学位論文要旨



No 122278
著者(漢字) 賀,鵬
著者(英字) HE,PENG
著者(カナ) カ,ホウ
標題(和) 多輪独立駆動電気自動車の動的制駆動力配分制御
標題(洋) Dynamic Force Distribution Control for Multi-Wheel-Driven Electric Vehicle Utilizing Actuator Redundancy
報告番号 122278
報告番号 甲22278
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6483号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 馬場,旬平
内容要旨 要旨を表示する

 本学位論文は多輪独立駆動電気自動車の運動制御において、アクチュエータが有する冗長性を活用した動的制駆動力配分制御の確立を目指したものである。

 本論文で研究した制駆動力配分制御は、いわゆる「Drive-By-Wire」技術の中心となるべき手法の一つといっても過言ではなく、これを基礎としてさまざまな車の運動制御法の開発を可能にする画期的な手法である。提案した制駆動力配分制御とは、車両走行中のタイヤの状態を時々刻々推定してモータの制駆動力を動的に適切に配分することによって、電気自動車の安全性と快適性を高めるという手法で、その有効性を理論、シミュレーション、および実車実験によって明らかにした。

 多輪独立駆動電気自動車は、オーバーアクチュエーティドシステムの一種である。なぜならば、基本的な機能、例えば制駆動だけを行うには必要でない余分な数のアクチュエータがあるからである。この冗長性を適切に利用することによって、オーバーアクチュエーティドシステムとして従来にない新しい特長をもつ制御を実現することができる。

 本論文では、まずこのような余分なアクチュエータの自由度を活かし、「Drive-By-Wire」の信頼性を増加させることを考える。次に、いくつかの目標、例えば、最適なタイヤ負荷比、アクティブ・スリップ率比などを実現するために、アクチュエータの冗長な自由度を利用することを提案する。

 このような、アクチュエータの冗長性を活かし、とくに制駆動力配分制御に積極的に応用する技術、さらにそれをシステマティックに考察した研究は今まで空白の状態といっても過言ではない。本論文は電気自動車の制駆動力配分制御の全容を俯瞰し、オリジナルな提案とそれに基づいた冗長性応用の理論と方法から実現までを広く扱い、具体的に多輪独立駆動電気自動車へ応用した有効性を明らかに示したものとして、新規性の高い研究である。

 本論文の構成は、以下のようになっている。

 第一章は序論で、様々な電気自動車における制駆動力配分と制御法について述べ、そして、それに関してオーバーアクチュエーティドシステムの冗長性の応用法を考察して、本研究の位置付けを行っている。

 第二章では、まず電気自動車の運動制御、制駆動力制御を紹介する。そして、多輪独立駆動電気自動車における制駆動力配分を例として、オーバーアクチュエーティドシステムの冗長性応用の理論を導入する。

 第三章では、オーバーアクチュエーティドシステムを多輪独立駆動電気自動車へ応用するオリジナルな制駆動力配分制御法の提案を行う。この提案法を実現するために、まず基礎的な理論を構築し、実現アルゴリズムを開発する。また、後半(評価部分)においてその有効性を検討する。

 第四章では、オーバーアクチュエーティドシステムの制御における冗長性応用に関する理論や方法を詳しく論じる。主な三種類の方法(Daisy Chain、Direct Optimal Inverse、Dynamic Optimum Method)をまとめている。

 第五章では、最適制御理論を用いて実現できる冗長性応用に関するアルゴリズムの設計を論じる。動的逐次計画法(DQP)を用いて冗長性制御の実現アルゴリズムを提案する。また、インホイールモータ電気自動車においてタイヤに発生する摩擦力の特徴を考え、2次非線形制約逐次計画法(SQCQP)に基づくアルゴリズムも提案する。そして、従来の方法と比較し、提案法の優位性を示している。

 第六章では、提案した冗長性を用いたコントロールシステムの安定性、ロバスト性について言及する。

 第七章では、前章で提案したアルゴリズムを第三章に提案した制駆動力配分制御と組み合わせて、シミュレーションでその有効性を評価する。

 第八、九章は提案法の評価に関する部分で、提案した手法を用いて実際の多輪独立駆動電気自動車へ応用した成果をまとめた。自動車メーカーが開発した電気自動車および研究室で開発した4輪独立駆動インホイール電気自動車を用いて駆動力配分制御の実験を行った。結果として、提案した方法が車の追従性と旋回特性などの運動特性を向上することを実証した。たとえば、冗長性を利用すれば、車のコーナリング性能が約30パーセント程度上回ることを示すことができた。

