学位論文要旨



No 122230
著者(漢字) 謝,宗哲
著者(英字) HSIEH,TSUNG CHE
著者(カナ) シャ,ソウテツ
標題(和) 「分離」と「連結」の概念を用いた都市住居の変遷に関する研究 : 台湾台南市でのスタディ
標題(洋)
報告番号 122230
報告番号 甲22230
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6435号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 教授 藤森,照信
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 村松,伸
内容要旨 要旨を表示する

研究背景と目的

・都市住居は都市で生活する人々にとって最も長い時間滞在する建築の型であり、都市を構成する基本要素でもある。

・都市住居は都市の空間形式を左右し、都市の風格やイメージの決め手となっていると言えよう。

・研究の目的は都市の基本的な構成要素である都市住居を分析し、その空間形式の変容を解明することによって、変遷を見極める。

研究対象

・スタディの対象には、台湾においてもっとも歴史の古い都市である台南市に散在する都市住居を取り上げる。

・1600年代から今までの400年余りにわたって、歴史は浅いが、様々な国に統治され、多層的な都市文脈を形成しているのがこの町の特徴であり、本論文において取り上げた理由でもある。

第一章 住居論-都市住居を考察する認識論として

「住居」について

・生活という中身を忠実に反映する住むための機械である。

・常に社会/世界とインタラクトし、様々な文化的かつ社会的な再生産を果たす社会性をもつ「メディア」であると考えられる。

「個室論」を取りあげる理由

個室という個人空間(individual space)はプライベートな領域かつ完結された個人の生活行為が発生する「中心」的な存在と考えられる。

・都市住居はよく都市という空間を構成するユニットとして捉えるに対して、本論文では都市住居を「個室」と「非個室(連結子1-個室以外の共用空間)」の集合体とみなし、論述の中心とする。

「変遷」に対する見方-個室空間構成における「分離」と「連結」

・「住居」の変遷-歴史/社会の流れにつれて、内部の空間単位は外部からの影響か内なる突然的な変化による「個室空間構成」が見られる相対的「分離」か「連結」の関係と見なす。

「分離」と「連結」の概念を説明するモデル

・「分離的」の定義-連結子が少なくかつ領域深度が浅い状況。

・生活において、独立性が侵害されなく、比較的自由に都市と接触するのを「分離的」とみなす。その反対方向に進む場合は「連結的」であると考えられる。

1 個室を主体とすれば、日常的な空間、例えば廊下、居間、トイレ、食堂、台所、庭などはいわゆる「連結子」となる。

第二章 領域/境界論 都市住居を考察する方法論として

領域論や境界論を考察し、「領域」と「境界」に定義付けを行ない、境界条件論と領域深度のグラデーション・パターンを取り入れ、「領域深度」の策定方法を作成する。

「領域」と「境界」について

について

・領域-壁に囲まれたり、庇に覆われたり、地形(床の段差)によって決定された空間範囲と指すものであると考えられる。

・境界は領域と領域を媒介し、相互の関係を決定づけるインターフェースであり、「何らかの交通を制御するもの」と捉え、領域の間の「閾」として制御する役割をもつものと位置付ける。

「領域深度」と「グラデーション・パターン」について

・領域深度(territorial depth) とはN.J.Habrakenの研究「空間の階層性」による概念である。

・空間領域の内外関係、空間単元の境界、開放/閉鎖の具合などが判明し、都市との接触の度合いが分かる。

第三章 台南市都市住居の変遷の経緯

安平集落、五条港/大街、末広町店舗住宅、崇誨国民集合住宅

第四章 台南市における都市住居の分析

領域深度グラデーション・パターン図に基づいて、各住居の「空間構成図式」として類型化した。

分析結果

a.個室と都市の関係に関して、「連結」の順は、

(個室の領域深度分布から判断する)

安平集落,五条港/大街,末広町,崇誨国民住宅

・都市化の程度によって、個室はだんだんと都市から離れていくという傾向が見える。

b. 個室の間の独立性/分離的な存在という観点から見れば、

結論

・「空間の階層性」という概念に基づき、境界/領域理論を援用し、「領域深度のグラデーション・パターン」という方法で台湾の台南市の都市住居を考察した。

・台湾台南市における都市住居の調査資料を収集し、入手できるデータをもとに、歴史的な都市の発展にそった都市住居のデータシート集を作成した(基本図面、境界及び領域深度の分布など)。

・空間構成を図式化することによって、台南市における都市住居の変容を「個室+非個室」のモデルで記述した。

・「分離」と「連結」の概念を用いて、時間軸にそった台南市都市住居の空間構成の変容を個室空間相互の「分離または独立」/「連結または依存」という視点を軸に、従来と異なる視点から都市住居を読み直す新しい方法を提案した。

今後の課題

・領域深度という概念による方法論に関して、厳密さに欠けているとの指摘も考えられるが、そもそも「領域」という感覚自体が精密かつ容易に定量化されるものではないので、あえて本論文では「定性」的な考察方法を提案した。領域に対するこうした感覚を如何にうまく定量化するかというのが今後の課題であると考えられる。

・都市住居の図式化過程をグラフ理論に基づいて、さらなる洗練されたモデルに作成すること。

論文の内容の要旨における画像

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,台湾・台南市で400年にわたり営まれてきた都市領域の発達とそれに伴う都市住居形式の変遷に関し,住居内の個室相互が持つ連結性に着目し,その境界の強度を定性的に序列化するという手法を用いて,住居構成の骨格的な構造を記述ならびに相互比較し,もって,さまざまにありえる住居変遷の観点に新たな視点を付け加えようと試みるものである.

 論文は序論とそれにつづく5章とで構成される.

 第0章(序論)で論文の視点,構成が概観された後,第一章(住居論-都市住居を考察する認識論として)では,住居をめぐる様々な議論を概観し,基礎事項が整理される.そこで,個人生活の中心的な舞台としての個室が取り上げられ,後の考察の対象として定義される.また,住居形式の変遷を記述するための方法として,個室間の相互関係に関し「連結」と「分離」を両極とする連続的な観察の軸が規定される.こののち,「個室」を空間単位としたスケールで個室間の物理的境界要素に注意しながら,台湾の各時代における典型的都市住宅の構成時に意図された,または意図されないまま他の要因によって生じた個室間の"離合集散"の様態が記述されることになる.

 第二章(領域/境界論-都市住居を考察する方法論として)ではまず,空間に関する諸分野で既になされた領域に関する論考(2-1),および境界に関する論考(2-2)が概観される.ここで特にN.J.Habrakenによる領域深度(territorial depth)の概念に注目し,第一章で提出された「連結から分離に至る各個室間の隔たりの程度」の定性的表現とその視覚化の方法が新たに論じられる.具体的には,close,semi-close,semi-open,openといった境界の強度の程度を「空間の文節」,「障壁の有無」,「障壁の反対側に気配が伝わるか」などといった建築的観点から定性的に設定する方法が提案される.さらに参考値として各境界強度に値を与えている.この値を住居入り口から境界をまたぎ住居の奥に進むに従い加算していくと,住居外部から見た各個室の"領域深度"の概要が表現される.また,この領域深度の相対的大きさに合わせて平面図の各対応部分を濃淡で彩色した図を"グラデーション・パターン"と呼び,後になされる個室間の連結性に関するトポロジカルな関係と実空間との対応を視覚化することとしている(2-3,2-4).

 第三章(台南市における都市住居変遷の経緯)では,ケーススタディの対象となる台湾・台南市の都市化の概要と各時代における典型的都市住居の概説が行われている.台南市は台湾における最も歴史の古い都市であり,沿岸部(西)から内陸(東)への開発過程において,都市の発展軸が明瞭なほか,1600年代から現在に至る400年余りにわたり,様々な国に統治され,生活の観点,住居建設のシステム,いずれの面からも多層的な都市文脈を形成していることが論じられる.本論文では古く沿岸部(西)に所在するものから,新しく内陸(東)に所在するものに向け順に,「安平集落」,「五条港-大街地区」,「末広町(現在の中正路)」,「崇誨国民住宅 等」,の4種を典型例として扱うことが論じられる.

 第四章(台南市における都市住居の分析)では,対象4領域の平面図を基本データとし,領域深度を手がかりとして描いたグラデーション・パターンを参照しながら,個室間のトポロジカルな連結関係やその強度に関し分類が行われる.具体的には,4形式の基本性質として;

安平聚落(1625〜)

 最奥の個室であってもその領域深度が比較的小さい.また個室相互の領域深度はほぼ同じレベルにあり,互いに比較的分離しているといえる.各個室は他の構成員からのプライバシーを侵害される可能性が比較的低く,高い独立性を持つ.

五条港-大街伝統街屋(1697〜)

 最奥個室の領域深度が大きく,これらの都市との関係性は「遠い」ということができる.これは敷地の細長化だけがその理由ではなく,私的居住空間の環境改善のためでもあったと考えられる.一方,個室空間の配置は比較的連鎖した状態になり,個室相互の独立性は十分に保たれない.

末広町店舗住宅(1932〜)

 建物の高層化に伴い,個室空間の配置は接地階から離れ始める.都市との関係が水平から垂直へと切り替わってくる.この形式ではマルチプルユーズの空間の挿入によって,都市との関係性は調整が可能になる.また個室相互は住居内の共用部を介して連結されているため,互に比較的独立な性格を持つことになる.

崇誨國民集合住宅(1980〜)

 領域深度レベルが高いため,都市との隔絶度も高い.一方で個室は住居内部において明確に分離されるため,お互いに独立性を確保することが可能である.

等が論じられ,この4形式の相互の関係として,個室と外部(=都市)の連結性に関しては,それが大きい形式から順に,安平集落,五条港-大街,末広町,崇誨国民住宅となること,個室間相互の独立性に関しては,それが大きい形式から順に,安平集落,崇誨国民住宅,末広町,五條港-大街となることが示されている.

 第五章(結論)では,これらの成果が要約されている.

 以上要するに,本論文は「『分離』と『連結』を両極とする連続的な観察軸で都市住居を構成する各個室相互の関係性をみる」という新規な概念のもと,台湾・台南という特別な都市の住居変遷に関し新たな解釈の可能性を示すことに成功している.具体的には,1)都市の初期的段階,各個住居に面積的余裕が大きい場合の各居室の高い分離性・独立性,2)都市の密集状態が上がり,街路との間口寸法の減少に起因する住居平面の細長化にともなう各居室の連結性・相互依存性の増大,3)日本の統治という設計システムの変更,建築技術の進展に伴う町屋状住居の連結・多層化による連結状構成の端部に新たに分離性の高い居室群が付属するようになること,などであり,換言すれば,「都市生活に重要と考えられる各居室の独立性-連結性の度合いが,都市の密集化の進展による空間的制約の増大と,設計システム・建築技術等の革新との狭間で振動した」,という事実を見出している.その考察の上で4)未だ追求されたことの無い,空間的に豊かな居室相互の連結性を重んじた都市住居構成の可能性,を示唆しており,歴史的空間理解への貢献と共に,将来の都市住居計画に対しても成果をあげている点でも本論文の意義は大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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