学位論文要旨



No 122232
著者(漢字) 松下,哲郎
著者(英字)
著者(カナ) マツシタ,テツロウ
標題(和) 相組成変化を考慮したセメントの水和反応・組織形成モデルの構築
標題(洋)
報告番号 122232
報告番号 甲22232
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6437号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 岸,利治
 東京大学 助教授 石田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

 1995年の阪神淡路大震災以降、構造物の設計が仕様設計から性能規定型設計へと移行しており、設計体系が構造設計だけでなく、耐久設計も考慮されたものになっている。このような設計手法の移行により、施工や養生などの製造過程でも幅広い手法の選択が可能となり、より現場にあった方法が選択できるようになっている。そのため、使用されるコンクリートの材料・調合、環境条件を選定することにより、時間に依存して変化するコンクリートの性能予測が可能な性能照査型設計手法の確立が望まれており、セメントの水和反応モデルに基づくシミュレーションモデルの構築が様々な研究者によって進められている。しかし、定量的な実験データが少ないこともあり、その大半は、比較的データの蓄積されている水和発熱量や空隙率、強度発現性状等に関する検討がほとんどであり、耐久性能評価への発展を想定してセメント硬化体中の固相(未反応鉱物、水和生成物)、気相(毛細管空隙、ゲル空隙)、液相(化学的結合水量、吸着水、自由水)といった各相の相組成変化をモデル化したものはほとんどなく、相組成に関連した定量データの蓄積とモデルの構築が望まれている。そこで、本研究では、近年活発に研究が行われており、セメントの鉱物組成の算出やセメントの水和反応解析まで様々な用途に活用可能であるリートベルト解析を用いてセメントの水和反応に影響を与える様々な因子に関して定量評価を行い、メカニズムの検討を行うとともに、その結果を用いて、耐久性評価や物性予測への発展を想定した相組成変化を考慮したセメントの水和反応、組織形成モデルの構築を行った。

 1章では、本研究の背景と目的について述べた。

 2章では、従来のセメントの水和反応解析手法や水和反応に比例して変化する各種物性値既往の研究結果との比較を行い、リートベルト解析の定量精度の検証及びその適用範囲に関して検討を行った。既往の文献に報告されている各鉱物の反応率や従来から水和反応率の測定に活用されてきた粉末X線回折/内部標準法による定量値とリートベルト解析による定量結果との比較を行い、リートベルト解析によって一定の精度で各鉱物の反応率を定量可能であることを示した。

 リートベルト解析による水和生成物の定量結果に水和生成物の組成から決定される結合水比を乗じて系全体の総和をとることによって、従来法である強熱減量による結合水量を高精度で追随可能であることを示した。セメントの水和発熱量に関しては、各鉱物の反応率に各鉱物の基準発熱量を乗ずることで、コンダクションカロリーメータによる水和発熱量を高精度で追随可能であることを示した。また、水和収縮量の予測式を用いて予測された水和収縮量とリートベルト解析による相組成解析から算出される水和収縮量との比較を行い、一定精度で水和収縮量を予測可能であり、セメント硬化体の相組成変化に関する検討から、ゲルの組成や密度の変化に関してもリートベルト解析によって検討可能であることを示した。以上の検証から、リートベルト解析はセメント硬化体中のセメント鉱物や水和生成物を一定の精度で定量可能であり、水和反応解析において非常に有用なツールであることを確認した。

 3章では、鉱物組成の異なるセメントの水和反応の温度依存性を、2章で定量精度の検証を行ったリートベルト解析、水和発熱量、結合水量、空隙構造、ペースト強度等によって定量的に評価した。その結果、各鉱物の水和反応率の温度依存性には2つのタイプがあり、カルシウムシリケートと間隙質相で異なる挙動を示すことが確認された。カルシウムシリケートは高温養生下においても反応の停滞は起こらず、最終的には全温度である一定値に収束するが、間隙質相は高温養生によって反応の停滞が起こり、最終的には低温養生を行った場合の反応率が最も高くなることが分かった。

