学位論文要旨



No 122261
著者(漢字) 細川,崇
著者(英字)
著者(カナ) ホソカワ,タカシ
標題(和) 高齢運転者の運転支援実現のための運転特性の把握と不安全行動解析による運転者タイプ分類手法の提案
標題(洋)
報告番号 122261
報告番号 甲22261
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6466号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 助教授 鈴木,高宏
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,近年交通事故件数が増加しつつも効果的対策の実施が難しい高齢運転者に注目し,高齢運転者を日常運転行動の特徴ごとにタイプとして分類することにより,それぞれの特性に応じた対策を講じることを目的としている.具体的には,高齢者に不安全行動が多くみられる交差点右折時に注目し,右折時の運転行動の特徴により高齢運転者をタイプに分類する手法を提案する.この手法により,今まで一括りに高齢運転者とだけ扱われていた高齢運転者を,いくつかのタイプとして定義づけて扱うことが可能となり,運転者教育,運転支援の両面への幅広い応用が考えられる.

 本論文は,以下にしめす8つの章で構成されている.

 第1章「序論」では,研究の背景,目的,新規性と意義について,簡単な説明を行なった.また,本論文の構成と,論文中の用語の定義をしめした.

 第2章「高齢運転者の現状」では,高齢運転者の現状とその問題点について,従来研究を調査し整理を行なった.まず,高齢運転者に関する一般的な研究を紹介し,高齢運転者の生活特性についてまとめた.次に,高齢運転者を中心とした交通事故の特徴と傾向に関して紹介した後,高齢運転者の身体特性と運転特性に関し,従来研究の整理を行なった.さらに,運転特性と身体特性や生活特性などの関連性を含めて検討した例が少ないことを指摘し,高齢運転者の特性を多面的に把握する必要性をしめした.また高齢運転者のみならず,一般運転者を対象とした研究についても,本研究の参考になりうる事例について紹介を行い,最終的に,本研究の目的を,以下にしめすように具体化した.

1. 運転・生活・身体特性に関して,同一の高齢運転者群に対して様々な角度から実験を行い,同じ特徴をもついくつかの群として高齢運転者のタイプの定義を行なう.

2. 不安全行動に注目して運転特性に関し詳細解析を行い,上記のタイプを分類する手法を提案する.

3. 提案した高齢運転者のタイプ分類手法を検証し,さらに,具体的な支援・教育としての適用を検討する.

 第3章「高齢運転者の特性把握」では,第2章で具体化した目的のうち,高齢運転者の特性把握に関する説明を行なった.高齢運転者の実態を把握するため,運転特性,生活特性,身体特性,という3つの面から,同一の被験者に対し特性把握実験を実施した.運転特性の把握として行なった,同乗評価とビデオ評価の結果に加え,従来研究の結果を再度整理することにより,不安全行動が見られ,かつ,運転者ごとの特徴が現れる行動として,右折時の運転行動を抽出した.また,同時に身体特性として,反応時間,脳機能,体力面,生活特性として,運転状況,運転頻度,老化自覚,安全意識等の調査を実施することにより,高齢運転者をある程度,傾向別に整理することが可能ではないか,という仮説を立て,その仮説に基づき,高齢運転者を運転傾向別にタイプへと分類する,という方針を決定した.しかし,特性把握実験の中で実施した運転特性把握実験は,短期間の同乗調査であり,タイプ分類を実施するのに必要な日常運転についての定量的評価の実施が難しかった.そこで,日常運転に着目し,より長期間,検査者の同乗なしの運転行動把握と,定量指標による評価を,次章で実施することにした.

