学位論文要旨



No 122272
著者(漢字) 井上,孝祐
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,タカヨシ
標題(和) CWレーザーによる高エンタルピー流の生成
標題(洋)
報告番号 122272
報告番号 甲22272
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6477号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 國中,均
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 小紫,公也
内容要旨 要旨を表示する

 高エンタルピー流は非常に高い熱流束を持つため、惑星探査機の熱防御システムの開発や、環境負荷物質の処理に応用されている。近年は特に、酸素を含む作動ガスによる高エンタルピー気流の生成への期待が高まっている。これは、惑星探査において重要な次の展開である金星の大気が二酸化炭素であることや、環境負荷物質の処理に酸素を用いることにより処理速度が向上するためである。

 代表的な高エンタルピー風洞はアーク加熱風洞であるが、酸素を用いると電極が酸化し著しく損耗するため、気流を汚染し安定な作動が困難となる問題がある。これを受け、無電極の誘導加熱風洞の開発がヨーロッパを中心として盛んになってきている。誘導加熱風洞はコイルにより間接的に作動気体を加熱するため、活性な化学種を扱うことが可能である。しかしながら、作動圧力が大気圧以下に限られ、応用の範囲を狭めている。これは、誘導加熱風洞がRF周波数帯を利用するため、原理的に高い圧力での作動が困難なことや、プラズマ容器に冷却性能が著しく低い石英ガラスを用いる必要があることに起因している。

 本研究では、連続発振型炭酸ガスレーザー(以降、CWレーザーと呼ぶ)を利用した高エンタルピー流の生成に着目する。CWレーザーにより生成されるプラズマ(以降、レーザープラズマと呼ぶ)は、レーザーを逆制動放射により吸収し維持するため無電極で生成され、大気圧以上の圧力で安定に維持される特徴を持つ。また、プラズマ維持部に冷却が容易な金属を用いることができ、投入エネルギー密度を高めることが可能なため、より過酷な環境を模擬する風洞の開発が可能になると考えられる。

 一方で、レーザープラズマを介したエネルギー変換過程は強い輻射を伴うため、熱効率が低いことが課題となる。これまでのレーザー推進研究において、レーザープラズマのエネルギー変換効率を向上する様々な工夫がなされてきたが、流速や圧力、境界条件などがレーザーの焦点と推進機の相対位置に対して複雑に変化し、エネルギー変換の各過程がどのようなパラメタに依存しているかは、十分に明らかになっていない。また、レーザープラズマの高エンタルピー風洞への応用を論ずる研究は極めて少なく、気流の特性はほとんど知られていないことに加え、無電極プラズマ風洞の最大の特徴である酸素ガスによる作動に関する報告は非常に少ない。

 以上のことから、本研究によりCWレーザーによる高エンタルピー流の生成法を確立することで、無電極プラズマの適用範囲を広げ、熱防御材の開発を加速することが期待される。

 本論文では、1)レーザープラズマを介したエネルギー変換過程を詳細に調べ、エネルギー変換効率を高める指針を得ること、2)効率向上の指針に即して、CWレーザーによる高エンタルピー風洞(レーザープラズマ風洞)を構築すること、3)レーザー吸収分光法により気流特性を詳細に調べ、レーザープラズマ風洞の有用性を示すこと、4)酸素を含む作動ガスによる作動を実証すること、を目的としている。酸素による作動実証以外は、物理的特性を明らかにすることに主眼を置いているため、実験上取り扱いが容易なアルゴンを作動ガスに用いた。

1. レーザープラズマを介したエネルギー変換過程

 レーザープラズマを介したエネルギー変換過程は、レーザー吸収過程と気体加熱過程に大別される。前者は、レーザープラズマがレーザー光を吸収する過程であり、レーザーの透過が損失となる。気体加熱過程は、 伝熱や拡散、対流などにより、レーザープラズマから作動ガスへエネルギーが伝達される過程であり、高温なプラズマからの輻射が支配的な損失となる。本研究では、レーザープラズマの生成状態に支配的な役割を果たすことが予想される流れ場のパラメタ(プラズマ維持部の流速・圧力)をプラズマ維持部の形状を変化させることなく独立に変化させ、レーザー吸収過程と気体加熱過程におけるエネルギー損失量を定量的に測定した。その結果、レーザーの吸収過程や気体加熱過程において、レーザープラズマの生成位置は支配的な役割を果たし、レーザープラズマの生成位置が焦点に近い位置ほどレーザープラズマの形状が軸方向に伸び、吸収効率が高まるとともに、輻射損失率が低下することが明らかになった。また、プラズマ維持部の流速と圧力はレーザープラズマの生成位置を決定することから、プラズマ生成部形状を決定する重要なパラメタであることが分かった。

 プラズマ維持部の流速を大きくすることや、作動ガスの流量を減らしプラズマ維持部の圧力を小さくすることにより、レーザープラズマを焦点に近づけることができるが、高エンタルピー風洞への応用において圧力は作動パラメタであり、設計上任意に指定できるのは流速である。このことから、設計指針は、「プラズマ維持部の流速を高めレーザープラズマを焦点近傍に維持する」ことであると結論付けることができる。

2. CWレーザーによる高エンタルピー風洞

 次に、CWレーザーによる高エンタルピー風洞(レーザープラズマ風洞)の開発に取り組んだ。プラズマ維持部形状は直管で、直径を小さくすることでプラズマ維持部の流速を大きくでき、性能が向上することが期待される。ここでは、直管の直径が性能に与える影響をパラメトリックに調査した。性能の評価には、ノズルの閉塞条件から気流のエンタルピーを推算するソニックフロー法を用いた。

 開発したレーザープラズマ風洞は0.1-0.45 MPaの淀み点圧力で安定に作動し、レーザープラズマをプラズマ維持部に移動することにより、明るい発光を伴う気流を観測した。気流の比エンタルピー(空間平均)をソニックフロー法により評価した結果、プラズマ維持部の直径が小さいほどエネルギー変換効率が向上し、比エンタルピーが最大80 %上昇することが確認された。比エンタルピーは流量が小さいほど大きく、最大で3.3 MJ/kgと見積もられた。

 次に、酸素によるレーザープラズマ風洞の作動実証を行った。純酸素によるレーザープラズマの生成は困難だったため、アルゴンガスを導入し、レーザープラズマの生成を補助することにした。アルゴン-酸素混合気における酸素分子の最大混合割合は、レーザーパワーとともに増大する傾向にあり、1、200 Wのレーザー出力で50 mol%まで混合割合を高めることができた。アーク加熱風洞では、数パーセントの酸素モル濃度において顕著な電極損耗がみられるが、レーザープラズマ風洞では酸素割合を様々に変化させる実験を3時間程度行ったものの、ノズルに目立った損耗は見られなかった。このことから、 LPGは酸素を用いた場合でも長時間にわたる安定な作動が可能であることが実証された。

3. レーザープラズマ風洞の気流特性

 開発したレーザープラズマ風洞の気流にレーザー吸収分光法(以降、分光に用いるレーザーを適宜診断レーザーと呼ぶ)を適用し、気流の特性を詳細に調べた。吸収分光法は、重粒子内の電子励起遷移を伴う光子吸収を利用した非接触の計測法で、気流の温度および速度を計測することができ、レーザー光を光源とすることで高い空間精度を得ることが可能である。

 気流の吸収プロファイルは、CWレーザー発振源の電源周波数に加え、ノズル形状や流量、レーザー出力などの実験条件に依存する数百 Hzの周波数で振動していた。後者の振動は強いパワースペクトルを有していることに加え、必ずしも再現性の高い振動ではないため、気流断面を半径方向に順次測定する方法ではアーベル変換に必要な精度が得られなかった。本研究では、診断レーザーをシート状にし、それをフォトディテクターアレイにより受光することにより、空間同時測定を可能にするレーザー吸収分光システムを開発した。このシステムを用いることで、振動する気流に対して空間分解測定が可能になるだけで無く、気流を通過したシートレーザーをレンズにより拡大することで空間分解能を高めることができる、という利点がある。

 診断の結果、気流中心の比エンタルピーは3-4 MJ/kg(アルゴン)で、直径1 mm 程度の平滑部を有しているものの、全体的に非一様で、高い比エンタルピー領域が中心部分に局在していることが分かった。 また、レーザーパワーが大きいほど気流中心の比エンタルピーが増加し、プラズマ維持部の直径が小さいほど、気流の直径が増大することが明らかになった。

 作動ガスをアルゴン-酸素混合気とした場合、気流中心における淀み点温度は6000 K-8000 K 程度で、酸素はほぼ完全に解離していることが分かった。 また、酸素のモル比を増加すると、気流の比エンタルピーは増加し、作動淀み圧0.3 MPa において11 MJ/kg を達成した。供試体に直径50 mm の球体を仮定して見積もられる熱流束は22 MW/m2 程度で、既存の100kW 級の誘導加熱風洞よりも一桁高い熱流束を達成した。一方、本研究では主にアルゴンガスを用いているため、比エンタルピーが小さいことや、低出力レーザーを用いており気流直径が小さいことが課題である。