 上記の間隙質相の反応の特異な温度依存性によって、セメントの水和発熱量は高温ほど発熱ピークが早期に大きくなるが、長期になると発熱量の増加量が低温養生より少なくなることを確認した。間隙質相の多いセメントではその影響が顕著なためC3Aの反応が材齢1日以後停滞し、材齢120時間における発熱量は20℃と同程度となっていたが、間隙質相の少ないセメントではC3Aが少ないため、高温履歴による発熱量の停滞はほとんど確認されなかった。また、高温履歴を受けた場合のアルミネートから生成されるモノサルフェート生成量が減少し、ゲル状水和物の生成量が増加することが確認された。このことより、高温履歴を受けた場合の水和反応の停滞や水和発熱量の変化は間隙質相の反応形態の変化であることが示唆された。

 セメントの空隙構造は高温養生によって総空隙量やしきい空隙径近傍の空隙が増加し、粗な空隙構造を持つことを確認した。しかし、石灰石微粉末の混合されているセメントでは、空隙構造に与える養生温度の影響は小さく、空隙構造の大きな差異はなかった。しかし、石灰石微粉末が混合されているセメントにおいても高温養生によって長期強度の増進量は減少しており、高温養生による強度発現性の低下は空隙構造の変化だけが全てではなく、高温養生によって生成された粗大なAFmやCHの生成による構造的な脆弱部の形成によるものであることが示唆された。

 4章では、3章と同様の手法により鉱物組成の異なるセメントの水和反応に与える水セメント比の影響を定量的に評価した。間隙質相の多いセメントでは、水セメント比の低下に伴う各鉱物の反応率の減少量が他のセメントより多い傾向にあることを確認した。水和反応の鉱物依存性は水セメント比の低下に伴い減少しており、これは、水和生成物の析出空間の減少によってセメントの組成の影響が小さくなったことによるものと考えられる。

 低水セメント比の試料ほど外部水和物の生成量が少なくなる傾向にあり、CSHのC/S比は増加しゲル状水和物の生成量が多くなることが確認された。また、間隙質相に関しても同様の傾向が確認され、セッコウ消費後のアルミネートから生成されるAFmの生成量比が減少し、ゲル状水和物の生成量が増加することを確認した。また、材齢1年において全てのセメントでAFtがセメント硬化体中に残存することが確認された。

 高水セメント比の硬化体では水和物の析出空間が多く外部水和生成物量も多いことから、全体の空隙径が小径化しながら空隙量が減少するが、低水セメント比の場合には、大径の空隙は空隙が水で満たされていないため、しきい空隙径近傍の大径の空隙の減少量は少なくなっており、組織の緻密化は小径の空隙の減少として進行することを確認した。

 5章では、セメント硬化体中の相組成変化を各鉱物の水和反応式を定式化することによってモデル化し、前章までの実験結果から養生温度や水セメント比依存性の影響を考慮した相組成モデルの構築を行った。構築にあたっては、C3S、C2Sから生成されるCSHのC/S比を表すaとc、CSHのH/S比を表すbとdをシリケートに関する反応パラメータとし、セッコウ消費後にC3A、C4AFから生成されるAFm生成量比を表すκ(AFm)とλ(AFm)を間隙質相に関する反応パラメータとして実験結果を再現できるように定式化を行った。温度依存性、水セメント比依存性に関しては、反応パラメータa、b、d、κ(AFm)を変化させることで、それぞれの影響をモデル化した。そして、相組成モデルによって算出された水和生成物量から結合水量の推定を行い、高精度で結合水量が予測可能であることを示した。

 ゲル空隙量は基準ゲル空隙量V(BasicGP)によって決定されるものとし、基準ゲル空隙量に材齢依存性、温度依存性、水セメント比依存性を持たせることで、材齢の経過、高温養生や低水セメント比の影響によるゲルの緻密化を表現した。それにより水和生成物のD-Dry乾燥時の密度を設定することで毛細管空隙量の実測値を高精度で予測可能となることを示した。D-Dry乾燥時に設定されたゲル空隙量から湿潤状態のゲル密度を推定し、化学収縮量との比較を行ったがばらつきが大きく、乾燥によるゲル構造の変化の影響を加味した評価の必要があることが示唆された。また、Powersのゲルスペース比理論を用いてペースト強度の推定を試み、セメント毎に基準終局強度S(0basic)を定義し、その温度、水セメント比依存性を単純な関数として設定することで、ペースト強度を一定の精度で予測できることを示した。

 6章では、各鉱物の反応率を予測可能となるように、これまでに構築されている水和反応モデルCCBMを拡張、高度化し、そのパラメータを設定することで、一定の精度で各鉱物の水和反応速度を予測可能であることを示した。そして、CCBMと前章において構築された相組成モデルとを連成することによってセメント硬化体中の固相、液相、気相などの相組成変化を予測可能なモデルを構築した。