 第4章「実車運転行動の把握と高齢運転者タイプの定義」では,第3章での抽出結果に基づき,高齢運転者の日常運転における右折行動について詳細解析を行った.実際の日常運転における右折行動を把握することが重要であると考え,長期間,自動的に運転行動を記録できるドライブレコーダ(DR)が必要であったため,DRの製作を行なった.その後,製作したDRを,被験者とした高齢運転者の自家用車へ取り付け,長期間,右折を含む全ての運転行動について映像を中心に把握した.右折行動に注目した特徴抽出を行なうため,取得したDRのデータを,まずGPSの位置と時刻情報で絞込み,解析対象範囲の映像を再生し評価した.右折行動の評価には,McKnightの運転行動規範リストを用い,右折時にとるべき行動が抜け落ちた場合に加点するという手法で点数化をした.

 さらに,この点数から(1)式で定義するUnsafe Scoreを用いることにより,右折時の不安全な程度を定量化し,高齢運転者同士の比較を行い,群へと分類した.右辺の第一項は,運転行動の重要度に相当し,第二項は出現割合に関する項である.

 この群分けの結果と,背景要因として調査を行なった老化の自覚項目から,高齢運転者を運転傾向別に「タイプ」として定義した.定義した4種の高齢運転者タイプを以下にしめす.

1. 慎重型(Careful driving type)普段から慎重な運転を行い,最も安全であると考えられる

2. 老化自覚型(Aging-conscious but occasionally inattentive type)自己の老化を意識し,速度を落とす等安全運転を心がけるものの,安全確認等が抜け落ちてしまうことがある

3. 老化非自覚型(Not-aging-conscious and careless type)自己の老化を意識しておらず,走行速度が高いなど先急ぎ傾向がある

4. 衰え型(Deficient driving type)多くの不安全行動がみられ,背景要因においても,脳機能や反応時間などの項目に突出した衰えがみられる

 また,タイプの定義の流れを図1にしめす.これらの高齢運転者タイプを,本章のような運転行動解析からではなく,右折時の運転行動パラメータから推定ができれば,より応用範囲が広がることを指摘し,そのためのタイプ分類手法の検討を以降の章で行なうことを述べた.

 第5章「高齢運転者のタイプ分類手法の提案」では,前章で定義を行なった高齢運転者タイプを,右折時の運転行動パラメータから推定する手法を提案することを目的とし,本研究で製作を行なった運転シミュレータ(DS)を用い,運転行動パラメータの把握を行なった.運転者の安全確認と運転操作,さらには,車両速度や交差点の状況等,多岐に渡る項目に注目してパラメータを取得した.その後,それらの中で,どのパラメータを用いるのがよいのかを明らかとするため,多変量解析を実施した.高齢運転者タイプを正解値とし,同じ運転者で把握したパラメータを用いた判別分析を実施し,最も正解率の高いパラメータの組み合わせを導出した.図2にその結果をしめす.左右確認回数,平均速度,方向指示器操作タイミングの3変数を用いた場合に判別確率が最大となり,8割弱の確率でタイプ判別を実施できることがわかった.したがって,この3変数で判別関数を導出し,一連の手法を,本研究における高齢運転者タイプ分類手法として提案した.

 第6章「高齢運転者のタイプ分類手法の検証」では,前章で提案した高齢運転者のタイプ分類手法の検証を行なった.検証のため,第3章〜5章まで対象とした地方地域在住の高齢運転者を被験者とはせず,全く異なる背景要因をもつと考えられる都市部近郊在住高齢運転者を被験者とした.まず,DRを用いた日常運転の右折データと背景要因の調査を実施し,第4章で定義した手法を用い,高齢運転者タイプを決定した.図3に決定したタイプとUnsafe Scoreをしめす.

 次に,同一の被験者に対し,DSを用い右折時のパラメータを取得した.前章で提案を行った,左右確認回数,平均速度,方向指示器操作タイミングの3変数を用いるタイプ分類手法を適用し,高齢運転者タイプの推定を行なった.その結果を表1にしめす.表中のAは「老化自覚型」,Nは「老化非自覚型」,Dは「衰え型」,Cは「慎重型」である.DRによる日常運転行動評価と背景要因から決定した高齢運転者タイプの定義結果と,DSデータに提案した手法を用いた場合の分類結果とが一致し,提案した高齢運転者タイプ分類手法の妥当性が確認された.また,タイプ分類の際,毎回の右折行動に関して分類を実施するよりも,数回程度の連続したパラメータを用い分類を行い,運転傾向として把握することの方が,よりよいタイプ推定結果が得られることもわかった.このことから,本研究で提案した高齢運転者のタイプ分類手法を,実際の運転支援や運転者教育に用いる際には,運転傾向としてある程度時間幅をもって行動を把握し,それに対し,分類を実施すべきであるということが明らかとなった.

 第7章「高齢運転者タイプ分類手法の運転支援への応用検討」では,本研究で提案を行った高齢運転者タイプ分類手法の具体的な応用例として,高齢運転者に自身の運転者タイプを呈示し自覚を促すという運転支援を試みた.実施した運転支援の概念図を図4にしめす.DSを用いた一手法の提案という位置づけであったが,呈示の内容と意味を説明した後の走行T3では,被験者とした高齢運転者は,タイプの呈示を確認し,慎重型の運転へと行動が変化していた(図5,6).したがって,DS上の一手法としては,タイプ分類手法を用いた運転支援の効果を確認でき,実際の支援や教育などへ応用することにより,効果を上げることができる可能性がしめされた.

 第8章「結論」では,本論文を総括し,結論と今後の展望を述べた.結論を以下にしめす.

1. 日常運転行動のUnsafe Scoreと背景要因から,高齢運転者を4つのタイプに分類し定義した.

2. 右折時運転行動パラメータから,上記のタイプを分類する手法を提案し,妥当性を検証した.

3. 提案した高齢運転者のタイプ分類手法を,DS上で高齢運転者に呈示するという運転支援の一手法の検討を行い,支援効果を確認した.

図1 高齢運転者タイプ定義の流れ

表1 高齢運転者タイプ推定値と定義

図2 使用したパラメータ数と正解率の変化

図3 実車DRのUnsafe Scoreの結果(検証用被験者及び手法提案時被験者)

図4 実車DRのUnsafe Scoreの結果(検証用被験者及び手法提案時被験者)

図5 タイプ推定値の変化(被験者Yz,日常運転からの定義は老化非自覚型)

図6 タイプ推定値の変化(被験者Tm,日常運転からの定義は老化自覚型)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「高齢運転者の運転支援実現のための運転特性の把握と不安全行動解析による運転者タイプ分類手法の提案」と題し,8章より構成されている.

 我が国では高齢化が進行し,高齢運転者の事故防止対策が急務となっている.現在実施されている対策の多くは,高齢運転者を一括りとして扱うばかりで,加齢とともに拡大する個人差に対応しきれておらず,高齢運転者の特性把握も不十分である.本研究は,高齢運転者の特性を多面的に把握し,特徴ごとにタイプとして定義を行なうことにより,運転傾向による高齢運転者の分類実施を目的としている.

 第1章「序論」では,研究の背景,目的,新規性と意義について説明を行い,本論文の構成と,論文中の用語の定義をしめしている.

 第2章「高齢運転者の現状」では,高齢運転者の現状とその問題点について,従来研究を調査し整理を行なっている.まず,高齢運転者に関する一般的な研究を紹介し,高齢運転者の生活特性についてまとめ,次に,高齢運転者を中心とした交通事故の特徴と傾向に関して紹介した後,高齢運転者の身体特性と運転特性に関し,従来研究の整理を行なっている.

 第3章「高齢運転者の特性把握」では,高齢運転者の特性把握に関する検討を述べている.高齢運転者の実態を把握するため,運転特性,生活特性,身体特性,という3つの面から,同一の被験者に対し特性把握実験を実施し,運転特性の把握として行なった同乗評価とビデオ評価の結果に加え,従来研究の結果を再度整理することにより,不安全行動が見られ,かつ,運転者ごとの特徴が現れる行動として,右折時の運転行動を抽出している.また,同時に身体特性として,反応時間,脳機能,体力面,生活特性として,運転状況,運転頻度,老化自覚,安全意識等の調査を実施することにより,高齢運転者をある程度,傾向別に整理することが可能ではないか,という仮説を立て,その仮説に基づき,高齢運転者を運転傾向別にタイプへと分類する,という方針を決定している.

