学位論文要旨



No 122288
著者(漢字) 大森,雅登
著者(英字)
著者(カナ) オオモリ,マサト
標題(和) 自己形成量子ドットの超低密度化と異方的シュタルク効果の研究
標題(洋)
報告番号 122288
報告番号 甲22288
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6493号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 田中,雅明
 東京大学 講師 岩本,敏
内容要旨 要旨を表示する

 次世代の半導体素子の構成要素として,10ナノメートル(nm)程の寸法の微粒子状物質,量子ドット,が注目されている.このドットに電子や正孔を閉じ込めると,キャリアの位置が固定され,自由運動が禁止されてエネルギー準位が離散的になるとともに,キャリア間の相互作用が強まる.こうした特徴を素子に応用する試みが進んでおり,既にメモリーや単一トランジスタなどの電子素子,レーザや単一光子発生器や光検出器などの光素子,量子ビットなどの量子情報素子など,幅広い検討が進んでいる.本論文は,「自己形成量子ドットの超低密度化と異方的シュタルク効果の研究」と題し,GaAs面上にInAsを堆積することで10nm級のドット群が自己形成される過程を調べ,成長条件を工夫することでドット密度を著しく下げられることを示すとともに,個々のドットの光学特性に注目し,この蛍光特性のドット間距離に対する依存性や,垂直・水平電界の印加に伴う蛍光スペクトルの変化(シュタルク効果)を実験的に究明した研究を記しており,6章からなる.

 第1章「序論」では,本研究の背景と目的を記している.

 第2章「InAs量子ドットの超低密度化とその制御」では,従来にない超低密度InAs量子ドットの作製方法とその形成メカニズムについて述べている.単一ドットの物性計測や素子応用には,ドット密度が低いことが望ましいが,これまで1平方センチ当たり10の8乗以下の密度を成長条件のみで達成した報告はなかった.本研究では一般的に知られているドット形成の臨界膜厚(1.7から1.8分子層)以下でも堆積後のアニールで形成できると考え,適当な条件の下で10の4乗以下まで制御でき,ドット間隔を100ミクロン以上まで拡げられることことを見出した.また,この形成法では,GaAs面上に自然形成するマウンドの頂上部またはその近傍の斜面にドットが選択的に形成されることを発見した.このドットの形成過程を考察し,マウンドの頂上部付近にできる原子ステップがInAsの拡散に及ぼす障壁としての効果(Schwoebel効果)や,小さなマウンド領域に堆積するInAsの総量の統計的な揺らぎなどが関与している可能性を指摘している.

 第3章「超低密度量子ドットの光学特性」では,超低密度InAs量子ドットの光学特性を巨視蛍光法と顕微蛍光法によって測定した結果についてまとめている.従来の単一ドット分光には顕微蛍光法が用いられ,励起レーザを対物レンズにより1ミクロン程度に絞って少量のドットを励起するという方法が主であるが,超低密度ドットでは100ミクロン程度の励起スポットでも容易に単一ドット分光が可能であることを示している.また,InAs濡れ層の蛍光測定と時間分解測定を行い,ドットのキャリア捕獲領域を見積もると共に,単一量子ドット分光による蛍光の温度依存性から,単純なモデルを立てて解析し荷電励起子の熱活性エネルギーを見積もった.

 第4章「量子ドットのシュタルク効果とその異方性」では,単一InAs量子ドットに成長方向とそれに垂直な方向に同時に電界を印加できるような試料を作製し,そのシュタルク効果を測定した結果について述べる.これまでInAs量子ドットのシュタルク効果を研究した報告は多数あるが,どの研究も電界の印加方向は1方向のみで,しかも成長方向がほとんどである.自己形成量子ドットは形状に異方性を持つため,1方向のみに印加しただけではその物性を知ることは難しい.本章では量子ドットに2方向から電界を印加できる逆メサ構造を用いてシュタルク効果の測定を行い,その結果から電界印加方向に対する分極率の異方性について議論した.

 第5章「量子ドット内の電子と正孔の空間分布」では,第4章で述べたシュタルク効果のさらに詳しい計測結果とその理論的な考察について記している.特に,成長方向電界と面内方向電界を同時に印加した時のシュタルク効果の実験結果から,ドット内ダイポールの方向と大きさを推定し,考察した結果を述べている.

 第6章「結論」では本研究で得られた知見をまとめる.

 以上述べたように,本論文では,先端素子材料として重要な10nm級のInAs量子ドットの自己形成過程を検討し,ドットの面密度を著しく低い値まで広範に制御することを示すと共に,単一または複数ドットの光学特性をドットの密度や縦横から印加する電界の関数として系統的に調べることにより,InAs濡れ層からドットへのキャリアの流入過程やドット内の電子と正孔の広がりや分極に関する新知見を得ており,電子工学に寄与するところが少なくない.

