学位論文要旨



No 122253
著者(漢字) 福多,将人
著者(英字)
著者(カナ) フクタ,マサト
標題(和) せん断流中における単一気泡の挙動に対する界面活性剤の影響
標題(洋)
報告番号 122253
報告番号 甲22253
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6458号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高木,周
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 助教授 川村,隆文
内容要旨 要旨を表示する

1 序論

 僅かに界面活性剤を含む水中を上昇する気泡は,純水中を上昇する気泡に比べて,その上昇速度が大幅に低下することが知られている.この現象は,液相中の界面活性剤分子が気泡表面へ吸着・脱離することで現れるマランゴニ効果によってそのメカニズムの説明が与えられている[1].気泡挙動に対する界面活性剤の影響については,これまでに,実験[2]及び数値計算[2],[3]により詳細な解析が行われている.これらの研究によると,気泡表面はクリーンな状態のときにせん断応力の働かないフリースリップ面であるのに対し,界面活性剤の吸着により表面が十分に汚れたとき,滑り速度を持たないノンスリップの状態にまで変化していると考えられている.このとき,気泡は水中で剛体球のような挙動を示し,マランゴニ効果による境界条件の変化は気泡流の巨視的な流動構造にまで影響を与えることが実験により示されている[4].実験結果から,界面活性剤の種類と濃度の違いによる気泡の壁面集積傾向の変化が観測されており,これは,界面活性剤溶液中での気泡表面における境界条件の変化と関連して,せん断流中の気泡に働く揚力が変化することに起因していると考えられている.このため,界面活性剤の吸着が気泡に働く揚力に与える影響を解明することが求められている.

 以上を背景として本研究は,単純せん断流中の単一気泡を解析対象として,気泡に働く揚力がマランゴニ効果によってどのように変化するかを明らかにすることを目的とした.解析手法として,変形の効果を無視した球形気泡に関しては,気泡回りの流れ場の情報を詳細に得ることの可能な,気泡形状に沿った計算格子を生成する境界適合格子法を採用して解析している.また,変形気泡に関しては,変形量を微小と仮定して,理論解析的な手法である領域摂動法を取り入れた数値計算手法を開発し,これを用いて揚力に対するマランゴニ効果と変形の影響の解析を行っている.

2 Stagnant cap model

 はじめに,気泡表面における境界条件の変化による気泡回りの流れ場の変動,気泡に働く揚力の変化について議論する.ここでは,マランゴニ効果による境界条件の変化を近似的に表したStagnant cap model[5]を用いて解析を行った.このモデルでは,気泡表面において界面活性剤の吸着した領域で十分に大きなマランゴニ応力が発生し,表面速度がゼロにまで低下してノンスリップ面になるとみなすことでマランゴニ効果を模擬する.これを用いて,単純せん断流中における球形クリーンバブルの表面下流側に形成されるノンスリップ面の大きさと,このときの気泡に働く揚力の関係を数値的に求めている.但し,表面においてノンスリップ面は軸対称に形成されるとしている.気泡径を代表長さとしたレイノルズ数が100の条件での計算結果において,表面でのノンスリップ面の拡大による揚力の低下が見られた.表面に作用する応力を圧力成分と粘性応力成分に分け,各成分の揚力への寄与を見ると,抗力に対しては,粘性応力と圧力による寄与がほぼ同じオーダーになる.これに対し,表面でフリースリップ面を有するクリーンバブルに働く揚力は圧力成分の寄与が支配的となる.ノンスリップ面が増加すると,圧力成分の寄与が減少することにより揚力が低下する傾向が得られ,これより,気泡に働く揚力に対しては慣性の効果が重要であることが分かる.また,気泡表面の半分程度の領域が界面活性剤で覆われノンスリップ面となると,揚力に対する圧力と粘性応力の寄与がつり合うことで揚力はほぼゼロにまで低下した.さらに,表面の半分以上の領域がノンスリップ化したとき,粘性応力の寄与により,クリーンバブルの場合とは逆向きに,オーダーの一桁程度小さい揚力(Negative lift)が発生した.

3 マランゴニ効果の直接数値計算

 次に,界面活性剤の気液界面への吸着・脱離過程を考慮して,マランゴニ効果を直接的に扱った数値計算を行うことで,現象に対してより詳細な解析を行う.気泡表面において界面活性剤は,流体力学的作用である移流,拡散に加えて,液相からの吸着,脱離による輸送量がつり合うことで濃度分布が決定される.吸着・脱離過程に関しては,Langmuir kineticsに基づいたLangmuir-Hinshelwoodの式[6]を採用した.求めた表面濃度分布から接線方向に作用するマランゴニ応力を算出し,これとつり合うせん断応力が表面に発生するように気泡回りの流れ場の変動を求めている.このときの流れ場の変化が気泡に働く揚力に対してもたらす変化を数値的に解析することを目的とする.気泡レイノルズ数は前章と同じとし,本研究では特に,界面活性剤の吸着量と脱離量の比を表すラングミュア数の影響の解明に重点を置いた.これは,吸着・脱離特性を表す吸着平衡定数が界面活性剤の種類によって大きく異なり(例えばChang & Franses[6],Table1),この違いが気泡の表面濃度分布の決定に大きく関わっているためである.ラングミュア数をパラメーターとした数値計算の結果,表面からの脱離量の低下は,定常状態において気泡表面における界面活性剤吸着量の増加をもたらし,高い表面濃度及び表面濃度勾配が得られるため,表面に大きなマランゴニ応力が作用する.そのため,表面速度が低下し,Stagnant cap modelの場合と同様,揚力が低下した.このときの揚力に対する圧力,粘性応力の寄与に関しても,Stagnant cap modelの場合と同様の傾向を示しており,揚力の発生には慣性の効果が大きく影響することが分かった.また,脱離量が十分小さい条件においては,汚れた気泡に対してもマランゴニ効果によりNegative liftが発生するという結果が得られた.ラングミュア数が大きくなり,表面下流側でノンスリップ面が現れたとき,気泡表面はStagnant cap modelと類似の境界条件で表すことができる.そこで,計算結果から気泡表面のフリースリップ面とノンスリップ面の境界位置を算出し,ノンスリップ面の大きさとこのときの気泡に働く揚力の関係を求め,結果をStagnant cap modelと比較した.これより,本章での計算により得られた揚力は,同程度のサイズのノンスリップ面を有するStagnant cap modelの場合より最大で2倍程度大きくなるという結果が得られた.これは濃度分布の非軸対称性に起因する現象と考えることができる.気泡表面に吸着した界面活性剤は流れのせん断により非軸対称な濃度分布を形成し,流れ場の非対称性を増大させる.これにより揚力に対する圧力の寄与が大きくなり,軸対称濃度分布を仮定したStagnant cap modelに比して大きな揚力を生み出す結果となった.

4 変形気泡に働く揚力

 最後に,界面活性剤溶液中の変形気泡に働く揚力について議論する.ここでは,気泡の変形量は微小と仮定して気泡の形状を球面調和関数を用いて近似的に記述し,変形気泡表面における境界条件式を球面上で展開する.導出した境界条件を用いて,変形により現れる流れ場の擾乱を数値的に算出した.この結果,レイノルズ数100においては気泡に対して軸対称の変形モードが大きく現れ,流れ場のせん断と干渉して揚力が増加することが分かった.気泡の非軸対称な変形モードは揚力の低下をもたらすが,せん断率の小さい条件においては非軸対称モードの変形量は小さくなり,揚力低下の効果は小さくなった.また,界面活性剤溶液中では,気泡表面への吸着量が増加して大きいマランゴニ応力が発生することにより,軸対称モードの変形がもたらす揚力増加の効果は小さくなる傾向にあることを示した.

5 結論

 本研究では,せん断流中の気泡に働く揚力に対する界面活性剤の影響を解明することを目的とし,単純せん断流中の気泡回りの流れに関する直接数値計算を行った.その結果,球形とみなせる気泡に関して,有限なレイノルズ数領域でのマランゴニ効果による揚力の低下を示した.また,変形の効果については,非軸対称な変形が揚力を低下させる効果を持つのに対し,軸対称な扁平は揚力を増加させる効果があることが分かった.

参考文献[1] A.Frumkin & V.Levich,Zhur.Fiz.Khim.,21,1183,1947.[2] 高木,宇田,渡邊,松本,機論B編,69,2192,2003.[3] B.Cuenot,J.Magnaudet & B.Spennato,J.Fluid Mech.,339,25,1997.[4] 小笠原,高木,松本,混相流研究の進展,1,9,2006.[5] P.Savic,Tech.Rep.MT-22.Natl Res.Counc.Can.,Div.Mech.Eng.,1953.[6] C.H.Chang & E.I.Franses,Colloid Surf.A,100,1,1995.
審査要旨 要旨を表示する

 本論文では,界面活性剤溶液中での気泡挙動の変化を解明することを目的としている.ここでは特に,流れ場にせん断が存在するときに気泡に対して流れと垂直方向に働く揚力が,界面活性剤の気泡表面への吸着により受ける影響について議論した.

