学位論文要旨



No 122271
著者(漢字) 柿内,利文
著者(英字)
著者(カナ) カキウチ,トシフミ
標題(和) 薄板の面外せん断き裂の解析とその応用
標題(洋)
報告番号 122271
報告番号 甲22271
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6476号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 助教授 岡部,洋二
内容要旨 要旨を表示する

 本論文はき裂を持つ薄板が面外せん断荷重を受ける時のき裂周りの応力特異性に関する研究をまとめたものである。面外せん断き裂自体は破壊力学の大きなテーマの一つとして、古くから良く扱われてきた問題である。しかしながら、これを扱った研究の多くが、数学的な簡便さから、厚さ方向を無限大であると仮定している。き裂長さに比べて厚さが十分厚い場合はこの仮定も成り立つが、逆にき裂長さが厚さと同程度かあるいは厚さが十分に薄い時、この仮定は成り立たない。面外せん断き裂の解析を実際に応用することを考える時、問題となるのは薄板の方である。そこで、薄板における面外せん断き裂の解析を行うこととした。

 第1章では、面外せん断き裂問題の破壊力学における位置付けを行っている。ここでは、まず、破壊力学を体系的に導入し、き裂の応力場及びき裂進展方向に関する議論に関して特に紹介している。さらに、その応用として考えられる円管の内圧破壊の問題、及びせん断加工の問題についても、その従来の研究について紹介している。

 第2章では、本研究の特徴の一つである連続分布転位法についての従来の研究を紹介している。連続分布転位法は境界要素法に属するき裂の解析手法の1つである。この手法では、き裂を転位の連続分布に置き換えて、問題としている応力場をき裂が無いものと仮定した応力場と、き裂に相当する転位分布が作り出す応力場の重ね合わせとして考える。そして、き裂が自由表面であるという境界条件などから、分布させた転位の密度を未知数とする積分方程式を作る。この積分方程式を解くことで得られる転位密度から、転位が作る応力場を得ることができる。これとき裂が無いと仮定した応力場を重ね合わせることで、元の問題の応力場を得る、という手法である。近年では、き裂の解析を含むあらゆる応力解析に有限要素法が用いられることが多いが、特にき裂の解析に関しては、連続分布転位法は有限要素法に比較して次の利点がある。まず、連続分布転位法は、有限要素法に比べてより解析的な手法である。有限要素法は、最初から数値計算を行うために要素モデルを作るのに対して、連続分布転位法は、基本的には、境界条件から得られる積分方程式を解くことによって解を得るのであるから、より解析的な解法が可能である。もっとも、境界条件が複雑な場合には解析解が得られない場合が多いから、こういった場合には数値解法に頼ることになるが、基本的には解析的に解こうと試みるための手法であり、数学的により進んだ解法であると言える。次に、連続分布転位法によって得られる解である転位密度には、はっきりした物理的な意味があるため、得られる結果を理解し易い、という利点もある。転位そのものは変位の食い違いによって定義されるわけであるが、この食い違い量がき裂においては開口変位に相当するのである。実際には、転位密度が開口変位をき裂長さに沿って微分したものに相当している。また、さらに連続分布転位法を用いて定式化した積分方程式を数値的に解く手法に関して言えば、これを有限要素法と比較した時にはるかに少ない分割数で正確な解を得ることができる、という利点も持つ。これは、有限要素法では、き裂を含む物体の全てに要素を作成しなければならないのに対して、連続分布転位法では、き裂部分にのみ選点を取れば良いからであり、本質的に有限要素法よりも1つ低い次元での計算を行うことになるから、要素数は格段に少なくて良い。よって、一度この手法を確立できたならば、計算に要する時間も非常に短くなる。一方、欠点として、境界条件が複雑な場合の定式化が難しいことが挙げられる。連続分布転位法では、き裂のモードに対応する基本転位が、き裂を除いて問題と等しい境界条件の下で作る応力場をあらかじめ求めておく必要があるのだが、これが非常に困難であるからである。

