学位論文要旨



No 122270
著者(漢字) 二瓶,泰範
著者(英字)
著者(カナ) ニヘイ,ヤスノリ
標題(和) 微速非定常運動する浮体に働く非線形波浪流体力に関する研究
標題(洋)
報告番号 122270
報告番号 甲22270
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6475号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木下,健
 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 教授 内藤,林
 東京大学 教授 柏木,正
内容要旨 要旨を表示する

 係留された海洋構造物やDynamic Positioning Systemにより位置保持されている海洋platformはその系の固有周期で運動を行っている。また不規則波中における浮体には二次波浪流体力が浮体への強制力として作用するため、これが系の固有周期と同調すると大振幅の運動を引き起こす。長周期運動は係留浮体の支配的運動を引き起こすことから多数の研究が行われてきた。特に強制力である変動波漂流力についての研究実績は多い。

 また系の減衰運動に大きな影響を与える減衰力に関する研究も浮体の運動を準定常的とした考えに基づき多くの研究が成されてきたと言える。微速運動の場合、水平方向運動における造波減衰係数は非常に小さく無視できるが、波浪中の長周期運動において減衰力が大幅に増加する。このことは1979年Wichersらによって自由減衰実験での静水中と波浪中とを比べることにより最初に発見された。この力は後に波漂流減衰力(Wave-Drift Damping)と呼ばれるようになり、実験、理論の両面から多くの研究が成されてきた。

 波漂流減衰力が生じる物理的背景は、波浪中を微速前進すれば入射波に対して出会波周期に差が生じるとともに前進速度と波浪場の干渉が生じ、これにより定常波漂流力にも差が生じるためであると言える。これまでの波漂流減衰力の研究は主に先述のような定常一様流れ場と規則波との相互作用によるものである。しかし、実際には長周期動揺は周期運動であり、加速度をもって運動を行っている。したがって、準定常の取り扱いだけでは不十分であると考えられる。これに最初に言及したのは1986年の木下・井上らの実験及び解析である。ここでは二成分波や不規則波中の箱型模型の長周期運動を実験・数値解析している。そして二次orderの周波数応答関数を計算し長周期の運動方程式を解き浮体の運動を実験と比較して考察しており、長周期運動が支配的になってくるにつれ計算値と実験値のずれが生じてくることが分かった。そこで、抗力項の約60 %の波漂流減衰係数値を、波浪中付加質量増加として静水中における付加質量の約25%として計算し実験値を正しく評価できる結果を得た。波漂流付加質量は波浪中で前進速度を与えて計測する波漂流減衰力とは異なり、周期運動が必要となるので浮体の質量との分離が必要になる。そこで1990年に木下らは一次波浪外力と模型の慣性力の影響を回避し高い精度で長周期流体力を計測することができる強制動揺装置を開発した。そして1992年木下・高岩らは箱船模型や浮消波提模型や半潜水式の海洋構造物模型を用いて強制動揺試験並びに自由減衰試験を行い、長周期波浪外力の成分を詳細に調べた。この中で木下らは波漂流付加質量の存在を示している。谷澤らはpotential理論に基づき時間領域の二次元非線形数値計算を行い波漂流減衰力及び波漂流付加質量の合理的解釈を試みている。その結果、波振幅の自乗に比例して浮体の長周期動揺の固有周期が変化することを示した。具体的には波長と浮体幅比0.0845で平水中の2割程も大きな値となった。しかもこの時の波傾斜は1/20程度であり極端な高波というわけではなかった。2002年、石橋・吉田・木下らは円柱または円柱列模型を使って波漂流付加質量測定実験を行い、波漂流付加質量が波振幅依存性や波周波数との関係、喫水影響等を詳細に調べた。その結果、波漂流付加質量は波振幅の自乗に比例することが分かった。また波周波数依存性については円柱と円柱列とでは大きく異なることが分かった。喫水影響についてはほとんどこれを受けず、すなわち波漂流付加質量が自由表面近傍で決定される現象であると結論付けた。

 しかし、波漂流付加質量の計算法は未だ完全には確立していないと言える。波漂流付加質量の計算としては先述の通り、数値計算法による谷澤らの二次元計算がある。また吉田らは波漂流付加質量における理論の一番簡単な例として着底円柱における準解析的計算を行っている。波漂流付加質量は波漂流問題の中でも一番高次orderの計算であるので、精度の保証が非常に難しいが、これまでの長周期動揺のspectrum研究からも分かるように変動波漂流力のspectrumは低周波数域で急峻な変化となるので、浮体固有周期のわずかなずれにより同調を引き起こし大きな変位をもたらすことが予想され、これからの研究開発には重要な意味を持つ。特に近年、海洋開発が進むにつれ、大水深域での船上作業等が行われるようになりこれを位置保持するための技術であるdynamic positioning systemの精度向上のための開発を行うことが望まれる。このためにも漂流力の推定を一般形状等に拡張する必要があると言える。

 また近年、造船所の要望の一つとして波浪中操縦性能の理論開発が挙げられている。係留浮体などと同様に操縦性能に大きく影響を及ぼすのは波の周波数成分や高周期成分の波力ではなく、低周波成分や近似的に定常と見なせる定常外力などによる水平方向への漂流力である。このような観点からも非定常運動中の波浪流体力の研究は重要であると言える。

 このような背景のもと、本研究は微速非定常運動する任意形状浮体における非線形波浪流体力に関する研究を行っている。特に高次の流体力である波漂流付加質量に関する研究である。流体力はpotential理論に基づき計算を行っている。波漂流付加質量や波漂流減衰力は波と非定常流れ場の干渉問題であることから二つのparameterを用いて摂動展開する。一つは波傾斜εであり、もう一つは浮体の動揺角周波数σである。また周期運動を仮定し波の角周波数ωと浮体の動揺角周波数の二つの時間尺度を用いている。このようにして摂動展開されたpotentialと同様に流体力も摂動展開する。波漂流付加質量はO(ε2σ2)、波漂流減衰力はO(ε2σ)であるので、各orderのpotentialを用いて陽に定式化を行っている。

 こうして各orderの境界条件が得られるが、得られた境界条件は境界要素法と固有関数展開法を組み合わせたhybrid法で解く。本法は中心から適当に離れた位置に仮想円筒を置き、浮体と仮想円筒までを境界要素法で、仮想円筒から外を固有関数展開法による準解析解を用い、仮想境界で接合してpotentialの境界値問題を解くものである。一般的に浮体運動の場合は水波Green関数を用いる方が多いがこの利点はpotentialを解く際に物体表面積分だけで済むということである。しかし、高次問題であれば自由表面条件は非斉次となるのでこの利点は全くなくなる。本研究においてGreen関数はRankin-Sourceを使用した。Rankin-Sourceはsource点とfield点の距離の逆数という極めて簡素な形なので計算が楽である反面、自由表面条件をRankin-Sourceは満たしていないので、自由表面全領域でこれを積分しなければならない。そこで、仮想円筒外部は解析法を用い、仮想円筒上で解を接合している。この方法は1975年、Yenugにより最初に浮体運動の散乱波問題に適用された。その後、この計算法の精度の良さ、計算時間の短縮等様々な利点により多くの計算が成されてきたが、本研究のように永年項が存在する場合の計算実績はまだない。波漂流付加質量の計算ではこの問題を解決しなければならないが、本研究で開発したhybiemではこうした高次orderのpotentialの計算を行っている。更に固有関数展開法において加速度効果potentialに新たな解析解を提案し、これをhybrid法に導入し計算を行っている。また、高次order potentialの計算において低次order potentialの高精度計算が不可欠であり、考えうる最大精度の計算を低次order potentialに施している。高次order potentialのもう一つである波影響長周期potentialは直接計算法ではなく、自由表面積分法の開発により計算時間を大幅に短縮している。

 計算例として、円柱を用いて準解析解によって計算された波漂流減衰力、波漂流付加質量との比較検証を行い、精度は良好であることを確認した。但し、高次orderのpotentialは低次orderの誤差や二階微分等による数値誤差により準解析解とは多少の誤差が生じる。この改善策は今後の課題と言える。

 Hybrid法は作成格子dataが少なくてよく、そのため、計算時間がさほどかからない。また、様々な入射波に対して計算が容易に行える。遠方条件も数学的に満足するようにpotentialを求めているので精度が良好である。

 計算例のもう一つの例として、楕円体を使用し波漂流付加質量や波漂流減衰力が任意形状でも計算を行えることを確認した。これにより、高次流体力が重要となる、係留中の浮体運動性能、海洋plat formにおける位置保持、波浪中操縦性能等における流体力推定を行うことが可能となった。