 第4章「実車運転行動の把握と高齢運転者タイプの定義」では,第3章での抽出結果に基づき,高齢運転者の日常運転における右折行動について詳細解析を行っている.実際の日常運転における右折行動を把握することが重要であると考え,長期間,自動的に運転行動を記録できるドライブレコーダ(DR)が必要であったため,DRの製作を行ない,被験者とした高齢運転者の自家用車へ取り付け,長期間,右折を含む全ての運転行動について映像を中心に把握した.右折行動に注目した特徴抽出を行なうため,取得したDRのデータを,まずGPSの位置と時刻情報で絞込み,解析対象範囲の映像を再生し評価した.右折行動の評価には,McKnightの運転行動規範リストを用い,右折時にとるべき行動が抜け落ちた場合に加点するという手法で点数化を行い,これらから4種の高齢運転者タイプへの分類をしめしている.

 第5章「高齢運転者のタイプ分類手法の提案」では,前章で定義を行なった高齢運転者タイプを,右折時の運転行動パラメータから推定する手法を提案することを目的とし,本研究で製作を行なった運転シミュレータ(DS)を用い,運転行動パラメータの把握を行なっている.運転者の安全確認と運転操作,さらには,車両速度や交差点の状況等,多岐に渡る項目に注目してパラメータを取得し,それらの中で,どのパラメータを用いるのがよいのかを明らかとするため,多変量解析を実施した.高齢運転者タイプを正解値とし,同じ運転者で把握したパラメータを用いた判別分析を実施し,最も正解率の高いパラメータの組み合わせを導出している.左右確認回数,平均速度,方向指示器操作タイミングの3変数を用いた場合に判別確率が最大となり,8割弱の確率でタイプ判別を実施できることがわかり,この3変数で判別関数を導出し,一連の手法を,本研究における高齢運転者タイプ分類手法として提案している.

 第6章「高齢運転者のタイプ分類手法の検証」では,前章で提案した高齢運転者のタイプ分類手法の検証を行なっている.DRを用いた日常運転の右折データと背景要因の調査を実施し,第4章で定義した手法を用い,高齢運転者タイプを決定し,同一の被験者に対し,DSを用い右折時のパラメータを取得した.そこで左右確認回数,平均速度,方向指示器操作タイミングの3変数を用いるタイプ分類手法を適用し,高齢運転者タイプの推定を行ない,DRによる日常運転行動評価と背景要因から決定した高齢運転者タイプの定義結果と,DSデータに提案した手法を用いた場合の分類結果とが一致し,提案した高齢運転者タイプ分類手法の妥当性が確認されたことを述べている.

 第7章「高齢運転者タイプ分類手法の運転支援への応用検討」では,本研究で提案を行った高齢運転者タイプ分類手法の具体的な応用例として,高齢運転者に自身の運転者タイプを呈示し自覚を促すという運転支援を試み,タイプ分類手法を用いた運転支援の効果を確認でき,実際の支援や教育などへ応用することにより,効果を上げることができる可能性がしめされた.

 第8章「結論」では,本論文を総括し,結論と今後の展望を述べている.

 以上要するに,本論文は,今後社会問題になる高齢運転者の交通事故の問題に対応すべく,高齢者の特性を日常運転行動のUnsafe Scoreと背景要因から,高齢運転者を4つのタイプに分類し定義し,右折時運転行動パラメータから,このタイプを分類する手法を提案し,妥当性を検証したものである.さらに,提案した高齢運転者のタイプ分類手法を,DS上で高齢運転者に呈示するという運転支援の一手法の検討を行い,支援効果を確認しており,自動車工学,人間工学に発展に寄与することが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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