学位論文要旨



No 122247
著者(漢字) 椎原,良典
著者(英字)
著者(カナ) シイハラ,ヨシノリ
標題(和) 金属系大規模電子構造計算を目的としたバンド・バイ・バンド第一原理有限要素法に関する研究
標題(洋)
報告番号 122247
報告番号 甲22247
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6452号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉川,暢宏
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 佐藤,文俊
 東京大学 助教授 泉,聡志
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の目的

 昨今のナノテクノロジーの興隆を背景として,材料の機能を決定する因子の一つとして原子構造が注目されている.特に表面・界面・原子欠陥等のナノ構造はバルク材にはない特異なナノ物性を発現することから,機能性材料への応用が期待されている.これらナノ構造における物性を予測するためには,その構造の電子状態に関する知見がきわめて重要である.密度汎関数法をはじめとする第一原理計算は電子論に基づいた原子挙動予測を可能とするシミュレーション技法であり,経験的パラメータによることなく,高精度な物性予測を与える.

 第一原理計算においてはその膨大な計算量が問題となる.特に,界面・原子欠陥等は金属を含む大規模系から構成されるため,一般に計算の難しい系とされている.実空間法はその並列計算適性から大規模系の電子構造計算に適すると考えられているが,既往の手法はいずれも大規模金属系の安定計算を実現するアルゴリズムを持っていない.その一方で,従来法である平面波法においてはバンド・バイ・バンド計算法が大規模金属系の安定高速解法として確立されている.しかしながら,平面波法は高速フーリエ変換を多用することから並列計算適性が乏しく,大規模系の電子構造計算に適さないと考えられている.本論文の目的は金属系の大規模並列計算を可能とするバンド・バイ・バンド第一原理計算アルゴリズムを実空間有限要素法の枠組みの中で再構築することである.

2. 密度汎関数法の有限要素定式化

 有限要素法を実空間法として採用し,ノルム保存型擬ポテンシャル法に基づく定式化を行った.また,周期境界条件上における局所擬ポテンシャルおよび非局所擬ポテンシャルの有限要素メッシュ上における評価法について検討した.構築した実空間有限要素法によってシリコンダイマーの電子構造計算を行い,その精度を検証した.汎用第一原理計算ソフトによる結果との比較を通して,構築した実空間有限要素法がmeVオーダーの充分な精度を持つことを示した.

3. 並列化バンド・バイ・バンド計算法

 バンド・バイ・バンド計算法における線形固有値解法の領域分割並列化について検討し,その高速化を実現する効果的前処理法を示した.線形固有値問題はBKL法,もしくはRMM-DIIS法の反復解法によって解かれるが,これら反復法の安定高速化には前処理法が必要不可欠である.本研究では,Ganらの前処理法についてその高速化法について検討した.その結果から,誤差モードの減衰傾向から前処理方程式が反復法によって高速に解かれることを示した.あわせて,前処理方程式の反復解法における収束条件δが計算速度および並列効率を左右する重要なパラメータであることを示した.シリコン64個からなるダイヤモンド結晶および酸素分子の計算において適当な収束条件δを設定することにより,16CPUの計算で80%程度の高並列効率を実現されることを示した.

4. 実空間収束安定アルゴリズム

 バンド・バイ・バンド計算法における非線形解法を実空間上で構築した.非線形解法においてはCharge sloshingとLevel sloshingと呼ばれる収束不安定性の問題が存在する.平面波法においてはCharge sloshingはPulay-Kerker法,Level sloshingはGaussian smearing法によって解決されている.Gaussian smearing法は実空間バンド・バイ・バンド計算法を用いることで容易に実現できる一方,Pulay-Kerker法は実空間法において提案されていない.そこで,Pulay-Kerker法の核となるKerker前処理行列を実空間上で構築した.実空間Kerker前処理行列はManninenのポテンシャル混合法を実空間離散化することにより与えられる.構築した実空間非線形解法をアルミニウム108個からなるfcc結晶に対して適用し,その収束安定性を確認した.また,108個から324個までのアルミニウムfcc結晶に対して計算を行い,Charge sloshingの影響が大きい拡大した系においてもロバストな実空間計算が可能であることを確認した.

5. 結論

 以上において提案した,領域分割有限要素法による高速前処理法および実空間Kerker前処理による収束安定解法によって,大規模金属系に対しても高速かつロバストな実空間バンド・バイ・バンド計算が実現可能となった.本計算を数百プロセッサからなる大規模並列計算機上で実行することによって,大規模金属系原子系の第一原理計算にかかるコストは大幅に低減されるものと期待される.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は1000原子規模の金属ナノ界面・欠陥近傍の電子論的評価を可能とする第一原理計算法の確立を目的として,そのアルゴリズムに関する検討を行ったものである.既往の手法としては平面波法や実空間法があるが,並列適性,ロバスト性の面で長短があり,大規模金属系への適用は至難であった.本研究では,その解決としてバンド・バイ・バンド有限要素法を提案し,平面波法で発展した高度な前処理法を実空間上で再構築することによって,高並列・ロバストな第一原理計算手法を実現した.

 第1章序論では本研究の目的と意義および本論文の構成を示している.機能性界面の物性評価を具体例として挙げ,既往の原子シミュレーション手法との比較を通して,高精度原子シミュレーションを可能とする大規模電子構造計算の重要性について述べている.大規模電子構造計算を目的とした先行研究を列挙し,そのいずれもが金属系への適用性を欠いていることを指摘し,大規模金属系の電子構造計算手法を確立することの意義を明らかにしている.その手段として,筆者はバンド・バイ・バンド計算法の実空間化を提示し,バンド・バイ・バンド計算法の実空間化において必要な線形固有値問題の並列化および非線形問題の実空間化を本研究の目的として定めた.

 第2章密度汎関数法の理論では金属系大規模第一原理計算を実現する手段としてのバンド・バイ・バンド有限要素法の妥当性について述べている.前半においては密度汎関数法の定式および解法に関する知見,および既往の手法の問題点についてまとめ,金属系の安定解法としてのバンド・バイ・バンド計算法の優位性について述べている.また,有限要素法の大規模系への高適性を示すために,平面波法の並列化手法であるバンド並列化と実空間法の並列化手法である領域分割法を対比している.後半においては,本研究が求解プロセスであるバンド・バイ・バンド計算法に着目した研究であることを強調し,計算高速化を目的としてきた既往の実空間法との差異から本研究の位置付けを明らかにしている.

 第3章有限要素離散化密度汎関数法では密度汎関数法の有限要素定式化を行った.ノルム保存型擬ポテンシャル法の有限要素法による離散化の過程を示し,その結果である有限要素離散化Kohn-Sham方程式を示した.また,周期境界条件下における局所擬ポテンシャルの有限要素メッシュ上における評価法について検討した.Si2の自由エネルギー評価を行い,汎用第一原理計算ソフトによる結果との比較を通してその精度を検証した.

 第4章並列化バンド・バイ・バンド計算では実空間バンド・バイ・バンド計算法における線形固有値解法の領域分割並列化前処理法について検討した.線形固有値問題としてはBKL法およびRMM-DIIS法を採用し,前処理法はGanらの手法を用いている.本研究ではGanらの前処理法の高速化法について検討を行い,誤差モードの関係から前処理方程式が反復法によって高速に解かれると推論した.その結果,ここで用いられる収束条件パラメータδが,計算速度および並列効率を左右することを示した.シリコン64個からなるダイヤモンド結晶および酸素分子の計算において適当な収束条件パラメータδを設定することにより,RMM-DIIS1ステップにおいて16CPUの並列計算で80%程度の高並列効率を実現されることを示した.

 第5章実空間収束安定アルゴリズムでは非線形安定計算法の構築を行った.本研究では,実空間Kerker法に基づく収束安定前処理法を新たに提案した.Pulay-Kerker法の核となる実空間Kerker前処理行列と逆空間Kerker前処理行列を比較し,両者が一致することを計算によって確認した.構築した実空間非線形解法をシリコン64個からなるダイヤモンドの系,およびアルミニウム108個からなるfcc結晶の系のそれぞれに適用し,半導体および金属において収束安定に解が得られることを確認した.また,108個から324個までのアルミニウムfcc結晶の計算をとおして,原子数百個程度の大規模金属系においてもロバストな実空間計算が可能であることを確認した.

 第6章結論では本論文の総括と提案した計算法の発展可能性を論じている.本論文の要点は第3章で構築した領域分割前処理法による並列高速解法と第4章で構築した実空間Kerker前処理法の2点である.最後に計算量の概算を行い,1400原子規模の金属系大規模計算が本手法を拡張することによって現実的な時間内で実行できると推測した.

 以上を要約するに,本研究の成果である有限要素バンド・バイ・バンド計算法によって,大規模金属系第一原理計算の実現に大きく前進し,この点において本論文の工学的意義が認められ,よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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