学位論文要旨



No 122244
著者(漢字) 金子,幸生
著者(英字)
著者(カナ) カネコ,ユキオ
標題(和) 集束超音波と微小気泡を利用した腫瘍の非侵襲治療法に関する研究
標題(洋)
報告番号 122244
報告番号 甲22244
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6449号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 姫野,龍太郎
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 助教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

1 緒言

 近年,強力集束超音波(HIFU : High Intensity Focused Ultrasound)を用いた腫瘍の非侵襲集治療について研究が進んでいる.これは,強力超音波の集束により発生する熱エネルギーを利用して組織を加熱凝固させる手法であり,様々な部位に対する臨床での応用例も報告されている((1,2)).しかし,例えば頭蓋骨に覆われている脳腫瘍や,体内深部に存在する肝腫瘍などについては,超音波の反射・屈折・減衰といった影響が大きくなるため,HIFUを適用した際に患部に到達するエネルギーが加熱凝固するのに不十分となる場合があるといった問題を抱えている.

 一方,微小気泡の医療分野への応用もされており,現在,超音波画像診断の際に血管造影剤として使用されている.このような微小気泡に対して超音波を照射すると,気泡自身が超音波エネルギーを吸収し熱エネルギーに変換する作用を持つことが気泡力学の知見として得られている((3-5)).また,HIFU照射時における加熱凝固領域に関する検討もなされており((6,7)),主にキャビテーション気泡の発生により加熱凝固される体積や形状が大きく変化することが示されている.このような微小気泡の持つ発熱作用を適切に抽出し,かつ制御することができれば,患部での発熱効果を増強することが可能となる.

 本研究では,現在は診断時に使用されている造影剤気泡を積極的に治療に適用し,加熱凝固作用を増強することで,より低出力の超音波で高効率の加熱治療を実現すること,さらには現在治療困難とされている部位の治療を可能とすることを最終的な目的とする.本論文においては,強力集束超音波照射時における微小気泡の発熱作用に着目し実験的解析を行うことで,微小気泡による加熱凝固治療に関する指針を得ることを目的とする.

2 超音波音場内における振動気泡の発熱作用

 第一に,超音波音場内における微小気泡の発熱挙動に関して実験を行った.波形生成機構で生成された正弦波形を球面状PZT素子で作られたピエゾトランスデューサに送信し,集束超音波を発信する.超音波トランスデューサは周波数2.2MHz,直径40mm,焦点距離40mmのものを使用した.超音波焦点領域に10mm立方の空間を設け,その空間内に微小気泡を含んだ水を注入し,その水の温度をシース径0.25mmの熱電対により測定した.同時に,高速度カメラにより焦点領域の気泡挙動について撮影した.微小気泡として,超音波造影剤Levovist(R)(平均直径:1.3μm,内部気体:空気)を使用した.

 まず,微小気泡を含んだ水に超音波照射した際の温度上昇を評価したところ,ボイド率(α)の増加に伴い温度上昇がより大きくなった.これは,超音波音場内の微小気泡が振動し,その振動が熱伝導・粘性散逸・音響放射といった要素((8,9))により減衰することで,気泡界面近傍で熱として散逸するためだと考えられる.なお,比較的低いボイド率(α=10(-7))の場合では,超音波照射数秒後あたりで温度が一定もしくは低下する傾向が観測されたが,これは超音波照射に伴い造影剤気泡が徐々に消失したためだと考えられる.実際に,この時の気泡挙動をカメラで観測してみると,超音波照射とともに気泡の発生する領域が超音波伝播方向の奥側に移動していく様子が捉えられ,照射とともに気泡数が減少していることがわかった.以上より,実際のHIFU治療で使用される範囲内のボイド率及び超音波強度に対して,気泡による発熱作用の増強について知見が得られ,さらに気泡挙動と温度上昇との相関が確認された.

3 微小気泡が分布する媒質内における高温領域形成

 次に,より体組織に近いスケールを想定して,微小気泡が超音波伝播領域に含まれた際における媒質内の温度分布について考える.具体的には,体組織を模擬したゲル内に微小気泡を含ませ,その媒質に超音波照射を行った際のゲル内の温度分布を可視化した.温度分布の可視化を行うため,集束超音波音場内に感温液晶シートを置いた.感温液晶とは,温度によって可逆的に変色する液晶である.本実験により,微小気泡を含む体組織内での加熱凝固領域の把握,制御に向けて知見を得ることを目指している.

 まず,気泡の有無による温度分布の違いについて考える.気泡無し(α=0)の場合,集束超音波の幾何的焦点を中心として楕円状に高温領域が見られ,時間経過に伴いその領域が等方的に広がる.これが現在HIFU治療で一般的に観測される高温領域形状である.一方,気泡を含んだ(α=10(-6))場合は円錐形状の高温領域が観察され,高温領域体積については気泡の付与により拡大した.これは,前章でも示したように微小気泡の存在により超音波焦点領域での熱散逸が大きくなるためである.次に,ボイド率をパラメータにとり温度分布の関係について詳細に解析を行った.超音波照射時における温度分布の時間履歴を見ると,ボイド率の増大に伴い高温領域が超音波発生源側にシフトしていく様子が捉えられ,さらに高いボイド率の場合,幾何学的焦点での温度上昇は観察されず,超音波発生源近傍に高温領域が見られた.これは,ボイド率の増大に伴い集束超音波音場内におけるエネルギーバランスが大きく変化し,エネルギーピークが幾何学的焦点から超音波発生源に移動していることを示している.

 高温領域の体積と位置との関係に着目すると,本実験条件において,α=10(-7)から10(-6)となる領域において高温領域の体積が大きくなる.一方,高温領域の位置に着目すると,α=10(-6)から10(-5)にかけてその位置は大きく異なっており,α=10(-5)では幾何学的焦点から大きく外れた位置に高温領域が存在している.ここで,本実験条件においては,焦点領域近傍でかつ広い高温領域を実現するためにはα=10(-6)程度が有効であるといえる.本解析により,高温領域の位置や体積,形状は媒質内におけるボイド率に大きく依存することがわかり,微小気泡を有する媒質内での高温領域の制御を行う上で,このような現象を考慮することが重要となることが示された.

4 生体内における微小気泡による加熱凝固作用

 前章までで得られた知見に基づき,ここでは気泡振動による発熱増強効果をin vivo実験によって検証する.実験動物としてはラット,ラビットを使用し,超音波周波数は2.2MHzとしている.体組織内の温度上昇の評価としては複数本の熱電対による温度測定を実施し,加熱凝固領域については,超音波伝播軸を通る切片を観察し各寸法の計測し評価を行った.ここでは,まず造影剤気泡(Levovist(R))の注入による温度上昇及び加熱凝固の増強効果について確認され,体組織内においても微小気泡が発熱に寄与することが確認された.さらに,ボイド率の増加に伴う加熱凝固領域の変化について,前章のin vitro実験のときと同様の傾向が示された.また,造影剤気泡の種類の違いにより加熱凝固領域に変化をもたらすことが確認された.

5 結言

 本論文では,腫瘍の非侵襲加熱凝固治療の実現という目的のもと,MHz帯域の強力集束超音波音場におけるμmオーダーの微小気泡の熱的な特性に着目して実験的解析を行い,現在診断時に音源として使用されている微小気泡が,強力超音波音場内で熱源として有効に作用することがin vitro, in vivo実験の双方で確認された.さらに治療において要求される加熱凝固領域の位置・体積に対して,最適な微小気泡及び超音波条件が存在することが示され,微小気泡による加熱凝固治療を行う上で重要な指針を得ることができた.

参考文献(1) ter Haar, G. R., 2002. Physics Today, Vol. 54, No. 16, pp. 29-34.(2) Wu F., Zhi-Biao W., et al., 2004. Ultrason. Sonochem., vol. 11, pp. 149-154.(3) Holt R. G. and Roy R. A., 2001. Ultrason. in Med. & Biol., vol. 27, No. 10, pp. 1399-1412.(4) Umemura S., Kawabata K., et al., 2005. IEEE Trans. Ultrason. Ferroelectr. Freq. Control., vol. 52, No. 10, pp. 1690-1698.(5) Kaneko Y., Maruyama T., et al., 2005. Eur. Radiol., vol. 15, pp. 1415-1420.(6) Bailey M. R., Couret L. N., et al., 2001. Ultrason. in Med. & Biol., vol. 27, No. 5, pp. 695-708.(7) Chavrier F., Chapelon J. Y., et al., 2000. J. Acoust. Soc. Am., vol. 108, No. 1, pp. 432-440.(8) Devin C., 1959. J. Acoust. Soc. Am., vol. 31, No. 12, pp. 1654-1667.(9) Prosperetti A., 1977. J. Acoust. Soc. Am., vol. 61, No. 1, pp. 17-27.
審査要旨 要旨を表示する

 腫瘍の非侵襲治療法として,強力集束超音波による治療法が注目されている.しかし,頭蓋骨に覆われている脳腫瘍や,体内深部に存在する肝腫瘍などについては,超音波の反射や屈折,減衰といった影響が大きくなり,治療目的部位に対して超音波エネルギーが十分到達できないため,一部の臓器に対しては超音波治療の適用は難しいとされている.そこで,本研究では集束超音波に加えて,現在超音波診断の際に血管造影剤として用いられている微小気泡を発熱体として利用することで,患部での発熱作用を増強するといった手法の実現を目指している.

 本論文においては,その手法の実現に向け,強力集束超音波照射時における微小気泡の発熱作用に着目し解析を行い,微小気泡による加熱凝固治療に関する指針を得ることを目的とする.

 本論文は,「集束超音波と微小気泡を利用した腫瘍の非侵襲治療法に関する研究」と題し,全5章からなる.

 第一章は「序論」であり,本論文の研究背景,問題点の提起及びその解決手法について述べている.

 第二章は「超音波音場内における微小気泡の発熱作用」であり,現在,超音波診断時に使用されている微小気泡造影剤(Levovist〓)を用いて,微小気泡の発熱作用に着目して実験を行っている.まず,微小気泡を含む水に対して集束超音波を照射し,その際の温度上昇の測定を行い,ボイド率の増大に伴い温度上昇が大きくなることを確認している.実際の超音波治療で使用される範囲でのボイド率及び超音波強度に対して実験を行い,微小気泡によって発熱作用が増強されることを示している.さらに,温度測定と同期して,集束超音波照射における気泡の挙動のカメラ撮影を行い,ボイド率及び超音波強度の増大に伴い,気泡が多く発生する領域が幾何学的焦点位置から音源側に移動することを確認している.また,測定した温度上昇と気泡挙動との比較を行い,その相関について示している.

 第三章は「微小気泡が分布する媒質内における高温領域形成」であり,より体組織に近い状態を模擬した,微小気泡を分布させたゲルを用いて実験を行い,その媒質内の温度分布を可視化し解析している.ここでは,媒質内のボイド率の変化に伴い,媒質内で形成される高温領域の位置形状が大きく変化することを明らかにしている.具体的には,集束超音波照射により形成される高温領域の体積に着目した際,ボイド率が大きくなるにつれて高温領域の体積が増大する現象を確認し,微小気泡が発熱作用の増強に寄与していることを示している.また,高温領域の位置については,ボイド率の増大に伴い高温領域が超音波発生源側にシフトしていく様子,さらに高いボイド率の場合,幾何学的焦点での温度上昇は観察されず,超音波発生源近傍に高温領域が現れることを確認し,ボイド率の増大に伴い集束超音波音場内における熱エネルギーの空間分布が大きく変化することを示している.本解析により,微小気泡を有する媒質内での高温領域の制御を行う上で,このような現象を考慮することが重要となることを述べている.

 第四章は「生体内における微小気泡による加熱凝固作用」であり,前章までで得られた知見に基づき,ここでは気泡振動による発熱増強効果についてin vivo実験を実施して検証している.体組織内の温度上昇の評価としては複数本の熱電対による温度測定を実施し,加熱凝固領域については,超音波伝播軸を通る切片を観察し評価を行っている.まず,造影剤気泡(Levovist〓)の注入による温度上昇及び加熱凝固の増強効果について確認しており,体組織内においても微小気泡が発熱に寄与することを示している.次に,ボイド率の増加に伴う加熱凝固領域の変化について,前章のin vitro実験のときと同様の傾向が示されることを確認している.さらに,加熱凝固治療に適した微小気泡の開発を目指して,気泡内部気体に着目した実験を行い,空気気泡と比べ,アルゴンのような比熱比の高い気体を有する気泡が熱源としてより有効に作用する可能性について示している.

 第五章は「結論」であり,以上の考察により明らかになった,集束超音波照射下における微小気泡の発熱挙動についてまとめている.

 強力集束超音波音場におけるμmオーダーの微小気泡の熱的な特性に着目して,実験的に解析している例はほとんどなく,本実験で得られる知見の持つ意義は大きい.臨床側の観点においても,微小気泡は超音波診断の際に音源として用いられているのが主だが,それを治療目的に熱源として利用できれば,腫瘍治療のみならずその価値は高い.同時に,本論文における実験系は実際の超音波治療を想定して設計されており,医療超音波の分野において本論文の成果がより直接的にフィードバックされることが期待される.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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