学位論文要旨



No 122258
著者(漢字) 小山田,圭吾
著者(英字)
著者(カナ) オヤマダ,ケイゴ
標題(和) 薄鋼板プレス成形の温度依存性と温間温度域を利用したスプリングバックフリー成形
標題(洋)
報告番号 122258
報告番号 甲22258
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6463号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 古川,暢宏
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

 地球温暖化の原因とされる二酸化炭素排出量削減の観点から自動車の軽量化が必要とされており、比強度の高い高張力鋼板の自動車プレス部品への適用が拡大している。しかし、高張力鋼板は高強度である反面、プレス成形後のスプリングバックが大きいことが問題である。その対策としては、主に2通りの方法が挙げられる。1つはスプリングバックの補償であり、もう1つはスプリングバックの軽減である。前者は、FEMシミュレーションによるスプリングバック解析をもとに、成形後のスプリングバックを金型設計時に考慮する方法である。これは、現在、最も多く用いられている方法であり、研究も盛んである。後者は、材料温度を上げて温間、熱間プレス成形を行い、スプリングバック量を低減する方法である。これは比較的新しい技術であり、研究も少ない。

 本論文は、高張力鋼板を対象とした温間・熱間プレス成形に関する研究である。

第2章 プレス成形とスプリングバック

 スプリングバックは、加工後の材料の弾性回復に起因するものであり、降伏応力が高く、ヤング率が小さい材料ほど大きくなる。高張力鋼板は降伏応力が非常に高いため、スプリングバックも軟鋼板に比べ非常に大きいことが特徴である。温間・熱間プレス成形は、材料温度を上昇させると降伏応力が低下する性質を利用して、スプリングバック量を減少させる技術である。

 一般に、オーステナイト再結晶温度以上の熱間温度域では、鋼板のスプリングバックが0になることが知られており、この性質を利用した「ダイクエンチ加工」が熱間プレス成形の一種として実用化されている。これは、被加工材料を900℃程度にまで炉で加熱し、その後、炉から取り出した材料を、金型で成形と同時に冷却・焼入れする加工法である。ダイクエンチ加工では、成形時の焼入れにより成形品の強度が決まることから、焼入れ性向上のための材料の開発など、実用を想定した研究は多いが、スプリングバック低減機構の検討を目的とした基礎研究はほとんど行われていない。

 一方、オーステナイト再結晶温度よりも低い温度域を用いる温間プレス成形に関しては、成形性向上のための研究が大半を占めており、スプリングバックの低減を目的とした研究はほとんど行われていない。

 そこで本論文では、温間温度域から熱間温度域までの幅広い温度を対象として、高張力鋼板のプレス成形における成形温度とスプリングバックに関する基礎特性を明らかにすることを目的とする。

第3章 鋼板の温間・熱間曲げ加工におけるスプリングバック

 高張力鋼板の温間・熱間プレス加工における基礎特性を調べるために、高温圧縮試験装置を用いて温間・熱間V曲げ試験を行った。試験片の塑性変形部分(曲げ変形部分)は加工中、誘導加熱によって試験温度に恒温制御される。様々な試験温度について実験を行うことで、成形温度とスプリングバック量の関係を詳細に調べた。試験片材料には析出強化型高張力鋼板(t1.6, 540MPa)を用いた。

 実験の結果、成形温度が400℃から500℃の場合にかけて、スプリングバック量が大きく減少し、成形温度が500℃のときには、スプリングバック量がほぼ0にまで減少することが発見された。試験後試験片の内部組織観察により、スプリングバックが0となった成形温度500℃の場合の試験片には、フェライト再結晶が部分的に発生していることが確認された。また、弾塑性FEM解析を行ったが、温間温度域でスプリングバックが0になる現象を再現することはできず、流動応力のみではこの現象を説明することがないことが分かった。

 従来、スプリングバックを0にするには、材料をオーステナイト再結晶温度以上の熱間温度域にまで加熱する必要があると考えられてきた。しかし、実際には、加工中の塑性変形部分の温度を500℃程度の温間温度に保つことで、スプリングバックを0にできることが本実験により見出された。ここで、500℃程度の温間温度域でスプリングバックが0になる現象をスプリングバックフリー現象と呼び、スプリングバックフリー現象を利用したプレス成形をスプリングバックフリー成形と呼ぶことにする。

