学位論文要旨



No 122304
著者(漢字) 平野,裕美子
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,ユミコ
標題(和) レーザーピックアップ法による複雑系流体の表面物性研究
標題(洋)
報告番号 122304
報告番号 甲22304
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6509号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,堅志郎
 東京大学 教授 土井,正男
 東京大学 教授 田中,肇
 東京大学 教授 伊藤,耕三
 東京大学 助教授 酒井,啓司
内容要旨 要旨を表示する

《始めに》

 表面張力や粘弾性は、流動性のある複雑系を記述する最も基本的な物理量であり、それらの測定は物性を理解する上で非常に重要である。しかしながら従来の測定法は接触式であったり精度を上げるためには大きな外力が必要であったり、また長時間を要するなど、簡便で汎用性の高いものであるとは言い難い。本研究ではよりセンシティブな測定を可能とするために、光を用いた流体物性測定装置を開発した。これにより高粘性液体の高速な粘性・表面張力の測定や、ゲル表面波の測定に成功した。

《レーザーピックアップ法とは》

 屈折率の異なる2種類の媒質の界面を光が透過するとき、光の運動量は各媒質の屈折率に比例するために媒質界面でその運動量に差が生じる。この運動量差を補償するために界面には屈折率の低い側へ圧力が働き結果として界面を変形させようとする。界面にはこの放射圧以外に界面張力と重力が働き、これらの力がつり合うように界面が変形する。界面の持ち上がり量は典型的には数nm程度と微小であるが、中心の曲率は0.1m(-1)程度ありレーザー光で十分に検出可能である。

《高粘性液体の粘性・表面張力測定》

 光を集光して変形領域を小さくすることにより、粘性の高い液体に対しても高速な測定が可能となる。光照射に伴う変形速度と変位の絶対値から、抵抗となる粘性と駆動力である表面張力を独立に測定する装置を作製した。さらに光照射に伴う表面の動的応答を流体力学方程式より導き、物性既知の液体の液面挙動が理論的に計算される緩和応答と非常によく一致することを確認した。この手法により101〜106cStというきわめて広い領域の粘性と表面張力の同時測定を秒オーダーの計測時間で行うことが可能となった。

《ゲル表面波の測定》

 本手法はゲル表面波測定にも有用である。マクロには固体、ミクロには液体の性質を示すゲルは、その表面に表面張力波とレイリー波が伝播しうる。両者は波数によって棲み分けられており、高波数では表面張力波が、低波数ではレイリー波が伝播していることを本測定によって確認した。これにより非接触なずり弾性率測定のみならず、既存の測定法では不可能であったゲル表面張力の測定を可能とした。

 また表面張力波とレイリー波の中間領域では、表面波速度がバルク中の弾性横波を超えるため漏洩波モードが現れることが予測されている。本研究では光ピックアップ法およびリプロン光散乱法を用いてこれら三つのモードが存在すること、またこれらの分散関係が滑らかに接続することを確認した。

審査要旨 要旨を表示する

 表面張力や粘弾性は、流動性のある複雑系を記述する最も基本的な物理量であり、それらの測定は物質を理解する上で非常に重要である。しかしながら従来の測定法は接触式であったり精度を上げるためには大きな外力が必要であったり、また長時間を要するなど、必ずしも最適なものとはいい難い場合もある。本研究ではより高感度の測定を可能とするために、光を用いた流体の表面物性測定装置を開発した。これにより高粘性液体の高速な粘性・表面張力の測定や、ゲル表面波の測定に成功した。

 第1章は、研究の意義や背景について述べた序論である。第2章において、本研究において開発されたレーザーピックアップ法の原理と実験装置について述べている。屈折率の異なる2種類の媒質の界面を光が透過するとき、光の運動量は各媒質の屈折率に比例するために媒質界面でその運動量に差が生じる。この運動量差を補償するために界面には屈折率の低い側へ圧力が働き結果として界面を変形させようとする。界面にはこの放射圧以外に界面張力と重力が働き、これらの力がつり合うように界面が変形する。レーザーが点収束の場合と直線収束の場合について、誘起される表面形状を理論的に導き、これから表面張力と粘性測定が可能であることを示している。実験装置は、ピックアップ用の光源として、出力約1WのNd-YAGレーザー、表面変形のプローブ用としてHe-Neレーザーをそれぞれ用いている。界面の持ち上がり量は典型的には数nm程度と微小であるが、中心の曲率は0.1m(-1)程度あり、レーザー光で十分に検出可能である。また周期的なレーザー照射による表面の応答関数を計算し、それから粘性と表面張力を測定する方法も提案している。

 第3章においては、レーザーピックアップ法を用いた高粘性液体の粘性測定について述べている。光を集光して変形領域を小さくすることにより、粘性の高い液体に対しても高速な測定が可能となる。光照射に伴う変形速度と変位の絶対値から、抵抗となる粘性と駆動力である表面張力を独立に測定する装置を組み立てた。さらに光照射に伴う表面の動的応答を流体力学方程式より導き、液面挙動が理論的に計算される緩和応答と非常によく一致することを確認した。シリコン系の粘性標準液体を用い、101〜106cStというきわめて広い領域の粘性と表面張力の同時測定を、秒オーダーの計測時間で行うことが可能となった。

 第4章においては、主にレーザーピックアップ法による表面張力測定について述べている。ここではレーザーを照射した表面をプローブ光で走査し、オプティカルレバーの原理で変形形状を感度よく検出し、理論曲線との比較から表面張力を測定する。試料として蒸留水、グリセリン、ジメチルポリシロキサンおよび粘性標準試料を用い、測定した表面張力が文献値とよく一致することを示している。

 第5章においては、ゲルにおける表面物性について述べている。ゲルはミクロには液体、マクロには固体という物質で、その表面挙動は表面張力とずり弾性の両方に支配される。それらを考慮した表面波の分散関係から、高波数域では表面張力波(キャピラリー波)が、また低波数域では弾性表面波(レーリー波、SAW)が伝搬することが予測される。その分散関係から、レーザーピックアップにおける表面応答関数を導き、レーザーの変調周波数を走査して得られる応答スペクトルから、表面張力とずり弾性を測定した。アガロース溶液についてゾルとゲルの両方を用意し、ゲルの表面張力とずり弾性が測定できることを示している。特に表面張力については従来有効な測定法がなかったため、本研究の意義は大きい。濃度によって弾性率を制御し、界面活性剤(SDS)を添加して表面張力を変化させた。またゲルにおける表面吸着、可溶性単分子膜の2次元粘弾性などについて論じた。さらに不均一なゲル表面の作製とその応用について提案した。

 第6章においては、ゲルの表面波そのものの波動論的研究を行っている。特に表面張力波とレイリー波の中間となる波数領域では、表面波速度がバルク中のずり弾性横波速度を超えるため、表面からバルクへの漏洩波モードが現れることが予測されている。本研究では光ピックアップ法を用いてこれらのモードが存在すること、またこれらの分散関係が滑らかに接続することを確認し、従来の知見が誤りであることを指摘した。またリプロン光散乱法でゾルからゲルへの転移領域の測定を行い、励起されたコヒーレントな波では漏洩現象が観測されるが、リプロンには現れないという不思議な事実を見出した。これは、漏洩がある場合には、リプロンとバルクのフォノンとが表面で結合し、エネルギー交換を行っているからであることを突き止めた。

 以上を要するに本研究で得られた成果は、物理工学上非常に重要なものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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