学位論文要旨



No 122248
著者(漢字) 塩崎,聖治
著者(英字)
著者(カナ) シオサキ,セイジ
標題(和) シリカ表面における触媒反応機構のマルチスケール解析
標題(洋)
報告番号 122248
報告番号 甲22248
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6453号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高木,周
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 丸山,茂夫
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

 宇宙往還機が大気圏に再突入する際に衝撃波後方で解離した酸素,窒素原子が機体の断熱材コーティング表面で酸素,窒素分子等に再結合する触媒反応が機体の空力加熱の増加に大きく影響していることがよく知られている.断熱材厚さの最適化,即ち機体の軽量化へと繋がる空力加熱の高精度な予測を行うためには,この触媒反応のモデル化が重要である.この反応については,表面に吸着している原子と入射原子との反応であるEley-Rideal (E-R)反応と吸着原子同士の反応であるLangmuir-Hinshelwood (L-H)反応の2種類の反応過程を考慮して,これまで実験,理論によるモデル化の両面から多くの研究が行われている[1]-[3].しかしながら,実験によってエネルギー障壁等のパラメータを決定することが困難であるため,これまでに行われてきた現象論的なアプローチによるモデル化によって,その反応メカニズムが明らかにされているとは言い難い.そこで,本論文では断熱材コーティング表面での不均一触媒反応のメカニズムの解明を目的とし,第一原理計算及びモンテカルロ計算を用いたマルチスケール解析によって,シリカ表面における酸素原子再結合反応のモデル化を行った.

2. 密度汎関数理論による表面素過程の計算

 第一原理計算によって触媒反応に寄与する素過程の解析を行った.具体的には,平面波-擬ポテンシャル法電子構造数値解析プログラムパッケージであるVASP[4]を用いて密度汎関数理論(Density Functional Theory, DFT)に基づく第一原理計算を行い,酸素原子の吸着エネルギーと吸着原子の表面移動のエネルギー障壁を求めた.またFrozen-phonon法によって表面格子振動の振動数を求めた.ポテンシャルにはPAW-GGA[5]を用い,エネルギーカットオフは600 eVとした.シリカ表面としてはRignaneseら[6]が第一原理分子動力学による解析で求めたDense surfaceと呼ばれているalpha-quartzの(0001)再構成表面を採用した.シリカの表面構造は厚さ方向に4層の原子層と10Åの真空を加え,周期境界条件を用いることにより再現したスラブモデルを用いた.スラブの計算の際には最表面の酸素原子及び第2層目のシリコン原子の構造最適化を行った.考えている表面の反対側の原子のダングリングボンドは水素原子によって終端した.表面の吸着サイトとして1-foldから3-foldまでのサイトを考えた結果,酸素原子は1-foldのサイトに安定に吸着し,その吸着エネルギーは2.19eVであることが分かった.

 吸着サイト間の原子の表面移動のMinimum Energy Path (MEP)及びエネルギー障壁を8イメージを用いたClimbing Image Nudged Elastic Band (CI-NEB)法[7]を用いて求めた.その結果,表面移動のエネルギー障壁として1.46eVという値が得られた.

 次に,E-R,L-Hの両反応機構について吸着原子と表面との距離及び反応する原子間距離をパラメータにとってPotential Energy Surface (PES)を求め,それぞれの反応の反応経路及びエネルギー障壁についての詳細な解析を行った.その結果,E-R反応については入射原子の反応性が非常に大きいため,エネルギー障壁が存在しないことが分かった.また,L-H反応についてはそのエネルギー障壁は0.25eVとなることが分かった.

