学位論文要旨



No 122260
著者(漢字) 川元,康裕
著者(英字)
著者(カナ) カワモト,ヤスヒロ
標題(和) 自動車用サスペンションの省エネルギー・アクティブ制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 122260
報告番号 甲22260
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6465号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 助教授 鈴木,高宏
 東京大学 助教授 中野,公彦
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景

 自動車のサスペンション制御では,主としてばね上振動を対象とした乗り心地向上と,操縦安定性に効果のあるタイヤの接地性向上が求められてきた.この要求に対し,様々なアクティブ制御およびセミアクティブ制御が検討されてきた.しかし,従来のアクティブ制御では,乗り心地改善の観点からと応答性の制約から,ばね下共振を対象としない8Hz程度までの制御が一般的であった.さらに,ばね下共振モードでのタイヤ接地荷重制御は,アクチュエータの応答限界とエネルギー消費の増大から,これまでは困難とされてきた.エネルギー消費を伴うアクティブ方式,エネルギー消費を伴わないセミアクティブ方式において,従来の自動車用サスペンションの制御の課題をまとめると以下の通りである.

・ 乗り心地とタイヤの接地性の両方を制御するにはシステムの応答性が十分ではなかった.

・ アクチュエータのエネルギー源としてエンジンを用いていたため,燃費悪化を招いていた.

セミアクティブ方式では,エネルギーの問題は解決されたが,アクティブ方式と同じく性能面の両立は困難であった.

 このように,乗り心地・タイヤ接地性・省エネルギー性は,一般的に相反する条件となり,自動車サスペンション制御のさらなる性能向上を満たすために,あらたなアクティブ制御手法が求められている.

2. 目的

 本論文での最終目的は,「自動車用サスペンションのアクティブ制御において,乗り心地,およびタイヤ接地性の向上を,省エネルギー性を両立させて達成すること」である.このために,達成すべき個々の目的について,以下に列挙する.

1) 速度フィードバックゲインと乗り心地・タイヤ接地性・消費エネルギーの関係を把握し,省エネルギー・アクティブ制御を提案する.

2) 省エネルギー・アクティブ制御として,実際の走行条件に応じて制御ゲインを時々刻々変化させるゲインスケジューリング制御を構築する.

3) 自動車用電磁サスペンションを用いたアクティブ制御システムを構築する.

4) 構築したシステムにより単輪加振実験を行い,制御性能を実証する.

 サスペンションに取り付けるアクチュエータとして,振動エネルギーの回生が可能な電磁アクチュエータ(図1)を対象とし,ばねとの併用による電磁サスペンションシステムを取り扱う.従来,自動車用電磁サスペンションにおける電磁ダンパは減衰力発生器であるダンパとして研究・開発されてきたが,本研究ではアクティブ制御を前提としているために,アクチュエータとして取り扱う場合は,電磁アクチュエータと呼ぶこととする.

3. 特徴

 本研究の特徴を以下に列挙する.

・ 自動車用アクティブサスペンションシステムを,従来サスペンションと置き換え可能なコンパクトなシステムで構築する.

・ システムの高い応答性を要求されるタイヤ接地性の制御を実現する.

・ 乗り心地と接地性のトレードオフを省エネルギーなアクティブ制御により解決する.

・ エネルギー源の充電状態と路面粗さ変化をゲインスケジューリング制御に導入し,乗り心地・タイヤ接地性・省エネルギーの両立を達成する.

4. 構成

 2章では,電磁サスペンションによる省エネルギー・アクティブ制御を提案する.自動車用サスペンションにアクティブ制御を適用するために,応答性に優れ,ばね下共振の制御が可能な電磁サスペンションを導入した.次いで,乗り心地・タイヤ接地性・省エネルギー性を両立させ,飛躍的に向上させるために,実際の走行状況に応じてゲインを時々刻々変化させるゲインスケジューリング制御を提案した.

 3章では,電磁サスペンションシステムの定式化を行う.アクティブサスペンションの性能評価と消費電力特性を理論的に検証可能とする電磁サスペンションシステムの定式化を行った.機械系・電気系およびバッテリ特性を考慮したモデルを構築した.消費エネルギーに課題の残されていたアクティブサスペンション制御において,消費エネルギーを評価できるモデルを構築することは重要である.その中で,消費エネルギーに変化を与える要因として,クーロン摩擦を中心にモータドライバ特性・マウント特性を検討した.

