学位論文要旨



No 122254
著者(漢字) 光石,暁彦
著者(英字)
著者(カナ) ミツイシ,アキヒコ
標題(和) 周期撹乱を受ける閉空間内同軸二重噴流の混合機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 122254
報告番号 甲22254
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6459号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 鈴木,雄二
 東京大学 助教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

 近年,エネルギーのエンドユーザに近接した区域で,小型の分散エネルギーシステムを導入して,多様な個別ニーズに応えると共に,マクロな省エネルギー・省資源,そして環境負荷低減を達成するという構想が注目されている.このような分散システムのコアテクノロジーとして,マイクロガスタービン,あるいはそれらと燃料電池とのハイブリッド・システムがあるが,このような小型プラントで使用される燃焼器の燃焼効率向上,排出ガス低減,希薄予混合燃焼安定化を達成する設計技術の確立が望まれている.以上の背景から,本論文は,閉空間内同軸二重噴流の流動,混合の過程を取り上げ,特にノズル出口で導入される周期的な撹乱による制御効果を,系統的なシミュレーションを通じて明らかにしようと試みたものである.

 本論文では,二重噴流の内外の初期発達剪断層に形成される軸対称な渦輪構造に注目し,これらの生成発達を能動的に制御することによって適正なスカラー混合場を達成することを意図している.ノズル内壁に設置のマイクロフラップを利用した噴流制御に関する先行実験研究を模擬して,噴流中の一様微小撹乱に加え,外側ノズルの直径を周期的に変化させる有限振幅撹乱を与えた.噴流の流量を一定に保ったままノズルの直径を変化させるため,最大流速が周期的に増減する.撹乱による計算領域入口速度分布の変化を図(光石暁彦_図1.jpg参照)に示す.例えば,環状噴流の外側直径を全体の1/40収縮させることで,最大流速は20%近く変化していることが分かる.

 このような撹乱を投入した結果,撹乱振幅,撹乱周波数に依存して渦輪の強さや大きさが変化し,噴流の側壁への付着距離や噴流軸上の再循環領域の大きさなど,流れ場全体の流動様式,そして混合過程が不連続的に変化することを明らかにした.過去の文献において,閉空間内の環状噴流の流動様式は,バルクの流速に基づくレイノルズ数の値と,その履歴の効果によって不連続的に変化することが報告されているが,流量を一定に保った同軸二重噴流におけるこのような報告は過去に例がない.

 撹乱振幅が臨界値以下の場合,振幅の変化に対する流動様式と混合過程の変化は単調ではなく,混合を柔軟に制御することが困難なのに対し,臨界値以上の場合の混合過程は撹乱振幅に単調に依存するため制御が可能となることが明らかになった.各流動様式における瞬時渦構造とスカラー濃度分布を図(光石暁彦_図2.jpg)に示す.左図は撹乱によるノズル直径の収縮が直径の1/500の場合で,右図は1/40の場合である.流動様式の変化は,高速の環状噴流の挙動が不連続的に変化したことに起因する.振幅が臨界値以下では,環状噴流はほとんど周囲流体と混合しないままコアンダ効果によって側壁へと偏向し,側壁に再付着する.中心噴流流体は周方向にその位置を変えながらも,環状噴流に引きずられるように側壁方向へ巻き上げられ,再付着点後流で中央に形成された大規模な再循環バブルと下流へ向かう環状噴流の狭間で激しく混合する.それに対して振幅が臨界値以上では,環状噴流と中心噴流の混合が上流で活発になり,周囲流体とも混合しながら側壁に再付着する.中心噴流流体の混合は内外剪断層の相互作用に支配されており,撹乱によって剪断層に生成される渦輪と共に流下し,渦輪の三次元的な構造の崩壊に伴って混合が達成される.

