学位論文要旨



No 122266
著者(漢字) 陳,欣
著者(英字) CHEN,XIN
著者(カナ) チン,キン
標題(和) 走査型真直度及び直角度測定法と不確かさ評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 122266
報告番号 甲22266
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6471号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 教授 淺間,一
 東京大学 助教授 高橋,哲
 東京大学 助教授 金,範
内容要旨 要旨を表示する

 機械加工製品の品質の一様性,品質および性能の向上の要求,且つ高信頼度,高寿命の要求に伴い,製品を構成する加工部品の形状測定はますます重要となってきている.形状測定の評価項目としては,真直度や直角度などといった幾何偏差があり,基準となる形状と比較してどの程度の誤差を持っているのかを測定するものである.一般の測定では,基準の形状誤差を目標精度より一桁以上高くすることが容易にできるので,特に問題となっていない.しかし,長さ数百mm以上にもおよぶ大型超精密加工部品の測定では,測定範囲が大きくなるに連れて,目標精度よりも高い精度を持つ物理的な基準を得ることは次第に困難となっている.つまり,真直度を測定する場合直線基準の誤差,直角度を測定する場合直角と直線基準両方の誤差が測定結果に影響を与える.この基準の形状誤差を除去できる測定方法として,誤差分離技術を利用した走査型測定法が挙げられる.この方法は,例えば,複数のセンサを用いて同時に部品表面を走査するマルチプローブ法によって,理想的な測定基準をソフトウェア的に構築するので,ハードウェアにより構築された基準に依存しない.この測定システムにおいて,形状を復元するためのデータ処理手法は重要である.一方,測定の信頼性を保証するために,この測定システムで形状を測定した場合における,測定した形状の不確かさを推定することは大切である.単純な長さの測定では,測定の不確かさを残差の標準偏差だけを用いて評価することや,測定機器および標準の不確かさから測定の不確かさを推定することができる.しかし,測定方法の複雑化より,走査型測定法の不確かさ評価手法がまだ確立されていない.

 本論文では,大型超精密加工部品の形状計測として,真直度と直角度の測定を取り上げ,知的なデータ処理技術を開発することによって,走査の基準に依存しない走査型真直度と直角度計測方法及びその不確かさの評価手法の実現を目的とする.

 はじめに,直線基準に依存しない走査型真直度測定法として,測定装置の構成が組みやすい2組の2点法に着目した.2組の2点法とは,2本の位置センサを用いて試料表面を1回走査した後に,センサ間の配置距離を変えてもう1回試料を走査する方法である.そのデータ処理手法として,離散フーリエ変換を利用する空間周波数領域法と最小二乗法を利用する連立1次方程式法の適用を試みた.空間周波数領域法による2組の2点法はすでに開発されているが,センサ測定値の系統誤差(主にセンサ間のゼロ点のずれ)の問題はまだ解決されていない.本研究では,まず,2組の2点法を成立させるためのパラメータ条件を改めて検討し,系統誤差により復元形状が受ける影響を解析した.評価誤差は形状の振幅や長さに関係せず,2つの2点法のそれぞれの系統誤差の相対差に比例していることが分かった.この結果に基づいて,偶然誤差による影響も対応可能な系統誤差の補正方法を提案した.次に,系統誤差補正後の推定形状の不確かさを解析し,シミュレーションにより提案した補正方法の有効性を示した.これによって,はじめて系統誤差と偶然誤差両方対応できる2組の2点法を実現した.

 続いて連立1次方程式法を2組の2点法に新しく適用した.まず,測定システムのモデル化をし,連立1次方程式の作成方法を説明した.最小二乗解を得るためのパラメータ条件として,2回走査のそれぞれのデータ数が異なっても構わないので,適用範囲が空間周波数領域法より高い.次に,最小二乗法で推定形状の不確かさの計算方法を示した.この計算方法によれば,2つの正規化センサ距離及びデータ数によって決まるヤコビ行列とセンサ測定値の誤差行列から,推定形状の任意の点における不確かさを計算できる.シミュレーションにより不確かさ評価手法の有効性を示した.次に,各パラメータが推定の不確かさに与える影響を検討し,連立1次方程式法を実際に運用する場合のパラメータの選択方法を示した.最後に,空間周波数領域法との比較を行った.パラメータ条件,復元能力,実用性から比較した結果,計算速度以外は,連立1次方程式法は空間周波数領域法より優れていると考えられる.

 直角基準または直線基準に依存しない走査型直角度測定法として,1つの四角ブロックと2本の位置センサを用いた走査型直角度測定法を提案した.この方法は,四角形の幾何原理と走査型真直度測定法の誤差分離原理を利用することで,測定結果が四角ブロックの4つの内角の直角度及び四角ブロックの4辺の真直度に依存しない.そして測定における各不確かさ要因をセンサ測定値の偶然誤差,温度ドリフト,四角ブロックの回転誤差と直角度誤差に分けて説明した.まず,位置センサの偶然誤差に由来する不確かさの計算方法を示した.この計算方法によって,偶然誤差の標準偏差,走査距離,測定点数と不確かさの関係式を導いた.次に,位置センサの温度ドリフトに由来する不確かさの評価方法を示した.さらに,四角ブロックの回転誤差と直角度誤差に由来する不確かさを解析した.測定結果に影響があるローリング誤差,ピッチング誤差及び四角ブロック側面の直角度誤差と不確かさの関係式を導いた.代表的な数値を各標準不確かさに代入し合成標準不確かさを計算した結果,本測定方法は1秒以下の不確かさで直角度を測定することができることが分かった.

 上記の手法の有効性を確認するために,平面リニアモータの位置センサとした2枚の反射ミラーの真直度及び直角度の機上測定実験を行った.反射ミラーの真直度測定実験において,2組の2点法を行い,空間周波数領域法と連立1次方程式法を用いて測定データを処理した.得られた形状がよく一致することから,2つの形状復元手法の信頼性は高いと考えられる.また,繰返し実験によって得られた形状の標準偏差が計算した理論不確かさと一致することにより,2つの手法の有効性が確認された.2枚の反射ミラーの直角度測定実験において,平面モータのクローズドループ制御特性を利用し,2本の位置センサによる測定システムを構築した.繰返し実験によって得られた結果の標準偏差が理論不確かさと基本的に一致していることから,本手法の有効性が確認された.

 本論文では,走査の基準に依存しない,測定装置が簡単で機上測定できる,測定の不確かさを推定できる,といった特徴を有する走査型真直度測定法(空間周波数領域法による2組の2点法及び連立1次方程式法による2組の2点法)と走査型直角度測定法を実現した.それぞれの方法について,理論と実験の両面で有効性が確認され,実用性の高い方法が確立できた.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,大型超精密加工部品の形状計測として,真直度と直角度の測定を取り上げ,知的なデータ処理技術を開発することによって,走査の基準に依存しない走査型真直度と直角度計測方法及びその不確かさの評価手法の実現を目的した論文である.

 直線基準に依存しない走査型真直度測定法として,測定装置の構成が組みやすい2組の2点法に着目し,そのデータ処理手法として,離散フーリエ変換を利用する空間周波数領域法と最小二乗法を利用する連立1次方程式法の適用を試みている.空間周波数領域法による2組の2点法において,センサ間のゼロ点のずれによるセンサ測定値の系統誤差の問題はまだ解決されていない.本研究では,まず,2組の2点法を成立させるためのパラメータ条件を改めて検討し,系統誤差により復元形状が受ける影響を解析した.評価誤差は形状の振幅や長さに関係せず,2つの2点法のそれぞれの系統誤差の相対差に比例していることが分かった.この結果に基づいて,偶然誤差による影響も対応可能な系統誤差の補正方法を提案した.次に,系統誤差補正後の推定形状の不確かさを解析し,シミュレーションにより提案した補正方法の有効性を示した.これによって,はじめて系統誤差と偶然誤差両方対応できる2組の2点法を実現した.

 続いて連立1次方程式法を2組の2点法に新しく適用した.まず,測定システムのモデル化をし,連立1次方程式の作成方法を説明した.最小二乗解を得るためのパラメータ条件として,2回走査のそれぞれのデータ数が異なっても構わないので,適用範囲が空間周波数領域法より高い.次に,最小二乗法で推定形状の不確かさの計算方法を示した.この計算方法によれば,2つの正規化センサ距離及びデータ数によって決まるヤコビ行列とセンサ測定値の誤差行列から,推定形状の任意の点における不確かさを計算できる.シミュレーションにより不確かさ評価手法の有効性を示した.次に,各パラメータが推定の不確かさに与える影響を検討し,連立1次方程式法を実際に運用する場合のパラメータの選択方法を示した.最後に,空間周波数領域法との比較を行った.パラメータ条件,復元能力,実用性から比較した結果,計算速度以外は,連立1次方程式法は空間周波数領域法より優れていると考えられる.

 直角基準または直線基準に依存しない走査型直角度測定法として,1つの四角ブロックと2本の位置センサを用いた走査型直角度測定法を提案した.この方法は,四角形の幾何原理と走査型真直度測定法の誤差分離原理を利用することで,測定結果が四角ブロックの4つの内角の直角度及び四角ブロックの4辺の真直度に依存しない.そして測定における各不確かさ要因をセンサ測定値の偶然誤差,温度ドリフト,四角ブロックの回転誤差と直角度誤差に分けて説明した.まず,位置センサの偶然誤差に由来する不確かさの計算方法を示した.この計算方法によって,偶然誤差の標準偏差,走査距離,測定点数と不確かさの関係式を導いた.次に,位置センサの温度ドリフトに由来する不確かさの評価方法を示した.さらに,四角ブロックの回転誤差と直角度誤差に由来する不確かさを解析した.測定結果に影響があるローリング誤差,ピッチング誤差及び四角ブロック側面の直角度誤差と不確かさの関係式を導いた.代表的な数値を各標準不確かさに代入し合成標準不確かさを計算した結果,本測定方法は1秒以下の不確かさで直角度を測定することができることが分かった.

 上記の手法の有効性を確認するために,平面リニアモータの位置センサとした2枚の反射ミラーの真直度及び直角度の機上測定実験を行った.反射ミラーの真直度測定実験において,2組の2点法を行い,空間周波数領域法と連立1次方程式法を用いて測定データを処理した.得られた形状がよく一致することから,2つの形状復元手法の信頼性は高いと考えられる.また,繰返し実験によって得られた形状の標準偏差が計算した理論不確かさと一致することにより,2つの手法の有効性が確認された.2枚の反射ミラーの直角度測定実験において,平面モータのクローズドループ制御特性を利用し,2本の位置センサによる測定システムを構築した.繰返し実験によって得られた結果の標準偏差が理論不確かさと基本的に一致していることから,本手法の有効性が確認された.

 以上のように,本論文では,走査の基準に依存しない,測定装置が簡単で機上測定できる,測定の不確かさを推定できる,といった特徴を有する走査型真直度測定法(空間周波数領域法による2組の2点法及び連立1次方程式法による2組の2点法)と走査型直角度測定法を実現した.それぞれの方法について,理論と実験の両面で有効性が確認され,実用性の高い方法が確立できた.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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