No | 122239 | |
著者(漢字) | 松井,康弘 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マツイ,ヤスヒロ | |
標題(和) | ナノろ過法による地下水中のフッ素除去に関する研究 | |
標題(洋) | Fluoride Removal from Groundwaters using Nanofiltration Process | |
報告番号 | 122239 | |
報告番号 | 甲22239 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6444号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 都市工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | タイ北部チャンマイ盆地のピン川左岸にあるランプン県では,地下水中のフッ素濃度が高いことで知られており,地下水を利用する住民の間では,歯牙フッ素症や骨硬化症といった慢性フッ素中毒が発生している.このような地下水中のフッ素による健康被害は,地下水の利用が広がりつつある他の開発途上国でも指摘されている.ランプン県では,タイ中央政府の支援を得て,地下水中のフッ素を除去するための膜ろ過プラントを設けており,その数は2006年8月時点で30にのぼっている.しかし,これまでに設置された膜ろ過プラントは,地下水中のフッ素以外の共存物質によるフッ素除去への影響,膜ろ過及び前処理装置の効果,ファウリング因子と処理への影響について,十分な評価が行われていない.本研究では,ピン川左岸の沖積平野を中心に,ランプン県において133井戸の水質調査を行った.水質分析に基づいた地下水化学を中心に,対象地域の地形や地質を照合しながら地下水中のフッ素が濃縮される要因を明らかにした.また,膜ろ過プラント8サイトを調査し,膜によるフッ素の除去性と,地下水水質に基づいた膜ファウリング要因を明確にした上で,前処理による効果を評価した. ナノろ過(NF)法は,逆浸透膜による処理に比べると低い操作圧力で膜透過水を得ることができるが,現状では開発途上国の地下水水質の改善のために適用されている例は少ない.架橋芳香族ポリアミドによる溶存イオンの分離機能を有するNF膜は,主に多価イオンの分離に優れており硬度成分の処理に利用されてきた.1996年のInternational Union of Pure and Applied Chemistry; IUPACによると,NF膜は分画可能な範囲の細孔径を2nm以下と定義されている.しかし,近年の製膜技術の向上に伴い,RO膜を進化させて分画範囲はRO膜の領域を維持しながらも,1MPaを下回る低圧で操作可能な低圧RO膜が市販されている.これら膜の構造は,多孔質な限外ろ過膜(UF)を支持膜としその面上に,ポリアミド系の分離機能膜を界面重縮合によってスキン層を形成させている.ポリアミドを形成する主官能基(カルボキシル基とアミノ基)は,水中で生じる可逆的なイオンの解離によって電荷を帯びることから,溶存イオンへの選択性を有する.低圧ROの低圧化とイオン分離性が進化しており,ROとNFの定義が曖昧となっている.本研究では,イオン除去に有効な分離機能膜を有する低圧RO膜をNF膜として位置付けている.本研究では,NF膜によるフッ素分離の特徴をはじめ,地下水水質に基づいたファウリング因子による膜ファウリングの形成とその影響及び,ファウリング膜によるフッ素の除去性を調査した.NF膜の継続的な運転に不可欠な膜洗浄のうち,シリカファウリングに対する対処を考察した. 本論文の第4章より第8章に本研究の考察が述べられている.第4章では,地下水水質に基づき,ランプン県の地下水中のフッ素の分布と高濃度フッ素の成因を調査している.133個の地下水サンプルのうち47サンプルがフッ素濃度1.5mg/L(WHOガイドライン値)を超過し,フッ素濃度の最高値は16.1mg/Lであった.主成分分析の結果より,第1主成分は高濃度フッ素地下水を表し,寄与率31.5%となった.各水質項目の固有ベクトルから高濃度なフッ素,ナトリウム,炭酸水素イオン及びアルカリpHが第1主成分の特徴であった.第2主成分は低濃度フッ素地下水を表し,寄与率19.2%となり,相対的に高濃度なカルシウム,マグネシウム,硫酸イオンが特徴として挙げられた.階層的クラスター分析を行った結果,133個の地下水サンプルは大きく4クラスターに分類できた.そのうち高濃度フッ素地下水が分布する地域をGISソフトにより地質図で照合したところ,高濃度フッ素含有地下水は,ピン川左岸の第4紀以降の沖積平野に集中し,陽イオン交換能の高い粘土質が分布する地帯と一致することが分かった.