第4章 各種高張力鋼板の温間・熱間曲げ加工におけるスプリングバック

 各種高張力鋼板(固溶強化型、析出強化型、TRIP型、DP型)および軟鋼板を用いて、高温圧縮試験装置内で温間・熱間曲げ試験を行い、成形温度とスプリングバックの関係についてさらなる検討を行った。ここでは、鋼板の種類による特性の違いだけでなく、金型形状による特性の違いも調べるために、V曲げ試験の他にハット曲げ試験も行った。また、鋼板に対する比較として、アルミニウム合金板についても温間・熱間曲げ試験を行った。

 実験の結果、成形温度500℃でのスプリングバックフリー現象は、高張力鋼板の種類によらず、実験で使用した鋼板全てに共通する現象であることが分かった。また、この現象は、V曲げやハット曲げなどの金型形状にもよらずに発生することが分かった。一方、アルミニウム合金の場合には、熱間温度域にまで加熱しないとスプリングバックフリー現象が発生しないことが分かった。よって、鋼板は、温間温度域という相対的に低い温度域でスプリングバックフリー成形が可能であるという優位性を持つといえる。

第5章 鋼板の温間温度域におけるスプリングバックフリー発現機構

 加熱炉付きの油圧疲労試験機を用いて、温間引張り負荷‐除荷試験を行い、スプリングバックフリー現象の発現機構の解明を行った。試験片には析出強化型高張力鋼板を用いた。はじめに、試験片を試験機にセットした状態で試験温度にまで加熱する。このとき、試験片にかかる荷重は0に保たれる(荷重制御)。次に、変位制御に切り替え、5秒間で一定変位を直線的に与える。その直後、再び荷重制御に切り替え、5秒間で荷重を0にまで直線的に戻して、試験を終了する。試験中、試験片ひずみ測定部の温度は恒温制御される。この試験パターンを用いて、試験温度ごとに実験を行った。実験で得られた応力‐ひずみ曲線から弾性回復ひずみ量を測定し、試験温度ごとに比較した。

 その結果、V曲げ試験結果と同様に、試験温度が400℃から500℃の場合にかけて、弾性回復ひずみ量の大きな減少が見られた。減少量の大きい試験温度500℃での応力‐ひずみ曲線を観察すると、除荷直後に高温クリープひずみの発生が見られ、これが弾性回復ひずみの減少に影響を及ぼしていることが分かった。具体的には、除荷直後にクリープひずみが僅かに増加したことで、変位付与終了時のひずみ量からの弾性回復量が相対的に減少していた。これは、V曲げ試験では、除荷直後のクリープ変形によって試験片角度がパンチ角度よりも僅かに小さくなり、そこから弾性回復が始まることで、パンチ角度に対するスプリングバックが相対的に減少することに相当し、これがスプリングバックフリー現象の要因であるといえる。

 また、温間V曲げ試験において、試験中の試験片の挙動を観察したところ、スプリングバックフリー現象の発生する500℃以上の温間温度域での変形挙動が、500℃以下で見られた曲げ変形から、曲げ‐曲げ戻し変形へと変化していることが確認された。この500℃以上での曲げ‐曲げ戻し変形挙動の発生は、材料温度上昇による曲げ剛性の低下、および、高温クリープの発生によるものと考えられ、これも、スプリングバックフリー現象の要因となることが分かった。

 以上より、温間温度域でのスプリングバックフリー現象は、成形時の高温クリープによる曲げ‐曲げ戻し変形の発生と、除荷直後の高温クリープひずみの発生による弾性回復量の相対的な減少に起因することが分かった。

第6章 実金型を用いた温間スプリングバックフリー実証実験

 工業レベルでの温間スプリングバックフリー成形が実現できることを実証するために、冷間加工で実際に用いられる金型に穴を開け、そこへカートリッジヒーターを挿入することで、金型加熱方式の温間プレス成形実験を行った。金型形状は、ねじれレール形状である。実験装置には3000kN油圧プレス機を使用した。被加工材料には、300mm×300mm×1mmのDP鋼板を用いた。