 第3章では、第2章に述べた連続分布転位法の手法を用いて、薄板の面外せん断き裂問題を解いている。この時重要であるのは薄板のらせん転位である。本論文は、特に薄板のらせん転位の基本解を用いて面外せん断き裂の問題の定式化を行い、これを解析した。解析の結果、得られた転位密度から、モードIII応力拡大係数の計算を行った。モードIII応力拡大係数とき裂長さを板厚で無次元化した無次元き裂長さの関係を見たところ、無次元き裂長さが長くなるに従って、モードIII応力拡大係数は大きくなる事が分かった。また、無限板厚の場合はモードIII成分のみが発生するのであるが、薄板の場合はこれに伴ってモードII成分も発生することが分かった。特にこのモードII成分は板の表面で強く表れ、さらに板の上下表面で符号が逆である事が分かった。モードII成分はき裂進展の際にこの進展方向を曲げる要因となる。またこの符号は、曲がる向きを決める。板の上下でモードIIの符号が逆向きであるという事は、き裂の進展に際して板の上下でき裂が逆の方向に進展することに他ならない。すなわち、き裂進展前は板厚に平行であったき裂面は、その進展に伴って元の面から傾く事が分かった。またモードII応力拡大係数と無次元き裂長さとの関係を見た時に、モードIIIの場合と同様に、無次元き裂長さが長くなるほどにモードII応力拡大係数も大きくなることが分かった。また、この板厚方向の変化を見た時に、板の上下表面でモードII応力拡大係数の絶対値が急に大きくなるのであるが、無次元き裂長さが長くなるにつれて、この変化の様子がなだらかになる事が分かった。板の上下表面のみで急にモードIIが表れるということは、モードIIの影響は板の上下表面でしか現れないという事だから、実際にはき裂の大部分はその経路を変える事無く直進すると思われるから、大局的に見てき裂面が傾くとは言えなくなるであろう。しかし、この影響が板の内部に浸透してくるにつれて、板厚方向に全体がモードIIの影響を受けることになるから、き裂面の傾きも大きくなると思われる。よって、無次元き裂長さが長い程、き裂面ははっきりとした傾きを持つことになると思われる。

 第4章では、薄板のモードIIIが問題となる実際の応用例として内圧を受ける薄肉円管が破壊する際のき裂進展経路に関する実験的な研究を扱っている。薄肉円管に関しては、基本的に軸方向にき裂は進展し、この主たるモードはモードIであると推測される。しかしながら、実験においては軸方向に直進するき裂経路以外に、これからずれて進行する経路も多く見られた。特に興味深い経路として、規則的に正弦波状に蛇行しながら進展していく経路が見られた。き裂進展経路の各パターンとそれが発生し易い円管パラメーターを調べたところ、円管の肉厚を半径で無次元化した無次元肉厚が小さい円管ほど蛇行経路が多く見られる事が分かった。また、実験後の試験片におけるき裂進展経路の観察から、き裂が屈曲する際には肉厚方向に傾いたき裂面をとる事が分かった。前者から、円管におけるき裂の蛇行現象には、無次元厚さが重要であると考えられる。また後者が示す観察結果は、先に示したモードIIIの解析結果から得られた結論に一致する。円管上を進展するき裂が直線から蛇行経路に入る際には、き裂のモードとしてモードIIIが入ってくるものと考えられる。つまり、内側からの圧力によって、半径方向に開口変位を広げようとするモードである。円管上のき裂においてモードIIIが重要なモードであるならば、き裂の進展に際して無次元厚さの影響を受け、これが小さい時にき裂面が傾く事は説明される。逆に言えば、この問題におけるき裂周りの応力特異性を正確に評価するためにはモードIIIの成分を考える必要があるということになるであろう。

 第5章では、結論としてこれまでの結果をまとめた上で、せん断加工への応用を取り扱っている。せん断加工はそもそも塑性変形を利用した加工法であって、従来からこれによって加工されてきた材料も主に延性材料であるから、脆性破壊を扱う破壊力学の観点からの解析は少ない。しかしながら、近年、セラミックスなどの難加工材と呼ばれる材料の利用が増え、これらのせん断加工も重要度を増してきている。その中で、せん断加工を破壊力学の見地から研究する必要性も高まっていると言えるだろう。せん断加工は、破壊モードで分類すると、一見明らかなモードIIIのようであるが、実際にはこれはモードII型のき裂である。なぜなら、加工過程の中で、最初に微小き裂が発生するのはパンチやダイが被加工材に食い込む場所であるが、この進展方向はパンチとダイによって発生したき裂がお互いに向かって進展していく、つまり板厚方向に進展するのに対して、これがパンチやダイによって外力を負荷される方向と平行であるからである。しかしながら、パンチに奥行き方向の傾き、いわゆるシャー角と設けて切断を行う時、すなわちハサミような切断方式を採る時、これはモードIIとモードIIIが連成した問題となる事が分かる。あるいは、切断面にあらかじめ板厚方向の貫通き裂が入っている時、これは明らかなモードIIIである。薄板の面外せん断き裂の解析結果からモードIIIはモードII伴い、それによってき裂面が傾く事を示したが、この結果を援用すれば、せん断加工時にモードIIIの成分が入ってくることで切断面が傾き、切断面の精度に問題が出る可能性があるから、この解析は必要となってくるであろう。これらの例に示すように、これまでその研究例が少なかった面外せん断き裂の解析は、応用例も広く重要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「薄板の面外せん断き裂の解析とその応用」と題し、5章からなる。

