学位論文要旨



No 122236
著者(漢字) 金,賢兒
著者(英字) KIM,HYU NAH
著者(カナ) キム,ヒョナ
標題(和) ナノろ過膜を用いた浄水処理における前処理プロセスの影響
標題(洋)
報告番号 122236
報告番号 甲22236
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6441号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 滝沢,智
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 中島,典之
 東京大学 講師 片山,浩之
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、実際の河川水を用い、浄水処理におけるナノろ過膜のろ過運転に対する前処理のプロセスの影響を評価した。本研究は主に2つの構成要素からなり、第1の研究では、3つの前処理水、すなわち、凝集+砂ろ過(CS前処理)、精密ろ過(MF前処理)、とオゾン化-活性炭吸着(CSOB前処理)と、原水(RAW)をナノろ過の原水として、ナノろ過膜のファウリングへの影響を比較した。また第2の研究では、精密ろ過膜を前処理とし、添加する凝集剤の種類を変えて、NF膜ファウリングへの影響を評価した。

 これらの前処理の効果は、3つのポリアミド膜のタイプによって異なった。すなわち、MF前処理はUTC-60とNF270膜(それぞれ、中間、最も高いMWCOを持った)ではCS前処理と同じくらい効果的だった反面、3種類のナノろ過膜の間で最も低いMWCOを持っていたUTC-70膜では効果的でなかった。一方、CSOB前処理はUTC-70とUTC-60膜に最も効果的であったが、NF270膜は運転開始から10時間で非常に高いフラックスであったために、ろ過抵抗が急激に増加した。このことから、初期フラックスを調節することが膜ファウリングの制御にとって非常に重要なことを示唆していた。

 NF膜ファウリングへの影響を調べるため、異なった膜口径のMF膜を用いてMFI値を測定した。その結果、MFI値は、測定時の膜孔径を減少させることで増加し、特に膜孔径0.1μm以下の場合、MFI値が大幅に上昇した。このことから、膜供給水のファウリングが主に0.1μm未満の粒子により引き起こされることを示した。0.1μm未満の粒子について更に詳細にみると、CS前処理とCSOB前処理のMFI(0.05)値は、MF前処理と比較してより高かった。また、CSとCSOB前処理では、0.05μmと0.025μmの膜孔径間でMFI値がやや減少していることから、0.05μmと0.025μmの間の粒径でより多くの膜汚染物を含んでいることが示された。また、CSとCSOB前処理水のMFI値は、測定時の膜孔径にかかわらずほぼ同じであり、このことは、CS前処理水に対してオゾンとBAC前処置を追加したCSOB前処理でも、MFI値を減少しなかったことを示している。

 MF前処理はCS前処理とCSOB前処理より低くMFI0.05値を減らすためにより効果的だったが、溶存有機物質の除去効果は低かった。本研究で用いた3種類の膜の中で、UTC-70膜は最もフラックスが低く、従って膜表面のケーキ層はできにくく、主として親水性の有機物の付着によりファウリングがおこると考えられる。それゆえに、親水性の有機物を除去できないMF前処理はUTC-70膜のファウリングを減らすことに効果的ではなかった。

 一方、CSOB前処理は有機汚染物を取り除くことに最も効果的だった。このため、3種類の膜の中で最も分画分子量が大きいNF270膜では、初期フラックスが大きくなり、その結果、急激なケーキ層の形成を引き起こしたものと考えられた。

 膜供給水中の有機成分を、XAD樹脂により親水性、半親水性、及び疎水性成分に分隠したところ、CS前処理より、CSOB前処理の方がより高い疎水性及び半親水性成分とより低い親水性成分を有することを示していた。また、UTC-70及びUTC-60膜の汚染物の総量当たりの有機汚染物の平均比率は、原水>MF前処理>CS前処理>CSOB前処理の順であり、無機汚染物の平均比率は、CSOB前処理>CS前処理>MF前処理>原水であった。この結果は、MF膜処理水を前処理とした場合、親水性の有機物によるファウリングが起こりやすいとした、前述の考察と一致していた。

 異なる凝集剤を用いたMF前処理によるナノろ過膜のファウリング抑制に関する研究では、次のような結論を得た。

 膜供給水にPAC及び塩化鉄凝集剤の添加は,いずれも膜ファウリングを低減する作用をした。特に,塩化鉄凝集剤はPAC凝集剤よりろ過抵抗の上昇を抑制するのにより効果があった。

 UTC-70膜の共存物質の除去率はいずれも90%以上で,UTC-60膜及びNF270膜はほぼ同様な傾向を見せた。UTC-70膜、UTC-60膜及びNF270膜のいずれも,ろ過抵抗の上昇率は、原水>PAC添加水>塩化鉄添加水の順で、膜の種類によらなかった。

 汚染した膜を超音波、酸、アルカリなどにより薬品洗浄したところ、超音波洗浄及びアルカリ洗浄の効果が高かった。これは,酸洗浄により除去される鉄・アルミニウムなどの金属類による膜汚染が少なかったためであると思われる。薬品洗浄終了後に膜の純水フラックスを測定したところ,NF-270膜は平均99.2%,UTC-70膜は平均88.6%,UTC-60膜は平均57.1%の回復率を示した。薬品洗浄により抽出した膜付着物質の構成成分を評価したところ,有機物,シリカ,鉄,カルシウムなどの存在が確認された。異なる凝集剤を用いたにも関わらず,膜面への付着量及び構成比はほぼ同じであり、有機物が平均62%,無機物が38%であった。対象水の中で,UTC-70膜及びUTC-60膜から抽出された無機物の平均割合は、塩化鉄添加水(30%)>原水(25%)>PAC添加水(24%)の順であった。抽出物中の金属及び無機物の主要成分はシリカ>ナトリウム>カリウム>カルシウム>鉄及びアルミニウム>その他の順であり、無機物の中では,シリカが主要な汚染物であった。

 AFMにより新膜の膜表面の自乗平均面粗さを測定したところ、UTC-70>UTC-60>NF270の順であった。薬品洗浄終了後のそれぞれの膜の自乗平均粗さを示す。また、いずれの膜でも未使用膜に比べ、薬品洗浄後は自乗平均粗さが増加し、増加の割合は原水>PAC添加水>塩化鉄添加水の順で高かった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「ナノろ過膜を用いた浄水処理における前処理プロセスの影響」と題し、実際の河川水を用い,異なる前処理を行った場合のナノろ過膜への影響を実験的に評価したものである。本論文は以下の7章から構成される。

 第1章は研究の背景と目的であり、水道におけるナノろ過膜の応用についてその経緯と課題を指摘しつつ、膜ファウリングの抑制のため、適切な前処理プロセスが重要であることを指摘した。これまでのナノろ過膜のファウリングに関する研究は、人工的に調整した原水を用いる事例が多く、研究では実際の河川水を様々なプロセスで前処理した前処理水を用いて、ナノろ過膜のファウリングに対する影響を評価した。

 第2章は、文献調査であり、これまでの水道におけるナノろ過膜導入の事例とそこから得られた知見についてとりまとめた。

 第3章は、実験方法であり、各種前処理プロセスについて、また、ナノろ過実験に用いた膜の種類や実験装置について説明した。

 第4章は、実験装置及び膜の基礎性能を把握するため,膜の基礎的な特性を調べた。はじめに,本研究に用いた3種類のポリアミド系のナノろ過膜について、AFM画像による自乗平均面粗さ、ゼータ電位と接触角を測定した。また、ナノろ過膜の濃度分極現象と物質移動について調べるため,濃度分極モデルに基づき,3種類の膜について物質移動係数kと拡散層厚さδを求めた。その結果,物質移動係数kはUTC-60>NF-270>≫UTC-70の順であり,拡散層厚さδはUTC-70≫NF-270>UTC-60の順であった。

 第5章は、異なる前処理によるナノろ過膜のファウリング抑制効果を調べるため,実際の河川水を,3種類の前処理,すなわち,凝集+砂ろ過(CS),精密ろ過(MF),オゾン+生物活性炭吸着(CSOB)により処理した水と多摩川河川水(RAW)を膜供給水とし,3種類のポリアミド系のナノろ過膜によりろ過した場合の膜ファウリング(ろ過抵抗)について比較した。

 最も小さい分画分子量を持つUTC-70膜は,CSとCSOB前処理では100時間の実験期間中,ろ過抵抗がほとんど一定であったが,RAWとMF前処理ではろ過時間の経過とともにろ過抵抗が増加した。中間のMWCOを持つUTC-60と最も大きなMWCOを持つNF-270の膜では,全ての膜供給水について時間とともにろ過抵抗が徐々に増加したが,前処理水のろ過抵抗はRAW水のろ過抵抗よりも常に低かった。CSOB前処理水を膜供給水とした場合,NF-270膜のろ過抵抗は急激に増加したが、これは高い初期透過流束は膜の全体的なパフォーマンスを低下させたためと推定された。

 UTC-70及びUTC-60膜に付着した膜汚染物の総量に対する有機物の平均比率は,RAW水(74.5%)>MF前処理(47.5%)>CS前処理(32.5%)>CSOB前処理(27.5%)の順であった。MFI測定とDOC分画の結果,MF前処理によるUTC-70のろ過抵抗の急速な増加は,微粒子によるケーキ層形成よりも,むしろ有機物質の膜への吸着にあることが推測された。CSOB前処理は有機物を取り除くことに最も効果的であったが,CS前処理に比べてMFIを低減することができなかった。

 第6章では、異なる凝集剤を添加したMF膜処理による膜ファウリングの抑制を調べるため,膜供給水へPAC及び塩化鉄凝集剤を添加したところ,いずれも膜ファウリングを低減する効果が得られ、特に塩化鉄は大きな効果があった。実験に用いた三種類の膜によるUTC-70膜の溶解性有機炭素(DOC)の除去率は凝集剤添加の有無に係わらず90%以上であった。

 膜の薬品洗浄では,超音波洗浄及びアルカリ洗浄による回復率が高かった。これは,酸洗浄の目的物質である鉄・アルミニウムなどの金属類が少なかったからであると思われる。薬品洗浄終了後,純水のろ過抵抗を測定したところ,NF-270膜は新膜の平均99.2%,UTC-70膜は平均88.6%,UTC-60膜は平均57.1%のであった。このように新膜よりもろ過抵抗が大きくなったのは薬品洗浄によりポリアミド系膜が劣化していたことが疑われた。

 第7章は結論であり、本研究の結論をまとめるとともに、今後の課題について述べている。

 これらの研究結果は、浄水プロセスへのナノろ過膜の提供における前処理プロセスの選択基準について、新しい知見をもたらした。以上の理由により、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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