3. 動的モンテカルロ法による触媒効率の計算

 触媒反応のイベントとして固体表面への原子の入射,吸着原子の表面移動,脱離を考慮した動的モンテカルロ法(kinetic Monte Carlo method, kMC)[8]による解析を行った.本論文では,吸着原子の脱離及び表面移動は第一原理からモデル化し,入射原子の表面への吸着及び再結合反応は古典的なモデル化を行うことによって,入射原子の数流束に対する再結合原子の数流束の比で定義される触媒効率を求めた.原子が入射又は表面移動した際に吸着原子と衝突した場合,ある反応確率で再結合するとした.kMCの解析においては吸着,脱離,表面移動の各イベントが固体表面の吸着サイトで単位時間当たりに起こる回数で定義される遷移率を求める必要がある.入射の遷移率は単位時間当たりに固体表面に入射する原子数を用いて表現できる.脱離の遷移率はDaissら[9]が提案した遷移状態理論による非活性化脱離の式を用いた.表面移動の遷移率は遷移状態理論からアレニウス型の式で書けるとし,その前因子は吸着状態及び遷移状態における振動の分配関数の比として表現した.E-R及びL-H反応の反応確率は古典衝突理論からそれぞれ立体因子とエネルギー障壁を用いてアレニウス型の式で表現できるとした.

 1-foldサイトのみからなるシリカ表面格子モデルを構築し,kMCによる解析を行った.吸着原子は最近接の4つの吸着サイトへそれぞれ1/4の確率で等方的に移動できるとした.100×100の吸着サイトを考え,周期境界条件を適用した.

 吸着原子の表面移動は低温では非常に稀な現象であるので,反応のメカニズムとしては低温領域においてはE-R反応が支配的であると考えられる.そこで,500K以下の温度においてSewardら[2]が提案したE-R反応のみを考慮した現象論的モデルを用い,Greavesら[3]の実験データに触媒効率をフィットすることによって,吸着確率,及びE-R反応の反応確率を決定した.また,L-H反応のエネルギー障壁はE-R反応のエネルギーと等しいと仮定し,0.1eVとした.L-H反応の立体因子をパラメータとして0.01から1.0の範囲で触媒効率を求めた.

 求めた触媒効率はL-H反応の立体因子が0.1のときにGreavesらの実験結果とよく一致した.750K程度まで触媒効率は温度と共に大きくなるが,750K付近をピークに減少に転じていた.これは温度の上昇と共に吸着原子の脱離が頻繁に起こるようになり,表面被覆率が急激に低下し,シリカ表面の触媒としての役割が小さくなるためである.SewardらはE-R反応の立体因子に非常に大きな温度依存性を持たせることによって300〜1900Kの温度範囲で触媒効率のモデル化を行ったが,今回のモデル化ではE-R反応の立体因子は定数とし,L-H反応の効果を取り入れることによってより実際の物理に則したモデルとなっている.600K以下の領域では吸着原子の表面移動が起こりにくいためにL-H反応はほとんど起こらずE-R反応が支配的になり,600K以上の範囲では表面移動の影響が現れ,L-H反応が支配的になることが分かった.

4. 結言

 シリカ表面における酸素原子再結合反応についてマルチスケール解析の概念に基づいて,触媒反応モデルを開発し,以下の知見を得た.

・ alpha-quartz(0001)再構成表面を構築し,その表面が吸着エネルギー2.19eVの1-foldの吸着サイトのみで表現できることを示した.

・ CL-NEB法を用いて1-foldサイト間の吸着原子の表面移動の反応経路を求め,そのエネルギー障壁が1.46eVであることを示した.

・ 遷移状態理論を用いて脱離,表面移動の遷移率を決定した.

・ シリカ表面の格子モデルを構築しkMCによる解析を行った.その結果,吸着確率,反応確率を実験値へフィットすることによって触媒効率の計算結果が実験データと定量的に一致することを示した.

・ L-H, E-R反応についてPESを求め,その反応経路についての検討を行い,L-H反応についてはエネルギー障壁が0.25 eVであることを,E-R反応については障壁が存在しないことを示した.

参考文献[1] T. Kurotaki, AIAA Paper, 2000-2366, (2000).[2] W. A. Seward, E. J. Jumper, J. Therm. 5, 284, (1991).[3] J. C. Greaves, et al., Trans. Faraday Soci., 55, 1355, (1959).[4] G. Kresse and J. Hafner, Phys. Rev. B 47, 558, (1993).[5] G. Kresse and J. Joubert, Phys. Rev. B 59, 1758, (1999).[6] G. M. Rignanese, et al., Phys. Rev. B 61, 13250, (2000).[7] G. Henkelman, et al., J. Chem. Phys. 113, 9901, (2000).[8] K. A. Fichthorn, et al., J. Chem. Phys.,95, 1090, (1991).[9] A. Daiss, et al., Molecular Physics and Hypersonic Flows, edited by M. Capitelli, NATO ASI Series C, Vol. 482, Kluwer Academic Publishers, Dordrecht, (1989).
審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,シリカ表面における不均一触媒反応について,第一原理計算からのモデル化によってその反応機構を明らかにし,マルチスケール解析の概念に基づいた表面反応のモデル化手法を確立することを目的としている.

 宇宙往還機が大気圏に再突入する際に機体の断熱材表面で酸素,窒素原子が再結合する触媒反応が,空力加熱の増加に大きな影響を与えていることが知られている.これまでにこの触媒反応については実験,理論の両面から多くの研究がなされている.しかしながら未だにその反応メカニズム及び空力加熱への寄与の程度が明らかになっているとは言い難い.そこで本論文では,希薄気体流れ等の解析において成果を上げている,第一原理からのマルチスケール解析手法の表面反応への応用を行い,断熱材表面コーティングとして用いられているシリカ表面上での酸素原子再結合反応のモデル化を行っている.本論文は「シリカ表面における触媒反応機構のマルチスケール解析」と題し,全5章からなる.

 第1章は「序論」であり,研究の背景と目的,また過去に行われたシリカ表面における触媒反応に関する研究を挙げ,これらに対する本論文の位置づけを述べている.

 第2章は「マルチスケール解析手法」であり,本論文で用いた計算手法である動的モンテカルロ法の概要について述べている.次に,動的モンテカルロ法の計算の際に重要となる「遷移率」について,遷移状態理論を用いた導出方法について述べており,この遷移率に必要なパラメータが第一原理計算から求めることが可能であることを示している.また,動的モンテカルロ法による解析のアプローチとして,吸着原子の脱離,及び表面移動を第一原理計算からモデル化する半経験的アプローチと,脱離,表面移動に加え,再結合反応過程についても第一原理計算からモデル化する非経験的アプローチを提案している.

 第3章は「密度汎関数法による表面素過程の解析」であり,密度汎関数理論に基づく第一原理計算によって,シリカ表面での吸着原子の脱離,表面移動の素過程について遷移率を決定している.まず,シリカ表面としてスラブ近似を用いてalpha-quartz(0001)面の再構成表面を構築し,酸素原子の吸着エネルギーを求め,吸着サイトの位置を探索し,その表面が単一の吸着サイトで覆われていることを明らかにしている.また,Frozen-phonon法を用いて表面格子振動の解析を行い,吸着原子の脱離の遷移率を求めている.次に,吸着原子のサイト間表面移動について,Climbing Image Nudged Elastic Band法を用いて解析を行い,そのエネルギー障壁及び,遷移状態における表面構造を求めている.表面移動の素過程についても,初期状態,及び遷移状態における表面格子振動の解析から,その遷移率を求めている.

 第4章は「シリカ表面における触媒反応の解析」であり,第2章で提案したマルチスケール解析手法と第3章で導出したパラメータを用い,シリカ表面における酸素原子再結合反応について半経験的アプローチにより解析し,吸着確率及び反応確率を最適化することによって触媒効率の実験値と計算結果が定量的に一致することを示している.また,その際の反応メカニズムについて,低温領域では入射原子と吸着原子との再結合である,Eley-Rideal(E-R)反応が支配的であり,高温領域では吸着原子同士の再結合反応である,Langmuir-Hinshelwood(L-H)反応が支配的であることを明らかにしている.次に,非経験的アプローチによる解析を行う際に必要となる,E-R及びL-H反応の詳細過程について,密度汎関数法を用いてポテンシャルエネルギー面を作成し,その反応経路についての検討を行っている.E-R反応については,エネルギー障壁が非常に小さく,入射原子の並進エネルギーや入射角度がその反応確率に大きく影響することを示している.また,L-H反応については,その反応律速及び反応経路についても考察している.

 第5章は「結論と展望」であり,本研究で得られた結果を総括し,今後の展望について述べている.

 先に述べたような背景から,シリカ表面における酸素原子再結合反応について,第一原理計算からのマルチスケール解析によってその反応機構に関する知見を明らかにしたことの意義は大きい.特に,第一原理計算から表面における触媒反応素過程のモデルを構築したという点で非常に優れた論文である.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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