学位論文要旨



No 122280
著者(漢字) 江尻,理帆
著者(英字)
著者(カナ) エジリ,リホ
標題(和) 探査ロボットの行動計画のための環境理解に関する研究
標題(洋)
報告番号 122280
報告番号 甲22280
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6485号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 齋藤,宏文
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
内容要旨 要旨を表示する

 人間は,環境の変化に柔軟に適応し,適切に行動する術を見つけることができる.しかしながら,ロボットにはその柔軟性がなく,環境や目的によって様々なロボットを開発し,使い分けているのが現状である.そのため,ロボットの開発にあたっては,環境がロボットに与える影響を考慮し,それに沿って環境に適応して目的を遂げる手法を考えることが必要不可欠となる.

 一方で,人間が環境を把握するとき,目からの情報を一番多く使っていると言える.視覚で取得した環境情報を脳で理解し,次の行動を導く.では,人間は脳の中でどのように環境理解を行っているのであろうか.「環境を理解する」ということは,どういうことなのであろうか.本論文は,「探査ロボットの行動計画」という観点から,環境理解がどういうことなのかを明らかにすることを大目的とする.

 探査ロボットが移動する環境は,未知である環境,既知である環境,自然環境,人工物に囲まれた環境などがある.環境理解が必要となる環境は,未知である環境が多い.さらに,人工物に囲まれた環境よりも自然環境の方が未知であることが多く,ロボットによる探査要求も多くなる.そこで,本論文では,未知かつ自然環境を移動するロボットに焦点を絞ることにする.

 未知かつ自然環境を移動するロボットの例として,火星探査ロボットや海底探査ロボットなどがある.そのような環境を移動するロボットには,電源容量・探査期間・通信遅れなどの制限がある場合がある.よって,それらの移動ロボットには,効率良く目的地へ移動する能力が求められる.さらに,できるだけ自律的に長距離移動するためには,グローバルもしくはローカルな自己位置推定が必要となる.あらかじめロボットが動く環境が既知で,マップを持っていれば,そのマップを用いて自己位置推定を行うことができる.しかしながら未知環境を動く場合,もしくは保有マップが不完全な場合,環境マップの構築も必要不可欠となる.

 従来の未知環境を対象とした移動ロボットのナビゲーション手法では,レーザレンジファインダやステレオビジョンなどを用いて詳細なマップを構築している.それらのセンサを用いることで,比較的正確な近傍の距離情報を得ることができ,確実に障害物を回避することができる.しかし,未知環境において長距離を効率的に移動するロボットに関しては,従来手法に対して以下のような疑問がある.

 ・ センシング範囲が数mであるレーザレンジファインダやステレオビジョンのみのナビゲーション手法は,長距離移動に適しているかどうか

 ・ 効率的に移動するにあたり,詳細なマップ構築が常に必要となるのかどうか

 ここで,人間が長距離移動するときにどのような処理を行っているかを考えてみる.人間はまず,遠距離にある目的地を把握し,近傍から遠方までの環境の把握を行う.その際,通れる範囲と通れない範囲の把握や,移動時に追従可能となるようなランドマークの抽出も行っていると考えられる.このことから,長距離移動におけるナビゲーションには,近距離の環境情報だけなく,遠距離の環境情報も必要となると考えられる.広範囲の環境情報を取得することで,遠くの障害物をあらかじめ回避するルートを計画することが可能となる.また,ランドマーク候補となるものが増えるため,マッチングなどによって情報更新をする場合,マッチングの確実性を上げることにもなる.また,ロボットが遠距離移動するために必要な環境情報は,障害物やランドマークの位置と大きさと種類であると考えられる.障害物やランドマークの位置と大きさと種類を把握することで,詳細なマップを常に構築しなくても,充分なナビゲーションを行うことができる.そこで,ナビゲーションに必要な広範囲の環境情報を取得した結果から構成する環境マップの構築が,長距離移動のナビゲーションに有効となると考えられる.

