学位論文要旨



No 122259
著者(漢字) 糟谷,圭吾
著者(英字)
著者(カナ) カスヤ,ケイゴ
標題(和) 走査型電子顕微鏡を用いた一次元ナノ構造体の成長過程のその場観察に関する研究
標題(洋)
報告番号 122259
報告番号 甲22259
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6464号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 教授 石原,直
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 助教授 濱口,哲也
 東京大学 助教授 ドロネー・ジャン=ジャック
内容要旨 要旨を表示する

 はじめに

 現在、ナノワイヤやナノチューブといった一次元ナノ構造体が注目を集めている。これら一次元ナノ構造体は微細形状を有するとともにバルク状態と異なった特異な物性を示すことから、将来のナノデバイス開発において有用な構成要素になると期待されている。一次元なの構造体は一般的に真空環境下で化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition: CVD法)によって合成される。例えば、酸化タングステンナノワイヤは直径20nm程度で長さ1μmの構造をもち、スパッタ膜やバルクのタングステンを酸素源とともに加熱することで合成することができる。また、単層カーボンナノチューブ(Single-Walled Carbon Nanotube: SWNT)はFe、Co、Niなどの金属触媒を炭素ガス雰囲気下で加熱することで合成できる。

 これまでに様々な一次元ナノ構造が研究されているが、その成長過程は調べる方法が少ないことから未解明のままであった。一次元ナノ構造の形状や物性を制御してナノデバイスを開発するためには、この成長過程を解明する必要がある。成長過程を調べる一つの方法として電子顕微鏡を用いて成長過程での構造の変化を直接観察する"その場観察"が挙げられる。これまでに特殊改造した環境型の透過電子顕微鏡や走査型電子顕微鏡を用いて、いくつかの一次元ナノ構造の成長過程が報告されている。しかしながら、このような特殊改造した電子顕微鏡は汎用的なものではなく、観察例は限られていた。

研究の目的

 本研究では、従来のSEMを用いて一次元ナノ構造の成長過程を観察するための局所CVD装置を開発し、その有効性を示すために酸化タングステンナノワイヤとSWNTの成長過程を観察した。開発した局所CVD装置を用いることで、これまで未解明であった多くの一次元ナノ構造の成長過程を容易に観察することができる。

局所CVD装置の開発

 図1に開発した局所CVD装置を示す。本装置はSEM内で観察を行いながら一次元ナノ構造をCVD法で合成する。そのために、熱電子の放出を抑えた試料の加熱と最小限の導入量での反応ガス供給という二つの機能を実現する。CVD法では試料を加熱する必要があるが、高温になった試料やまわりの装置部品は熱電子を放出する。この熱電子はSEMの電子検出器のSN比を低下させ観察を困難にする。そこで、本装置では試料自身に直流電流を印加することで試料をジュール熱で加熱した。本方法により試料のみが目的の温度になり、試料以外の装置部分の不必要な温度上昇が抑えられる。よって放出される熱電子量は低減される。また、試料から放出される熱電子量も試料を小さくすることで、表面積に比例して減少させることが出来る。CVD法では加熱と同時に反応ガスを供給することが必要になる。しかし、SEMを用いてリアルタイムで成長過程を観察するためにはチャンバ圧力を低く抑えなければならない。そこで、本装置では試料近傍に設置した内径の細いノズルから反応ガスを試料表面に供給した。これにより、最小限のガス導入量で基板上にCVDに必要なガス圧力を実現する。これらの加熱とガス供給方法を用いることで、開発した局所CVD装置は1000℃までの試料の加熱と10Paまでのガス供給を実現しながらの成長過程のリアルタイムでの観察が可能である。一方、CVD法で10Pa以上の圧力が求められる場合、試料の加熱を続けながら反応ガスの供給とSEM観察を断続的に行うことで、成長過程をその場観察することが出来る。

酸化タングステンナノワイヤの成長過程の観察

 開発した局所CVD装置を用いて酸化タングステンナノワイヤの成長過程をリアルタイム観察した。実験の手順は以下のようになる。試料としてW(200nm)とCr(50nm)をスパッタした熱酸化膜(1μm)つきシリコン基板(7×2×0.5mm)を用いた。これを局所CVD装置の電極に接続してSEM(Hitachi S-4000 加速電圧30kV)内に設置し、1.3×10(-3)Paまでディフユージョンポンプで減圧した後に観察を始めた。内径0.3mmのノズルから0.03sccmの酸素ガスを供給しながら、試料のシリコン基板に電流を印加し660℃まで約10分で加熱し、その後温度を維持した。本実験での基板表面の観察点での酸素分圧は2×10(-3)Paと見積もられる。