 静止流体中においては,水中を上昇する気泡は液相に存在する微量の界面活性剤の影響を大きく受け,純水中を上昇する気泡に比べて,その上昇速度が大幅に低下することが知られている.この現象は,界面活性剤分子が気泡表面へ吸着・脱離することで現れるマランゴニ効果によってそのメカニズムの説明が与えられている.気泡挙動に対する界面活性剤の影響に関する既存の研究を参照すると,気泡表面はクリーンな状態のときにせん断応力の働かないフリースリップ面であるのに対し,界面活性剤が吸着して表面が十分に汚れたとき,滑り速度を持たないノースリップの状態にまで変化していると考えられている.このとき,気泡は水中で剛体球のように振る舞い,個々の気泡挙動の変化が気泡流の巨視的な流動構造にまで影響を与えることが実験により示されている.実験結果の詳細を見ると,界面活性剤の種類と濃度の違いによる気泡の壁面集積傾向の変化が観測されており,これは,界面活性剤溶液中での気泡表面における境界条件の変化と関連して,せん断流中の気泡に働く揚力が変化することに起因していると考えられる.しかしながら,界面活性剤溶液中で気泡に働く揚力の変化について詳細な解析を行った研究は,著者の知る限りでは存在せず,このため,マランゴニ効果が気泡に働く揚力に与える影響の解明が強く求められている.

 以上を背景として本論文では,単純せん断流中の単一気泡を解析対象として,界面活性剤溶液中で気泡に働く揚力の変化を数値計算により解析した.計算手法として,変形の効果を無視した球形気泡に関しては,気泡回りの流れ場の情報を詳細に得ることの可能な,気泡形状に沿った計算格子を生成する境界適合格子法を採用している.また,変形気泡に関しては,変形量を微小と仮定して,理論解析的な手法である領域摂動法を取り入れた数値計算手法を開発し,これを用いて揚力に対するマランゴニ効果と変形の影響の解析を行っている.本論文は,以下に記すように全5章から構成される.

 第1章は「序論」とし,界面活性剤溶液中における気泡挙動,気泡に働く揚力に関する既存研究から得られている知見をまとめ,本研究の目的を述べる.

 第2章は「Stagnant cap model」であり,マランゴニ効果の近似モデルであるStagnant cap modelを用いて気泡表面における速度の境界条件を設定し,気泡回りの流れ場を数値計算により求める.これにより,気泡表面における速度の境界条件と揚力の関係について議論し,境界条件の変化による揚力低下のメカニズムを明らかにする.

 第3章は「マランゴニ効果の直接数値計算」である.ここでは,界面活性剤の吸着・脱離過程を考慮した濃度の保存式を解き,求めた表面濃度分布から接線方向に働くマランゴニ応力を直接計算して,気泡表面での応力のつりあいから表面における速度の境界条件の変化を評価している.計算結果より,界面活性剤の脱離速度定数の変化がマランゴニ応力の発生に大きく関わっており,脱離しにくい特性を持つ界面活性剤が気泡に対して大きな揚力低下をもたらすことを示した.さらに,前章でのStagnant cap modelによる解析結果との比較からモデルの妥当性を検証し,揚力変化に大きく関わる要因として界面活性剤の表面濃度分布の非軸対称性が与える影響を解析した.これより,流れ場のせん断による濃度分布の僅かな非軸対称性から揚力は大きな影響を受けて,軸対称濃度分布を仮定したStagnant cap modelを用いた計算結果に比べて揚力が増加することを示した.

 第4章は「変形気泡に働く揚力」であり,気泡の変形によって気泡回りの流れ場に現れる擾乱を求め,このときの変形による揚力変化を解析している.ここでは,気泡形状に対して微小変形を仮定して領域摂動法を取り入れた数値解析を行っており,気泡の軸対称,非軸対称な変形モードが揚力に与える影響を明らかにした.また,気泡の変形と界面活性剤の吸着を同時に考慮した解析を行い,マランゴニ効果の存在下で変形の効果が揚力に対してどのように現れるかを議論している.

 第5章は「結論」である.本研究では,マランゴニ効果がもたらす気泡に働く揚力の変化について議論しており,上記のような知見を得た.

 本論文は,実スケールの気泡流における流動構造に大きな影響を与える,界面活性剤溶液中の気泡に働く揚力に関して,高精度数値計算に基づいた非常に有意な知見を得ており,その工学的意義は大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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