 4章では,実験による電磁サスペンション性能と定式化の評価について述べる.電磁サスペンションによる単輪アクティブサスペンションシステムの構築を,従来サスペンションと置換可能なコンパクトなシステムにより実現した.さらに,加振実験により,モデル化の妥当性検証,省エネルギー・アクティブ制御の実証を行った.出力特性と周波数応答特性,エネルギーバランスにおいて,加振実験結果は定式化とよい一致を示し,モデル化の妥当性を実証した.

 5章では,速度フィードバックゲインと防振性能・消費エネルギーの関係について述べる.数値解析により,速度フィードバックゲインと車両性能・消費エネルギーの関係を,ばね上速度フィードバックゲイン-ばね下速度フィードバックゲイン平面上の等高線図により明らかにした.消費電力は,速度ゲイン設定によって回生領域が存在することを示した.従来多用されていたスカイフック制御では消費エネルギーの増大を招くことを示し,ばね下速度フィードバックゲインを考慮する方が省電力に有利なことを示した.

 6章では,実験による速度フィードバックゲインと防振性能・消費エネルギー性能評価について述べる.5章で明らかにした速度フィードバックゲインと車両性能・消費エネルギーの関係を,単輪加振実験により実証した.

 7章では,乗り心地・接地性・省エネルギー性能を満たすために,走行状況に応じて速度フィードバックゲインを時々刻々変化させるゲインスケジューリング制御を,5章に基づき構築した.車両走行状況としては,路面の凹凸粗さからくる車両の振動状況,エネルギー源の充電状態(=残存容量)を対象とした.車両走行状況としては,路面の凹凸粗さからくる車両の振動状況(=サスペンションストローク速度のRMS値),エネルギー源の充電状態(=残存容量)を対象とした.さらに,構築した制御系を定式化した電磁サスペンションシステムに適用し,数値解析を行った.数値解析の結果,ゲインスケジューリング制御により,時々刻々変化する乗り心地・タイヤ接地性・省エネルギー性の要求を,時間軸上で両立させることができた.

 8章では,7章で構築したゲインスケジューリング制御の実証実験について述べる.ゲインスケジューリング制御により,時間軸での乗り心地・接地性の両立を,電源のエネルギーを使い続けることなく省エネルギー性を両立して達成できた.提案・構築したゲインスケジューリング制御の有用性を確認するために,実機を用いた加振実験を行った.路面凹凸特性,バッテリ充電状態などの実際に即した条件を設定し,省エネルギー・アクティブ制御(ゲインスケジューリング制御)の有効性を確認するための実証実験を行い,要求する性能を満足することを実証した.ゲインスケジューリング制御により,時間軸での乗り心地・タイヤ接地性の両立を,電源のエネルギーを使い続けることなく省エネルギー性を両立させて達成できた.

 9章では,提案した電磁サスペンションシステムの評価,ゲインスケジューリング制御の効果について考察し,今後の展望について述べた.

5. 結論

 本論文では,車体振動低減およびタイヤ接地性の向上を,省エネルギー性を両立させて達成するために,省エネルギー・アクティブ制御を提案した.省エネルギー・アクティブ制御として,速度フィードバックゲインと乗り心地・タイヤ接地性・省エネルギーの3要求性能の関係を基にしたゲインスケジューリング制御を提案した.ゲインスケジューリング制御では,実走行状況を想定した路面凹凸荒さ変化・バッテリ充電状態変化に応じて,制御ゲインを時々刻々変化させた.振動エネルギーの回生が可能な電磁サスペンションを用いてアクティブ制御系を構築し,数値解析および加振実験により,ゲインスケジューリング制御により,時々刻々変化する乗り心地・タイヤ接地性・省エネルギー性の両立を,時間軸上で達成できることを実証した.

図1 電磁ダンパおよび新型電磁アクチュエータの概念図

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「自動車用サスペンションの省エネルギー・アクティブ制御に関する研究」と題し、10章よりなっている。

 自動車のサスペンション制御では,主としてばね上振動を対象とした乗り心地向上と,操縦安定性に寄与する主として高周波のばね下振動共振に関係するタイヤの接地性向上が求められる。また、乗り心地向上を主目的とした油圧アクチュエータによるアクティブサスペンションが実用化されているが、消費エネルギーの増大による燃費の悪化により、一般的な普及はしていない。これらは一般的に相反する条件となるため,乗り心地・タイヤ接地性・省エネルギーを両立させる新たなアクティブ制御手法が求められている.

 本論文は、以上の背景の基、自動車用アクティブサスペンションとして、応答性が優ればね下共振の制御が可能な電磁サスペンションを使用すること、および、乗り心地・タイヤ接地性・省エネルギー性を飛躍的に向上させるために、実際の走行条件に応じて、ゲインを時々刻々変化させるゲインスケジューリング制御を導入する手法を提案し、理論解析および実験的検証によって、その有用性を明らかにしたものである。

 本論文の第1章は「序論」と題し、研究の背景および目的について述べている。

 第2章は「電磁サスペンションによる省エネルギー・アクティブ制御の提案」と題し、電磁サスペンションによる省エネルギー・アクティブ制御として、実際の走行状況に応じてゲインを時々刻々変化させるゲインスケジューリング制御を提案している。

 第3章は「電磁サスペンションシステムの定式化」と題し、アクティブサスペンションの性能評価と消費電力特性を理論的に検証可能とするために、機械系・電気系およびバッテリ特性を考慮した電磁サスペンションシステムの定式化を行っている。

 第4章は「実験による電磁サスペンション性能と定式化の評価」と題し、電磁サスペンション定式化の妥当性評価を加振実験により行い、シミュレーションと実験が良く一致することを確認している。実現した電磁アクティブサスペンションシステムは、実車に搭載可能なコンパクトなシステムであり、自動車における実現性も高いものであるとしている。

 第5章は「速度フィードバックゲインと防振性能・消費エネルギー」と題し、構築した電磁サスペンションシステムの定式化を通して、ばね上およびばね下の2つの速度フィードバックゲインと防振性能と消費エネルギーの関係を、性能等高線図の作成により明らかにしている。さらに、乗り心地、接地性、エネルギー回生のそれぞれについて、最適となる速度フィードバックゲインを確定している。

 第6章は「実験による速度フィードバックゲインと防振性能・消費エネルギー性能評価」と題し、5章で明らかにした速度フィードバックゲインと車両性能および消費エネルギー特性の関係を、単輪加振実験により実証および確認している。

 第7章は「ゲインスケジューリング制御の構築」と題し、乗り心地向上・タイヤ接地性向上・省エネルギー性能を満たすため、走行状況に応じたゲインスケジューリング制御則を、5章および6章に基づき構築している。実走行状況として路面凹凸とバッテリの充電状態を想定した数値シミュレーションを行い、ゲインスケジューリング則を確定している。固定ゲインによるアクティブ制御と比べて、性能を向上できることを確認している。

 第8章は「ゲインスケジューリング制御実証実験」と題し、提案したゲインスケジューリング制御の有効性を確認するために、実機を用いた単輪加振実験を行っている。路面凹凸特性、バッテリの残存容量などを実際の走行状態を仮定した条件に設定し、省エネルギー・アクティブ制御(ゲインスケジューリング制御)の実証実験により、要求する性能を満足することを確認している。

 第9章は「考察」と題し、提案システムを従来型減衰力特性・固定ゲインによるアクティブ制御と比較した性能評価を行い、提案する方式の優位性を示している。

 第10章は「結論」と題し、以上の結果を要約し、本論文の結論を述べている。

 以上、本論文は、自動車用電磁サスペンションを用いた省エネルギー・アクティブ制御について、路面粗さ・電源充電状態に応じたゲインスケジューリング制御を提案し、その理論構築を行ったものである。実機を用いた加振実験により、その有用性を検証し、自動車の乗り心地向上および操縦安定性に寄与するタイヤの接地性向上と、省エネルギー性を両立させうることを示したものであり、自動車工学および機械工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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