学位論文要旨



No 122251
著者(漢字) 塚本,哲
著者(英字)
著者(カナ) ツカモト,アキラ
標題(和) 細胞膜微小変形による細胞内シグナル伝達の分子イメージング技術を用いた研究
標題(洋)
報告番号 122251
報告番号 甲22251
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6456号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 杉浦,清了
 東京大学 助教授 佐藤,文俊
 東京大学 助教授 酒井(古川),克子
内容要旨 要旨を表示する

 生体はその内外で物理量を特に細胞が感受して生理機能を維持していることが知られる.それら物理量はメカニカルストレスと呼ばれ,メカニカルストレスは細胞内に生化学応答である細胞内シグナルを惹起することも知られる.この細胞内シグナルは細胞がメカニカルストレスを感受する機序を解明する手がかりになると考えられている.そこで本研究ではメカニカルストレスのモデル系として細胞膜微小変形を用いることで,メカニカルストレスが惹起する細胞内シグナルの中でもCa(2+)シグナル経路を検証した.

 過去の文献によると,細胞膜微小変形が惹起するCa(2+)シグナル経路の中でもPLC活性化より上流の細胞内シグナルについては検証がほとんどなされていない.そこで本研究では阻害実験を用いて細胞膜微小変形が惹起するCa(2+)シグナル経路,特にPLC活性の上流シグナルを含えてその周辺の細胞内シグナルを多角的に阻害実験にて確認した.さらに,最近他分野で試みられているPLC活性化のリアルタイムイメージングを用いてPLC活性化の直接的に観察した.また,PLC活性化と細胞内[Ca(2+)]上昇との相関関係について他分野で試みられている手法よりも改良をさらに加えた上でこれを検証した.

 本研究で,物理刺激で惹起される複数の細胞内シグナル,すなわち,FRETで計測できる細胞内シグナルと細胞内[Ca(2+)]なる組み合わせの細胞内シグナルを同時にリアルタイムイメージングすることができる計測システムを構築できた.

 新規に構築したFRET,細胞内[Ca(2+)]同時計測システムを用いて,細胞膜微小変形により惹起されるCa(2+)シグナル経路の一部であるPIP2分解と細胞内[Ca(2+)]上昇を同時に計測し,細胞膜を微小変形された細胞内でのPIP2分解と細胞内[Ca(2+)]上昇の相関関係を調べることができた.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「細胞膜微小変形による細胞内シグナル伝達の分子イメージング技術を用いた研究」と題し,本文6章からなる.以下に論文の概要,続いて各章についての要旨を述べる.

 生体はその内外で物理量を特に細胞が感受して生理機能を維持していることが知られる.それら物理量はメカニカルストレスと呼ばれ,メカニカルストレスは細胞内に生化学応答である細胞内シグナルを惹起することも知られる.この細胞内シグナルは細胞がメカニカルストレスを感受する機序を解明する手がかりになると考えられている.そこで本研究ではメカニカルストレスのモデル系として細胞膜微小変形を用いることで,メカニカルストレスが惹起する細胞内シグナルの中でもCa2+シグナル経路を検証した.

 過去の文献によると,細胞膜微小変形が惹起するCa2+シグナル経路の中でもPLC活性化より上流の細胞内シグナルについては検証がほとんどなされていない.そこで本研究では阻害実験を用いて細胞膜微小変形が惹起するCa2+シグナル経路,特にPLC活性の上流シグナルを含えてその周辺の細胞内シグナルを多角的に阻害実験にて確認した.さらに,最近他分野で試みられているPLC活性化のリアルタイムイメージングを用いてPLC活性化の直接的に観察した.また,PLC活性化と細胞内[Ca2+]上昇との相関関係について他分野で試みられている手法よりも改良をさらに加えた上でこれを検証した.

 第1章 「序論」では,研究の背景としてメカニカルストレスにおける細胞膜微小変形の位置付けやCa2+シグナル経路を惹起すると考えられる感受機序の仮説,具体的に検証を進めるCa2+シグナル経路についての知見を述べた.更に,阻害実験による検証と比較して本研究の特色であるリアルタイムイメージングによるCa2+シグナル経路の検証が持つ意義について述べた.

 第2章 「目的」では,序論の内容を背景として本研究の目的を述べた.具体的には物理刺激で惹起される複数の細胞内シグナルを同時にリアルタイムイメージングすることができる計測システムを研究すること,さらに,そのシステムを用いて,細胞膜微小変形により惹起されるCa2+シグナル経路,特にPLC活性化から細胞内[Ca2+]上昇に至る経路について検証することを目的とした.

 第3章 「材料と方法」では,本研究で使用した材料,ならびにそれらの使用方法,実際の実験手順について述べた.

 第4章 「結果」では,阻害実験を用いて細胞膜微小変形が惹起するCa2+シグナル経路にPLC活性が含まれることを上流シグナルの阻害実験を新規に含め多角的に確認した結果を始めに述べた.過去の文献によると,細胞膜微小変形が惹起するCa2+シグナル経路の中でもPLC活性化より上流の細胞内シグナルについては検証がほとんどなされていないために新しい知見が得られたと考えられる.具体的には,細胞膜微小変形が惹起するPLC活性化の上流にGqα,またはEGFRが関与していることが示唆された.続いて,リアルタイムイメージングを用いてPLC活性化の直接的な観察,ならびにそれの細胞内[Ca2+]上昇との相関関係について他分野で試みられている手法よりも改良を加えた上で検証した結果を述べた.具体的にはPLC活性化を可視化するためにPHD-CFP/YFPを用い,また細胞内[Ca2+]上昇を可視化するためにX-rhod-1を用いた.他分野で試みられた手法では類似の材料に対して2種類の励起光を交互に切り替えて照射していたが,本研究では1種類の励起光を切り替えることなく照射した.その結果として大幅な時間分解能の向上が実現できた.また,本研究で実現された高い時間分解能によってPLC活性化と細胞内[Ca2+]上昇の細胞内伝播を同時に十分観察できることが示唆された.

 第5章 「考察」では,本研究で得られた結果を過去の文献と照らし合わせた上,それらが持つ意義を阻害実験とリアルタイムイメージングに分けて述べた.また,得られた知見が研究分野全体の目的である細胞の力学的刺激に応答するメカニズムの解明に対してどのような示唆を与えられるかについても述べた.

 第6章 「結論」では,本研究で得られた結果の総括を述べた.

 以上のように,本論文では物理刺激で惹起される複数の細胞内シグナルを同時にリアルタイムイメージングすることができる計測システムを構築し,さらに,そのシステムを用いて,細胞膜微小変形により惹起されるCa2+シグナル経路,特にPLC活性化から細胞内[Ca2+]上昇に至る経路について検証したが,それらは,工学的な意義が大きく,細胞の力学的刺激に応答するメカニズムの解明に重要な貢献をなすものと考えられる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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