審査要旨 要旨を表示する

 次世代の半導体素子の構成要素として、10ナノメートル(nm)程の寸法の微粒子状物質、量子ドット、が注目されている。このドットに電子や正孔を閉じ込めると、キャリアの位置が固定され、自由運動が禁止されてエネルギー準位が離散的になるとともに、キャリア間の相互作用が強まる。こうした特徴を素子に応用する試みが進んでおり、既にメモリーや単一トランジスタなどの電子素子、レーザや単一光子発生器や光検出器などの光素子、量子ビットなどの量子情報素子など、幅広い検討が進んでいる。本論文は、「自己形成量子ドットの超低密度化と異方的シュタルク効果の研究」と題し、GaAs面上にInAsを堆積することで10nm級のドット群が自己形成される過程を調べ、これに一工夫を加えることでドット密度を著しく下げられることを示すとともに、個々のドットの光学特性に注目し、この蛍光特性のドット間距離に対する依存性や、垂直・水平電界の印加に伴う蛍光スペクトルの変化(シュタルク効果)を実験的に究明した研究を記しており、6章よりなる。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的を記している。

 第2章は、「InAs量子ドットの超低密度化とその成長メカニズム」に関する研究を記している。GaAs基板の上に格子定数の異なるInAsを堆積する時、堆積量が臨界値(約1.7-1.8分子層)を越すと、歪みエネルギーを緩和するためにドット状結晶が自己形成し、その密度は1平方センチ当り10の10乗から11乗ほどの値になる。単一ドットの物性計測や素子応用には、このドット密度を桁違いに下げることが望ましい。その手段として、臨界厚以下のInAsを堆積し、続いてアニールする手法があるが、本研究ではこの手法の可能性や制御性を系統的に調べ、ドットの面密度を10の4乗以下まで制御でき、ドット間隔を100μm以上まで拡げられることを見出した。また、この形成法では、GaAs面上に自然形成するマウンド(小さな丘)の頂上部またはその近傍の斜面に、ドットが選択的に形成されることを発見した。このドットの形成過程を考察し、マウンドの頂上部付近にできる原子ステップがInAsの拡散に及ぼす障壁としての効果(シュウォーベル壁)や小さなマウンド領域に堆積するInAsの総量の統計的な揺らぎなどが関与している可能性を指摘している。

 第3章は「超低密度量子ドットの光学特性」と題し、第2章の手法を駆使して、ドットの密度の異なる試料群を作成し、その光学特性を系統的に調べた研究について述べている。特に、励起レーザビームの直径が100μm程に大きなマクロな光学系を用いた計測でも、ドット密度を下げるにつれて、単一ドットまたは数個のドットからの蛍光信号が得られることを示すとともに、ドットの周辺にあるInAs濡れ層からの蛍光が相対的に強まることを示した。濡れ層からの蛍光とドットからの蛍光の相対強度がドット密度にどのように依存するかを定量的に調べ、光キャリアの濡れ層内部での面内拡散とドットへの流入過程に関して新知見を得ている。また、単一ドットからの蛍光スペクトルを詳細に調べ、荷電した励起子が重要な役割を果たすことを示し、その起源を論じている。

 第4章は「単一量子ドットのシュタルク効果とその異方性」と題し、第2章の方法で作られたドットに対し、垂直方向と水平方向の電圧 (VT, VS) を印加した時のドットの光学特性の変化(シュタルク効果)を調べた研究を記している。特に、ドットを含むウェーファを逆メサ型に加工し、ドットの上下および左右に2組のショットキー電極対を設けたユニークな素子構造を作り、ドットからの蛍光スペクトルを(VT, VS)の関数として系統的に調べている。これらの測定結果を解析して、ドットの位置、ドット内の電子と正孔の空間的な広がりや相互のズレ(分極)などの物理量を推定するとともに、印加電圧(VT, VS)とドットに印加される電界(Ez,Ex)との関係を考察した結果を記している。

 第5章は「量子ドット内の電子と正孔の空間分布」と題し、第4章で述べたシュタルク効果のさらに詳しい計測結果とその理論的な考察について記している。特に、垂直電界と水平電界を同時に印加した時の蛍光スペクトルの変化から、ドットに加わる実効的な電界の方向と大きさを推定するとともに、電子と正孔との空間分離に伴う分極の大きさを推定し、その起源に関する検討を行っている。

 第6章では、本研究で得られた主要な知見をまとめ、結論を述べている。

 以上述べたように、本論文では、先端素子材料として重要な10nm級のInAs量子ドットの自己形成過程を検討し、ドットの面密度を著しく低い値まで広範に制御できることを示すとともに、単一または複数ドットの光学特性をドットの密度や縦横から印加する電界の関数として系統的に調べることにより、濡れ層からドットへのキャリアの流入過程やドット内の電子と正孔の広がりや分極に関する新知見を得ており、電子工学に寄与するところが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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