学位論文要旨



No 122299
著者(漢字) 後藤,剛史
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,タケシ
標題(和) ペロブスカイト型マンガン酸化物における巨大電気磁気効果
標題(洋)
報告番号 122299
報告番号 甲22299
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6504号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 教授 樽茶,清悟
 東京大学 教授 永長,直人
 東京大学 教授 鹿野田,一司
 東京大学 助教授 求,幸年
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

 空間反転対称性Iと時間反転対称性Rが共に破れた系においては、通常電場で制御する電気分極を磁場で、磁場で制御する磁化を電場で制御できる。これを電気磁気効果(Magneto-electric effect, ME効果)と呼ぶ。1894年にP. Curie によって提唱されたこの効果は、実験的な確証もないことから長い間人々から忘れ去られていた。ところが、1959年にDzyaloshinskiiによって、Cr2O3でこの効果が起こることが予測され、翌年にAstrovによって実際に観測されて以降、多くの物質でこの効果が観測されるようになった。さて、近年においては、以上に示した電気磁気効果とは振る舞いが異なる、「新規な電気磁気効果」が発見されている。この新規な電気磁気効果の本質は「相転移現象」である。そして、この効果も多くの物質において見出されようとしている。

 近年、我々はペロブスカイト型マンガン酸化物RMnO3(Rは希土類元素)がこの新規な電気磁気効果を示すことを発見した。ここでRMnO3の研究背景を述べる。ペロブスカイト型マンガン酸化物RMnO3(R=La-Ho)は、MnO2面内において最近接サイト間の強磁性的な相互作用と,希土類イオンのイオン半径が小さくなるほど顕著になる第二近接サイト間の反強磁性的な相互作用とが競合している系(図1)であり、その結果R=Eu-Hoにおいて、Mnスピンの非整合相が現れる。その変調軸はb軸である。そして、図2に示したように、基底状態はR=La-GdにおいてA型反強磁性、R=Tb,Dyにおいてサイン波的な反強磁性、R=HoにおいてはE型反強磁性となっている。また、この系では中性子線回折(Mnスピン)と放射光X線回折(格子)による変調波数の測定結果から格子の変調波数がMnの磁気変調波数の2倍になっていることが分かっており、スピンと格子の相関の強さが示唆される。我々は、そのようなスピンと格子の相関が強いという特徴に目をつけ、RMnO3を電気磁気効果の研究対象とした。

 本研究の目的は、この系における電気磁気効果を詳細に調べ、そしてその機構について考察することである。

第2章 実験方法

 本研究に用いた試料はすべてフローティングゾーン法(FZ法)によって単結晶育成されたものである。誘電率はLCR meterで測定した。分極はelectrometerで得られた焦電流を時間積算して分極値としている。磁化はPPMSの磁化オプションで測定した。中性子線回折は原研機構東海研究所JRR-3のFONDERを用いて測定。磁気構造解析は東北大学多元研の有馬氏に行っていただいた。放射光X線回折は3つのビームラインを用いている。磁場を印加しない場合はKEK PF BL-4C、磁場を散乱面に垂直に印加する場合はKEK PF BL-16A1、磁場を散乱面内に印加する場合はSPring8 BL-22XUで行っている。この系の場合、変調軸がb軸なのでb軸が主に散乱面にあり、その結果、磁場をa軸またはc軸に印加する場合はPF BL-16A1 、b軸に印加する場合はSPring8 BL-22XUで行った。

第3章 電気磁気相図と巨大電気磁気効果

母物質における零磁場での電気磁気相図

図3はTbMnO3の磁化、誘電率、分極の温度変化である。3つの物性の異常を示す温度が対応しており、「磁性と誘電性に相関がある」のが分かる。この結果を受けてR=Eu-Dyまで調べてみたところ、図4に示すように、青で塗られた相がc軸に分極を持つ強誘電相であることが分かった。

TbMnO3における磁場誘起分極フロップ及び消失効果

 TbMnO3は零磁場においてc軸方向に強誘電分極を示すが、磁場効果も興味深い結果が得られた。

 a軸または、b軸に磁場を印加すると、c軸の分極が消え、代わりにa軸の分極が現れる「フロップ現象」を示すことがわかった。図4はb軸に磁場を印加したときの分極の振る舞いである。

 c軸に磁場を印加すると、高磁場(>7T)で分極が消失し常誘電相に転移することが分かった。相転移するのに合わせて磁化が立ち上がり、また、高磁場の誘電率の振る舞いがA型反強磁性の基底状態を持つEuMnO3,GdMnO3と似ていることから、TbMnO3はc軸に磁場を印加するとA型反強磁性に相転移すると考えている。

