学位論文要旨



No 122269
著者(漢字) 中田,諭志
著者(英字)
著者(カナ) ナカダ,サトシ
標題(和) 弾性波トモグラフィによる浮体構造物の広域損傷検出法に関する研究
標題(洋)
報告番号 122269
報告番号 甲22269
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6474号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,英之
 東京大学 教授 湯原,哲夫
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 浅田,昭
 東京大学 助教授 村山,英晶
内容要旨 要旨を表示する

 近年,海洋空間の有効利用を目的として実現が期待されている大型の浮体構造物は,我が国で精力的に研究が行われてきた研究分野である.大型浮体構造物の実現に向けては,波浪中の動揺特性や構造特性の把握といった浮体の設計,建造に関する研究の他にも建造後の浮体の健全性を維持する維持管理技術の確立も重要な課題である.しかし,既存の研究は主に前者の流力弾性応答解析に重点を置いた例が多く,水槽実験や解析コードの開発等,数多くの成果報告がなされているものの,後者の維持管理に関する報告例は少ないのが現状である.そこで,本研究では浮体構造物の維持管理法に着目し,維持管理技術の中でも利便性と経済性を兼ね備えた広域検査手法の提案を行うことで,浮体構造物の健全性確保とライフサイクルコストの抑制に寄与し,大型浮体構造物の実現に貢献できる技術の確立を試みた.部材レベルの比較的大きな損傷領域を広域かつ的確に検出する検査手法の確立のために,海洋音響の分野で用いられている海洋音響トモグラフィ技術と物理探査の分野で用いられている弾性波トモグラフィ技術を参考にした弾性パルス波を用いたトモグラフィによる構造物の広域損傷検出法を提案し,その有用性について検討を行った.

 まずは,本研究で提案を行う弾性波トモグラフィを用いた構造物の広域損傷検出法の基本原理について示した.空間的に疎に配置された受信点で計測される健全時と損傷時の弾性波の伝播波形を用いて損傷箇所の検出を行うまでの一連の流れを示し,参考にした既存のトモグラフィ技術との相違を明確にした.また,手法の構成上重要となる項目として,構造物中を伝播する弾性波と考慮する弾性波の伝播経路についての経路算出プログラムに関する検討,および健全時と損傷時で計測される弾性波の波形をもとに損傷箇所の推定を行うための判定アルゴリズムの提案を行った.構造物中を伝播する弾性波の伝播経路の算出には,高周波近似による音線理論を用い,境界での反射と屈折の際に生じるモード分解も考慮した経路算出プログラムの作成を行うことで各伝播経路の到達時刻と通過セルの分布の算出を行った.また,音線理論に基づく弾性波伝播の確認を行うために,M系列の擬似ランダム信号による信号処理技術を用いて,有限要素解析による計算結果と経路算出プログラムにより算出した伝播経路の到達時刻が良く一致することを確認した.さらに,判定アルゴリズムについては,全ての伝播経路について損傷可能性の判断を行った後に損傷の可能性があると判断した経路については伝播距離の逆数を割り当て,全ての結果の和をとる和型合成アルゴリズムと和型合成アルゴリズムに多数決型の判定を追加し,半数以上が損傷の可能性があると判断した場合にのみ値を残す和積混合型合成アルゴリズムの二種類の合成アルゴリズムを提案した.

 続いて,本研究で提案する弾性波トモグラフィによる広域損傷検出法の性質を確認するために,構造物の基本的な形状として平板構造物を対象とした検討を行った.健全時と損傷時における伝播波形データの取得には汎用ソフトウェアを用いた有限要素解析による数値計算と模型実験による計測を行った.数値計算により得られた弾性波の伝播波形を用いて損傷箇所の推定を行った結果,一つ一つの受信点における結果は必ずしも正確とはいえないものの,複数の受信点の結果を合わせることで損傷箇所の妥当な推定結果が得られた.ここで,和型合成アルゴリズムに基づく推定結果では,送信点と損傷領域の延長線上にノイズによる虚像と見られる高い値をもつ領域の存在が確認されたが,損傷可能性の判定を行う際の基準値をより厳しくすることで改善された結果が得られることを示した.和型合成アルゴリズムにおいては,全ての結果の単純和がとられるために,一つの伝播経路でも損傷の可能性があると判断されるセルについては値が残ってしまう結果となったことが原因に挙げられる.ただし,多数決型の判定を導入する和積混合型合成アルゴリズムに基づく推定結果では,和型合成アルゴリズムに見られた値の広い分布が効率的に除去された結果となっており,損傷箇所の特定が可能な結果を得ることができた.これより得られた知見は,本手法を用いて損傷箇所の推定を行う際は,判定基準値や判定アルゴリズムを適切に選定し,損傷の可能性のある領域を絞り込むことで精度の良い推定結果が得られることである.さらに,モード分解による縦波と横波の発生を考慮し,得られる伝播経路の個数を増やすことでも精度の向上が図られることを確認した.続いて,模型実験により計測される弾性波の伝播波形データを用いて損傷箇所の推定を行った結果においても高い値となる領域が存在する妥当な結果を得た.また,受信点の個数を増やし,適切な判定基準値を設定することで損傷箇所にのみ高い値をもつ精度の良い結果が得られることも確認した.

