法

 ケア付集合型ホーム、住宅、そして地域公共空間の視点から高齢者や介護スタッフに対する実態調査、アンケート調査、そして、各種データの解析及びガイドラインの比較分析等による。

■4.研究の特徴

 北欧諸国は高福祉国として知られている。住宅で継続して居住できる基盤が既に整っているスェーデンやデンマークでは、集合型は主に認知症や重度の介護を要する人が対象とされ、縮小傾向にある。一方、ノルウェーでは在宅ケアの拡充を図ると同時に、居住の場としての集合型ケアホームの計画にも力を入れている。個を尊重し、身体的状況が低下してもできる限り同じホームで生活でき、医療や施設という枠組みから離されて運営されているという点は、先進的である。日本の高齢者ホーム計画に対する提言を行う上で、ノルウェーのケアホームにおける詳細な実態調査の結果を考察の中に用い、新しい見地により研究を行った。

■5.本論分の構成

 本論文は、8章で構成される。

 第1章では、高齢化問題や社会的背景、本研究の目的、方法、論文全体の構成を示している。また、本論文でノルウェーを研究フィールドの一つとした理由を示している。

 第2章では、集合型住宅ケアホームで暮らす高齢者の居住環境の実態を捉える上で、ノルウェーのLife time care home(以下、LTCH)を調査対象とした意義を説明するため、ノルウェーにおける高齢者ケアシステムの特徴を日本と比較して記述している。

 第3章では、LTCHの成立経緯・計画理念・定義と特徴を整理している。その各タイプの中から先進的事例を選定し、諸室の面積配分の分析、平面計画の特徴等を考察している。

 第4章では、LTCHの実測・観察・居住者やスタッフへのヒアリングにより図面では読み取れないインテリア等の装飾、スタッフの労働環境など各ホームの運営方法の現状を記録している。ま、居住者の親族に対して、運営や居住者の暮らしに関するアンケート調査の結果の分析・評価を行い、ホームの向上につながる要素を考察している。

 第5章以降は住み慣れた地域の在宅の高齢者居住環境を扱っている。

 第5章では、人的支援について、調査対象をホームヘルパーの支援と地域住民のボランタリー的な地域通貨システムに焦点を当て、ホームヘルパーの労働環境アンケート調査と地域通貨登録メニューリスト・流通状況分析を基にして在宅高齢者のニーズと人的支援を行う側の現状・課題について考察している。

 第6章では、公的支援制度利用の高齢者住宅改修の現状と課題について、改修データ分析と実態調査を基に考察している。雁木形式の伝統的町家で暮らす、あるいは多積雪で気候条件の厳しい中で暮らす高齢者の実態を調査し、個性豊かな生活を在宅で続けるための改修を限られた予算に対して他の支援制度と組み合わせて活用する方法を考察している。

 第7章では、ケアホームあるいは在宅双方にとって関係のある地域の公共建築物の高齢者利用を円滑にするために配慮されるべき内容について、日本のハートビル法や福祉のまちづくり条例とノルウェーの自治体で自主的に定められているガイドラインを比較して、実際の街中での配慮状況を分析しながら誰もが利用しやすい建築的配慮について多角的に検証している。

 第8章では、3章、4章の施設(LTCH)での調査、5章、6章の在宅調査を総合して個性豊かな生活を継続可能な高齢者居住環境の計画に求められる要素を抽出し、7章の公共建築物への配慮に関する考察結果をあわせて日本の高齢者ホーム計画に対する提言を述べている。

 そして、高齢者ホームと地域を結び付けるための方策について、ケア提供側や住環境計画側双方の働きかけに加えて、居住者である高齢者側からの働きかけ、そして提供、被提供両者からの働きかけ、それぞれに問題点を整理して結論としている。

■6.LTCHの平面的特徴

 LTCHの平面計画においては、次のような特徴が見られた。

1.居住者の安全性を確保した個室を中心とした充分な広さを備えた居室

2.スタッフとの適切な距離関係が取られ、ユニットごとに明快に分散配置された居室

3.アクセスしやすい屋外空間とそれに連動する収納空間が用意

4.居住者の視覚を考慮した特徴ある回廊通路の計画手法

5.居住者の意思によって利用選択できる共有空間の確保

 スタッフに対するヒアリング調査によると、屋外空間の配置を工夫の有無により、居住者が屋外に出る頻度に大差が生じている。

■7.LTCHにおける運営上の特徴と高齢者の暮らしぶり

 LTCHの運営面においては、次のような工夫が見られた。

1.居住者住者の心を和ませる装飾や家具配置

2.プライバシーや個性を尊重しながら居住者が安心して暮らせるように配慮された安全対策

3.スタッフによる魅力的なイベントの開催

 特に居住者が自分の好みで選択して利用できる共用空間の存在は、LTCHの運営上、重要な鍵になっている。共用空間を介して住民同士の交流が生まれ、お互いに自発的に支えあいながら個性豊かに暮らせることに結びついている。

■8.LTCHに対する評価

 親族に対するアンケート調査により検証した。

 大半の親族は、高齢者はケアに特化した旧来の施設よりも、むしろ居住の場としてのLTCHに住むべきであると回答した。デザインや機能面に加え、居室に家具を持ち込むことなど運営面に関する評価も高い。平面計画の工夫により、訪問時、親族が居住者とひと時を過ごす場所も変化に富んでいる。居住者がホームで円滑に居住し続けるには、スタッフだけではなく親族による支援も欠かせず、明確な役割分担が必要である。

■7.在宅高齢者に対する支援

7-1.人的支援

 ホームヘルパーの仕事は、人生経験豊富な高齢矢と関わることで意義深くやりがいがある。しかし、週30人以上支援し、高齢者の死に直面する場合もあるなど精神的にも大変苛酷な労働環境下にある。規定外の支援を依頼されることや、コミュニケーションを図るなどメンタルな面のケアに時間を割けられないことなどが問題となっている。

7-2.ボランタリー的支援

 地域通貨を利用した高齢者支援の取り組みでは既存のサービスとの使い分けに高齢者が戸惑い、支援者に混乱を招いている。地域通貨が流通して登録者同士がお互いに自発的に支えっているという状況は見出せなかった。通貨が運用される前に、登録者同士がお互いのことを良く知ることのできる交流の機会を設けると同時に、登録メニューの細かな更新が求められる。

7-3.高齢者住宅改修

 介護保険制度導入から5年以上過ぎ、都心部では実施件数が着実に伸びている。一方、地方では依然として改修実施体制が整っておらず、制度自体の認知度も低いこともあって利用件数は僅かである。療法士や建築家等の専門家が少ない状況下、身近な工務店が長年見てきた高齢者のライフスタイルから判断して効果的な改修を遂げたり、限られた予算の中で複数の制度を組み合わせて居住環境の向上を実現させたりする事例など、都心部では見られない良さもある。

■8.国際比較による公共建築物における高齢者・障害者への配慮手法に関する考察

 高齢者・障害者が公共建築物を円滑に利用できることを目指して策定されたガイドラインを国際比較した。ノルウェーでは各諸室内における設計寸法の数値基準を示すことに加え、案内サインや空間の認識性を向上させるために色彩のコントラストや照明を使ったよりきめ細かな配慮が掲げられている。1つの部位に複数の配慮事項を組み合わせている手法が特徴的である。

■9.個性豊かな生活を継続可能な高齢者居住環境の計画へのおける展望と課題

9-1.日本の高齢者ホーム計画に対する提言

 現行制度の下で、日本の高齢者ホームの向上を目指すためには、入居コストと家の管理、居室に求められる要素と共有室に求められる要素、好みに応じて選択できる空間の配置、ケアホームの区分の見直しの必要性、デイサービス部門の位置付け、そして地域交流スペースの拡充またはそれに替わる交流の場の各問題から優先して検討されているべきである。

9-2.高齢者ホームと地域を結び付けるための方策

 高齢者ホームと地域を結び付け、高齢者が個性豊かな生活を継続させるには、支援する側からから高齢者への働きかけに加え、高齢者から地域へ、そしてその両者相互に働きかけ合うということが求められている。