 実験の結果、成形温度500℃のときに、V曲げ試験同様、成形品のスプリングバックが大きく減少した。これにより、工業レベルでの温間スプリングバックフリー成形が可能であることが実証された。

第7章 結論・まとめ

 本論文では、高張力鋼板のプレス成形において、温間温度域でスプリングバックフリー成形が可能であることを発見し、その機構を明らかにした。さらに、工業レベルでスプリングバックフリー成形が可能であることを実証実験により示した。

 温間温度域でのスプリングバックフリー成形は、技術面、産業面、社会面に対してそれぞれ重要な意義を持つ。技術面では、超高張力鋼板のプレス成形や複雑形状の一体成形など、冷間加工では実現困難な加工が、材料特性を維持したままで可能となる。産業面では、金型設計時のFEMによるスプリングバック予測や、金型製造後の修正作業を行う必要がなくなり、開発行程の大幅な短縮が可能となる。社会面では、温間スプリングバックフリー成形の適用によって、これまで以上に車両軽量化が可能となり、二酸化炭素排出量削減に大きく貢献することができる。

 以上より、本論文で発見された温間スプリングバックフリー成形は、非常に有益な加工技術であるといえる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「薄鋼板プレス成形の温度依存性と温間温度域を利用したスプリングバックフリー成形」と題し、薄鋼板のプレス成形において大きな問題として残されているスプリングバックを低減する新しい成形方法とその機構について論じている。自動車を主たる用途とする薄板プレス成形部材には、車体重量の軽量化と車体強度の向上といった背反する目標が社会より課せられており、そのため高張力鋼板の利用が急速に進んでいる。従来のプレス成形用軟鋼板ではプレス成形性を重視しており強度が300MPaを下回っていたが、高張力鋼板では600MPa級の各種鋼板が現在多量に利用されており、一部1000MPaに迫るものも利用されている。強度とスプリングバックは比例する関係にあるため、高張力鋼板の利用比率が高まるほどスプリングバックが増加し、このことがプレス成形金型の設計・製作やプレス成形部材の成形不良の大きな原因となってきた。

 従来のプレス成形は室温(冷間)での加工がほとんどであり一部熱間プレス加工が行われているが、本研究では、室温より熱間に至る温度域でのプレス成形について、世界で始めてスプリングバックの成形温度依存性を精密に測定した。その結果鋼板については、500℃での温間温度域でスプリングバックが急速に減少しゼロに近づく現象を見出し、これを「スプリングバックフリー現象」と名づけた。さらに本研究では、この現象の発現機構について考察し、さらに、より実用的な成形である□300mmの高張力鋼板の成形に適用し、薄鋼板プレス成形の温度依存性と温間温度域を利用したスプリングバックフリー成形について論じている。

 第1章は序論であり、研究の背景や目的について述べている。第2章はスプリングバックの基礎理論についての総括である。第3章では材料試験機内で恒温曲げ試験を行うことで、高張力鋼板の温間・熱間プレス成形におけるスプリングバックの温度依存性について系統的にデータを取得し、先に述べた「スプリングバックフリー現象」を見出した。第4章では恒温曲げ試験によるデータ取得をさらに進め、スプリングバックフリー現象が鋼種や成形形状に依存せずに発現することを確認している。第5章ではスプリングバックフリー現象の発現機構について検討し、クリープ試験等の実験結果を基に、スプリングバックフリー現象が高温クリープ変形に起因することを示している。第6章では金型加熱方式の温間プレス成形実験を行い、スプリングバックフリー現象を利用した温間プレス加工が工業的スケールにおいて実現可能であることを実証している。第7章は結論であり、研究を総括するとともに今後の工業的寄与、工学的寄与について展望している。

 以上に述べたとおり本研究は、プレス成形時のスプリングバックの温度依存性を世界で初めて精密に測定した結果を示し、この現象を利用したスプリングバックフリー成形を可能とする現象の機構を明らかにした点で工学的に価値が高く、また本論文を通して得た知見は、薄鋼板のプレス成形に広く適用できる点で工業的にも高く評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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