学位論文要旨



No 122233
著者(漢字) 辛,勇雨
著者(英字) SHIN,YONG WOO
著者(カナ) シン,ヨンウ
標題(和) 鉄筋コンクリート造L字型柱梁接合部の耐震設計法に関する研究
標題(洋) A Study on Seismic Design of Knee Joints in RC Moment Resisting Frame
報告番号 122233
報告番号 甲22233
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6438号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 中埜,良昭
内容要旨 要旨を表示する

柱梁接合部は,地震力に対して設計される鉄筋コンクリート造骨組みにとって重要な部分である。地震時の鉄筋コンクリート造骨組みの性能を保証するためには,接合部の適切なディテールと設計は必要不可欠な要素である。地震力が作用する鉄筋コンクリート造建物の接合部では隣接する柱と梁から大きなせん断力が導入されるが,普通,接合部に大きな塑性変形を期待してエネルギー消費能の高い靭性のある復元力特性を有するように設計することは難しい。また,柱や梁に比べて補修も困難である。さらに,接合部は柱と同様に軸力を負担する部位でもあることから,いずれの接合部も破壊させないことが各国の基準で定められている。柱梁接合部は約半世紀の間,その研究が続けられてきたがその挙動が完全に理解されていない構造部材の一つでもあり,各国の構造規定には大きな違いが残っている部分でもある。

本論文の題名は「鉄筋コンクリート造L字型柱梁接合部の耐震設計法に関する研究」である。本研究は主に,(1)鉄筋コンクリート造L字型柱梁接合部の破壊モードと強度を推定する合理的なモデルの構築,(2)統計処理に加え,既往の広い範囲の実験データを用いた提案モデルの精度の検証,(3)最後に既往の設計法に変わる新しいL字型柱梁接合部の耐震設計法の提案の三つの部分に構成されており,その内容は次のとおりである。

第1章「序論」では,本研究の背景と目的を述べた。柱梁接合部の地震被害写真を示し,柱梁接合部に関する用語と本論文の構成に関して述べた。

第2章「既往の文献と柱梁接合部の設計規定」では,接合部挙動に関する過去の研究と各国の接合部設計法に関する項目を整理した。既往に提案されているモデルらは実験結果との相関はみられるが,接合部性能に影響する諸因子の系統的な説明までは至らないものが多く,それらを系統的に取り扱っている研究は行われていない。また,十字型接合部からL字型接合部まで同じ理論で取り扱う精度のよいモデルはいまだなかった。さらに,各国の基準も接合部の挙動に影響のある因子らをそれぞれ評価している状況であった。

第3章「既往の実験のデータベース」では,主に日本で行われてきたL字型柱梁接合部の実験のデータベースを構築して,L字型柱梁接合部の挙動に及ぼす広範囲の因子を実験の観察から検討した。ここで得られた結論は次のとおりである。

(1)U字定着は90度もしくは180度折曲げ定着より接合部性能にもっと有効であった。

(2)曲げ降伏を先行させる実験体で,機械式内側主筋定着を3/4Dcと2/3Dcの変数とした実験体ではほぼ同等な性能が得られた。

(3)外側折曲げ半径内の直交筋はコンクリートストラットの負担を軽減するので,コンクリートの支圧破壊の防止に寄与すると考えられる。よって,折曲げ半径もしくはコンクリート被りを十分取れない場合などの一つの対案だと考えられる。しかし,内側折曲げ半径内の直交筋は履歴ループに大きな影響を与えられなかった。

(4)接合部強度と破壊モードは軸力の存在可否と裁可方法により影響された。

(5)内側主筋量の半分の入隅部斜め補強筋の配置は負側の強度の増進と剛性の維持で大きな補強効果が得られたが,正側には大きな影響は及ぼさなかった。

(6)コンクリート圧縮強度の増加に伴い,接合部強度の増加がみられた。しかし,同じ破壊モードでコンクリート強度のみが異なる実験体を比較すると,変形性能にはそれほど大きな影響が見られなかった。

(7)接合部横縦補強筋比を増やすと接合部強度は増加した。かご筋を含む柱頭補強筋は曲げ降伏後の接合部せん断破壊した実験体の接合部強度の増進,損傷の抑制と変形性能に寄与していると考えられる。

(8)高い主筋量と共にプレストレス定着版を接合部主筋以内(接合部コア内)に定着させるのは接合部せん断ひび割れ後の接合部せん断破壊を加速させる可能性があるので避けるのが望ましい。しかし,実験試料が不十分なためL字型柱梁接合部の挙動に与える直交梁とプレストレスの効果に関する一般的な結論は現段階では難しいと考えられる。

第4章「既往の評価式の精度検証」では,RC基準の曲げ強度式,靭性保証型耐震設計指針のせん断強度式と青田ら(2001)が提案している負側のL字型柱梁接合部の強度評価式の精度を検討した。その結果,次の結論が得られた。

(1)曲げ強度式は定着破壊した実験体とコンクリート圧壊による接合部せん断破壊した実験体を除いて,他の破壊モードの実験体の強度を精度よく評価した。しかし,接合部性能に関わる破壊モードとの対応は明瞭ではない。一方,せん断強度式は強度を安全側に評価できるもののバラツキが大きかった。

(2)青田ら(2001)の提案式はJモードの実験体の強度と良好な対応を示したが,BとBJ破壊モード実験体の強度の評価は安全側に評価しており,バラツキが大きかった。

第5章「柱梁接合部とL字型接合部における四重曲げ抵抗モデル(QFRM)」では,まず塩原(2001,2002)が十字型とト字型接合部で提案している四重曲げ抵抗機構の概念を紹介した。同様な概念を対称及び非対称のL字型接合部に適用できるように拡張し,それに適合する釣り合い方程式を導いた。また,終局時の強度と破壊モードの相関関係に関して述べた。

第6章「モデル(QFRM)の基本仮定とパラメトリック解析」では,本モデル(QFRM)の解析上の基本仮定を述べた後,L字型接合部の強度の増減に関わる広範囲の因子らを選び,それらがどのように接合部の強度に影響を与えるかを提案モデル(QFRM)により検討した。解析結果から得られた結論は次のとおりである。

(1)定着板の位置によりType1とType2に区別し,Type1とType2のL字型接合部における接合部横縦補強筋の影響を調べた。Type1の場合,コンクリート圧壊により定まる最大接合部強度は接合部横縦補強筋に影響されず一定であった。反面,Type2の最大接合部強度は接合部横縦補強筋に影響され,若干の上昇が認められた。一方,主筋降伏を想定する接合部強度はType1とType2共に接合部横縦補強筋による接合部強度の上昇が認められた。

(2)接合部横縦補強筋の効果は接合部アスペックト比によって影響された。

(3)主筋比,コンクリート強度,引張主筋と圧縮主筋の距離は接合部強度に影響した。

(4)接合部アスペクト比とスパンアスペクト比を変数として接合部強度に与える影響を調べた。その結果,接合部アスペクト比を変化させる場合,主筋未降伏時のJモード破壊の接合部強度は,アスペクト比1.0を中心にアスペクト比が小さくても,大きくても減少した。また,主筋の引張降伏による接合部破壊の場合は,接合部強度への影響は少なかった。

(5)正側のL字型接合部では圧縮鉄筋が圧縮から引張になるに従って強度の低下が起きた。

(6)プレストレス力は定着条件により影響され,接合部性能に常によい影響を与えるものではなかった。

(7)内側主筋の定着長の変化による接合部の強度と接合部横縦補強筋比の変化を調べた。定着長が短くなるに従ってJモードの強度は低下した。よって,同形状の接合部で同じ量の接合部せん断補強筋を配置したとしても破壊モードがBモードからJモードに移行された。

(8)提案モデル(QFRM)は様々な因子により接合部強度が変化することを反映した。一方,現行の基準らは接合部強度に与える様々な因子の影響を反映せず,一定の値を示した。

第7章「QFRMを用いた既往の実験体の解析」では,広範囲の既往の実験体を用いて提案モデル(QFRM)の妥当性を検討した。さらに,モデルの解析結果を利用し,様々な因子の影響を調べるため統計解析も共に行った。解析からの結論は以下のとおりである。

(1)接合部の抵抗モーメント(Jモード)と部材の抵抗モーメント(Bモード)の比は設計上の有用な情報であり,接合部破壊を避けるためにはJモードとBモードの比は1.2以上とするのが望ましい。

(2)負側のL字型接合部に於いて曲げ降伏を先行させるためには内側引張主筋力(T(2yield))と限界引張主筋力(T(2limit))の比率は0.70以下にするのが望ましい。