 次に,検査の対象とする構造物の形状を平板で構成された3次元の立体構造に拡張したときの検討を行った.単純な箱型形状とより多くの面で構成された凸型形状の2種類について数値計算と模型実験による伝播波形の計測を行い,計測された健全時と損傷時のデータから損傷箇所の推定図を作成した.これより得られた結果は,箱型構造物と凸型構造物ともに損傷箇所の位置を妥当に推定できており,正確な情報を含む個々の受信点の結果を積み重ねることで最終的に良好な結果を得るという本手法の特徴を十分に確認できるものであった.また,全ての判定結果の値が残り,全体的に広く値が分布する和型合成アルゴリズムの推定結果に比して,多数決型の判定を追加する和積混合型合成アルゴリズムに基づいた結果では,箱型および凸型形状の数値計算と模型実験による結果全てにおいて,損傷の可能性があると推定した領域の範囲が絞り込まれた結果を得た.

 最後に,提案手法の実用化に向けた検討として,損傷箇所のサイズや判定に用いるセルサイズを変更したときの手法の検出精度に関する検討を平板構造物を対象として行った.損傷箇所のサイズは手法の確認のために用いた平板構造物の損傷規模を基準として,これよりもサイズを小さくしたときの損傷箇所の推定を有限要素解析により得られる伝播波形を用いて行った.得られた結果より,損傷箇所の規模が送信点で入力されるパルス波のパルス幅と同程度か損傷規模よりも大きな場合は精度の良い推定が行えることを示した.また,セルサイズの変更を行う際は,各セルを通過する経路の個数と解像度はトレードオフの関係にあり,セルサイズを小さくした場合は細かい解像度の結果を得ることができるが,一つあたりのセルを通過する経路の個数は減少するため,検出精度が低下する可能性が考えられる.反対に,セルサイズを大きくした場合はセルあたりの情報量は増加するものの,解像度は荒くなるため,これより本手法の使用に際してはセルのサイズを適宜変更し,調整を行うことで妥当な推定結果を得る方法が有効であることを示した.損傷箇所のサイズに関する検討結果を考慮すると,検出が可能な損傷箇所の規模は入力パルス波のパルス幅に依存するため,セルサイズもパルス幅を基準として設定することで良好な結果を得ることができると考えられる.さらに,箱形構造物を対象として損傷を受ける可能性の高い面が特定できる場合と全ての面に損傷の可能性がある場合の二つの検査状況を想定し,局所的な検査と広域的な検査を行う上での効率的な受信点の配置に関する検討を行った.損傷面の特定ができる局所的な検査を行う際は,検査対象となる面内に複数の受信点を配置することで情報量を増加させることができ,広域的な検査の際には各面に受信点を配置することで検査領域全体の情報が得られることを確認した.これより受信点の配置計画の際には,各セルを通過する経路の個数を確認できるプログラムを作成しておき,検査の目的に沿った伝播経路の情報が得られているかを配置計画時に検討することは非常に有意義であることを示した.最後に,本研究で得られた知見に基づき提案手法の浮体構造物への適用に関する検討を行った.実際の浮体構造物は面と直行する方向に補強部材を有し,弾性波の伝播もこの影響を受けることが想定されることから,上下面に補強部材を有する箱形構造物について本手法を適用したときの検討を行った.これより,弾性波の伝播波形に補強部材の存在による影響が生じるものの,その影響は推定結果に大きな影響を及ぼさない程度であることを確認した.

 以上より,本研究では弾性波トモグラフィによる浮体構造物の広域損傷検出法について,手法の全体的な流れと各構成要素に関する検討を行った結果,提案する手法の適用可能性と使用の際に考慮すべき要素の抽出およびその検討法について提案を行った.既存の広域損傷検出法とは異なる広域検査手法を海洋音響トモグラフィ技術と弾性波トモグラフィ技術を参考にして提案し,有用性を確認したことが本研究の成果である.

審査要旨 要旨を表示する

海洋空間の利用や資源・エネルギー開発のための新形式の浮体式構造物については、波浪中における動揺特性や構造特性の把握が計画、設計の観点から重要であり、盛んに研究されている。一方で、建造後の浮体構造物の健全性を維持するための維持管理技術の確立も重要な課題であるが、前者にくらべて残されている課題は多い。本研究は浮体構造物の維持管理法に関して、浮体構造物に生じた比較的大きな損傷を、海洋音響の分野で用いられている海洋音響トモグラフィ技術や物理探査の分野で用いられている弾性波トモグラフィ技術を参考にして、弾性パルス波を用いたトモグラフィによる構造物の広域損傷検出法を提案し,その有用性を示したものである。

まず、最初に弾性波トモグラフィを用いた構造物の広域損傷検出法の基本原理について提案を行っている。構造物上に配置された送信点から送り込まれた弾性パルス波を、同じく構造上に配置された複数の受信点で計測し、健全時と損傷時の弾性波の受信波形の違いから損傷箇所の検出を行うまでの検出法の一連の流れを示すとともに、従来のトモグラフィー手法との違いを明確にし、その独自性を示した。提案手法は、二つの部分から構成される。一つは、構造物中を伝播する弾性波の伝播経路と各経路を伝播する弾性波が受信点に到着する時刻を求める計算プログラムである。弾性波は構造物中を境界で反射や屈折しながら、その度縦波と横波にモード分解を起こしながら伝播するが、これらを考慮して高周波近似による音線理論を用い伝播経路と伝播時間を求めるプログラムである。本プログラムについては、汎用有限要素法ソフトウェアによる弾性波伝播計算と経路算出プログラムにより算出した伝播経路と到達時刻が良く一致することを検証している。開発したもう一つのプログラムは、構造物をセルに分割し、健全時と損傷時の受信波形の違いから、影響の出た経路を抽出し、経路上にあるセルに損傷の可能性を割り付け、この作業を複数の経路について行うことで、損傷箇所を推定するプログラムである。判定アルゴリズムは、全ての伝播経路について損傷影響を受けた可能性のある経路の抽出を行った後に、損傷の影響を受けた経路上にあるセルに伝播距離の逆数を割り当て、全ての経路について同じ作業を行った上で、各セルに割り付けられた数値の和をとる和型アルゴリズムと、損傷の可能性について多数決型の判定を追加した和積混合型合成アルゴリズムの二種類の合成アルゴリズムを提案している。

次に、提案された弾性波トモグラフィによる広域損傷検出法の性能を確認するために、構造物の基本的な形状として平板構造物を対象として、汎用有限要素法ソフトウェアを用いた数値シミュレーションとアクリル模型を用いた実験により検証を行っている。損傷箇所の推定については、一つ一つの受信点における結果は必ずしも正確とはいえないものの,複数の受信点の結果を合わせることで損傷箇所の妥当な推定結果が得られた。また、多数決型の判定を導入した和積混合型合成アルゴリズムによって良好な推定結果が得られることが示された。モード分解による縦波と横波の発生を考慮し、得られる伝播経路の個数を増やしたり、受信点の個数を増やすことでも精度の向上が図られることを確認した。さらに、検査の対象を平板で構成されたより複雑な3次元の立体構造にした場合についても検討を行っている。単純な箱型形状とより多くの面で構成された凸型形状の2種類について数値計算と模型実験により受信波の計測を行い、計測された健全時と損傷時のデータから損傷箇所の推定図を作成した。箱型構造物と凸型構造物ともに損傷箇所の位置を推定できることを示した。

最後に、提案手法の実用化に向けた検討として、損傷箇所のサイズや判定に用いるセルサイズを変更したときの手法の検出精度に関する検討を行い、検出しようとする損傷の大きさが、送信点で入力されるパルス波のパルス幅と同程度かそれ以上の場合に良い推定が行えることを示した。また、セルサイズについては、各セルを通過する経路の個数と解像度はトレードオフの関係にあり、セルサイズを小さくした場合は細かい解像度の結果を得ることができる一方、一つのセルを通過する経路の個数は減少するため検出精度が低下し、反対に、セルサイズを大きくした場合はセルあたりの情報量は増加するものの、解像度は低下することを示し、本手法の使用に際してはセルのサイズを適宜変更し、調整を行いながら妥当な推定結果を得る方法が有効であることを示した。信号のS/N比を向上させるために、M系列の擬似ランダム信号の利用も提案している。さらに、本研究で得られた知見に基づき提案手法の浮体構造物への適用に関する検討として、補強部材を有する防撓板に適用して、弾性波の伝播波形に補強部材の存在による影響が生じるものの,その影響は推定結果に大きな影響を及ぼさない程度であることを確認している。

以上より、弾性波トモグラフィによる浮体構造物の広域損傷検出法を提案し、検出アルゴリズムと検出プログラムの開発を行い、基本的な構造形状から複雑な構造形状に適用して、数値シミュレーションと実験によりその有用性を示すという成果を挙げた。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク