学位論文要旨



No 122235
著者(漢字) 池上,貴志
著者(英字)
著者(カナ) イケガミ,タカシ
標題(和) 東京都区部における下水熱利用地域冷暖房システムの戦略的導入による二酸化炭素排出削減効果および経済性の解析
標題(洋)
報告番号 122235
報告番号 甲22235
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6440号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 助教授 藤井,康正
 東京大学 助教授 荒巻,俊也
 東京大学 講師 片山,浩之
内容要旨 要旨を表示する

 民生部門のエネルギー消費が著しく増加している我が国にとっては,未利用エネルギーを有効に活用できる都市システムを構築することが必要不可欠である.下水熱を利用すると高効率にヒートポンプを運転することができ,また,都市の地下の大規模な下水道ネットワークにより下水熱の利用ポイントを熱需要密度の高い地域に設置可能であるという利点から,本研究ではこの下水熱を利用した地域冷暖房システム(DHC)に注目し,下水熱利用による二酸化炭素排出削減効果および経済性について,これまでより厳密に定量的な評価を行うことを目的とした.第1章では,これらの研究の背景,目的について述べた.

 第2章では研究の方法について述べた.本研究では,下水熱の利用効果をより厳密に評価するための解析ツールとして,下水熱を利用した圧縮式ヒートポンプ(HP)によるDHC(下水熱DHC)と比較対象として近年採用事例の多いガス直焚吸収冷温水機(ACH)によるDHC(ガス吸収DHC)の運転に関する地域冷暖房プラントシミュレーションモデルと,下水流量や温度を計算する下水幹線シミュレーションモデルの2つのモデルを開発した.この2つを統合することで,これまでよりも現実に近いモデルとすることができた.建物用途別延床面積データと下水幹線位置データの地理情報システム(GIS)データを利用するため,データが整備されている東京都区部を対象にモデルを適用し,東京都区部に戦略的に下水熱DHCを導入した場合の二酸化炭素排出削減効果や経済性について解析を行うこととした.

 第3章では,開発した下水幹線シミュレーションモデルについて詳述した.下水幹線モデルでは,東京都区部内の下水幹線上の各ポイントにおいて月別時刻別の下水流量および下水温度を計算することができる.このモデルにより下水流量と熱需要量との空間的および時間的整合性を解析することができ,また,下水温度が与えるヒートポンプの成績係数(COP)への影響を考慮することができた.下水の集水域を各幹線の流域図を基に独自に決定した点や,下水の流下に伴うタイムラグを考慮した点,上流側のDHCで下水熱を利用した場合に下流側の下水温度を変化させた点がこのモデルの特徴である.

 第4章では,下水幹線モデルを単独で利用して算出した下水流量の計算結果を示した.処理場に流入する下水流量の計算結果と文献値との整合性を評価し,モデルの妥当性を検証した.本研究の下水幹線モデルで計算される下水流量は,下水幹線に流入する地下水量や工場から排水させる下水量は含まれていないため,どの地域も基本的に実測値よりも小さく算出されると考えられるが,芝浦,三河島,中川水再生センターにおいては,30〜40%計算値が大きくなっていた,芝浦,三河島処理区では大規模業務施設の割合が高く,本モデルで用いた一般的な事務所の水需要原単位では流量を過大評価してしまうと考えられる.節水対策や生活スタイルの変化を踏まえ,水需要原単位自体も見直していく必要があるが,原単位法を用いた下水流量の計算精度は,現段階ではこの程度が限界であると考えられており,本モデルの計算精度も現段階では十分であると考える.次に,下水流量の時刻変動について調べるため,芝浦処理区と森ヶ崎処理区の各幹線系について,1日の各時刻における下水流量の計算を行った.建物用途の影響やタイムラグによる流量ピーク時間の遅れが計算されていることが確認できた.

 第5章では,開発したもう1つのモデルである地域冷暖房プラントシミュレーションモデルについて解説した.地域冷暖房プラントモデルでは,下水熱DHCおよび比較対象のガス吸収DHCについて,熱需要量に応じたプラントシステムを決定し,熱供給運転をシミュレーションすることで月別時刻別の電力消費量,ガス消費量,下水熱利用量を計算することができる.このモデルでは,時間ステップを1時間とし,冷却水・熱源水温度や負荷率によって変化する熱源機器の効率を考慮したことによって,これまでよりも精度の高い定量を行うことができた.また,下水熱利用のDHCプラントでは蓄熱槽や熱回収型のヒートポンプを含むシステムとした点も特徴の1つである.

 第6章では,下水熱利用効果の評価方法について述べた.省エネルギー性の評価のための指標としては総合エネルギー効率を用い,環境性の評価はライフサイクル炭素排出量(LCCO2)を,経済性の評価はライフサイクルコスト(LCC)を算出して行った.LCCO2やLCCでは,対象期間を60年とし,ここでは,建設段階,熱供給段階,保守・点検・修理や解体・撤去・廃棄に伴うCO2排出量やコストの算出方法について述べた.また,ガス吸収DHCと比較した下水熱DHCのコストの増加分を基に,CO2の排出削減コストも算出することとした.

 第7章では,地域冷暖房プラントモデルの仮想的なエリアへの適用結果を示した.地域冷暖房プラントモデルの計算条件には,熱供給エリアの建物用途別延床面積,蓄熱槽容量,熱回収型ヒートポンプの有無,蓄熱槽からの熱の放熱方法,下水流量,下水温度があり,これらが変化することで計算結果にどれだけの影響を与えるかを分析した.熱供給エリアの熱需要特性による影響については,規模が大きく業務施設や宿泊施設,医療施設の割合が高い地域で下水熱の利用効果が高く,商業施設や集合住宅の割合が高い地域や熱需要密度が低い地域で下水熱利用効果が低くなることが分かった.

 第8章では,下水幹線モデルと地域冷暖房プラントモデルを統合的に活用して,熱需要密度が特に高く地域熱供給事業の適性が高いとされる芝浦処理区を対象に行ったシミュレーション結果を示した.まず,芝浦処理区全体を対象にDHCを1ヶ所導入した場合の計算を行い,LCCO2の排出削減量が多いMeshや少ないMeshについて分析を行った.次に,幹線系別にDHCを複数ヶ所導入した場合の計算を行い,DHC数を増加させることによる影響や,下水熱の利用による下水温度の変化が下流側のDHCに与える影響について分析した.さらに,芝浦処理区全体を対象としてLCCO2の排出削減量が最大となるMeshの組み合わせを求めることで,下水熱DHCの導入により処理区全体で年間49913トンのCO2を削減できるポテンシャルを持っていることが分かった.これは芝浦処理区の民生部門におけるCO2排出量推定値の約0.70%であった.この時CO2排出削減コストは,Mesh別で見ると負となる場所から約30[k/tonCO2]という場所まであったが,平均すると約9.5[k/tonCO2]であった.また,下水流量あたりのLCCO2排出削減量は芝浦処理区全体では1.9[tonCO2/104m3]であり,芝浦処理区北部の幹線系では2.1〜2.5[tonCO2/104m3]と大きな値となっていた.

 第9章では,地区特性による効果の違いの解析について述べた.下水幹線が通過する流域の建物用途や熱需要密度などの地区特性により下水熱の利用量や下水流量あたりのCO2排出削減量が異なることが考えられるため,シミュレーションの対象地域を区部全体に拡大して熱需要密度の低い地域を含めることで,地区特性による効果の違いについての解析を行った.芝浦処理区と同様に区部全体の各幹線系および各処理区全体を対象としてLCCO2の排出削減量が最大となるMeshの組み合わせを求めた.熱需要密度の低い地域では下水熱を十分に利用できないことが分かった.東京都区部全体で320のMeshに下水熱DHCを導入することにより約137[ktonCO2/yr]のCO2を削減できるポテンシャルを持っていることが分かった.これは,東京都区部の民生部門のCO2排出量の推定値の0.54%であった.また,下水流量あたりのLCCO2排出削減量は区部全体では約0.9[tonCO2/104m3],芝浦処理区以外では最大でも1[tonCO2/104m3]程度で,熱需要密度が低く,集合住宅の割合が高い地域では,下水熱の利用効果が小さくなることが分かった.

 第10章では気候特性による効果の違いの解析について述べた.下水温度や大気温度が低い寒冷地では,冷却水や熱源水の温度が低下するため,東京の場合と比較すると冷房需要に対してはHPのCOPは向上し,暖房需要に対してはCOPは低下するなどの影響がある.このような影響を分析するため,本研究で開発した2つのシミュレーションモデルを用いて,GISデータについては東京都区部のデータを,気候データや下水温度のデータについては札幌市のデータを用い,仮想的に東京が札幌と同じ気候になった状態を想定して芝浦処理区を対象としてシミュレーションを行うことで,寒冷地の都市に下水熱利用のDHCを導入した場合の下水熱利用効果について定量的な評価を行った.DHCを1ヶ所導入する場合のシミュレーション結果では,寒冷地としない場合と比較して,LCCO2排出削減率は0.5〜4.2%大きく,寒冷地の方が下水熱利用効果が高くなることが分かった.1本の幹線系に複数のDHCを導入した場合の結果では,LCCO2の排出削減率は大きくなっていたが,削減量の合計は寒冷地としない場合と比べて減少していた.寒冷地では元々の下水温度が低いため,幹線末端最低温度10℃以上という制約が早く影響するためであった.下水熱DHCの導入は寒冷地の方が効果が大きいが,多くのDHCを導入することはできないということである.CO2の排出削減コストについては,いずれも寒冷地とした方が低コストとなっていた.