 以上のように磁場を印加する方向で分極の振る舞いが異なることが分かった。

DyMnO3における巨大電気磁気応答

DyMnO3は零磁場でc軸方向に分極を持つ。a軸、またはb軸に磁場を印加すると、TbMnO3と同様に、Pc→Paの分極フロップ現象が見られることが分かった。さらに、相転移する際、誘電率の発散が見られるが、a軸方向の誘電率は零磁場のときと比べて最大で500%も誘電率が増大することが分かった。

またc軸に関しては、磁場効果は特になかった。

GdMnO3における磁場誘起強誘電相転移

GdMnO3は零磁場では常誘電相(A型反強磁性相)であるが、b軸に磁場を印加したときのみa軸方向に分極が現れることが分かった。他のa軸またはc軸に印加しても新たな相が現れなかった。

固溶系(Tb,Gd)MnO3における多重臨界と電気磁気相制御

GdMnO3とTbMnO3の基底状態の相を比較する。GdMnO3は常誘電相(P=0)で寄生強磁性相(M//c)である。一方TbMnO3は強誘電相(P//c)で磁化を示さない(M=0)。更に、TbMnO3はc軸に磁場を印加すると高磁場(H>7T)でGdMnO3の基底状態に相転移する。以上のことから、固溶系(Tb,Gd)MnO3を作製し、相境界近傍まで近づければ、小さな摂動(磁場)で相転移が可能になると予想した。その結果、A型反強磁性相とP//c相の間に新たな相(P//a相)が存在することがわかり、更に磁場を印加するとTbMnO3よりも小さい磁場(H〜0.5T)で常誘電相に相転移することが分かった。また、GdとMnの磁気モーメントが反強磁性的にカップルすることから、外部磁場とGdモーメントからの内部磁場とが拮抗し、実効磁場から複雑な相転移をすることが分かった。

第4章 変調磁気構造の中性子・X線回折

磁気変調と格子変調の関連

この系においては、格子変調波数q(lat)と磁気変調波数q(mag)の関係が「q(lat)=2q(mag)」の関係にあることがわかっている。これは、MnモーメントSi,Sjによって作られる局所的な分極〓(〓)が〓(〓)=A〓ij×(〓i×〓j)であることに起因する。ここでe(ij)はモーメントのサイトを結ぶベクトルである。(左の式よりコニカルな場合は、q(lat)=q(mag)になる。)

(Tb,Dy)MnO3の横スパイラル磁気構造と強誘電性

P//c相とその上の常誘電相の磁気構造を調べるため、ほぼ3倍周期の磁気変調を示すTb(0.41)Dy(0.59)MnO3という組成を作製し、磁気構造解析を行った。その結果、強誘電相ではノンコリニア、常誘電相ではコリニアな磁気構造になることが分かった。

変調波数の磁場変化

強誘電相は長周期構造が関連する。その指標である格子変調の波数を各電気磁気相で放射光X線回折を用いて調べた。

・DyMnO3 H//b, H//a

この設定では、P//a相に転移しても変調波数は非整合のままであった。

・GdMnO3,TbMnO3,TbGdMnO3 H//b

これらの組成で見られるP//a相ではq(lat)=0.5という整合波数を示すことがわかった。

・TbMnO3 H//c

変調反射がほぼ消えた。この結果はA型反強磁性相に相転移するという考えを支持するものである。

第5章 総合討論

・この系の強誘電相では常に変調波数が観測されていることから、この系における強誘電分極は長周期磁気秩序が関連するものと思われる。

・現在著者が知る、理論的に提唱されている分極の発現機構は以下の二種類である。

 1. Dzialoshinskii-Moriya相互作用に起因する横スパイラル磁気構造が現れることで分極が発現する機構。この機構の特徴は、変調波数が整合でも非整合でも構わないということ。

 2. Goodenough-Kanamori則に起因するコリニアな磁気構造から分極が発現する機構。この機構の特徴は、変調波数が整合でないといけないということ。

・Tb(0.41)Dy(0.59)MnO3の磁気構造解析では、コリニアな磁気構造からノンコリニアな磁気構造になることで分極が発現していることを明らかにした。この結果は、前の箇条に掲げた機構のうち1.を実験的に支持していることになる。

・ただし、GdMnO3,TbMnO3,(Tb,Gd)MnO3におけるP//a相に転移する場合は格子の変調波数がq=0.5にロックするので、この場合は2.の可能性も考慮する必要がある。

第6章 結論

・RMnO3系において様々な電気磁気相を発見した。

・この系の分極の起源がコリニアからノンコリニアになることで分極が現れることを実験的に明らかにした。ただし、変調波数が整合の場合は他の機構の可能性もある。

図1 磁気フラストレーション

図2 RMnO3の磁気相図

図3 諸物性の温度変化

図4 RMnO3の電気磁気相図

図5 分極のフロップ現象(H//b)

