学位論文要旨



No 122303
著者(漢字) 宮里,卓郎
著者(英字)
著者(カナ) ミヤサト,タクロウ
標題(和) 遍歴強磁性体の異常ホール効果と異常ネルンスト効果
標題(洋)
報告番号 122303
報告番号 甲22303
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6508号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 朝光,敦
 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 教授 永長,直人
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
内容要旨 要旨を表示する

 ホール効果は物質に電流を流し、それに垂直に磁場をかけると電流・磁場両方向に対し垂直に電圧が現れるというもので、半導体などではキャリア数を出すために用いられる。ここで物質が強磁性体である場合、TC(常磁性-強磁性転位温度)以下で、自発磁化に起因したホール効果が現れ、異常ホール効果として知られている。この現象はしばしば次の式において実験データが分析される。 ρH=R0B+4πRSM ここでB,Mはそれぞれ付加した磁場と自発磁化である。この式の最初の項は正常ホール効果でローレンツ力によるもので、R0は正常ホール定数である。第二項は異常ホール効果を示し、RSは異常ホール定数となる。この式に従うと異常ホール効果は磁化に比例しなければならない。しかしほとんどの物質における異常ホール効果は磁化に比例しておらず、定性的にも定量的にもこの式は成り立たない。この異常ホール効果の起源は大変興味をもたれており、半世紀以上も議論され続けている。その理論のほとんどはskew scattering(ρ(yx)∝ρ(xx))やside-jump(ρ(yx)∝ρ2(xx))などを含んだextrinsicな機構を起源としている。さらに、異常ホール抵抗率ρ(yx)の大きさは不純物の散乱強度や密度などによると考えられている。これらのextrinsicな寄与とは対照的に、近年、いくつかの仕事で異常ホール効果の起源はBlock電子におけるBerry位相という新しい見識によりintrinsicの寄与によると提案された。この理論は、異常ホール効果の起源は、量子ホール効果と同様に占有状態におけるBerry phase curvatureの和によって与えられるというものである。さらにいくつかのグループはBerry phase scinerioに従った第一原理計算により強磁性半導体、遷移金属、酸化物の異常ホール伝導度σ(xy)を評価して、実験値をよく再現している [1]。

 このように異常ホール効果の起源についてはintrinsicな寄与、またはextrinsicな寄与など様々な理論的解釈が提案されているが、未だにその議論は収束していない。そこで本研究では半世紀以上にもわたり議論され続けてきた異常ホール効果の起源について、intrinsicな寄与によるものかextrinsicな寄与によるものなのかを明らかにすること、そして、異常ホール効果と同様の交差相関の現象であり、異常ホール効果と大変関係が深いと考えられる異常ネルンスト効果について、その振舞いを明らかにし、さらに異常ネルンスト効果を解析することを通じて、異常ホール効果の起源について更なる情報を得ることを目的とした。

 そこで本研究では遍歴強磁性体であるFe, Co, Ni, Gdなどの純金属やSrRuO3, La(1-x)SrxCoO3などの酸化物、カルコゲナイト化合物Cu(1-x)ZnxCrSe4、の異常ホール効果、異常Nernst効果を測定し、総合的に理論との比較を行った。

 それぞれの物質の異常ホール伝導度σ(xy)を温度に対してプロットすると、低温で急激に発散したり、符号が逆転したりと一見全く異なる振舞いを示す。しかし、基底状態(磁化が十分飽和した領域)のデータ、つまり、純金属では室温以下すべての温度、酸化物、カルコゲナイト化合物では最低温の異常ホール伝導率σ(xy)のみを抜き出して伝導率σ(xx)に対してプロットすると大変興味深い振る舞いが明らかになる。図1に異常ホール伝導率の絶対値|σ(xy)|の伝導率σ(xx)依存性を示す。図1を見ると物質に関係なくσ(xy)はユニバーサルな曲線を描いていることが分かる。また三つの領域の振る舞いに分類できることが分かる。それはσ(xx)<104S/cmで|σ(xy)|∝σ(xx)1.6となり、104S/cm<σ(xx)<106で|σ(xy)|=const.となり、106S/cm<σ(xx)で|σ(xy)|∝σ(xx)という三領域の振舞いである。

 このような振舞いは最近、共同研究を行った小野田らにより提案されたextrinsicな寄与そしてintrinsicな寄与、両方を取り入れた厳密な計算で説明できることが分かった。

 まずσ(xx)=104〜106S/cmの中間領域、物質で言うとSrRuO3や純金属では|σ(xy)|〜1000S/cmでσ(xx)に対してほとんど一定の値をとる。これはρ(xy)∝ρ(xx)2を意味する。この|σ(xy)|の大きさは、フェルミ面近傍における非断熱過程による"共鳴"異常ホール効果の理論計算によるorder、e2/ha〜103S/cm(a:格子定数)と矛盾しない。この共鳴異常ホール効果はintrinsicな寄与によるものであるが、これに対してskewやside jumpなどのextrinsicな寄与はこの領域ではe2/haに対して十分小さいので無視できる。このためこのプラトーな領域ではintrinsicな寄与が支配的であるとみなせる。

 次にσ(xx)>106S/cmの十分cleanな領域、物質で言うとFeやCoの低温部分では|σ(xy)|は物質により異なっているよう見える。古典的ボルツマン輸送方程式に従うと、不純物散乱はskewnessやside jumpを通して異常ホール伝導率に寄与する。そしてskew散乱はclean limitにおいて|σ(xy)|∝σ(xx)で発散させる。図1を見ると実験結果と|σ(xy)|∝σ(xx)の線はわずかにずれているが、中間領域のintrinsicな領域とは振舞いは明らかに変化し、+または-へ発散している。このためcleanな極限ではextrinsic、特にskew散乱の寄与が支配的になるとみなせる。

 最後にσ(xx)<104S/cmのdirtyな領域、物質で言うとCu(1-x)ZnxCr2Se4やLa(1-x)SrxCoO3ではσ(xx)=104〜106S/cmの中間領域で見えていたintrinsicな寄与が不純物によるdampingによって抑制されるため、伝導率σ(xx)の減少とともに異常ホール伝導度|σ(xy)|も減少しており、実験的には|σ(xy)|∝σ(xx)(1.6)となっている。この指数は量子ホール効果の絶縁体領域で期待されるものである。

 このように上で示した三つのスケーリング領域の振舞いはintrinsicの寄与、extrinsicの寄与両方を取り得れた統一された理論で大変よく説明できた。[3]

 以上の結果から異常ホール効果の起源はintrinsicな寄与とextrinsicな寄与両方で説明できることがわかり、異常ホール効果の起源における長年の議論に決着をつけることに成功した。

 次に異常ネルンスト効果について述べる。Nernstの測定系は試行錯誤を繰り返しながら自作した。横ペルチエ係数α(xy)はMottの式より次の式のように表される。[2]

 ここでkBはボルツマン定数で、eは電荷、μはケミカルポテンシャルである。Tcより高温の部分から低温まで測定することができる酸化物においてα(xy)の温度依存性を見てみると、その振舞いは式(1)で説明することができる。図2にLa(1-x)SrxCoO3 (x=0.30, 0.25, 0.17)、SrRuO3におけるα(xy)と磁化の温度依存性を示す。どの物質においても同様な振舞いをしていることが見て取れる。つまりα(xy)はTc近傍から磁化に比例するような形で立ち上がり、その後ピークを持った後、低温で温度に比例して絶対零度に向けて消えていく。この振舞いを式(2)を使って理解すると、Tc近傍ではバンドの分裂によりフェルミ面近傍のバンド構造が変化することにより〓[σ(xy)(ε)]μの寄与が大きく効いてくる。そして低温では磁化の飽和に伴ない〓[σ(xy)(ε)]μの寄与が小さくなり式(2)中のTにおいて温度に比例して消えていくと考えられる。このことより強磁性の異常Nernst効果の振舞いは定性的に式(2)によって説明されることが分かった。

 さらにLa(1-x)SrxCoO3(x=0.3〜0.18)のα(xy)における定量的分析を行った。(1)式は〓[σ(xy)(ε)]μ=〓[σ(xy)(ε)]μの変形を使うことによって

と書き換えることができる。ここでγは電子比熱係数である。式変形をすることができたことより、すべての値を実験により求めることのできる量にすることができたので、比熱、キャリア数を実験で求めて右辺と左辺を独立に算出し、比較した。このとき微分dσ(xy)/dnは差分〓σ(xy)/〓nに置き換えて計算した。表1に各組成における実験データを示す。図3に両辺の関係を示す。縦軸が左辺、横軸が右辺である。図3を見ると両辺が比例関係にあることは明らかで、その傾きは0.85となっている。1からわずかにずれている理由についてはまだ分かっていないが、異常横ペルチエ係数α(xy)は少なくともLa(1-x)SrxCoO3の領域(dirtyな領域)ではMottの式に従うことが明らかになった。このことは異常ホール伝導率σ(xy)を通してネルンスト効果にもBerry phase scinerioが寄与していることを示唆している。

[1] Z. Fang, N. Nagaosa, K. S. Takahashi, A. Asamitsu, R. Mathieu, T. Ogasawara, H. Yamada, M. Kawasaki, Y. Tokura, and K. Terakura, Science 302, 92(2003); R. Mathieu, A. Asamitsu, H. Yamada, K. S. Takahashi, M. Kawasaki, Z. Fang, N. Nagaosa, and Y. Tokura, Phys. Rev. Lett. 93,016602-1(2004)[2] J. Phys. C: Solid State Phys., 10, 2153(1977)[3] S. Onoda, N. Sugimoto, and N. Nagaosa, Phys. Rev. Lett. 97, 126602(2006)

↑図1:純金属(Fe,Co,Ni,Gd)、酸化物(SrRuO3,La(1-x)SrxCoO3)、カルコゲナイト化合物(Cu(1-x)ZnxCr2Se4)における異常ホール伝導率の絶対値|σ(xy)|の抵抗率σ(xx)依存性。挿入図は小野田らの理論から得られたグラフ。

↑図2:異常横ペルチエ係数α(xy)(■)と磁化M(●)の温度依存性。それぞれ(a)La(1-x)SrxCoO3(x=0.30)(b)La(1-x)SrxCoO3(x=0.25)(c)La(1-)

xSrxCoO3(x=0.17)(d)SrRuO3。低温での直線はα(xy)の変化がTに直線的であることを示している。

↑表1=La(1-x)SrxCoO3における各組成における実験値α(xy)/T、σ(xy)、キャリア数n、電子比熱係数γ。

式(2)における左辺は連続した2つの組成のα(xy)/Tの平均値。右辺はガンマは平均値、と〓σ(xy)/〓nから求めた。

←図3:La(1-x)SrxCoO3における表1の実験データを使って独立に求めた式(2)の右辺と左辺の関係。直線は傾き0.85の原点を通った直線を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 強相関電子系においては、強磁性・高温超伝導・超巨大磁気抵抗効果など多彩な物理現象が、「電荷・スピン・軌道・格子」の自由度と電子間の様々な相互作用に由来して起こることが知られている。特に相互作用が競合している場合は、画期的な電気・磁気・光機能の発現や巨大応答およびそれらの外場による制御が可能である。さらにこのような強相関電子系は、非対角的に結合した交差相関の電子物性を発現する絶好の環境を作り出している。特に、遍歴強磁性体における異常ホール効果の起源については半世紀以上にもわたり議論がなされているが、いまだ統一的な理解が得られているとは言いがたく、また、最近になってスピンカイラリティーやバンド構造の詳細に依存した、いわゆるベリー位相機構が提唱されている。本論文は遍歴強磁性体の異常ホール効果と異常ネルンスト効果(熱ホール効果)に注目し、様々な物質においてそれらを系統的に調べその起源を明らかにしようとするものである。

 本論文は全6章よりなる。

 第1章は「序論」である。ここでは、強相関電子系における交差相関電子物性についてその背景と、何ゆえ強相関電子系なのか、何ゆえ交差相関物性なのか、ということが議論されている。また、異常ホール効果の起源についていまだ統一的な理解が得られていない現状を紹介し、本論文でそれらにある程度の終止符を打つことができたことを述べている。

 第2章は「研究背景」である。異常ホール効果に関して初期からの歴史的な経過を踏まえ、どのような機構が実験・理論的に提唱されて現在に至っているかが詳細に述べられている。また、スピンカイラリティーやベリー位相機構による現象の解釈に対して、それらの説明と最近の発展について述べられている。異常ネルンスト効果に関しては、現在までに報告例が極めて少なくその理解が進んでいないことを指摘し、現象の直感的解釈を試みている。全体として、現在までの研究背景を知るための有用なレビューであり、本論文で明らかにすべきことが簡潔にまとめられている。

 第3章は「実験方法」である。本論文で作成した酸化物試料の作成方法や物性測定方法について詳細に述べられている。特に異常ネルンスト効果についてはその測定方法が確立されているとは言いがたく、独自の工夫を加えて試料ホルダーを自作し、微小な信号に対して精度の高い測定を実現するための一連の測定方法が述べられている。

 第4章は「異常ホール効果」である。単体金属、酸化物、カルコゲナイドスピネル化合物に対する異常ホール効果の測定結果がまとめられている。これらの物質群を採用することにより、およそ5桁の範囲に渡る電気伝導率に対してその異常ホール効果の振舞を系統的に調べている。各々の物質における異常ホール伝導率の温度依存性は単純ではないが、基底状態(最低温)における異常ホール伝導率の伝導率依存性に着目し実験結果を簡潔にまとめている。その結果、dirty(damping)領域、intrinsic領域、そしてclean領域と、振舞が質的に異なる3つの領域に現象を分類し議論している。これらの振舞を最近のベリー位相機構を取り入れた理論的解釈と比較検討し、その妥当性を結論している。これらの実験結果によって、遍歴強磁性体の異常ホール効果に対して飛躍的な理解がもたらされたと考えられる。

 第5章は「異常ネルンスト効果」である。ここでは、異常ネルンスト効果の振舞をMottの関係式を用いて統一的に理解することができることを指摘している。また、(La,Sr)CoO3結晶においてMottの関係式に基づく詳細な定量的解析を行い、少なくともdirtyな領域においてはMottの関係式がよく成立しており、異常ネルンスト効果が良く理解できることを初めて実験的に示している。

 第6章はまとめと今後の展望である。

 尚、すべての詳細な実験結果が付録として添付されている。

 以上を要するに本論文は、遍歴強磁性体における異常ホール効果と異常ネルンスト効果の物理的起源に関してベリー位相機構による統一的な理解が可能であることを実験的に示し、それらの現象に対して飛躍的な理解をもたらしたものと考えられる。

 これらの点で、本研究は物性物理学、物理工学の進展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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