 図2に観察された酸化タングステンナノワイヤの成長過程を示す。成長の初期段階では、20から30nm程度の粒子が基板表面に現れる。この粒子は時間とともに長くなり、ナノワイヤとなった。ナノワイヤの過程で一様の方向を向かって成長をしていった。しかし、それぞれのナノワイヤの成長方向はランダムであった。図3に代表的なナノワイヤの長さの時間変化を示す。ナノワイヤは時間とともに徐々にその長さを伸ばすが、その成長速度は次第に減少していき、一定時間後に一定の長さで成長を終えた。それぞれのナノワイヤで成長速度や最終的な長さは異なっていた。最大の成長速度は2.4nm/sで最大の長さは1100nmであった。図4に一定の領域内のナノワイヤの本数の時間変化を示す。ここでは、1.8×2.4μmの領域内の50nm以上の長さになったものについて計測した。ナノワイヤの本数は時間とともに増加していったが、ここでも本数の増加速度は減少していった。図5に根元から太くなったナノワイヤの過程を示す。いくつかのナノワイヤはその長さが一定になった後に、根元から太くなりベルト状の構造を形成した。

 本実験で観察されたナノワイヤの成長初期に観察された粒子は、他の研究で予想されていた成長初期の核生成に対応すると考えられる。また図5で示したベルト構造は合成条件によって細いナノワイヤとともに現れることが知られている。本観察結果によって、これらベルト構造は十分な合成時間後にナノワイヤが太ることで形成されることがわかった。さらに、このベルト構造が根元から太って成長していったことは、いくつかの研究で提案されているが、一度合成されたナノワイヤにそってナノワイヤが成長をしていくという二次成長モデルと一致する結果である。ナノワイヤの成長に要する時間を定量的に評価するために著者らは以下の一次の時間に関する飽和を表す式、L=Lo[1-exp(-(t-〓t)/τ)]をナノワイヤの時間変化に当てはめた。ここで、LとLoはナノワイヤの長さと最終的な飽和長さ、tと〓tは時間と成長の開始時間、そしてτは成長に要する時間を代表する時定数である。図6に21本のナノワイヤについて計測した時定数τの分布図を示す。この結果、時対数の平均は1300秒であり、標準偏差440secのばらつきをもつことがわかった。

単層カーボンナノチューブの成長過程の観察

 局所CVD装置を用いてSWNTの成長過程を観察した。なお、SWNTのCVD合成には高い反応ガス圧力が必要となることから観察は断続的に行った。実験の手順は以下のようになる。SWNTの合成のための触媒として、Fe/Co微粒子を担持したゼオライトを用いた。このゼオライトを表面に分散させた熱酸化膜つきシリコン基板を局所CVD装置の電極に接続し、SEM内に設置し、1.3×10(-3)Paまで減圧した。ノズルから4.1sccmのエタノール蒸気を導入しながら、試料を810℃まで約5分間で加熱、その後5分間反応を続けた。反応後、ガスの導入を止め、SEMでの観察を行った。試料は一定温度で加熱したまま、5分間のガス導入と観察を計3回行うことで、SWNTの成長過程を断続的に観察した。観察点でのエタノール蒸気の分圧は40Paと見積もられる。

 図7に観察されたSWNTの成長過程を示す。SWNTはゼオライト上に合成され、そのまわりの基板表面に拡がっているのがわかる。なお、この基板表面のSWNTは電子線誘起電流と呼ばれる、SWNTと基板の電気抵抗の差によって生じる像で観察している。図7から断続的な合成を繰り返した結果、基板表面に新たなSWNTが成長しているのがわかる。一方で、一度合成されたSWNTはその長さや基板上での形状を変えていない。ごく稀にSWNTが長さを伸ばしたり消えるのが確認できたが、その割合は述べ95本のうち3本ほどであった。

局所CVD装置の考察

 以上の実験結果から、開発した局所CVD装置を用いて一次元ナノ構造の成長過程をその場観察できることが確認された。設置する試料や導入する反応ガスを変更することで様々な一次元ナノ構造の観察することができる。また、従来その場観察するために必要であった特殊改造した環境型電子顕微鏡を必要せず、従来のSEMでその場観察を可能にすることから成長過程を調査を容易にし、将来の一次元ナノ構造の成長メカニズムの解明に役立つと考えられる。