図6 磁気構造の変化と分極の発現

審査要旨 要旨を表示する

通常、分極は電場によって制御され、磁化は磁場によって制御される。誘電性と磁性を共に有する系では、分極を磁場で、磁化を電場で制御できる可能性があり、これは電気磁気効果と呼ばれる。この効果の巨大化は、固体中の磁気-電気現象の相互制御という固体物理学の基本問題としてだけでなく、磁化の電気的制御を目指すスピントロニクスにおいても重要な課題である。本論文では、ペロブスカイト型マンガン酸化物RMnO3(Rは希土類元素)で観測される強誘電性が、Mnスピンの長周期秩序によって誘起されることを実証し、磁場による磁気構造変化を通じて、巨大電気磁気効果が発現することを観測した。本論文は6章と4つの附章からなる。

 第1章では、研究背景として、電気磁気効果と本研究の舞台となるペロブスカイト型マンガン酸化物RMnO3について説明している。

 第2章では、実験に用いた試料の作製および加工の方法、磁化、誘電率、分極の測定方法、零磁場もしくは磁場下での放射光X線を用いた回折実験法、中性子回折実験と磁気構造解析の実験方法について述べている。

 第3章から第5章にかけて、実験結果とそれに関する議論・考察が述べられている。

 第3章では、RMnO3における電気磁気効果の詳細を述べている。TbMnO3, DyMnO3において、零磁場ではc軸方向に自発分極を持つが、a軸またはb軸に磁場を印加するとc軸の分極が消え、代わりにa軸から分極が現れるという分極フロップ現象が見られた。特に、DyMnO3では相転移に伴うa軸方向の誘電率の増加分が零磁場での誘電率に対して500%もある巨大誘電応答を示すことを見出した。また、TbMnO3ではc軸に磁場を印加するとc軸の分極の消失効果が観測された。この消失効果の原因は高磁場下でA型反強磁性相に相転移によると同定された。その他、種々のRMnO3(R=Gd, Tb(1-x)Gdx)についても、相競合による巨大な電気磁気効果が出現することを明らかにした。

 第4章では、中性子回折を用いての磁気構造解析結果、磁気変調と格子変調の関連、放射光X線回折による格子変調反射の観測結果を示し、考察している。整合周期(3倍周期)の磁気変調を持つTb(0.41)Dy(0.59)MnO3を準備し、この磁気構造解析から、共線-非共線スピン構造転移によって分極が発現していることを明らかにした。次に、放射光X線回折によりMnの磁気変調波数qMnと格子変調波数q(lat)の間にq(lat)=2q(Mn)の関係があることを確立した。GdMnO3, TbMnO3, Tb(0.3)Gd(0.7)MnO3におけるa軸方向に分極を持つ強誘電相(P//a相)で格子変調反射を測定したところ共通してq(lat)=1/2を示した。これらのP//a相は磁場下での電気磁気相図で連続しており、同一の起源による強誘電相である可能性が高いことが示された。一方、DyMnO3におけるP//a相では、P//c相と格子変調波数が非整合のまま、ほとんど変化せずに、相転移することを観測した。このような揺らぎの大きい相転移が巨大誘電応答の原因となっていると指摘している。

 第5章では第3章と第4章で述べた実験結果について、最新の理論をもとに総合的な議論を行っている。この系における分極はP//cまたはP//aであり、b軸方向に変調を持つ長周期磁気秩序に起因している。長周期磁気秩序に起因する分極発現機構は2つあり、一つはInverse Dzyaloshinsky-Moriya相互作用(Inverse-DMと略す)によるものである。これは、横スパイラル磁気構造がDM相互作用を介して格子を歪ませ分極を生じさせるもので、変調波数によらないという特徴がある。もう一つはInverse Goodenough-Kanamori則(Inverse-GKと略す)によるもので、反強的軌道秩序を示す最近接サイト間では強磁性的相互作用が好まれることに起因するものである。これによって得られる分極はP//aであり、変調波数も偶数倍周期の磁気構造のみに現れる。Tb(0.41)Dy(0.59)MnO3における磁気構造解析によって明らかとなった共線-非共線転移に伴うP//cの分極発現はInverse-DMを支持する。また、現在知られている強誘電分極のうち、GdMnO3, TbMnO3, Tb(0.3)Gd(0.7)MnO3, Eu(0.7)Y(0.3)MnO3 におけるP//aはInverse-GKの条件を満たしており、この可能性を考慮に入れる必要がある。第5章の後半では分極フロップの起源について推論を交えて、考察している。

 第6章では、本研究で得られた成果をまとめている。

 以上をまとめると、本論文ではペロブスカイト型マンガン酸化物RMnO3における巨大電気磁気効果の詳細を示し、回折実験によってその機構を調べた。この系の分極はMnスピンの長周期磁気秩序に起因しており、これの磁場変化が巨大電気磁気効果の原因となっていることを明らかにした。本論文の研究により、磁性強誘電体に対する理解が進展し、今後の磁性と誘電性の結合に関する科学と物性工学へ寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク