学位論文要旨



No 122231
著者(漢字) 挾間,貴雅
著者(英字)
著者(カナ) ハサマ,タカマサ
標題(和) LESとDESによる一開口通風換気特性の解明
標題(洋)
報告番号 122231
報告番号 甲22231
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6436号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 大岡,龍三
 東京大学 助教授 坂本,慎一
内容要旨 要旨を表示する

(本文)本研究は3次元的な空気の流出入性状が詳細に解明されていない単一の開口のみを使用した自然風通風換気時の空気流動特性を解明する為に、Large-eddy simulation(LES)を使用して一つの開口を有する建物壁面を模擬した流れ場の解析を行った。これは、自然通風換気において室内の窓を一つあけて通風換気を行うという言わば「自然通風換気の基本行為」である一開口通風換気における詳細な単一開口の流出入特性に関する知見が殆ど無いことを踏まえての研究である。また、もう一つの研究テーマとして、通風換気解析に対するDESの適用可能性に関する検討を行った。近年、航空機分野においてレイノルズ平均モデル(RANS)とLESのハイブリッド手法であるDetached-eddy simulation(DES)が計算格子増加を抑えつつ高精度に気流場を予測出来る手法として注目され良好な費用対効果を示しており高精度の流れ場予測性能が求められる今日の建築環境工学分野においての適用が期待されるが、計算負荷が非常に大きいLESの代換案として提案するには建築環境工学分野におけるDESの適用可能性を調査する必要がある。複雑流れ場の時空間的な気流特性を高精度で予測する上で必要となる数値気流解析手法であるLESは壁面近傍の渦構造を解像する為に格子数を密に設定する必要があり計算コストの大幅な上昇を招く主因となり工学的応用に制限が生じるが、DES格子数増加問題を壁面近傍においてRANSすることで格子増加を大幅に抑制することが可能になる為、建築環境工学分野において適用可能性が検証されれば、同手法は更なる温熱環境予測精度の高精度化に貢献しうる可能性がある。その為に、RANS/LESの組み合わせに起因する問題が顕在化しうる流れ場として一開口通風換気を選定し、先のLES解析結果と比較することにより、建築環境工学分野に対するDESの適用可能性を検討することを行った。

 まず、一開口通風換気時の単一開口を通した空気流出入特性の検討するため単一の開口を有する建物を模擬した流れ場を対象にLESを適用し、1.基本的な空気流出入特性の検討、2.開口形態と流出入特性との関連、3.流入風性状と流出入特性との関係、の三つ項目について検討し、空気流出入性状の変化を調査した。その結果、以下に示す知見を得た。

 単一開口を通した通風換気において、Cavity流れと同様に自励振動が生ずることが確認された。しかしながら、自励振動を生ずる原因であるfeedbackメカニズムがCavity流れのそれと異なる原因で生じることがわかった。スパン方向及び主流方向に室内外を隔てる"lid"を有し、主にスパン方向の"lid"による速度減速が生じる為に3次元的な流出入特性を示し、その結果、開口近傍において左右の"lid"に起因する主流方向を軸とした渦が周期的に形成されるために、Reynolds stressは開口面に不均一に分布することが明らかにされた。また、主流方向開口長さに相当するスケールを持つ渦が乱流による空気交換を主に担うが、流入風の乱れの存在により大スケールの渦が崩壊し、小スケールの渦による輸送が支配的となり空気交換量が大幅に低下することが明らかにされた。

 次に、通風換気性状解析建築環境工学分野、特に通風換気解析に対するDESの適用可能性を検討するため、先のLES計算を行った単一開口通風換気解析にDESを適用し、LESの計算結果を用いて比較・検討を行った。その結果として、以下に示す知見を得た。

 今回の通風換気解析で対象としたRANS領域で発達した流れがLES領域へと流入する構成のDES計算において、少なくとも速度分布に関しては良好な予測性能を得られることが確認された。しかしながら、流入境界条件に乱れを有する速度分布を設定した場合、開口内に形成されるLES領域において算出されるSub grid scale(SGS)粘性が大幅に減少し、本章で設定した流入境界条件下では1/10まで減少することが明らかにされた。流入風に乱れの無い速度分布を設定した場合、開口に至るまでの壁面上にて境界層は殆ど発達せず乱流エネルギー及びReynolds stressは開口を通過する時点では殆どゼロの値を示したが、その際のDES計算における開口内LES領域のSGS粘性はLESと比較して10倍以上の値をした。流入風に乱れを有する速度分布を設定した場合、通常のLES計算であれば上流側壁面で乱流境界層は発達する。DES計算の場合は壁面近傍においてRANS域を有するLES領域で乱流境界層が発達するが、RANS領域からLES領域にかけての人工粘性は通常のLES計算時と比較して過大算出されるために流れの発達が阻害されるため、この上流域におけるDES計算時のturbulent-frontは通常のLES計算ほど明確には再現されず拡散的な傾向を示すことが明らかになった。既往の研究においてもLES領域でのSGS粘性の過大評価傾向は確認された。しかしながら、DES計算時における開口内LES領域のSGS粘性は、流入境界風に乱れを付与するか否かで大きく変化し、開口部前半においてDES計算はGrid scaleの乱流統計量(乱流エネルギー、Reynolds stress)がLES計算と比較して分布傾向が同じだが低い値で分布しているものの開口の主流方向後半においてLES計算とほぼ同値に回復しているのは、乱れを付与した場合におけるSGS粘性が大きく低下した為であることが明らかにされた。

 DESにおいてRANS/LES領域を決定するのは偏に人工粘性の振る舞いであり、流れ場の特徴は人工粘性の分布により規定され、本研究での解析と同様の流れ場の場合ではある程度の流れの情報量の欠損は避けられない為に計算負荷抑制とLES並の予測性能達成とはトレードオフの関係であり、この領域における流れ場の再現性はLES計算と言うより寧ろ非定常RANS(URANS)に近いと言える。とはいえ、RANS/LES境界において形成される人工粘性は通常のLES計算時のSGS粘性と比較して過大算出されるが非定常現象の再現性を大幅に損なうものではなく、RANS領域を有する上流側壁面で発達する流れはturbulent-front等の乱流情報を保持したままLES領域に流入する為に、上流域の流れ情報が有る程度加されたLES計算が可能となる。したがって、以下の場合であれば良好な予測性能が得られるとことが示された。

・流れ場の非定常性をある程度再現する必要がある場合

・解析において高精度を要求される領域がLES領域に設定される場合

・厳密な上流域流れの再現が必要無い場合

特に第3項に示す様に、ディフューザ内の流れ等、正確な剥離現象を再現する為の上流側壁面における厳密な渦構造の再現性が求められる場合にDESは向かないが、建築環境工学分野においてはそのようなケースは殆どないと考えられるため、従って少なくとも通風換気解析においての適用は問題無いと結論づけられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「LESとDESによる―開口通風換気特性の解明」と題して、□Large-eddy simulation(LES)を用いた一開口通風換気時の空気流動特性の解明、□通風換気性状解析に対するDetached-eddy simulation(DES)の適用可能性の検討をする事を目的としている。

 本論文は、空気の流出入が動的に変化し通風量や流入出の変動特性の詳細が未だ十分に解明されていない単一開口のみを利用した風力による自然通風性状を解明することをその主たる目的としている。この為、流れの変動特性を詳細に解析することが可能なLESを使用してこの流れ場の解析を行い、その性状を明らかにしている。一開口通風換気は、室内と屋外を結ぶ1つのみの開口により室内の通風換気を行うもので、通風のための開口の数が最小限の1つである言わば「自然通風換気の基本」となるものである。しかし、風力により生じる一開口通風は、主として開口面における乱れ性状により通風換気が生じるもので、2開口以上の通風換気が主として平均流の移流により生じているものと異なり、通風量評価が理論に基づいたものはなく、実験に基づいた評価しかないのが現状であった。また開口部の流れの乱れ性状の解析も現状ではほとんどなされていなかった。本論文は、この困難な課題に挑戦し、その性状を初めて詳細に分析したものである。本論文はまた、通風換気解析に対するDESの適用可能性に関する検討も行っている。近年、レイノルズ平均モデル(RANS)とLESのハイブリッド手法であるDESは計算格子増加を抑えつつ高精度に気流場を予測出来る手法として注目されており、高精度の流れ場予測性能が求められる今日の建築環境工学分野への適用が期待される。しかしながら流れ場によっては、同手法はRANS/LESの組み合わせに起因する問題点が顕在化する恐れがあり、建築環境工学へ応用する上で同手法の適用可能性を検証する必要がある。そのような背景を受けて、本論文は同手法固有の問題が顕在化しうる流れ場として一開口通風換気を選定し、先のLES解析結果と比較する事により建築環境工学分野、特に通風換気解析に対するDESの適用可能性を検討している。

 本論文の構成は以下の通りである。

 第1章では、本論文の研究背景及び目的を提示している。

 第2章では、一開口通風換気解析で使用するLESに関する基礎方程式やフィルター操作、SGSモデル等の基礎理論について述べ、更にDESに関する基礎方程式及びその付随関数群について説明し、RANSとLESを組み合わせることにより生ずる速度不整合性問題点についての理由を示している。

 第3章では、LES及びDESに関する基礎方程式に関して、空間的・時間的な離散化手法および計算進行アルゴリズムについて検討し、同様に温度場及び濃度場を求める上で必要な熱輸送方程式及び濃度輸送方程式についても取り上げ、各種手法を適用する事を行っている。

 第4章と第5章では、LESを用いて単一の開口を通して生じる動的に変動する空気流出入特性の解明を行っている。前半の第4章においては既往の研究について述べ、単一開口を通した空気流出入に関する知見を示している。後半の第5章では、単一の開口を有する建物を想定した流れ場を対象にLESを適用することで単一の開口を有する系の空気流出入特性の解明を行っている。

 第6章では、通風換気解析に対するDESの適用可能性に関する検討を行っている。まず、既往の研究からRANS/LESハイブリッド手法の現状及びDESの位置づけについて述べ、通風換気解析に適用する上での問題となりうる点及びDESの適用可能性について論じている。そして、通風換気解析にDESを適用する上での一開口通風換気解析を用いた適用可能性検証の必要理由について述べた上で、第5章と同様の流れ場にDESを適用し、流れ場の予測性能に関する問題点を示す事で通風換気解析におけるDESの適用可能性に関する検討を行っている。

 第7章では本論文各章の結論を纏め、今後の課題を示している。

 本研究論文を総括するに、単一の開口のみを使用した通風換気時における非定常かつ3次元的な流出入特性を明らかにしている。特に新たに開口内に形成され、空気交換に支配的な影響を及ぼす渦の生成機構を明らかにした。これは通風換気の研究者へ大きな示唆を与えるもので、建築環境工学の発展に大きなず寄与をなすものである。また、一開口通風換気解析に対してDESを適用する事で、同解析に対するDESの可能性と限界を明らかにし、通風換気解析、引いては建築環境工学全般に対するDESの適用範囲を明らかにした。これは建物に関連する流れの研究者や設計実務従事者へのDES利用を容易とし、これを促すものとなる。

 以上のように、本論文は、建築環境学及び建築設備工学のみならず、設計実務にも寄与するところが極めて大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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