 7章では、各章の結果を総括し、結論を述べた。

 今後もデータの蓄積を行うことによって今回のモデルの汎用性を高め、様々な材料や環境に対応可能なモデルへと拡張を行い、相組成の変化と各種物性、耐久性との関連を明らかにしモデル化を行うことで、工学的に有用なモデルとしての発展を目指す必要があるものと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 松下哲郎氏から提出された「相組成変化を考慮したセメントの水和反応・組織形成モデルの構築」は、近年活発に研究が行われており、セメントの鉱物組成の算出やセメントの水和反応の解析など、様々な用途に活用可能であるリートベルト解析を用いて、セメントの水和反応に影響を与える様々な要因の定量評価を行い、セメントの水和反応メカニズムの検討を行うとともに、その結果を用いて、耐久性評価や物性予測への発展を想定した相組成変化を考慮したセメントの水和反応、組織形成モデルの構築を行ったものである。

 第1章では、本研究の背景、目的などが的確に述べられている。

 第2章では、リートベルト解析によってセメントおよびセメント水和生成物中の鉱物組成を高精度で定量的に算出できることを確認し、算出されたセメント水和生成物の組成割合を基にすれば、セメントの結合水量、水和発熱量および水和収縮量を精度よく推定可能であることを示している。

 第3章では、第2章で定量精度の検証を行ったリートベルト解析によって、鉱物組成の異なるセメントの水和反応の温度依存性について検討がなされ、高温養生下においても水和反応の停滞は生じず最終的には養生温度にかかわらず一定の水和反応率に収束する場合と、高温養生下では長期材齢において水和反応の停滞が生じ、最終的に低温養生下における水和反応率を下回る場合といった二つのタイプがあることを示している。また、アルミネートは、高温養生によってアルミネートに対するモノサルフェートの生成比が減少し、ゲル状水和物の生成量が増加することを明らかにしており、これがセメントの水和反応の停滞や水和発熱量の変化を生じさせている原因であることを推察している。石灰石微粉末の混合されたセメントでは、高温養生による細孔空隙の粗大化は生じにくく組織は緻密な状態となることを確認しており、高温養生による強度発現性の低下は、空隙構造の粗大化だけが原因ではなく、構造的に脆弱で粗大なエトリンガイトや水酸化カルシウムの生成も原因であることを推察している。

 第4章では、第3章と同様に、リートベルト解析によって、鉱物組成の異なるセメントの水和反応に及ぼす水セメント比の影響について検討がなされ、間隙質相の多い初期反応型のセメントでは、水セメント比の低下に伴うセメントの水和率の低下が大きい傾向にあること、および水セメント比の低下に伴い水和反応の鉱物組成依存性は小さくなる傾向にあることを明らかにしている。また、水セメント比が低いほど、セメント水和生成物の析出空間が小さいため外部水和物の生成量が少なくなり、しきい空隙径の材齢に伴う変化が小さくなること、および大空隙の減少よりも小空隙の減少により組織の緻密化が進行することを明らかにしている。さらに、水セメント比が低いほど、主要なセメント水和物であるCSHゲルのC/S比が増加するとともにその生成量が多くなること、水セメント比が低い場合には水和物の析出空間が少ないため外部水和物があまり生成せず、しきい空隙径の材齢に伴う変化も小さくなることを明らかにしている。

 第5章では、第2章から第4章までで明らかにしたセメントの水和反応形態に及ぼす材齢、養生温度および水セメント比の影響を、セメントの水和反応式に組み込んだ相組成モデルが構築され、高精度でセメントの水和生成物量および結合水量を算定できるとともに、細孔空隙量およびセメント硬化体の強度の予測も精度よく行える手法が開発されている。また、D-Dry乾燥時に設定されたゲル空隙量から湿潤状態のゲル密度を算出して化学収縮量を算定する場合には、乾燥によるゲル構造の変化の影響を加味する必要があることを指摘している。

 第6章では、第5章において構築された相組成モデルをセメント中の各鉱物の反応率が予測可能なCCBM(Computational Cement Based Material Model)と連成させることによって、セメント硬化体中の固相、液相、気相などの相組成の変化を従来よりも格段に精度よく予測できる手法が構築されている。

 第7章では、本論文の結論と今後の課題が要領よくまとめられている。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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