 第十章では結論を述べると同時に、今後の研究課題についても詳述し、将来の研究指針を示している。付録として、実験装置の説明、および性能評価を行うために作成したシミュレーションツールの説明を補足している。

 この論文で提案した制御例は、アクチュエータの冗長性を有する電気自動車にへの応用であり、そこでは大きな有効性を示すことができたが、同様の考え方を他のオーバーアクチュエーティドシステムに拡張して応用することも可能であり、その意味で一般性、拡張性に優れた手法であるということができる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「Dynamic Force Distribution Control for Multi-Wheel-Driven Electric Vehicle Utilizing Actuator Redundancy(多輪独立駆動電気自動車の動的制駆動力配分制御)」と題し,各車輪ごとに独立した電気アクチュエータ(車両駆動用モータ)をもつ電気自動車において,アクチュエータが有する冗長性を活用した動的な制駆動力配分制御を行うことによって,はじめて実現可能となる新しい運動制御法を提案し,その基本的な提案手法について実車を用いた実験によって有効性を実証したもので,英文で記述された9章により構成されている。

 第1章「INTRODUCTION」は序論であり,多輪駆動電気自動車の現状と問題点を示し,制駆動力配分制御の必要性を述べ,アクチュエータの数に冗長性があるシステム(以下オーバーアクチュエーティドシステムという)の可能性を考察して本研究の位置付けを行っている。

 第2章「EV DYNAMICS AND CONTROL」では,電気自動車の運動制御法を概観し,多輪独立駆動電気自動車の制駆動力配分を例に引きながら,従来とくに考慮されることのなかったオーバーアクチュエーティドシステムにおける冗長性活用の可能性を指摘し,余分なアクチュエータの自由度を活かすことによって,運動制御システムの信頼性を増加させたり,いくつかの目標,たとえば,最適なタイヤ負荷率,アクティブ・スリップ率などを実現することができることを述べている。

 第3章「NOVEL FORCE DISTRIBUTION CONTROL」では,オリジナルな多輪独立駆動電気自動車の制駆動力配分制御法を提案し,それを含めて本論文で提案しようとしている車両制御系の全体をまとめている。

 第4章「REDUNDANCY AND ITS APPLICATIONS」では,冗長性利用の基礎的な理論を述べ,それを実現するための三つの手法(Generalized Inverse and Direct Allocation, Daisy Chain, Optimization Methods)をまとめている。とくに第3章での提案を実現するために必要となる Optimization Methods を詳細に検討している。後半ではその具体的な二つの方法(LMS および Minmax法)を提案し,シミュレーションによって比較を行い,有効性と特徴を検討している。

 第5章「IMPLEMENTATION METHODS」では,Optimization を実現するために第4章までに提案したアルゴリズムとは異なる,より計算時間の短い新しいアルゴリズムとして動的逐次計画法(DQP)を提案している。また,インホイールモータ式の電気自動車においてタイヤに発生する摩擦力の特徴を考察し,2次非線形制約逐次計画法(SQCQP)のアルゴリズムも提案し,従来法と比較しながら提案法の優位性を示している。

 第6章「REALIZATION AND EVALUATIONS」では,第5章で提案したアルゴリズムを第3章で提案した制駆動力配分制御と組み合わせ,より具体的な手法を述べ,シミュレーションによってその有効性を評価している。

 第7章「MANEUVERABILITY IMPROVEMENT」では,提案法の有効性を,ある自動車メーカおよび自研究室で開発した,4輪独立のインホイールモータによって駆動される電気自動車を用いて検証した結果をまとめたもので,ここでは主として操縦性の向上について記述している。

 第8章「RECONFIGURATION CONTROL UNDER CRITICAL DRIVING CONDITIONS」では,第7章に引き続き,実車を用いた提案法の有効性を実証した結果について述べたもので,評価は車の追従性や旋回能力などの運動特性について行い,たとえば,提案法の一つである(LMS法を用いた制駆動力配分)が従来の制駆動力配分方法より有利であることなどを実証している。

 第9章「CONCLUSIONS AND FUTURE WORKS」では本論文の結論を述べると同時に,今後の研究課題について詳述し,将来の研究指針を示している。さらに付録として,実験に供した電気自動車の説明を補足している。

 以上これを要するに,本論文は,オーバーアクチュエーティドシステムの冗長性を活用した制御手法をシステマティックな形で提案し,多輪独立駆動電気自動車の制駆動力配分制御に積極的に応用してその有効性を実証することによって,自動車の運動制御に新しい可能性を示したものであって,電気工学,制御工学上貢献するところが少なくない。よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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