(3)主筋比だけを考慮する場合,定着破壊と接合部破壊を避けるためには基準化した主筋比を0.08以下とするのが望ましい。

(4)同様な範囲の実験体に対して定着方法の影響を調べた結果,機械式定着を準用した実験体が既往の配筋方法を準用した実験体に比べてより好ましい性能を示した。

(5)統計解析により,必要横補強筋量を定めた。正負側共に横補強筋を0.33%以上とするのが望ましいと考えられる。

(6)横補強筋量よりコンクリート強度と接合部強度及び破壊モードとの相関関係が統計解析からもっと明瞭に示された。

(7)靭性保証型耐震設計指針で推薦している最小余長部の10dbを外側主筋の余長部に準用した殆どの実験体で定着破壊が起きた。よって,外側主筋の余長部は少なくとも12dbを確保するのが望ましいと考えられる。

(8)ストラット力に関する解析結果,接合部破壊と過大なひび割れを避けるためには基準化したストラット力を正側では0.20,負側では0.10以下に抑える必要がある。

(9)提案モデル(QFRM)の支圧破壊の制約条件と定着破壊による接合部せん断破壊との一定の相関関係が確かめられた。

(10)提案モデル(QFRM)の付着破壊の制約条件は正側の破壊モード判別上はそれほど重要ではないと思われる。しかし,負側での定着破壊したすべての実験体は正側のモデル(QFRM)の付着破壊の制約条件を超えていた。

第8章「実験結果を用いたQFRMの精度検証」では,広範囲の既往の実験結果を用いて提案モデル(QFRM)の精度評価を行った。また,柱梁接合部の評価指標である現行の設計基準の接合部せん断力,研究者らにより提案された接合部せん断力と提案モデル(QFRM)による接合部せん断力の相関関係を検討した。次のことが結論として得られた。

(1)QFRMから推定される強度と破壊モードは報告された広範囲の実験体の強度と破壊モードとよい一致を示した。

(2)実験変数を変えた一連の実験結果をQFRMの解析結果は極めてよい精度で追跡した。

(3)平均応力とひずみの特性を用いた既往のモデルらが一般に無接合部補強筋の実験体の強度と破壊モードの推定が出来ないことに対し,QFRMは無接合部補強筋の実験体の強度と破壊モードを正確に評価した。

(4)現行の基準の接合部せん断力とQFRMからの接合部せん断力との比較・検討を行った。その結果,一部の指針の値を除き,最新の実験結果を反映したACI352R-02 codeとAIJ靭性指針の値はモデルの最大接合部せん断力(τ(jmax))と接合部破壊が始まる限界接合部せん断力(τ(jlimit))の間にほぼ平均の値で位置していた。

(5)研究者らが提案している接合部せん断力とQFRMからの接合部せん断力との比較・検討を行った。QFRMによる接合部せん断力の推定式は実験結果と良好な対応を示した。著者により実験結果から求められた接合部せん断力の推定式はMegget(1998,2003)による提案式とよい対応を示した。また,QFRMの限界接合部せん断力(τ(jlimit))は接合部無補強筋のト型接合部の実験結果より求めたPriestley(1996)の提案式ともよい対応を示した。

第9章「L字型柱梁接合部の設計評価と設計方法」では,実務者の提案モデル(QFRM)への理解と実務上の簡便な設計式を図るため提案モデル(QFRM)の簡単化を試みた。接合部内での接合部横縦補強筋の果たす役割の概念を述べた後,簡単化した方法による最小横補強筋と最適横補強筋比の算出方法を示した。また,L字型柱梁接合部の変形能を調べるために,既往の文献に報告されているL字型柱梁接合部の変形能と接合部性能に影響を与える因子らの相関関係を検討した。最後に本研究の解析結果に基づき,L字型柱梁接合部の設計評価と設計方法を示した。

第10章「結論」では,本研究の結論,概観と位置づけに関して述べた。今後の課題も共に示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、鉄筋コンクリートモーメント骨組のL字型柱梁接合部の耐震設計法に関するものであり、Chapter 1からChapter 10までの10章により構成されている。

 Chapter 1 「Introduction」では、研究の目的と研究の背景が示されている。柱梁接合部は鉄筋コンクリート造骨組にとって地震時の鉄筋コンクリート造骨組の性能を保証するためには重要な部分であり、接合部の適切なディテールと設計が必要不可欠であること、柱梁接合部は柱や梁に比べて補修も困難であり柱と同様に軸力を負担する部位でもあることから、柱梁接合部は破壊させないように設計される必要があるとしている。しかし、各国の設計基準にその設計法が定められているものの、その挙動は、未だに合理的な力学モデルにより理解されておらず、各国の構造規定には大きな違いが残っていることを指摘して、力学モデルに基づいた合理的な設計法の開発が必要であるとしている。