おわりに

 本研究では、従来のSEMを用いて一次元ナノ構造の成長過程を観察するための局所CVD装置を開発し、これを用いて酸化タングステンナノワイヤと単層カーボンナノチューブの成長過程を観察した。開発した局所CVD装置は次の二つの機能を有する。一つは熱電子を抑えた試料の加熱、一つは最小限の導入量での反応ガス供給である。酸化タングステンナノワイヤの観察では、成長速度や本数の増加速度、成長の時定数など未解明であった成長過程が明らかになった。また、表面での核生成やベルト構造の二次成長など、成長メカニズムを示唆する現象が確認された。一方、単層カーボンナノチューブの観察では合成のたびに新たなSWNTが成長するものの、一度合成されたSWNTは成長せず、形状を変化させないことがわかった。本装置を用いることで他の一次元ナノ構造の成長過程も同様に観察することが可能であり、今後の一次元ナノ構造の成長過程の解明に有用であると考えられる。

図1

図2

図3

図4

図5

図6

図7

審査要旨 要旨を表示する

 本論文の「走査型電子顕微鏡を用いた一次元ナノ構造体の成長過程のその場観察に関する研究」は、工学と学術の両方に対して独創的で有用な論文である。

 本論文は、ナノテクノロジーの分野における一次元ナノ構造体、特に酸化タングステンナノワイヤや単層カーボンナノチューブに注目する。これらの一次元ナノ構造体は将来の集積回路や電子デバイス、光学素子に適した新素材であり、これまでに広く研究されてきた。しかし、これまでの研究では一次元ナノ構造体を高温真空下の化学合成で作成しているため、その成長過程を詳しく観測できず、その結果、合成中の成長過程は明らかではなかった。そして、成長過程がわからないために、条件を制御して再現性良く作成できなかった。本論文はこの成長過程を測定する新しい手法を提案し、いくつかの一次元ナノ構造体の成長過程を観測して、その成長メカニズムを初めて明らかにした。

 本論文が提案する手法は、走査型電子顕微鏡を用いて一次元ナノ構造体を合成しながら観察する「局所CVD装置」を用いる方法である。この装置は走査型電子顕微鏡内の局所的な領域においてのみ、1000℃までの試料を加熱し、10Paまでの反応ガスを供給しながらCVDできる。この装置は、観察と干渉しないように局所的に合成反応できるので、従来の走査型電子顕微鏡では観測できなかった成長過程をその場で観察できるようになった。つまり、この装置は、いずれの材質の一次元ナノ構造体の研究においても、成長過程分析に有効なツールであり、今後の学術発展に貢献できる。本装置のCVDでは、熱伝導と希薄流体力学を用いて定量的に合成を制御したが、これは本研究者の生産技術者としての高い資質を示している。

 本論文では、開発した局所CVD装置を用いて、酸化タングステンナノワイヤの成長過程をリアルタイムで観察するのに初めて成功した。また単層カーボンナノチューブの成長を断続的に観察するのにも成功した。

 酸化タングステンナノワイヤの観察では、タングステン表面で酸素と反応して核生成した後に徐々にファイバーが長くなり、一定時間の後に一定の長さに飽和する過程が、または、本数の増加やナノワイヤの直径変化などが明らかになった。これらは初めて公開された実験事実であり学術的な価値がある。さらに、酸化タングステンナノワイヤの成長メカニズムを解明した。これまでに、各研究者によっていくつかの成長メカニズムが提案されているが、リアルタイムに成長過程を観察できないのでそれらは推測の域をでていなかった。本論文は成長過程をその場観察することで、酸化したタングステンが根元から固相成長するメカニズムを直接に示した。本論文では実験に先立って、これまでに行われていた酸化タングステンナノワイヤの研究と、そこで提案された成長メカニズムとを詳細調査して体系化した後に、それらと比較しながら本論文が提案する根元からの固相成長メカニズムの妥当性を評価した。モデルの提案やその評価は妥当であり、本研究者が材料の研究者としての高い資質を示している。単層カーボンナノチューブの観察では、合成のたびに基板上に新たに成長するナノチューブを観察した。そこで、一度成長したナノチューブは合成を中断してCVD用のガスを流さないと、成長も中断してそれ以上は伸びないことを明らかにした。本論文ではこの理由として、触媒の汚染もしくはナノチューブの基板との接触によって成長が止まることを提案している。

 本論文は独創的な研究であり、しかも、成長メカニズムに関する知見は学術的に重要であり、開発された装置は工学的に重要である。また、本研究者は、論文や発表の論旨も理路整然としており、一般的に研究者としての資質も高い。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク