学位論文要旨



No 122267
著者(漢字) 小田,哲明
著者(英字)
著者(カナ) オダ,テツアキ
標題(和) 技術戦略のための特許分析フレームワーク
標題(洋)
報告番号 122267
報告番号 甲22267
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6472号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 島,克守
 東京大学 教授 元橋,一之
 東京大学 助教授 武市,祥司
 東京大学 特任助教授 玄場,公規
 東京大学 特任助教授 坂田,一郎
内容要旨 要旨を表示する

 はじめに

 近年,企業の技術開発戦略において,無形資産である特許の価値をいかに評価するかが,重要な課題となっている。この評価手法の一つとして,特許の被引用数が多いほど特許価値が高いとする「引用分析」がある。この評価手法は大変興味深いものであるが,未だ分析手法が精査されておらず,特に特許価値を評価する分析フレームワークが提示されていないため,分析結果の検証も不十分である。本研究は,特許価値評価の手法として引用分析に着目し,分析手法を精査し,特許価値評価の分析フレームワークを提示する。また,その分析フレームワークに基づき,日本の大手電機企業の特許を対象に実証分析を行う。

 1. 既存研究の引用分析の問題点

 既存研究の引用分析では特許価値や優位性を分析するが,これらの指標により,いかなる技術戦略を策定すべきかを直接判断することはできない。つまり,既存研究の引用分析では,技術戦略を策定する分析フレームワークが確立されていない。また,この評価手法では,特許価値を時系列に分析する分析フレームワークが提示されていない。また,既存研究の引用分析では拡張的にクラスタリングが行われるため,クラスターの範囲が広範となり過ぎる。そのため,価値の高い特許がクラスターの中に埋もれることなり,価値の高い特許の判別が困難になる。さらに,既存研究の引用分析では,自社被引用比率を画一的に区切るため,特許の価値を的確に把握できない。一方,技術戦略を策定する手法として,パテントマップ,プロダクトポートフォリオマネージメントなどがあるが,引用分析を用いて技術戦略を策定する分析フレームワークは確立されていない。

 2. 研究目的

 そこで,本研究は,特許価値評価の手法として引用分析に着目し,分析手法を精査し,特許価値評価の分析フレームワークを提示する。つまり,本研究では,技術戦略及び研究開発戦略の策定に資する分析フレームワークを提案・検証する。また,本研究では,特許を適切な範囲でクラスタリングすることにより,特許ポートフォリオを確実に抽出し,提案する分析フレームワークにおける特許ポートフォリオの分布を分析する。また,本研究では,提案する分析フレームワークにおける特許の技術的関連性を把握した上で,特許価値及び優位性(競争力)の推移を分析することにより,テクノロジーの変化を判断する。さらに,本研究では,特許価値の推移を時系列に分析する分析フレームワークを提案・検証する。なお,本研究では,米国特許を用いて,株式会社東芝の特許を対象に実証分析を行う。

 3. 研究手法

  3-1. 技術戦略マトリクス分析

 本研究では,技術戦略及び研究開発戦略の策定に資する分析フレームワークを提案・検証する。即ち,「技術戦略マトリクス」という分析フレームワークを提案し,この技術戦略マトリクスを用いることにより,特許価値及び優位性と技術戦略の関係を分析する。

 具体的には,技術戦略マトリクスにより,自社被引用比率と他社被引用数を指標に「シーズ領域」,「技術志向領域」,「市場志向領域」,及び「プロブレム領域」の4つの戦略領域を表し,それぞれの戦略領域における技術戦略及び研究開発戦略を示す。技術戦略マトリクスを用いることにより,独占・ライセンス・アライアンス・売却・投資などの技術戦略を策定することができる。また,ブランド力及び市場シェアなどに関する戦略も策定することができる。例えば,シーズ領域にある技術の場合,技術戦略は,かかる技術の市場拡大を目指し,認知度を高くすることである。技術志向領域にある技術の場合,技術戦略は,特許を独占し,若しくは,ライセンスまたはクロスライセンスにより,技術的優位性を確保するとともに,ブランド力を高め,名実ともに製品を市場に浸透させることである。市場志向領域にある技術の場合,技術戦略は,ライセンスによって収入を得るとともに,ブランド力の維持または他社とのアライアンス(提携)によって市場シェアの確保に努めることである。プロブレム領域にある技術の場合,技術戦略は,売却によって特許を清算とともに製品を選択縮小し,生産効率性を向上させるか,または,投資によって積極的な研究開発を行うことである。

 また,技術戦略マトリクスを用いることによって,視覚的且つ客観的に技術戦略及び研究開発戦略を策定できる。

 また,本研究の技術戦略マトリクス分析では,「総被引用比率」という基準線を設ける。技術分野によって,自社被引用比率が異なることを考慮するためである。これにより,特許の価値を,技術分野に応じて柔軟に判断できる。既存研究の引用分析では,自社被引用比率を25%及び75%で画一的に区切っていた。しかし,技術分野によって自社被引用比率が高い場合も低い場合もある。例えば,製薬業界では自社被引用比率は高い。よって,自社被引用比率を画一的に区切ると,特許の価値を的確に判断できなくなる。そこで,本研究では,「総被引用比率」という基準線を設けることにより,特許の価値を,技術分野に応じて柔軟に判断できる。

  3-2. 特許引用経路分析

 本研究では特許をクラスタリングするが,本研究のクラスタリング手法では,対象特許と被引用特許及び引用特許を介して直接連結される特許により,特許クラスターを構成する。かかるクラスタリング手法により,特許クラスターを順次連結することにより,引用経路の連鎖が生じる。そして,「特許引用経路分析」により,技術戦略マトリクスにおける,技術の推移を視覚的に分析できるとともに,特許引用経路分析に資することができる。

 即ち,本研究では,特許引用経路分析により,特許の価値及び自社優位性を評価しつつ,特許価値の推移に基づいて,特許価値及び優位性と技術戦略の関係を分析する。

 また,特許引用経路分析では,「ライフサイクルパターン」及び「投資パターン」があることを提案する。そして,実際に分析することにより,「ライフサイクルパターン」及び「投資パターン」が存在することが分った。特に,本研究では,「ライフサイクルパターン」が多く見られた。通常,製品は製品ライフサイクルを経るが,引用経路においても,この製品ライフサイクルに対応したシーズ領域,技術志向領域,市場志向領域,及びプロブレム領域の戦略領域へと推移することが分った。「投資パターン」も多く見られた。研究開発において,技術志向領域及び市場志向領域で得た収益を新製品開発のために投資することが行われるが,引用経路においても,技術志向領域または市場志向領域にある技術からシーズ領域にある技術へと推移することが分った。

 また,本研究では,特許引用経路分析において,引用経路の「分離」及び「統合」という概念を導入する。これにより,特許の技術的意義を分析できた。「分離」は技術の多様化を表し,「統合」は技術の組合せを表すということを提案する。そして,「分離」及び「統合」が実際に存在することが分った。さらに,分離した特許のうち,いくつかは特許の価値が高いことが分った。これにより,多数の特許に分離している特許は,それ自体は特許の価値が低いが,多様的な技術としての価値は高いことが分った。また,複数の特許を統合している特許は,価値が高くなる場合も低くなる場合もあった。このことから,単なる複数の技術の寄せ集めでは,特許の価値が低くなる場合もあることが分った。

  3-3. 時系列引用分析

 本研究では「時系列引用分析」を提案する。時系列引用分析により,テクノロジーの変化に応じた特許価値及び優位性の変化を時系列に分析する。そして,時系列引用分析により,テクノロジーの変化に応じたマクロ的な特許価値の時系列変化を分析する。例えば,自社及び他社が研究開発を積極的に行っている時期が分析でき,自社及び他社の研究開発の状況を分析できる。そして,かかる研究開発の状況は,技術戦略マトリクス分析及びプレスリリースからも実証された。また,自社の特許価値及び優位性の時系列的変化を把握でき,技術戦略を実行するタイミングを分析できた。

 4. 分析

 本研究では,提案した分析フレームワークを用いて,株式会社東芝が保有する「超音波診断装置」,「画像装置」,「メモリ」,「ディスクデータ再生装置」,及び「ノイズ低減装置」に関する特許について分析した。そして,プレスリリースなどにより,技術戦略マトリクス分析,特許引用経路分析,及び時系列引用分析の有用性について実証した。例えば,超音波診断装置については,特許価値の高い特許クラスターが多数存在し,高いシェアを維持していることが分った。また,画像装置については,熱転写型プリンタからスキャナへ技術が推移し,最終的には撤退という技術戦略を策定したことが分った。また,メモリについては,特許価値及び優位性の時系列変化から,技術戦略を策定するタイミングを分析した。また,ディスクデータ再生装置については,特許価値及び優位性の時系列変化から,ライセンスを供与するタイミングを分析した。

 以上のように,本研究では,技術戦略のための特許分析フレームワークを提案しただけでなく,提案した分析フレームワークを用いて,実際の技術戦略及び研究開発戦略の策定を検証した。その結果,本研究で提案した分析フレームワークを用いれば,特許価値を的確に把握できるだけでなく,テクノロジー及び競争力の変化を判断できるため,企業の技術戦略及びそれを支える研究開発戦略などを分析できた。

 以上

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,米国における特許出願に対する審査の過程で引用される文献を基に分析する,引用分析(Mogee & Kolar (1999))の問題点を改善し,技術戦略及び研究開発戦略の策定に資する分析フレームワークを提案・検証したものである。即ち,「技術戦略マトリクス分析」という分析フレームワークを提案し,この技術戦略マトリクスを用いることにより,特許価値及び優位性と技術戦略の関係を分析している。また,本研究では,特許価値の推移を時系列に分析する分析フレームワークを提案・検証している。即ち,「時系列引用分析」という分析フレームワークを提案し,テクノロジーの変化に応じた特許価値及び優位性(競争力)の変化を時系列に分析している。

 具体的には,技術戦略マトリクスにより,自社被引用比率と他社被引用数を指標に「シーズ領域」,「技術志向領域」,「市場志向領域」,及び「プロブレム領域」の4つの戦略領域を表し,それぞれの戦略領域における技術戦略及び研究開発戦略を示している。また,本研究では,技術戦略マトリクスを用いることによって,視覚的且つ客観的に技術戦略及び研究開発戦略を策定できるという成果が認められた。

 また,本研究の技術戦略マトリクス分析では,「総被引用比率」という基準線を設けている。これにより,特許の価値を,技術分野に応じて柔軟に判断できるという成果が認められた。

 また,本研究では,「特許引用経路分析」により,特許の価値及び自社優位性を評価しつつ,特許価値の推移に基づいて,特許価値及び優位性と技術戦略の関係を分析している。特許引用経路分析では,「ライフサイクルパターン」及び「投資パターン」があることを提案している。そして,実際に分析することにより,「ライフサイクルパターン」及び「投資パターン」が存在することが認められた。特に,本研究では,「ライフサイクルパターン」が多く認められた。引用経路において,製品ライフサイクルに対応したシーズ領域,技術志向領域,市場志向領域,及びプロブレム領域の戦略領域へと推移することが認められた。また,「投資パターン」も多く認められた。引用経路において,技術志向領域または市場志向領域にある技術からシーズ領域にある技術へと推移することが認められた。

 また,本研究では,特許引用経路分析において,引用経路の「分離」及び「統合」という概念を導入している。これにより,特許の技術的意義を分析した。「分離」は技術の多様化を表し,「統合」は技術の組合せを表すということを提案している。そして,実際に「分離」及び「統合」が実際に存在することが認められた。既存研究の引用分析では,「分離」及び「統合」という概念がなかったが,本研究では,これらの概念を導入し,引用経路の技術的意義を分析している。

 また,本研究では,「時系列引用分析」により,テクノロジーの変化に応じた特許価値及び優位性の変化を時系列に分析している。そして,時系列引用分析により,テクノロジーの変化に応じたマクロ的な特許価値の時系列変化を分析している。時系列引用分析によって,自社及び他社が研究開発を積極的に行っている時期が分析し,自社及び他社の研究開発の状況を分析している。そして,かかる研究開発の状況は,技術戦略マトリクス分析及びプレスリリースからも実証されることが認められた。

 また,本研究では,「技術戦略マトリクス」,「特許引用経路分析」,及び「時系列引用分析」を用いて,株式会社東芝の特許について実証分析することにより,これらの分析フレームワークが技術戦略及び研究開発戦略の策定に資するという成果が認められた。具体的には,特許価値の高い技術志向領域及び市場志向領域にある特許の登録年度を調査することにより,自社にとっての成長時期を判断している。例えば,東芝の超音波診断装置について,技術志向領域及び市場志向領域にある特許の登録年度は1993年乃至1997年であり,実際にこの期間が東芝にとって最も成長した期間であることが認められた。また,「ライフサイクルパターン」が数多く認められ,技術戦略的な研究開発により,引用経路も,製品ライフサイクルと同様,ライフサイクルに従うことが認められた。また,「投資パターン」の有無により,新たな研究開発の有無が判断できることが認められた。

 以上のように,既存研究の引用分析では,技術戦略及び研究開発戦略の策定に資する分析フレームワークが提示されていなかったが,本研究により,技術戦略及び研究開発戦略の策定に資する分析フレームワークを提案・検証し,今後の引用分析に多くの可能性を示した。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論として合格と認められる。

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