 今後、レーザープラズマ風洞の高出力化を図ることで、純酸素や純二酸化炭素によりレーザープラズマ風洞を作動させて比エンタルピーを高めると同時に、大きな気流の生成が可能になると考えられる。また、レーザープラズマ風洞ではレーザープラズマをクラスター化することで高出力化を図ることができ、空間的に高い自由度で作動ガスを加熱することが可能であることから、他のプラズマ風洞では困難な高度な気流制御が実現すると期待される。

 以上より、レーザープラズマ風洞は、従来大気圧以下に限られていた無電極プラズマ風洞の作動領域を広げ、熱防御システムの開発や環境問題への取り組みを加速することが期待されると結論付けることができる。

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)井上孝祐提出の論文は「CWレーザーによる高エンタルピー流の生成」と題し、6章からなっている。

 近年、金星探査機の熱防御システムの開発や、環境負荷物質の処理をにらみ、酸素を含む作動ガスによる高エンタルピー気流の生成への期待が高まっている。代表的な高エンタルピー風洞はアーク加熱風洞であるが、酸素を用いると電極が酸化し著しく損耗するため、気流を汚染し安定な作動が困難となる問題がある。これを受け、近年無電極の誘導加熱風洞の開発がヨーロッパを中心として盛んになってきている。誘導加熱風洞はコイルにより間接的に作動気体を加熱するため、活性な化学種を扱うことが可能である。しかしながら、作動圧力が大気圧以下に限られ、応用の範囲を狭めている。これは、誘導加熱風洞がRF周波数帯を利用するため、原理的に高い圧力での作動が困難なことや、プラズマ容器に冷却性能が著しく低い石英ガラスを用いる必要があることに起因している。このように、酸素を含む高圧高エンタルピー流の生成技術の確立は急務である。

 著者は本論文で、高圧かつ無電極で生成されるレーザープラズマに着目し、CW(Continuous Wave)レーザーによる高エンタルピー風洞の作動実証とその特性解明に取り組んでいる。最初にレーザープラズマの生成における支配的な損失量とプラズマ形状や生成位置の相関を実験的に明らかにし、エネルギー変換過程を最適化する指針を得ている。次に、レーザープラズマ風洞を開発し、エネルギー変換過程を向上するプラズマ維持部形状を示した上で、酸素による高圧作動を実証している。最後に、レーザー吸収分光法により振動する気流特性の空間分布を計測し、従来の無電極プラズマ風洞に比べ一桁高い熱流束レベルを達成することを明らかにするとともに、レーザープラズマをクラスター化することにより他のプラズマ風洞では困難な高度な気流制御が可能になると述べている。

 第1章は緒言である。本研究の背景、すなわちCWレーザーによる高エンタルピー流の生成の必要性を論じ、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章においては、レーザープラズマの性質や研究動向についてまとめ、実験装置およびレーザープラズマの生成法について詳細に述べている。実験装置は主にレーザー発振器、レーザープラズマ発生器、計測装置から構成され、各要素の特性を詳細に説明している。また、様々な金属ロッドを用いてプラズマの点火確率を測定し、最適なロッド材料を選択するとともに、レーザープラズマの典型的な生成の様子、プラズマの維持方法およびレーザープラズマのエネルギー配分について説明している。

 第3章では、レーザープラズマのエネルギー変換過程について詳細に述べている。レーザープラズマを介したエネルギー変換過程における支配的な損失量とレーザープラズマの生成位置や形状の相関を実験的に調べ、レーザープラズマを焦点に近い位置で生成するほど、輻射損失率が低下すると同時に、プラズマが軸方向に長い形状となり吸収効率が向上することを明らかにしている。またプラズマ維持部の流速を高めることで、レーザープラズマは焦点に近い位置で生成されることがわかり、これらをレーザープラズマ風洞の設計指針としてまとめている。

 第4章では、レーザープラズマ風洞の設計・製作と作動実証について詳細に述べている。第3章で得た設計指針に基づきレーザープラズマ風洞を試作した結果、これまでのものよりエネルギー変換効率を大幅に高めることができるようになったこと、無電極プラズマ風洞としては最大の淀み点圧力における安定作動ができるようになったことを確認した。さらに、高濃度の酸素を含む作動ガスにおいてもこの風洞は安定に作動することが確認された。

 第5章では、レーザープラズマ風洞の気流特性を吸収分光法により測定した結果について詳細に述べている。シートレーザーにより気流の診断を行うことで、誘導加熱風洞と比べ一桁以上高い熱流束を持つ気流を、高い空間分解能で計測し、本風洞の特性と特徴を明らかにした。

 第6章は結論であり、本研究で得られた結果を要約している。

 以上要するに、本論文ではCWレーザーを用いた高エンタルピー風洞を提案し、これまでの誘導加熱風洞では達成できなかった、高い熱流束と高濃度の酸素を含む高エンタルピー気流の生成を可能にしたもので、その成果は航空宇宙工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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