 撹乱振幅を臨界値以上の一定値に保った時,撹乱周波数に応じて下流の渦構造やそれらの相互作用が変化することを示した.同時に,中心軸近傍に流れ方向に軸を持つ縦渦構造の成長が確認され,内外剪断層の渦輪の三次元化とそれらの崩壊に伴うスカラー混合に対して促進効果を有すること,縦渦構造の成長を促す流れ方向の伸張作用においては撹乱周波数の最適値が存在することを明らかにした.図(光石暁彦_図3.jpg)に示したのは,環状ノズル外側直径と環状噴流バルク平均流速で定義される無次元の周波数(ストローハル数)が0.5,1,1.5(図中左から順に)のケースにおける流れ方向の伸張作用の等値線である.この3ケースの中では,ストローハル数が1の時に中心軸近傍に非常に強い伸張作用が働いていることが分かる.縦渦構造の伸張作用に撹乱周波数の最適値が存在するメカニズムは以下の通りである.連続的に放出される渦輪間には,主流方向の伸張部と圧縮部に交互に形成され,縦渦構造の伸張作用は,この伸張部において卓越する.また,初期の縦渦構造は,内側剪断層渦輪の周縁において剪断の比較的強い部位で渦輪の巻き上がりと同時に組織的に形成される.従って,初期に巻き上がる渦輪の強さと,その後の渦輪間相互作用による伸張効果の双方が揃って,初めてスカラー混合は促進される.撹乱周波数が低くなると,主流方向の渦輪間距離は長く保たれるために,伸張部は充分な速度勾配をもって形成される.しかし,周期収縮の時間微分として与えられる入口径方向流速が弱まるために,初期渦輪の渦度は弱まることや,渦輪の初期巻き上がりまでに渦輪自身の三次元化が進むことなどから,渦輪周縁の平均的な剪断は弱まり,初期縦渦の渦度が弱められる.その結果,縦渦が形成されないままに,放出間隔の長い渦輪によって輸送されたスカラーは,下流において周期撹乱に同期した濃度変動を残す.逆に撹乱周波数が高くなると,初期渦輪の渦度が強まった結果初期縦渦に充分な強さを与えられる強い剪断が渦輪周縁部に形成されるものの,主流方向の渦輪間距離が過度に短くなってしまい,内側剪断層渦輪間の伸張部と圧縮部は明確には形成されず,縦渦は成長することができない.さらに,渦輪同士の間隔が短いことによって渦輪間の干渉が顕著になり,中心軸近傍に固有の縦渦構造を成長させることができないうちに渦輪自身の渦度を失いながら,二次元性を保って流下することになる.主流方向に間隔の狭い渦輪は,スカラー場に対して径方向にも大きな影響力を持てず,中心軸近傍の縦渦構造の出現も期待できないことから,中心軸近傍は混合が抑制され,平均的に高濃度の流体が流下することになる.このように,同軸噴流のノズル直下流におけるスカラー混合の評価において,中心軸近傍の縦渦構造の存在は,撹乱によって放出される渦輪以外にも考慮に入れるべき要素である.

 また,この中心軸近傍の縦渦構造は,空間的に成長し得るための固有の渦核スケールを持つことが明らかになった.主流方向渦度変動の周方向空間スペクトルの解析を行った所,領域内で最大の空間成長率を達成するモードの周方向の波数は,径方向座標に応じて中心軸から階段状に増加することが示された.また,噴流入口から即成長を開始するモードの最大波数は,最大成長率のモードよりは高いものの,やはり有限の範囲に収まっている.すなわち,混合の促進に対して有効な縦渦構造は,その発生においても成長においても,パラメータによって決まる固有の渦核スケールを持っているため,同軸噴流の内径の選択や内側剪断層の入口運動量厚さなどは,同軸噴流における中心噴流流体のスカラー混合を予測・制御する際には重要な意味を持ってくると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「周期撹乱を受ける閉空間内同軸二重噴流の混合機構に関する研究」と題し,五章より成っている.

 近年,小型の分散エネルギーシステムを導入して,多様な個別ニーズに応えると共に,マクロな省エネルギー・省資源,そして環境負荷低減を達成するという構想が注目されている.このような分散システムのコアテクノロジーとして,マイクロガスタービン,あるいはそれと燃料電池とのハイブリッド・システムがあるが,このような小型プラントで使用される燃焼器の燃焼効率向上,排出ガス清浄化のために,変動する負荷条件の下で安定した希薄予混合燃焼を達成する技術の確立が望まれている.本論文は,燃焼器内部流の基本モデルとして閉空間内同軸二重噴流の流動,混合の過程を取り上げ,ノズル出口で導入される周期的な撹乱による渦輪放出に伴うスカラー混合制御効果を,系統的な数値シミュレーションを通じて明らかすることを試みたものである.

 第一章は序論であり,安定な分散型エネルギーシステムを構築する上で不可欠になる柔軟性に優れた燃焼器の開発の必要性や,燃焼器の基礎となる流れ場である噴流に関連した過去の研究の知見について概観している.特に,運転に柔軟性を付与し得る燃焼器に関する従来の研究として,剪断層を直接励起して噴流近傍場に渦構造を能動的に形成する手法に注目し,過去に得られた知見と問題点をまとめ,数値解析による詳細機構の解明の重要性を説いている.また,噴流や平面混合層に対して周期撹乱や乱数擾乱を与える影響について,過去に行なわれた実験や数値計算の結果をまとめている.

 第二章では,本研究で用いられた数値計算コードの詳細を記述しており,閉空間内同軸二重噴流の計算モデルと非圧縮性流体直接数値計算の支配方程式,時空間の離散化の手法,壁面及び出口境界条件,そして噴流入口平均速度分布に重畳して導入される周期撹乱の計算モデルについて詳述している.本研究で仮定された初期撹乱は,先行実験研究において確立している手法を正弦波撹乱としてモデル化したものである.すなわち,ノズル内壁に備えられたフラップ型マイクロアクチュエータ群の軸対称収縮運動の効果を,噴流入口の周期的速度変動としてモデル化している.また,本研究で用いた数値計算コードの健全性を速度場の一次および二次のモーメントの格子依存性の確認から検証し,さらに本シミュレーションの妥当性を,中心軸上平均速度・速度乱れ強さの従来の実験データ,および可視化実験によるスカラー濃度場構造の観察結果との比較を通じて実証したことを述べている.

 第三章では,周期撹乱によりノズル近傍に放出される渦輪がスカラー混合に与える影響について,主に振幅依存性の観点から述べている.特に,本研究で混合を制御するための渦輪を放出するためには,臨界振幅値以上の撹乱が必要であること,その臨界値を挟み,領域全体に渡る流動混合様式が不連続的に変化することが示される.そして臨界値以上では,平均スカラー濃度分布が撹乱の強さに単調に応答するため,混合の柔軟な制御が比較的容易に行えるが,逆に臨界値以下では分布の応答は撹乱振幅に対して単調でないため,混合の柔軟な制御は比較的困難になることを示した.また,この臨界振幅値は,噴流の初期乱れ強さに対応している可能性を示唆している.

 第四章では,一定の撹乱振幅で渦輪を連続的に生成した際のスカラー混合に対する撹乱周波数の影響を調査している.その結果,ノズル近傍におけるスカラーは,撹乱周波数によらず,まず内側剪断層の渦輪に巻き取られ流下し,さらに下流に出現する特徴的な縦渦構造によって混合されること,従ってこれらの縦渦構造の特徴・成長機構の理解が混合機構の全容を把握するために不可欠であることを指摘している.軸方向渦度の周方向スペクトル解析から,スカラーの巻き取られる内側剪断層渦輪に連動して中心軸近傍に出現する縦渦構造は,最大空間成長率をとるモードが固有の間隔を隔てて分布していることが示される.さらに,渦度乱れ強さ収支式の解析から,中心軸近傍の縦渦構造の主要な成長機構は渦の伸張効果が担っていること,これに対して外側剪断層上の縦渦構造は径方向の平均的な剪断による渦の傾斜による成長が卓越しており,リブ渦構造を伴った平面混合層と類似の空間発達機構を有することを示している.すなわち,本研究で対象としている高流速比同軸二重噴流においては,スカラー混合に重要な内側剪断層の三次元化過程は,平面混合層のそれとは大きく異なることを指摘している.

 第五章は結論であり,本論文で得られた上記成果をまとめている.

 以上,本論文では,分散型エネルギーシステムに多用される小型燃焼器に注目し,その内部流動を理想化した閉空間内同軸二重噴流に対して,系統的な直接数値シミュレーションを行い,噴流渦構造の操作とスカラー混合機構の関係について詳細な解析結果と報告している.すなわち,撹乱の振幅と周期に対する噴流の発達過程やスカラー濃度分布の変化を定量的に検討して,基本特性を明らかにしている.さらに,内側剪断層の三次元化とそれに伴うスカラー混合過程が,従来から知見の蓄えられている平面混合層と異なるものであることを指摘している.これらの研究結果は,閉空間内二重噴流の混合に対して,剪断層渦輪を能動的に生成放出する制御の効果を,その流体力学的機構の側面から明らかにしたもので,小型燃焼器などの設計技術の進展に寄与すると同時に,乱流工学,熱流体工学をはじめ機械工学の学術の上で寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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