学位論文要旨



No 122290
著者(漢字) 金田,良介
著者(英字)
著者(カナ) カネダ,リョウスケ
標題(和) 超電導コイルを用いたフォーメーションフライト衛星の相対位置制御
標題(洋)
報告番号 122290
報告番号 甲22290
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6495号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齋藤,宏文
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 小野,靖
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では, フォーメーションフライト衛星の相対位置制御方式において, 超電導コイルによる磁気力を用いた制御方式を提案し, 研究を行なった. 地球近傍ミッションにおいて問題になる地磁場の影響を回避するためにコイル交流駆動を提案し, さらに交流電流間の位相差に基づいた相対位置制御系を設計した. また, 交流電流の位相を変化させる位相制御回路を提案し, 超電導コイルを用いた実験により位相制御回路の性能を確認した. 最後に, 設計した相対位置制御系を衛星シミュレータに組み込み, さらに実験で用いた位相制御回路をシミュレーションループ内に含むハードウェアインザループ試験により, 提案方式の実現可能性を示した.

 序章では, 衛星フォーメーションフライトを実現するために従来用いられる制御機構の問題点を挙げている. 衛星フォーメーションフライトとは, 複数の衛星によりミッションを実行するという新しいフライト手法である. この手法は, 従来より高度なミッション, さらには従来は不可能であったミッションを実現できると期待されている. 例えば, 焦点距離が50 mもの望遠鏡を単独衛星として打ち上げるにはロケットの積載能力の観点から困難である. 一方, フォーメーションフライトを適用すると, 集光衛星と検出器衛星の相対位置を制御し, 軌道上で同等の望遠鏡を仮想的に構成することができる. 単独衛星と大きく異なる点として, 衛星間の相対位置制御が必要になることが挙げられる. 上述の例の場合, 集光衛星から光軸上を焦点距離だけ離れた場所に検出器衛星を配置する必要がある.

従来は, このような制御にはスラスタという推進機構が使用される. スラスタとは, 推進剤をそのまま, あるいは化学反応や電気的な反応を介して放出し, その反力を制御力とする機器である. このように, スラスタには推進剤が必要となる. フォーメーションフライトの位置制御機器にスラスタを用いると, 推進剤の量によりミッション期間が制限されるという問題がある.

 このような問題に対し, 第2章ではフォーメーションフライト衛星にコイルを搭載し, コイル間に発生する磁気力により相対位置制御を行うという方式を提案している(図1参照). この方式の最大の利点は, 原理的にミッション期間が制限されないことである. 低軌道になるほど大きな制御力になるため, 提案方式は地球近傍ミッションをターゲットとしている. 仮定した近地球軌道ミッションを数年以上行なう場合, 総重量の観点からスラスタ方式に対して提案方式に優位性があることがわかる(図2参照). これは, 提案方式はミッション期間に依存せず衛星の総重量が一定であるのに対し, スラスタ方式はミッション期間により衛星の総重量が指数的に増加するためである. このような特徴を持つ提案方式は国際的にみても稀であり, 相対位置制御を行う際の実際的なコイル駆動方式や位置制御系に関する検討を行った研究はない. 本章では, このように未開拓である磁気フォーメーションフライトの原理をまず説明し, 様々な検討を行なっている. 現在計画されているフォーメーションフライトミッションは, 衛星間距離が数10 m規模のものから数 km規模のものまである. このような距離を隔てていても磁気力が発生するように, 本研究では超電導コイルにより従来衛星で使用される磁気モーメントの数10倍以上の磁気モーメントを発生させる. このような磁気モーメントを近地球軌道で発生させる場合, 地磁場の影響により衛星には磁気モーメントの大きさに比例した磁気トルク, つまり通常の10倍以上もの磁気トルクが発生する. 既存の姿勢制御機器でこのような外乱トルクを長時間抑制することは現実的ではない. 本論文では, このような問題に対し, コイルを交流駆動することにより地磁場の長期的な影響を排除するという方法を提案している. さらに, 磁気力を交流磁気モーメント間の位相差により制御することを提案している.

 そこで第3章では, 位相差に基づいた相対位置制御系の設計について述べている. 制御設計では, 係数図法で設計された相対位置制御器のチューニングパラメータと制御誤差の関係, および交流磁気モーメントの駆動周波数と制御誤差の関係を明らかにした. また, 設計した制御系の性能を確認するために行ったシミュレーションの結果から, 見積った精度で相対位置が制御できることを確認した. シミュレーションには衛星の軌道運動や地磁場モデルに加え, 設計した相対位置制御系の物理モデルが含まれている.

 次の第4章では, 交流磁気モーメントの位相, すなわちコイルを励磁する交流電流の位相を制御する方法について検討している.まず, コイルを交流状に駆動するためには, 電気エネルギーを蓄積/放出する機構が原理的に必要になる. 本論文では, このような機能を果たす素子であるキャパシタを使用している. すなわちコイルとキャパシタで共振回路を構成し, 共振電流をコイルの励磁電流としている. このような駆動回路に対して, 共振回路に外部から電気エネルギーを注入することで共振回路の状態を制御する方法を提案している.

ここでは, スイッチを介して外部に設けた定電圧源を, キャパシタ電圧の零交差する瞬間に外部電圧を印加することで位相制御を実現している. また, 配線抵抗やコイル/キャパシタの交流損失などにより交流電流の振幅が減衰することが問題となる. この問題に対しても同様の機構を用い, キャパシタ電圧のピーク時に電圧を印加するという手法で解決している(振幅制御). このような制御方式は一般的ではなく, また超電導コイルを用いた共振回路も一般的ではないため, 実際に超電導コイルを用いて共振回路を構成し実験を行った. 実験結果より位相/振幅制御の動作を確認し, また位相/振幅制御の数値シミュレーションモデルの妥当性を確認した.

 第5章では, 共振回路と位相制御回路の物理モデルをシミュレータに組み込み, 提案方式を総括するシミュレーションにより評価を行なっている.

シミュレーション結果より, 提案方式が成立するために必要な駆動回路の性能を明らかにした. さらに, 実験で用いた位相制御回路とシミュレータを結合し, シミュレーション内の衛星のコイル駆動に関する物理モデルを, 実際のハードウェアに置き換えたハードウェアインザーループ試験により評価を行った. 衛星搭載時の使用に極めて近い状態を実現しているモデルをシミュレーションループ内に含むこのような試験より, 相対位置制御が成立するという結果を得られたことから, 提案方式の実用性を示すことができた.

 以上のように, 本論文では磁気力を用いた衛星フォーメーションフライトの相対位置制御方式に関して論じたものである. これより, 地磁場の影響を排除するためのコイル交流駆動の必要性を提示し, 交流磁気モーメント間の位相差に基づく相対位置制御の精度と, 制御器の性能およびコイル駆動周波数との関係を明らかにした. また, 交流磁気モーメントの位相を制御する手法を提案し, 行なった実験より駆動回路の特性などについて有益な情報を得ることができた. これらの結果より, 提案する磁気フォーメーションフライト実現のための可能性を示すことができたと考えられる.

図1. 超電導コイルを搭載した衛星によるフォーメーションフライトの概念図: 本研究ではコイルをz軸に1つ搭載したターゲット衛星と, コイルを3軸に搭載したチェイサー衛星の2衛星から構成されるミッションを想定している.

図2. ミッション諸元を衛星高度を600 km, 相対距離を10 mとし, 2衛星の主機能部重量をそれぞれ100 kgとして求めたミッション期間に対する衛星総重量の特性: スラスタ方式は点線で比推力$I_{sp}$(推進剤の効率)毎に3つの特性を, 提案方式は実線で特性を示す. ミッション期間が長くなるほど, 重量の観点から提案方式に優位性があることがわかる.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「超電導コイルを用いたフォーメーションフライト衛星の相対位置制御」と題し、地球近傍軌道でのフォーメーションフライト衛星の相対位置制御において、衛星搭載の超電導コイルにより衛星間に働く磁気力を、地磁場による姿勢外乱の影響を回避しつつ利用するコイル交流駆による動制御方式を新たに提案したものである。衛星相互の交流電流間の位相差に基づいた相対位置制御系の設計、交流電流の位相を変化させる位相制御回路の提案を行い、超電導コイルを用いた実験により位相制御回路の性能を確認し、設計した相対位置制御系を衛星シミュレータに組み込み、さらに実験で用いた位相制御回路をシミュレーションループ内に含むハードウェア・イン・ザ・ループ実験により、提案方式を検証したものであり、7章で構成される。

 第1章は序論であり、研究の背景、目的、論文の構成などを述べている。

 第2章では、衛星フォーメーションの軌道力学的な解析を行い、必要な制御力の定式化を行っている。従来から相対位置制御のために必要とされてきた電気推進機関を用いた場合の推進剤の量を評価し、ミッション期間を長期間にとる場合には、推進燃料重量が非現実な値になることを示している。

 第3章ではフォーメーションフライト衛星に超電導コイルを搭載し,コイル間に発生する磁気力により相対位置制御を行う方式を提案している。この方式の最大の利点は,原理的にミッション期間が制限されないことであり、仮定した近地球軌道ミッションを数年以上行なう場合,総重量の観点から推進機関を用いる方式に対して提案方式に優位性があることを示している。本論文で想定しているフォーメーションフライトミッションでは衛星間距離は数10m程度であり、このような距離で必要な磁気力を発生させる超電導コイルを有する衛星には、地磁場の影響により、通常の姿勢制御能力をはるかに超えた外乱磁気トルクが発生する。既存の姿勢制御機器でこのような外乱トルクを長時間抑制することは現実的ではなく、本論文では、このような問題に対し、コイルを交流駆動することにより地磁場の長期的な影響を排除しつつ、磁気力を交流磁気モーメント間の位相差により制御することを提案している。

 第4章では,交流位相差に基づいたフォーメーションフライト相対位置制御系の設計について述べている。制御設計では、係数図法で設計された相対位置制御器のチューニングパラメータと制御誤差の関係、および交流磁気モーメントの駆動周波数と制御誤差の関係を明らかにした。また、設計した制御系の性能を確認するために行ったシミュレーションの結果から、設計時に見積もった精度で相対位置が制御できることが示されている。

 第5章では、超電導コイルを励磁する交流電流の位相を制御する方法について検討している。本論文では、超電導コイルとキャパシタで共振回路を構成し、共振電流をコイルの励磁電流としている。このような駆動回路に対して、共振回路に外部からインパルス的に電流を注入することで効率よく共振回路の振幅と位相を制御する方法を提案し、その位相制御回路の定式化を行い、数値シミュレーションを実施している。さらに、実際の超電導コイルを用いて共振回路を構成し実験を行い、シミュレーションと実験の良い一致がみられたことが述べられている。

 第6章では、共振回路と位相制御回路の物理モデルを、軌道運動を考慮したフォーメーションフライトのクローズドループシミュレーションソフトウェアに組み込み、提案方式の総括評価を行ない、提案方式が成立するために必要な駆動回路の性能を明らかにしている。さらに、実験で用いた位相制御回路ハードウェアをシミュレーションソフトウェアに結合し、シミュレーション内の衛星のコイル駆動に関する物理モデルを実際のハードウェアに置き換えたハードウェア・イン・ザ・ループ試験により提案手法の評価を行っている。衛星搭載時に極めて近い状態を実現しているモデルをシミュレーションループ内に含む試験において相対位置制御が成立するという結果を得られたことにより,本提案方式の実用性を示している。

 第7章は結論であり、本論文をまとめ、研究の成果について総括している。

 以上これを要するに、本論文は、地球近傍領域での磁気力を用いた衛星フォーメーションフライトの相対位置制御方式に関して論じたものである。地磁場の影響を排除するための超電導コイル交流駆動の必要性を提示し、交流磁気モーメント間の位相差に基づく相対位置制御の精度と、制御器の性能およびコイル駆動周波数との関係を明らかにした。また、交流磁気モーメントの位相を制御する手法を提案し、超電導コイルを用いた実験により駆動回路の特性などについて有益な情報を得ることができた。これらの結果より、提案する磁気フォーメーションフライト実現可能性を検証したものであり、宇宙工学、電子工学上貢献するところが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/43700