審査要旨 要旨を表示する

 係留された海洋構造物やダイナミックポジショニングシステムにより位置保持されている海洋プラットフォームはその系の固有周期の運動を行う。また不規則波中では二次の波力が強制力として作用するため、これが系の固有周期と同調すると大振幅の長周期運動を引き起こす。長周期運動は係留浮体の支配的な運動となることから多数の研究が行われてきた。特に強制力である変動波漂流力についての研究実績は多い。

 また系の減衰運動に大きな影響を与える波漂流減衰力に関する研究も浮体の運動を準定常とした仮定に基づき多くの研究が成されてきた。微速運動の場合、水平方向運動における造波減衰係数は非常に小さく無視できるが、波浪中では減衰力が大幅に増加する。このことは1979年Wichersらによって自由減衰実験で、静水中と波浪中とを比べることにより最初に発見された。この力は後に波漂流減衰力(Wave-Drift Damping)と呼ばれるようになり、実験、理論の両面から多くの研究が成されてきた。

 波漂流減衰力が生じる物理的説明として、波浪中を微速前進すれば入射波に対して出会波周期に差が生じるとともに前進速度と波浪場の干渉が生じ、これにより波漂流力に差が生じるためであると言える。これまでの波漂流減衰力の研究は主に準定常の仮定により定常一様流れ場と規則波との相互作用によるものである。しかし、実際には長周期動揺は周期運動であり、加速度をもって運動を行っている。したがって、準定常の取り扱いだけでは不十分であると考えられる。2002年、石橋らは円柱または円柱列模型を使って波漂流付加質量測定実験を行い、波漂流付加質量の波振幅依存性や波周波数との関係、喫水影響等を詳細に調べた。その結果、波漂流付加質量は波振幅の自乗に比例することが分かった。また波周波数依存性については円柱と円柱列とでは大きく異なることが分かった。

 一方、波漂流付加質量の計算法は未だ確立していない。波漂流付加質量の計算としては、数値計算法による谷澤らの二次元計算がある。また吉田らは波漂流付加質量の理論計算の一番簡単な例として着底円柱における準解析的計算を行っている。波漂流付加質量は波漂流問題の中でも一番高次オーダーの計算であるので、精度の保証が非常に難しい。しかし、変動波漂流力のスペクトルは低周波数域で急峻に変化するので、浮体固有周期のわずかな違いにより同調変位に大きな差をもたらすことが予想される。付加質量の高精度の推定は重要な意味を持つ。特に近年、海洋開発が進むにつれ、大水深域での船上作業等が行われるようになり、これを位置保持するための技術であるダイナミックポジショニングシステムの精度向上のためには一層の研究が望まれる。そこで波漂流付加質量の推定を一般任意形状に拡張することが望まれる。

 このような背景のもと、本研究は微速非定常運動する任意形状浮体の非線形波浪流体力に関する研究を行っている。特に高次の流体力である波漂流付加質量に関する研究である。波漂流付加質量や波漂流減衰力は入射波と長周期運動による非定常流場の干渉問題であり、流体力はポテンシャ理論に基づき二つの微小パラメータを用いて摂動展開している。一つの微小量は波傾斜εであり、もう一つは浮体の長周期動揺角周波数σである。摂動展開されたポテンシャルと同様に流体力も摂動展開し、各オーダーのポテンシャルを用いて、O(ε2σ2)の波漂流付加質量、O(ε2σ)の波漂流減衰力を陽に定式化し、計算を行っている。この時、求めるべきポテンシャルには永年項が存在するが、新たな演算子を導入することにより永年項を処理している。任意形状に対応した数値計算をするにあたり波浪流場を二つに分割したハイブリッド法を用いている。高次問題における自由表面条件の取り扱いにおいて、多くの重要な知見を得ている。さらに多くの計算例により波漂流付加質量の一般的な特性を初めて示している。本論文で示された方法は波浪場において長周期運動物体が並存する場合の浮体に働く波浪流体力の問題を扱っており波浪中の操縦性の研究に糸口をつける意味で船舶工学にも大いに応用できる方法である。

 これらの研究結果は工学に、特に海洋工学、船舶工学の発展に寄与するところ大なるものがある。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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