河川堆積物の風化と陽イオン交換の作用を受けながら地下水水質が形成されており,カルシウムのナトリウムへの陽イオン交換作用が地下水中の高濃度フッ素を促進する要因と考えられた.アルカリ度が高いことによる炭酸カルシウムの飽和や,カルシウムが低濃度でありながらもフッ素濃度が高い故のフッ化カルシウムに対する飽和が考察できた.また,低濃度フッ素地下水は,沖積平野にありながら比較的に地質年代が古く,河川堆積物の風化が主に地下水形成に支配的な地域であった. 第5章は,NF膜(新膜)によるフッ素の除去性を評価した.フッ素除去率はNF膜の操作に関わる圧力や表面流速には影響されないが,膜供給水のpHが影響することが分かった.膜の表面電荷は水中のpHにより変動するため,膜の荷電性の定量を試みた.既知の電解質に膜を浸漬し,平衡後のpHを測定する滴定法がその表面電荷密度を測定する手法として確立した.このようにして求めた膜の等電点及び,膜電荷の変動により,フッ素の除去率低下を説明することが出来た. 第6章は,ランプン地下水中に含まれているフッ素,カルシウム及びシリカが膜ファウリングに及ぼす影響を考察した.そのため3因子の2水準(高濃度及び低濃度)の実験計画法において,膜ファウリングに伴う透過流束の低下,フッ素除去率及び,ファウリング膜の性状を回分実験により調査した.なお,実験において低濃度・高濃度の値は,ランプン地下水調査で観測された水質に基づき設定した.実験の結果,シリカ濃度が高濃度であると,透過流束の顕著な低下が観測された.この現象は,アモルファルシリカの溶解度(120mg/L, 25度程度)以下のシリカ濃度付近でも膜ファウリングが起こることが示された.また,シリカが低濃度であってもフッ素とカルシウムが高濃度でフッ化カルシウムと炭酸カルシウムに対して飽和した水質であると,膜ファウリングを引き起こした.減衰全反射(ATR)法による赤外吸収スペクトルの観測では,原水中に高濃度に含まれる成分によるスケールの発生を確認した.しかし,膜が汚染してもフッ素除去率は変動しなかった.また,原子間力顕微鏡(AFM)で新膜とファウリング膜を比較したところ,新膜が有する固有の表面凹凸(ひだ構造)に,スケールは一様に分布しておらず,スケール形成が山部で強調されていることが分かった. 第7章では,シリカ及びフッ化カルシウムによる膜ファウリングを起こした場合のフッ素の除去性を調査した.実験は,ランプンで普及している膜ろ過プラントと同程度の処理能力を有するパイロットプラントを用いて実施した.シリカファウリングにより,比ろ過抵抗を約5倍に増加させた後,フッ素およびイオンの除去性を調べたところ,透過水中のフッ素濃度は,1MPa以下の低圧運転において1.5mg/Lを超過した(新膜では0.3mg/L).また,新膜においては観測されなかった圧力等の物理的要因による,フッ素の除去性への影響が見られた.フッ化カルシウムによる膜ファウリングの影響として,3倍程度の比ろ過抵抗の増加でフッ素の除去率は変化しないが,5倍を超えると低下した. 第8章は,シリカによって膜ファウリングを起こした膜の洗浄方法およびその洗浄効果の評価について検討した.ランプン地下水は,ゲル状シリカに対して飽和した地下水は少ないが,長期的な運転においてはその影響は避けられないと考えられる.洗浄方法は,既存の知見に基づいて,アルカリ(NaOH),キレート剤(EDTA)及び,界面活性剤(DSS)の組み合わせを採用した.薬品洗浄の効果を調べるため,洗浄後の膜の純水フラックスを測定したところ,この洗浄方法により新膜程度に回復していることが分かった.しかし,AFMにより表面形状を観測した結果,新膜にあった200nm程度のひだ構造が見られなかった.さらにATRでは,1100cm(-1)付近のシリカガラス(Si-O)の吸収帯に強いピークが残存した.以上の実験結果から,純水フラックスのみで薬品洗浄の効果を十分に評価できないと考えられた. 第9章は,これら知見に基づきランプン膜ろ過プラント8サイトの運転状況を評価した.地下水水質は,炭酸カルシウムは7サイトに,フッ化カルシウムは5サイト及び,ゲル状シリカは1サイトにおいてそれぞれ飽和していた.フッ素の除去率はいずれの膜ろ過プラントでも高く,原水中のフッ素に対して95%以上の除去率及び,透過水中のフッ素濃度0.5mg/L以下であった.前処理装置は,除鉄・除マンガンの砂ろ過槽,DOC除去の粒状活性炭槽及び,カルシウム除去のための陽イオン交換反応槽からなる.地下水水質の特徴として挙げられた膜ろ過プロセスのカルシウム系スケールへの対策として,強酸性陽イオン交換樹脂を充填した陽イオン交換反応槽が設けられている.しかし,7サイトが地下水(原水)と前処理水のカルシウム濃度に変化がないことが判明した.これらのサイトでは,陽イオン交換反応槽がカルシウムに飽和した状態で膜ろ過プロセスが稼動していると考えられた.8サイトはいずれも膜の供給水に対する透過水の割合(回収率)がバンクなしで30%以下,2バンクで40〜50%で運転されていた.現状では,炭酸カルシウムの飽和水が膜ろ過プロセスに供給されていても,膜ファウリングが早急な問題となっていないのは低回収率で運転されているためと考えられる.この回収率が50%以上に上昇すると,2サイトの膜濃縮水が炭酸カルシウムとフッ化カルシウム双方に対して過飽和となること考えられた.これらの調査結果から、NF膜ろ過により安定なフッ素除去を行うために、適切な前処理プロセスの選択と運転が重要であることが示された. | |
審査要旨 | 本論文は「ナノろ過法による地下水中のフッ素除去に関する研究」(Fluoride Removal from Groundwaters using Nanofiltration Process)と題し、高濃度のフッ素を含む地下水をナノろ過膜によって処理することにより、地下水からフッ素の除去するプロセスの確立を目指したものである。本研究は9章から構成されている。 第1章は研究の背景と目的で、世界の地下水中のフッ素汚染問題の背景とその広がりについて述べたうえで、これまで一般に普及していた吸着法や凝集沈澱法などの問題点を指摘し、新しいフッ素除去技術の確立が必要であることを述べている。 第2章は、文献調査であり、地下水中のフッ素濃度上昇の原因や既存の除去フッ素プロセス、及びナノろ過プロセスによるイオンの除去に関する既存の文献をまとめた。 第3章は、実験方法であり、タイ国チェンマイ盆地における地下水中のフッ素濃度の調査、ならびにナノろ過膜を用いたフッ素除去に関する実験の方法について述べている。 第4章は、ナノろ過膜を用いたフッ素除去の基礎的な実験結果であり、ナノろ過膜によるフッ素除去に対するpHの影響、膜の表面電位、膜表面における濃度分極、拡散速度係数などを求めている。 第5章では、チェンマイ盆地における地下水中のフッ素濃度の分布と、その他の水質との関連性について、現地調査の結果を報告した。調査の結果、フッ素濃度の高い地下水は、フッ化カルシウムについて飽和しており、カルシウム濃度がフッ素濃度を制限していることが示された。このため、フッ素濃度の高い地下水はナトリウムイオンや重炭酸イオンを多く含み、カルシウムイオン濃度が低いことが示された。その反対に、フッ素イオン濃度が低い地下水は、カルシウムイオンを多く含むことから、カルシウムイオンとナトリウムイオンとのイオン交換により地下水中のフッ素がフッ化カルシウムとして沈澱を免れることにより高い濃度に保たれている可能性が示された。 第6章は、チェンマイ盆地の高濃度フッ素含有地域に設置されたナノろ過膜プラントの機能調査結果を報告した。同地域に設置されたナノろ過膜は、砂ろ過、活性炭吸着、イオン交換からなる前処理とナノろ過膜から構成されているが、前処理プロセスが適切に管理されていないため、フッ化カルシウム及び炭酸カルシウムによる膜ファウリングの恐れがあることを示した。さらに、水質シミュレーションにより、回収率、pHを変化させた場合の膜ファウリングへの影響を評価した。 第7章は、回分式の膜ろ過実験装置を用いて、フッ化カルシウム、炭酸カルシウム、及びシリカを含む地下水による膜汚染について評価した。実験計画法に基づいて、3因子2水準の実験を、純水中にこれらの物質を異なった濃度で溶解する方法で行った。実験の結果、シリカによる膜汚染が最も深刻なフラックスの低下を引き起こした。フッ化カルシウム及び炭酸カルシウムは、それぞれの濃度が単独で高い場合にはフラックスの低下はわずかであったが、これらの両方の濃度が高い場合、フラックスが大きく低下し、交互作用が認められた。これらの実験全てにおいて、膜汚染によるフッ素除去率の低下は認められなかった。 第8章は、ナノろ過パイロット実験装置を用いてコロイド状シリカによる膜ファウリングと、フッ素除去への影響を評価した。地下水中のシリカがコロイド状の場合、第7章の反応性シリカとはことなり、ナノろ過膜によるフッ素の除去率が低下した。その理由を解析するため、濃度分極モデルと膜透過モデルにより膜表面のシリカ濃度を推定したところ、コロイド状シリカによりファウリングした膜では、膜表面のフッ素濃度が上昇しており、シリカによるゲルの性状の違いが、フッ素除去率に影響することが確かめられた。 第9章は結論であり、本研究の結論をまとめるとともに、今後の課題について述べている。 これらの研究は、ナノろ過膜による地下水中のフッ素除去の有効性とその課題が明らかとなるとともに、地下水水質と膜汚染およびフッ素除去率の変化について新しい知見が得られた。これらの研究成果は、今後地下水中のフッ素除去のためのナノろ過プラントの設計に寄与する他、今後の研究の進展に大きく貢献するものである。以上の理由により、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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