学位論文要旨



No 122294
著者(漢字) 前田,崇
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,タカシ
標題(和) マイクロ波衛星観測データ解析システムの構築とそれに基づく地震・火山噴火探知の研究
標題(洋)
報告番号 122294
報告番号 甲22294
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6499号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 大津,元一
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 齋藤,宏文
内容要旨 要旨を表示する

1. 本研究の目的

 我々の研究室では、実験室環境で岩石を静圧破壊した際に、マイクロ波(300MHz,2GHz,22GHz)が放射されることを世界で初めて確認した。この実験結果は、岩石の破壊を伴う自然現象である火山噴火や地震の際にも同様の現象が起こっていることを示唆している。特に地震については、地震に関連して各種電磁放射が観測されたという報告は多数あるものの、その電磁放射の発生が実験的に示されているものは少ない。

 このような状況の中、我々の研究室では岩石破壊実験の結果に基づいて、実際の地震に伴う岩石破壊でどの程度のマイクロ波が放射されるのかについてモデルを構築し、そのマイクロ波を衛星で検出可能という検討結果を得た。本研究では、実際に運用されている衛星に搭載されたマイクロ波受信機のデータを解析することによって、地震関連マイクロ波の抽出を試み、この検討結果の妥当性を検証することを第一の目的とする。

 ところで、一般に衛星によって得られたデータは規模が非常に大きいためコンピュータによって解析される。従来であれば、システム構成は非常に複雑となり、時間的、経済的に高い開発コストを要した。しかしながら、昨今のコンピュータ技術の飛躍的な進歩を考慮すると、衛星データ解析システムをパーソナルコンピュータ上にオープンソース、ライセンスフリーのソフトウェアで構築しても高度なデータ処理を実現することは可能である。しかも、このシステムの開発コストは劇的に抑えられる。本研究では、この思想の実践を通して、低コストで高度なデータ処理を行う衛星データ解析システムを構築することを第二の目的とする。

2. 本研究の背景

 論文ではまず初めに、本研究の背景となっている地震に関連する電磁放射(地震電磁気現象)研究の現状を述べる。現在行われている地震電磁気現象の研究は、主に、地電位差観測、ULF(300Hz〜3kHz)帯における地磁気観測、VLF(3〜30kHz)〜HF(3〜30MHz)帯の自然電磁放射観測、電離圏擾乱観測の4つの系統に分類できる。いずれの系統においても、ケーススタディとして、観測結果と地震との因果関係を主張している研究は多くある。しかし、複数の研究で得られた結果を連携させて、地震電磁気現象を統一的に理解するには程遠い状況にある。その原因の一つとして、地震電磁気現象のメカニズム(電磁放射が発現するメカニズム、電磁放射が電離圏を擾乱させるメカニズム)にまだまだ不明点が多いことが挙げられる。このため、最近はメカニズムを説明するための種々のモデルが提案されるようにはなっているが、どれも仮説の域を出ず、確証を得るには至っていない。

 また、地震は発生場所の予測が困難であるため、地震電磁気現象の観測には地球全体を観測領域とする人工衛星が用いられることも多い。ただ、従来の衛星観測では取り扱っている周波数が低い(VLF帯以下)ため、地震に関連する電磁放射を直接観測するのではなく、その放射による電離圏の擾乱を観測しているという意味合いが強い。電離圏の擾乱もまた、まだ完全に理解された現象ではない。すなわち、全く理解できていない地震電磁気現象を、完全に理解できていない電離圏の擾乱を通して観測していることになってしまっているため、観測結果と地震との因果関係の不確実性は、地上観測よりも更に増大してしまうことになってしまっている。ただ、従来の地震電磁気現象の衛星観測で取り扱われてきた周波数帯が比較的低いということにも一応の理由はある。それは、地中で発現する地震関連の電磁放射が地表面まで伝搬するには、表皮効果の問題から低い周波数帯の電磁波の方が有利だと考えられてきたからである。

 一方、航空機や人工衛星などに搭載したセンサを用いて観測対象物から放射される微弱な電磁波を捉え、観測対象物に関する様々な情報を得るリモートセンシングなる技術がある。人工衛星でリモートセンシングを行う場合は、VHF(30〜300MHz)〜マイクロ波(300MHz〜30GHz)〜ミリ波(30〜300GHz)帯の電波(電波の窓)、あるいは可視・赤外域(光の窓)の電磁波を用いるため、電離圏よりも下の領域で起こった現象を直接観測できる。すなわち、地震電磁気現象の観測に人工衛星によるリモートセンシングが応用できれば、地球全体にわたって、地震に関連する電磁放射を直接観測することが可能になる。既に我々の研究室で行った実験で、岩石を静圧破壊した際に、マイクロ波が放射されることが確認され、実験結果を踏まえて構築したモデルによって地中で発現した地震関連マイクロ波が、衛星でも検出可能であるという結果が得られている。ここに、衛星観測で得られたマイクロ波のデータを用いて地震電磁気現象を捉える環境が整った。

3. 科学衛星Sバンド受信系データの解析

 まず我々は、(独)宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部(ISAS)が過去に打ち上げた複数の科学衛星に搭載されているSバンド(2GHz帯)受信機の受信レベルデータを解析するシステムを構築した。この受信機は本来、地上局との通信のために供されるが、受信機は衛星が打ち上げられてから運用が終了するまで稼動し続けているため、地上局との通信を行っていない間に地震関連マイクロ波が受信されている可能性がある。データ解析の結果、いくつかの地震に関連するとして切り出された受信レベルデータの中に、地上局との通信時とは明らかに異なる変化を示すものが見出された。この変化の原因を追求するには更に深い解析を要するが、通信機器として求められる性能(狭帯域、広いビーム幅)が観測機器として求められる性能とは相反していることもあり、それも現時点では困難である。このため、現時点ではデータ解析結果から地震との直接的な因果関係を認めるには至っていない。

4. マイクロ波放射計AMSR-E観測データの解析

 一方、リモートセンシング衛星Aquaに搭載のマイクロ波放射計AMSR-Eが(独)宇宙航空研究開発機構地球観測研究センター(EORC)によって運用されている。AMSR-Eはれっきとした観測機器であり、AMSR-Eによって観測される周波数帯には岩石破壊実験でマイクロ波が観測された周波数帯が含まれている。このことから我々は、解析の軸足を測定機器であるAMSR-Eのデータ解析に移し、そのためのシステムを構築した。

 AMSR-Eデータの解析にあたっては、より効率的に地震関連マイクロ波の検出を図るために、前出の解析よりも明確な方針の下で解析を進めた。その方針とは以下の3つである。

 1. マグニチュードがより大きく、より浅い陸地を震源とする地震を優先的に解析する。

 2. 夜間(降交軌道時)に観測されたデータを選択的に抽出する。

 3. 地震関連マイクロ波が検出される可能性が最も高い周波数帯(18.7GHz)を重点的に解析する。

地震関連マイクロ波を衛星で検出しようとする場合の最大の不確定要素は地中でのマイクロ波の減衰である。1の解析方針によって、この不確定要素が観測データに及ぼす影響をできる限り抑える。また、昼間の観測データには地表面で反射した太陽光の影響が含まれてしまう可能性が高い。このため2の解析方針によって、この影響を排除する。AMSR-Eの観測周波数は6.9、10.65、18.7、23.8、36.5、89GHzである。一方、岩石破壊実験でマイクロ波が検出された周波数は0.3、2、22GHzである。従って両者を比較すると、6.9、10.65、18.7GHzの観測データに地震関連マイクロ波が検出される可能性があることになる。ところが、6.9、10.65GHzの周波数帯は、我々の社会活動によって様々な用途(通信、放送)に広く使用されていることから、これらの観測データには強い電波干渉が含まれる場合があり、18.7GHzの観測データが最も優位である。3の解析方針はどの周波数の観測データを最初に解析するべきかを示す。

 こうして明確な解析方針を打ち立てたものの、地表面から放射されたマイクロ波は、AMSR-Eに届くまでの間に様々な自然現象(土壌水分、雲水、降水など)の影響を受けて観測データが揺らいでしまうため、実際にAMSR-Eの観測データで地表面からのマイクロ波放射を推定するには、なお数々の困難があった。しかし、様々な試行錯誤の末に構築した観測データの処理方法によって、遂にいくつかの地震・火山噴火発生時にのみ、発生位置近傍で見られる観測データの特徴抽出に成功した。このデータ処理方法は、従来のリモートセンシングであまり取り扱われてこなかった陸域からの放射の局所的な変化を捉えることができ、リモートセンシング技術の更なる発展にも寄与するものだと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「マイクロ波衛星観測データ解析システムの構築とそれに基づく地震・火山噴火探知の研究」と題し、岩石破壊に起因するマイクロ波放射現象の発見を踏まえ、実際に運用されている人工衛星搭載マイクロ波放射計データを解析するシステムの構築によって、地震・火山噴火によって発生するマイクロ波の特徴を抽出し、さらに人工衛星による地震・火山噴火検出システムの検討を行うもので、7章より成る。

 第1章「序論」では、本研究の背景と目的を述べている。自然災害を探知・予知することに対する社会的な要請は大きい。それに対し、世界で初めて実験的に確認された岩石破壊に起因するマイクロ波放射現象によって、地震や火山噴火といった岩石破壊を伴う自然現象においても同様のマイクロ波が放射されていることが示唆される。本研究ではこれらの状況を踏まえ、人工衛星搭載マイクロ波受信機のデータから地震・火山噴火に伴うマイクロ波放射の特徴を抽出することを目的としている。また、本研究の流れ、および本論文の構成を述べている。

 第2章「地震電磁気現象研究の現状」では、地震に関連する電磁放射(地震電磁気現象)研究の現状を述べている。従来の地震電磁気現象研究には、ケーススタディとして、観測結果と地震との因果関係を主張するものが多くある。しかし、観測結果の背後にある物理現象を説明できないため、複数の研究で得られた結果を連携させて、地震電磁気現象を統一的に理解するには程遠い状況にある。

 第3章「リモートセンシング」では、輝度温度を観測値として用いるマイクロ波放射計の測定原理と、マイクロ波放射計の観測データに見られる一般的な特徴を観測対象別にまとめている。従来のマイクロ波リモートセンシング分野では、陸域の局所的な輝度温度変化を捉える試みはほとんど行われていない。

 第4章「岩石破壊に伴うマイクロ波放射現象」では、岩石破壊実験の概要と実験結果、そしてこの実験結果を踏まえ、人工衛星による地震関連マイクロ波の検出可能性を検討している。検討の結果、地中が単一組成で水分を含まないと仮定した場合、震源の深さ10km、マグニチュード4程度の地震でも衛星によるマイクロ波放射の検出が可能であることが示された。また、このマイクロ波による輝度温度の増分は数K程度と見積もられることが示された。

 第5章「マイクロ波放射計AMSR-E輝度温度データの解析」では、リモートセンシング衛星Aquaに搭載のマイクロ波放射計AMSR-Eのデータ解析による地震関連マイクロ波の特徴抽出について述べている。地表面から放射されたマイクロ波は、AMSR-Eに届くまでの間に様々な自然現象の影響を受けて観測データが揺らぐ。しかしながら、この変動要因の影響を同一視できる近接した2つの観測点(着目点と基準点)の差分輝度温度を求めることにより、地中からの放射の差を取り出せると考えられる。この観点に立ち、観測データの内挿法を開発した。この方法を適用すると、観測機器本来のサンプリング間隔に左右されることなく、任意の分解能で測定データの分布を取得することができる。この上で、着目点と基準点の距離(なす角)を0.05°とすることによって、モロッコで発生した地震について、地震に関連したマイクロ波放射の特徴抽出に成功した。また、ここで開発した手法をエクアドルで発生した火山噴火やそのほかの地震に適用した場合にも、現象の発生に際してのみ見られる特徴抽出に成功した。本研究で開発したこのデータ処理方法は、従来のリモートセンシングで取り扱われてこなかった陸域からの放射の局所的かつ微小な変化を捉えることができ、リモートセンシング技術の更なる発展にも寄与するものである。本データの解析を行う過程で、高速処理を実現するために複数の計算機による並列処理が行われている。

 第6章「科学衛星Sバンド受信系データの解析」では、ISASが過去に打ち上げた複数の科学衛星に搭載されているSバンド(2GHz帯)受信機の受信レベルデータから地震関連マイクロ波を抽出することについて述べている。この受信機は本来、地上局との通信のために供されるが、地上局から上り回線を送信していない間に地震関連マイクロ波が受信されている可能性がある。そのため、任意時刻における衛星直下点を導出するための新しい手法、震央が衛星から可視となる区間を切り出す手法を開発した。データ解析の結果、まず、受信機の温度特性の変化に起因すると考えられる0.2dBm程度のわずかな変化を伴う応答が観測された。また、グアムで発生した地震に関連するとして切り出された受信レベルデータの中に、強いパルス状の変化を示すものが見出された。ところが、このパルス状の変化は広大な領域で観測され、時間とともに地球を半周していることが明らかになった。このような応答の原因は追求しなかったが、人工衛星が地上局との通信を行っていない間に、Sバンド受信機が示す異常状態が明らかになった。

 上記の内容全体を、第7章でまとめている。

 以上これを要するに本論文は、衛星搭載のマイクロ波放射計の解析データから地震・火山噴火に関連するマイクロ波の特徴抽出に適したデータ処理法と、それに合わせたハードウェア・ソフトウェアの設計方法を確立し、抽出された特徴を詳細に解析して、地震・火山噴火検出システムの可能性を示し、リモートセンシングや宇宙通信工学を中心とする電気工学あるいは情報工学に貢献し、さらに宇宙工学や地震・火山学への波及効果も少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/43687