 以上のように本論文は、高齢社会において居住施設、在宅、そして地域の公共施設それぞれと、日本とノルウェーのケーススタディーを通して、分析を行い、また管理運営側や地域住民の視点も入れて、今後の自立的に選択できる個性豊かな高齢者居住環境のあり方について提案した。高齢者施設に関する問題がさまざまな点で表面化しているわが国の現状で、実地調査に基づいた分析により問題の構造を究明して基本的な知見を示した論文である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、高齢者の居住に関連する環境に関して、ケア付集合型ホーム、在宅、そして地域公共空間の視点から、高齢者や介護スタッフに対する実態調査を通して、高齢者が現行制度の下で安心して、自身の希望に沿った個性豊かな生活を続け得る高齢者居住環境の計画を策定することを目的としている。

 本論文は、8章で構成される。

 1章では、高齢化問題や社会的背景、本研究の目的、方法、論文全体の構成を示している。また本論文でノルウェーを研究フィールドの一つとした理由を示している。

 第2章では、集合住宅型ケアホームで暮らす高齢者の居住環境の実態をとらえる上で、ノルウェーのLife time care home(以下LTCH)を調査対象とした意義を説明するため、ノルウェーにおける高齢者ケアシステムの特徴を日本と比較して記述している。

 第3章では、LTCHの成立経緯・計画理念、定義と特徴を整理している。その各タイプ中から先進的事例を選定し、諸室の面積配分の分析、平面配置の特徴等を考察している。

 第4章では、LTCHの実測・観察・居住者やスタッフへのヒアリングにより図面では読み取れないインテリア等の装飾、居住者の暮らしぶり、スタッフの労働環境など各ホームの運営方法の現状を記録している。また、居住者の親族に対して、運営や居住者の暮らしに関するアンケート調査の結果の分析・評価をおこない、ホームの向上につながる要素を考察している。

 第5章以降は住み慣れた地域の在宅の高齢者居住環境を扱っている。

 5章では、人的支援について、調査対象をホームヘルパーの支援と地域住民のボランタリー的な地域通貨システムに焦点を当て、ホームヘルパーの労働環境アンケート調査と地域通貨の登録メニューリスト・流通状況分析を基にして在宅高齢者のニーズと人的支援を行う側の現状・課題について考察している。

 第6章では、公的支援制度利用の高齢者住宅改修の現状と課題について、改修データ分析と実態調査を基に考察している。雁木形式の伝統的町家で暮らす、あるいは多積雪で気候条件の厳しい中で暮らす高齢者の実態を調査し、個性豊かな生活を在宅で続けるための改修を限られた予算に対して他の支援制度と組み合わせて活用する方法を考察している。

 第7章では、ケアホームあるいは在宅双方にとって関係のある地域の公共建築物の高齢者利用を円滑にするために配慮されるべき内容について、日本のハートビル法や福祉のまちづくり条例とノルウェーの自治体で自主的に定められているガイドラインを比較して、実際の街中での配慮状況を分析しながら誰もが利用しやすい建築的配慮について多角的に検証ししている。

 第8章では、3章、4章の施設(LTCH)での調査、5章、6章の在宅調査を総合して個性豊かな生活を継続可能な高齢者居住環境の計画に求められる要素を抽出し、7章の公共建築物への配慮に関する考察結果をあわせて日本の高齢者ホーム計画に対する提言を述べている。

 そして、高齢者ホームと地域を結びつけるための方策について、ケア提供側や住環境計画側双方の働きかけに加えて、居住者である高齢者側からの働きかけ、そして提供、被提供両者からの働きかけ、それぞれに問題点を整理して結論としている。

 以上のように本論文は、高齢社会において居住施設、在宅、そして地域の公共施設それぞれと、日本とノルウェーのケーススタディを通して、分析を行い、また管理運営側や地域住民の視点も入れて、今後の自立的に選択できる個性豊かな高齢者居住環境のあり方について提案しており、高齢者施設に関する問題がさまざまな点で表面化しているわが国の現況で、実地調査に基づいた分析により問題の構造を究明して基本的な知見を示し、建築計画学の発展に大きな寄与をしたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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