 以上のことから,本論文では,未知である自然環境を効率的に長距離移動するロボットを対象とし,行動計画のための環境理解とは何かを明らかにする.また,実際に探査ロボットの画像に基づく環境理解手法と行動計画手法を提案する.

 第2章では,提案する環境理解手法の概要について述べる.提案手法では,環境理解のために,広範囲の環境情報が含まれるカメラから得た画像を用いる.本論文では,環境理解の指標となる環境マップを新たに導入する.まず,一枚の取得画像から,注視すべき領域の抽出を行い,知識ベースで各注視領域に対する地形を推定する.ここで用いる知識は,画像中の地形特徴に対する知識である.次に,地形推定結果から,環境マップを構築する.探査ロボットは,移動しながら環境マップの更新を行う.行動計画を行う際には,更新した最新のマップを用いる.さらに,本論文では,探査ロボットの応用の1つとして,月・惑星環境を取り上げる.対象環境を月・惑星環境としているのは,未知かつ自然環境であるので,本手法の対象環境として適切な環境であるためである.月・惑星環境の画像は,濃淡値が変化することはあっても,カラーが顕著に変化することはない.よって,カラー画像ではなく濃淡画像を用いる.

 第3章では,環境マップ構築手法を提案する.まず,注視すべき領域の抽出を行う手法について述べる.抽出には,「月・惑星環境において,注視すべきものがある画像中の領域は,濃淡値が大きく変化し,エッジが現れる領域である」という知識を用いる.次に,抽出した各注視領域に対し,地形推定を行う手法について述べる.地形推定においても,あらかじめ用意した月・惑星環境における地形特徴に関する知識を用いる.地形推定のカテゴリーは,rock,crater,convexity,concavity,complexの5種類である.さらに,環境マップのデータ構造について述べる.環境マップは表形式のデータ構造をとり,注視領域の画像中の位置,大きさ,地形推定結果,ランドマーク候補となる番号などのデータを保有する.

 第4章では,環境マップの更新手法について述べる.あらかじめ構築したマップと,移動後に構築したマップを比較し,データの更新を行う.環境マップの更新によって,地形推定の信頼度を上げ,濃淡画像中のあいまい情報を少なくしている.

 第5章では,行動計画手法を提案する.行動計画とは,ルート計画とセンシング計画を行うことである.構築した環境マップを用いて,目的地までのルートを大まかに計画する手法について述べる.さらに,計画したルートに対し,どのようなセンシングを行いながら移動するかを計画する,センシング計画手法について述べる.

 第6章では,環境理解について考察をまとめる.提案手法がどのように他環境へ応用できるかを示し,行動計画のための環境理解について述べる.

 以上のように本論文では,探査ロボットが行動計画を行うための環境理解を取り扱っている.提案手法では,主に未知かつ自然環境を移動するロボットを対象としている.そして,移動ロボットが効率良く行動計画を行い,遠距離移動するための,知識を用いた環境理解手法を提案している.提案手法では,広範囲の環境情報を含む画像センサを用いている.画像は遠距離情報になればなるほどあいまいな情報が多くなるが,移動時に環境マップを更新することであいまい情報を少なくすることが可能である.環境理解を行うにあたり,従来手法のように詳細なマップを構築せず,画像に基づいた行動計画のための環境マップを提案している.さらに,そのマップから行動計画を行う手法も提案している.本論文では,探査ロボットの行動計画という観点から,環境理解とはどういうものかについて示唆を与えている.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「探査ロボットの行動計画のための環境理解に関する研究」と題し、ロボットが未知の自然環境下で自律的に行動するに際して要求される環境理解について、新しい視点から検討し、行動計画をつくる手法を提案したものである。月、惑星表面を探査するローバを例にとり障害物の散在する不整地を自律的に長距離移動して効率的に目的地に移動する手法を検討している。搭載カメラの濃淡画像を用いて環境を理解することにより環境マップを構築しローバの自己位置同定、ランドマーク認識、径路計画、行動計画を自律的に行う手法を提案しシミュレーションおよびハードウェア実験によりその妥当性を検証したもので、7章から構成される。

 第1章は序論であり、研究の背景、目的、従来の研究につき述べ、本論分の位置づけを明確にしている。

 第2章は「画像に基づく環境理解と行動計画」と題し、提案する環境理解手法の全体的な構想について述べている。本論文では、予め環境情報が得られている工場の中などとは異なる自然環境下で、カメラから得た濃淡画像を用いて知識ベースの情報に基づき環境理解をしながらゴールに達する一連の手法につき検討している。

 従来広く用いられてきたステレオカメラやレーザ測距装置などで得られる比較的近距離の詳細3次元データではなく、遠方まで含む一枚の濃淡画像情報から、注視すべき領域の抽出を行い、知識ベースで各注視領域に対する地形を推定、認識する。ここで用いる知識は、画像中の地形特徴に対する知識である。次に、地形推定結果から、環境マップを構築し、移動しながら新しい画像を取得して環境マップの更新を行い、これを用いて行動計画の決定を行うことを特徴とする。

 第3章は、「環境マップ構築」と題して、新しい視点から環境マップを構築する手法を提案している。まず、注視すべき領域の抽出を行う手法を検討している。ここでは、「月・惑星環境において、画像中の注視すべきものがある領域は、濃淡値が大きく変化し、エッジが現れる領域である」という知識を用いている。次に、あらかじめ用意した月・惑星環境におけるrock、crater、convexity、concavity、complex の5種類の地形特徴に関する知識を使って、抽出した各注視領域に対し、地形推定を行う手法について提案している。さらに、注視領域の画像中の位置、大きさ、地形推定結果、ランドマーク候補となる番号などのデータを保有した環境マップを提案している。これらの一連の手法の有効性を数値シミュレーションとハードウェアを用いた実験で検証している。

 第4章では、「環境マップの更新」と題して、あらかじめ構築したマップと、移動後に構築したマップを比較し、データの更新を行う手法を提案している。遠方にある障害物に関する情報は、次第に接近するほどあいまいさが減っていくことに着目し、ロボットの移動に伴って環境マップの更新を繰り返すことによって、地形推定の信頼度を上げ、濃淡画像中のあいまい情報を少なくしていく手法を示しハードウェアを用いた実験で有効性を確認している。

 第5章は、「行動計画」と題して、ルート計画とセンシング計画を行う方法につき述べている。単一カメラによる濃淡画像は、ステレオ写真やレーザ測距器などによる精密測定とは異なり、あいまいではあるが広域の情報を含む。これに基づいて構築した環境マップを用いて、目的地までのルートを大まかに計画する手法と、計画したルートに対し、どのようなセンシングを行いながら移動するかを計画する、センシング計画手法について提案している。これらの一連の手法の有効性を数値シミュレーションとハードウェアを用いた実験で検証している。

 第6章は、「環境理解」と題して提案手法が月・惑星ではなく、地球上の火山や森林などの自然環境へ応用できる可能性を示している。本論文で提案した基本的な考え方は、探査ロボットが予め持っている知識を用いて環境を認識するだけでなく、環境がロボットの行動に及ぼす影響を判断して行動計画を立てるという意味で一般性を有することを示唆している。

 第7章は「結論」であり、本論文をまとめ、研究の成果について総括している。

 以上これを要するに、本論文では、探査ロボットが行動計画を行うための環境理解につき新しい観点から考察をおこない、未知の自然環境の下でロボットが効率良く遠距離を移動するための環境理解手法を提案し、従来手法のような詳細な3次元マップを構築することなく、濃淡画像に基づいて作成した環境マップにより行動計画を行う手法を提案したもので、ロボット工学、電子工学上貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/26293