 Chapter 2 「Literature Review and Code Items of Each Country」では、接合部挙動に関する過去の研究と各国の接合部設計法に関する項目を整理し、既往に提案されているモデルらは実験結果との相関はみられるが、接合部性能に影響する諸因子の系統的な説明までは至らないものが多く、それらを系統的に取り扱っている研究は行われていないとしている。

 Chapter 3 「Database for Reported Specimens」では、主に日本で行われてきたL字型柱梁接合部の実験のデータベースを構築して、L字型柱梁接合部の挙動に及ぼす広範囲の因子を実験の観察から検討した。

 Chapter 4 「Evaluation for Accuracy of Other Estimating Methods for RC Knee Joints」では、RC基準の曲げ強度式、靭性保証型耐震設計指針のせん断強度式と青田ら(2001)の提案している強度評価式の精度を検討した。

 Chapter 5 「Quadruple Flexural Resistant Model (QFRM) for RC Beam-Column Joints」では、塩原が十字型とト字型接合部で提案している四重曲げ抵抗機構の概念の分析を行い、これをL字型接合部の強度と破壊モードの推定に適用できるように拡張し、それに適合する釣り合い方程式を導いている。

 Chapter 6「Basic Assumptions and Parametric Studies for QFRM of RC Knee Joint」では、提案されたモデル(QFRM)の解析上の基本仮定について述べるとともに、L字型柱梁接合部の強度の影響を及ぼす主要な因子として、(1)加力方向(開く方向と閉じる方向)、(2)主筋の定着深さ、(3)接合部形状(アスペクト比)、(4)主筋量、(5)主筋の強度、(6)コンクリート強度、(7)断面内の主筋位置、(8)柱反曲点長さと梁反曲点長さの比(スパンアスペクト比)、(9)プレストレス力の影響、を選定し、これらの因子が接合部の強度と破壊モードに及ぼす影響をQFRMを用いて理論的な予測解析を行っている。

 Chapter 7 「Analysis of Reported Specimens Using QFRM for RC Knee Joints」では、既往の実験結果を用いて提案されたモデル(QFRM)の妥当性を検討している。解析結果と実験結果の比較から、次の結論を得ている。接合部破壊を避けるためにはQFRMにより算定される接合部の曲げモーメント抵抗強度と接続する部材の曲げモーメント強度の比の余裕度を1.2以上とし、かつ、引張主筋量を、接合部の曲げモーメント抵抗強度が、限界強度に対して一定の割合の値以下にする方法が妥当であることを確かめたとしている。さらに、外側主筋の支圧破壊や定着破壊が先行して接合部破戒に至る場合があることが認められ、接合部せん断破壊を防ぐためには、QFRMにより算定される局部応力に対して、支圧強度や定着強度に関する制限を行う方法が妥当であることを確かめたとしている。

 Chapter 8 「Evaluation for accuracy of QFRM Using Experimental Results」では、広範囲の既往の実験結果を用いて統計的に提案モデル(QFRM)の精度の評価を行っている。また、柱梁接合部の評価指標である現行の設計基準の接合部せん断力、研究者らにより提案された接合部せん断力と提案モデル(QFRM)による接合部せん断力の相関関係を検討している。この結果から、提案されたモデル(QFRM)から推定される強度と破壊モードは報告された広範囲の試験体の強度と破壊モードとよい一致を示すこと、接合部内に接合部補強筋がない場合にもよい対応が得られること、現行の基準の設計用接合部せん断強度や、実験から求められた既往の研究における接合せん断強度と、提案されたモデル(QFRM)から求められる接合部せん断強度は良い対応を示したとしている。

 Chapter 9 「Design Assessment and Recommendation for RC Knee Joints」では、提案されたモデル(QFRM)は、力の釣り合いを精確に考慮した方法であるものの、非線形連立方程式の解を得る必要があり、計算が煩雑であるため、これを簡略化した設計法を提案した。また、最小横補強筋と最適横補強筋を提案し、L字型柱梁接合部の変形能と接合部性能に影響を与える緒因子の影響を検討している。

 Chapter 10 「Conclusions」では、本研究の結論、本研究の概観と位置づけに関して述べた。今後の課題も共に示した。

 このように、本研究は、(1)鉄筋コンクリート造L字型柱梁接合部の破壊モードと強度を推定する合理的なモデルの構築、(2)統計処理に加え、既往の広い範囲の実験データを用いた提案モデルの精度の検証、(3)最後に既往の設計法に変わる新しいL字型柱梁接合部の耐震設計法の提案を目的としたものであり、耐震設計の合理化と高度化に向けて、極めて有用な研究であり、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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