学位論文要旨



No 122276
著者(漢字) 杉原,俊雄
著者(英字)
著者(カナ) スギハラ,トシオ
標題(和) 広域電力系統における低次線形モデルを用いた適応型PSSの構築
標題(洋)
報告番号 122276
報告番号 甲22276
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6481号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 古関,隆章
 東京大学 助教授 馬場,旬平
内容要旨 要旨を表示する

 現代の電力系統は、広範囲に渡って交流で連系されている。連系された系統内の発電機は、互いに波形の同期を保っている間に限り、運転を続けられる。生産地から消費地までの距離が増加し、需要が拡大すると、電力系統全体の定態安定度が低下する。つまり、微小な外乱が原因となって、長周期・弱制動の動揺現象が起こりやすくなる。とくにわが国の西日本の電力系統は、細長い国土に沿って作られていることからくし形系統と呼ばれ、定態安定度に課題がある。例えば西日本の大学間などで、数秒周期の電力動揺現象が検出され、報告されている。広域的な定態安定度の問題は、多くの発電機や送電網などが影響を与え合って起こると考えられており、過渡安定度への対応を主とした方法では解決が難しいと考えられている。定態安定度の評価は、固有値解析法などの手法を用いて、古くから行われてきた。しかし、解析には電力系統全体に関する詳細な情報を必要とするため、多数の事業者が独自の戦略で電力系統を利用する電力自由化時代においては、必ずしも現実的な方法ではないといえる。近年では、電力系統全体を詳細にモデル化して分析するかわりに、いくつかの仮定にもとづいて、計測情報を利用して安定度解析を簡便に行う手法が提案されている。この背景には、GPSや標準電波等の時刻情報を用いることにより、正確なタイムスタンプを伴う計測情報を、どこでも容易に計測・収集できるようになったことがあげられる。

 本研究では、発電機の励磁制御装置の一種であるPSS(電力系統安定化装置; Power System Stabilizer)を対象に、計測を伴うモデル同定を行い、簡素化された固有値解析法を用いて、PSSの制御パラメータを定態安定度が高まるように操作する適応制御に取り組んだ。PSSは、発電機の電気出力の偏差などを入力とし、発電機の励磁を出力とする制御装置である。ゲイン・位相補償などの制御ブロックに含まれるパラメータを適切に設定することで、定態安定度の向上に貢献する。本研究では、PSSの制御ブロックを含む低次の線形モデルを発電機ごとに置き、モデルの具体的な要素を、各発電機で計測した電気出力・回転子の速度・PSSの出力波形を用いて同定する。この低次モデルを用いて固有値解析を行い、PSSのパラメータと低次モデルの安定度の関係を調べ、安定度が向上する方向にパラメータを操作する。固有値解析の結果からパラメータを実際に操作するアルゴリズムとして、既存の線形計画法に加えて、より簡便な3分木法についても検討した。3分木法ではPSSのパラメータを、一度に最適な値まで動かすことを期待せず、最も不安定な固有値の安定性が向上すると思われる方向に、あらかじめ定めた単位量だけ動かす操作を行う。パラメータ設計を十分多く繰り返せば、全体として安定性の向上が期待される。従来の研究では多くの場合、パラメータ設計を1回だけ行い、設計前と設計後の安定度を比較することで、制御手法の評価を行っている。しかし実際の電力系統では、時々刻々と状況が変化するため、定態安定度の管理を継続して行う必要がある。そこで本研究では、同定を常時続けて行い、適応制御によるパラメータチューニングを反復継続して行うことで、状況が変化しても、安定度が継続して維持されることを期待した。同定を伴う適応制御では、同定から有用な情報が得られる期間が限られるため、パラメータ設計を行うべきかを判定する手法を検討した。支配的な動揺モードが波形として観測されるとき以外は、低次モデルから算出される固有値の値が時間軸上で大きくばらつく性質を利用して、時系列上に集めた固有値の標準偏差などを、設計実施の判断基準として用いた。PSSの制御ブロックを伴う1台の発電機をモデル化した5次の線形モデルに加え、2台の発電機に関する情報を1つのモデルに組み込んだ低次線形モデルについても、同定により支配的な動揺現象を把握できるかや、パラメータ設計で有用な効果を示すかについて、調べた。また、適応型PSSを設置する場所を変えながら、有効な設置位置について調べた。

 提案手法を、電気学会WEST10機系統モデルに適用する計算機シミュレーションを行い、提案手法の有効性を検討した。WEST10機系統モデルは、西日本の電力系統を、10機の発電機とそれらを結ぶ送電線と負荷により、簡易的にモデル化したものであり、現実の電力系統に近い長周期・弱制動モードが再現される性質がある。まず、数値積分法を用いた、非線形な状況も再現可能な実効値ベースの電力系統シミュレータを開発した。次に、WEST10機系統モデルから直接固有値解析を行う定態安定度計算システムを開発した。これらのシステムに、提案手法の適応制御機能を追加した。適応制御のアルゴリズムからは、シミュレータの発電機端の電気出力・発電機回転速度・PSS出力だけを参照できるようにし、限られた計測情報だけを用いて適応制御を行う状況を再現した。提案手法は、動揺波形を取り出して同定しながら適応制御を行う流れになっているため、系統内に変動が存在する必要がある。そこで、負荷変動が支配的な動揺モードを誘起すると仮定して、負荷端にたえず変動を添加した。シミュレーションを繰り返した結果、次のことが明らかになった。

 低次の線形モデルを用いた同定では、動揺現象が大きく現れている間は、固有値解析から動揺現象の性質を推定することができた。1台の発電機だけを対象とした5次のモデルよりも、2台の発電機の情報を併用する4次のモデルのほうが、支配的な動揺モードに対して、より正確に追従する場合が多かった。

 1種類の動揺モードが支配的となる場合は、そのモードが同定により比較的正確に検出された。複数のモードが同時に不安定化する場合は、動揺波形が複雑な形となるため、同定を行っても支配的な固有値を正しく得られない場合が多かった。最も不安定な固有値を安定化することを目指すと、多くの場合、別の固有値とのトレードオフが起こり、周期が異なる複数の固有値が、実部をほぼ同じとして共存する可能性が高い。このような状況下で不安定化が起こると、異なる周期を持つ動揺が、同時に拡大するため、同定が困難となる。3分木法は、最も不安定な固有値だけを改善対象とするため、とくにこの問題が起こりやすいようである。同定の結果をもとにPSSのパラメータを更新すると、シミュレーション開始後しばらくの間は定態安定度が向上するが、安定化後は動揺現象が負荷変動のノイズに埋もれて観測できなくなるため、同定が不正確になり、安定度が再度低下する場合が多かった。動揺現象がはっきりと観測されないときは、同定を行い固有値を繰り返し求めると、計算のたびに大きくばらついた値が得られた。このような状況であっても、PSSのパラメータを更新すると、特定の方向に動き続ける傾向があり、ゲインが上がりすぎることにより短周期の振動発散に至る場合が多かった。

 低次モデルから算出した固有値を時系列上に集め、その標準偏差を求め、支配的な動揺現象が把握できたかを判定し、把握できていないときにパラメータ設計を中止する操作を行った場合は、動揺現象が収束するとパラメータ設計が行われにくくなり、安定度が高い状態を長く維持できるようになった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「広域電力系統における低次線形モデルを用いた適応型PSSの構築」と題し、6章よりなる。

 第1章は「はじめに」で、わが国の電力系統の特徴、取り巻く状況について述べ、電力系統の定態安定度向上の必要性、そのための先端的な制御系の研究開発動向について述べている。

 第2章は「電力系統の定態安定度とPower System Stabilizer(PSS)」と題し、電力系統の安定度について、その定義や評価方法を述べ、安定度を向上させるために用いられるPSSなどの制御装置について説明している。また、このPSSの制御系パラメータの設計において用いられる固有値制御手法についても述べている。

 第3章は「低次線形モデルを用いた定態安定度向上策」と題し、まず、低次の線形モデルを用いて支配的な動揺モードを同定し、電力系統の定態安定度を評価する手法について述べ、次に、PSSの制御系パラメータをオンラインで反復継続して更新し、定態安定度の向上を目指す手法について述べている。このために用いる従来の固有値制御手法は、詳細に線形化された高次の電力系統モデルを必要とするが、広範囲にわたる電力系統の情報を全て集めることは実際的ではない。そこで、簡略化された低次線形モデルを提案し、このモデルの未知数を同定により求め定態安定度評価に用いている。PSSの制御系パラメータは、定態安定度に問題があるときに高速かつ適切に調整される必要があるため、パラメータ設計を常時反復して行うことができるように、従来の固有値制御手法の他に、新たに3分木法を提案している。

 第4章は「シミュレーション環境の構築と基本的なパラメータ設計の検討」と題し、まず、ディジタルシミュレーションで用いる電気学会西10機系統モデル等について紹介し、次に、物理量の観測により定態安定度を推定する同定と、この同定の結果を利用したPSSのオンラインパラメータ設計について、基本的な解析事例を述べている。ここでは、重潮流により安定限界付近に設定された系統モデルに負荷変動を与えることで、系統固有の動揺モードを誘起して検証を行っている。基本的なパラメータ設計の検討事例では、発電機1台だけのPSSを調整可能とした場合と、全発電機のPSSを調整可能とした場合についてシミュレーションを行い、提案の制御手法により系統安定度が改善されるが、そのために系統動揺波形が観測されなくなり、同定が不正確になることで再び不安定化するという知見を得ている。

 第5章は「適応型PSSに関する検討」と題し、適応型PSSの設置位置やモデルの次数、負荷へのじょう乱の与え方、複数の発電機を1つの低次モデルに組み込むこと、PSSのオンラインパラメータ設計を行うべきタイミング、電力系統の動作点が時変となる場合の解析などについて述べている。PSSのオンラインパラメータ更新では、制御系パラメータ設計用の5次の低次モデルの他に、PSSモデルを取り除いた低次モデルの両方を用いて動揺モードが同定されているときに限ってパラメータ更新を行う手法を提案し、これによって安定化の後、再び不安定化をしないということを明らかにしている。

 第6章は「おわりに」で、各章の結論をまとめ、将来への展望を述べている。

 以上を要するに、本論文は、広域の電力系統の定態安定度を向上するために、各発電機において、自端で観測された情報を用いて電力系統を簡略化した低次線形モデルの同定を行い、それに基づいて定態安定度を評価し、この安定度が向上するようにPSSの制御系パラメータをオンラインで更新する適応型PSSを提案し、電力系統の安定運用に大きく寄与することをシミュレーションによって明らかにしたもので、電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25817