 本論文はき裂を持つ薄板が面外せん断荷重を受ける時のき裂の応力場を解析したものである。面外せん断き裂自体は破壊力学の基礎的な代表モデルとして、古くから多く扱われてきた問題である。しかしながら、これを扱った研究の多くが、数学的な簡便さから、厚さ方向を無限大であると仮定している。き裂長さに比べて厚さが十分厚い場合はこの仮定も成り立つが、逆にき裂長さが厚さと同程度かあるいは厚さが十分に薄い時、この仮定は成り立たない。本論文は、せん断加工など実際への応用のために薄板における面外せん断き裂の解析を行ったものであり、解析手法として連続分布転位法を用いているところに特色がある。

 第1章「序論」では、研究の背景となる破壊の力学の概観と、本論文の概要を記述している。すなわち、まず、一般的な破壊力学の紹介を行ない、さらに円管の内圧による破壊の解析から発した本論文の面外せん断き裂研究の動機、面外せん断き裂の解析の応用性を述べ、また本論文全体を概観している。

 第2章「転位を用いた破壊力学」では、第1章の従来の破壊力学の理論の中から、き裂の解析に関する基本的な方法を紹介し、本論文の特徴である、連続分布転位法を用いた応力解析の手法について簡単に説明している。この手法では、き裂を転位の連続分布で表わし、き裂面の境界条件を満たす積分方程式を作る。連続分布転位法を有限要素法と比較すると、はるかに少ない分割数で正確な解を得ることができる、という長所がある。また得られる転位密度には、応力拡大係数が直接対応する、という利点もある。一方、短所として、境界条件が複雑な場合の定式化が難しいことが挙げられる。

 第3章「解析」では、前章で得た知見をもとに、薄板のらせん転位の基本解を用いた連続分布転位法により、薄板の面外せん断き裂問題を解いている。解析の結果は、まず、転位密度から、モードIII応力拡大係数を求め、き裂長さを板厚で無次元化した無次元き裂長さの関係で表わしている。そして、無限板厚の場合はモードIII成分のみが発生するのであるが、薄板の場合はこれに伴ってモードII成分も発生することを明らかにしている。このモードII成分は板の表面で強く表れ、これがき裂進展の際に進展方向を曲げる要因となり、また、き裂進展に伴いき裂面が傾くことを説明している。またモードII応力拡大係数と無次元き裂長さとの関係も示している。

 第4章「円管の内圧破壊実験」では、薄板のモードIIIが問題となる実際の応用例として内圧を受ける薄肉円管が破壊する際のき裂進展径路に関する実験的な研究を扱っている。薄肉円管に関しては、基本的に軸方向にき裂は進展することが予測されるが、実験においては、規則的に正弦波状に蛇行しながら進展していく径路なども多く見られる。本研究においては、き裂進展径路への影響パラメーターを調べ、円管の肉厚を半径で無次元化した無次元肉厚が小さい円管ほど蛇行径路が多く見られることを示している。また、き裂が屈曲する際には肉厚方向に傾いたき裂面をとることも観察している。そしてこの観察結果が、前章までに先に示したモードIIIの解析結果から得られた結論に一致することを説明している。すなわち、内圧を受ける円管を進展するき裂が直線から蛇行径路に入る際には、内側からの圧力によって、半径方向に開口変位を広げようとする機構が生じ、面外き裂のモードIIIが伴うとしている。そしてこの機構に伴い、き裂面が傾き、さらに蛇行モードに移行する可能性を示している。

 第5章「結論」では、上述の結果をまとめた上で、せん断加工への応用を取り扱っている。せん断加工は元来塑性変形を利用した加工法であるが、近年、セラミックスなどの難加工材と呼ばれる材料の利用も増え、破壊力学の見地から研究する必要性も高まっている。本論文ではこのようなせん断加工への、モードIIとモードIIIが連成した本解析の応用性を述べている。

 以上を要するに、本研究は従来明らかにされていなかった薄板の面外せん断き裂の解析を行ないその応用を示したもので、航空宇宙工学、および関連する工学に対する寄与が大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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