 最後に第11章では,これまで述べてきた結果をまとめ,結論とした.

審査要旨 要旨を表示する

 いまや実行段階になっている地球温暖化問題対策の中に都市内の未利用熱の利用がある。未利用熱のうち、下水熱は、それを地域冷暖房(DHC)の熱源として活用することで利用可能になる。下水熱は質の低い熱である反面、都心部に張り巡らされている下水のネットワークから熱を取り出せるという優位性を有している。しかしながら、現実の都市における下水熱の利用による温室効果削減可能量については、定量的な評価がなされておらず、そのポテンシャルすら明らかになっていない。

 本論文はこのような背景の元に行われた研究の成果をまとめたもので、「東京都区部における下水熱利用地域冷暖房システムの戦略的導入による二酸化炭素排出削減効果および経済性の解析」と題し、11章からなる。

 第1章は序論であり、問題認識と研究の目的を示している。

 第2章は研究の方法と論文の構成に関する章である。DHCプラントシミュレーションモデルと、下水流量と温度を計算する下水幹線シミュレーションモデルの2つのモデルを開発し、東京都区部の建物情報を利用して同地域に適用したことを述べている。

 第3章は下水幹線シミュレーションモデルである。本研究では東京都の建物利用の地理情報システムと下水温度の実測値を元に任意の地点の下水流量と水温を推定する手法を新たに開発した。この方法では、建物の用途別の床面積あたり下水排出源単位に、各建物用途ごとの床面積を乗じ、また下水の流下時間をも考慮した。下水の集水域を各幹線の流域図を基に独自に決定した点や、下水の流下に伴うタイムラグを考慮した点、上流側のDHCで下水熱を利用した場合に下流側の下水温度を変化させた点にオリジナリティがある。

 第4章では、実際の東京都23区の下水処理場への流入量と第3章で提案した方法による計算結果の照合を行っている。

 第5章では、下水熱を利用したDHCプラントのシミュレーションモデルのついての詳細な内容と検討結果を述べている。このモデルでは、1年間を通じて、1ヶ月ごとおよび1時間ごとのシミュレーションが可能になっており、また現実の状態に合わせて蓄熱槽の設置も考慮している。二酸化炭素排出量を計算する場合には時刻によって電力の炭素原単位が異なるため、このような詳細な検討が必要になり、その意味でこのような緻密なモデル設定は重要である。

 第6章では、下水熱利用効果を評価するに当たってのライフサイクルアセスメントと経済性評価の方法について述べている。

 第7章では、まず仮想地区に対してDHCプラントモデルを適用した場合の結果について考察している。蓄熱槽の効果、下水温度、下水流量、熱供給対象地区の建物利用をさまざまに変化させ、それらの影響度を評価している。規模が大きく業務施設や宿泊施設、医療施設の割合が高い地域では下水熱の利用効果が高い一方、商業施設や集合住宅の割合が高い地域や熱需要密度が低い地域では効果が低くなることを示している。

 第8章は、東京23区の下水処理区のうち、もっとも熱需要が大きいと考えられる芝浦処理区を対象にした検討結果である。芝浦処理区全体に複数のDHCを導入するにあたってLCCO2の排出削減量が最大となる地区の組み合わせを求めることで、下水熱DHCの導入によるCO2削減ポテンシャルを求めた。それは、処理区全体で年間49,913トンで、これは当該地区の民生部門CO2排出量推定値の約0.70%に相当し、この時のCO2排出削減コストは平均すると約9.5[k/tonCO2]であることを試算している。

 第9章では、東京都区部内で、建物利用の密度と用途が異なり、また下水流量が異なる地区を比較した。東京都区部全体で320の地区に下水熱DHCを導入することにより約137[ktonCO2/yr]のCO2を削減できるポテンシャルがあることが分かった。これは,東京都区部の民生部門のCO2排出量の推定値の0.54%であった。

 第10章は気候特性による効果の違いの検討であり、東京の地理的条件をそのままにし、気候条件だけを変化させる検討を行っている。その結果、下水熱DHCの導入は寒冷地の方が効果が大きいが、多数のDHCの導入には困難があることが示された。

 第11章は結論であり、結果を総括すると共に、今後の課題を述べている。

 本研究は、地球温暖化対策として挙げられながらもその現実的なポテンシャルがほとんど明らかになっていなかった下水熱の利用について、東京都区部という、現実の場に対しての適用効果の評価を行った点に意義がある。とりわけ、実際の下水の量と温度、さらに建物用途に基づく熱需要推定を組み込んで解析がなされた例はこれまでになく、その価値は高い。

 以上、本研究において得られた成果には大きなものがある。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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