学位論文要旨



No 122306
著者(漢字) 周,翔宇
著者(英字) ZHOU,XIANG YU
著者(カナ) シュウ,ショウウ
標題(和) 適応型位相制御による超短パルス高出力チタンサファイアレーザーの研究
標題(洋)
報告番号 122306
報告番号 甲22306
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6511号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,俊太郎
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 志村,努
 東京大学 教授 辛,埴
 東京大学 助教授 三尾,典克
内容要旨 要旨を表示する

 高次高調波の最近の一つの話題はアト秒パルスの発生である。本研究室は2004年にパルス幅サブ10fsの青色レーザーを使って、950as高次高調波パルス自己相関波形を計測した。基本波8fsの9次高調波のフーリエ限界パルス幅は1fs程度であるので、アト秒パルスの発生のためには10fs以下のパルス光源が必要である。従って、本研究の目的は高尖頭出力を持つ超短パルス高繰り返しレーザー光源を開発することである。

 本研究に用いた5 kHzチタンサファイアチャープパルス増幅器(CPA)は1999年鍋川等によって開発されたものである(図1)。超短パルスモード同期発振器の出現により、CPAと組み合わせて、テーブルトップサイズの装置からTW級の出力が得られるようになった。発振器は、75MHz 12fsのパルスを発生する。パルスはstretcherで時間的に伸ばされて、再生増幅器に入る。再生増幅器の中でパルス光を15回往復させて取り出し、マルチパス増幅器に送る。4-パス増幅器と最後の1-パス増幅器により、増幅されたパルスをgrating対を用いてパルス幅を圧縮する。最終的に22fsのパルスが得られた。トータルシステムとして位相のバランスを取るため、再生増幅器にプリズム対を挿入した。

1、可変形鏡(DM)と遺伝アルゴリズム(GA)を用いたCPA超短パルス増幅

 12fsのseedパルスが増幅後22fsになる原因は増幅が進むにつれてスペクトルの狭帯域化が起こるためである。再生増幅器の場合は低いフルーエンスで多数回往復させるため狭帯域化の効果が大きい。狭帯域化を防ぐため、再生増幅器の共振器中に、2枚の薄膜偏光子からなるエタロンを差し込む。入射角と間隔を調整して、波長毎の損失を制御する。また、もう一枚厚さ2μmのペリクルを挿入して、スペクトル幅を制御する。更にスペクトル整形のために空間マスクとして針三本を使用した。再生増幅器から得られた波長スペクトルは740nmから865nmに及び、半値全幅115nmが得られた。フーリエ限界パルスで、14fsに対応する(図2)。

 パルス幅が広くなるもう一つの原因はパルスの中に残った高次分散である。グレーティング対とプリズム対を用いて、2次と3次の位相分散を概ね補償することができるが、フーリエ限界パルスを得るため、全システムの高次分散の補償が必要である。本実験は可変形鏡を用いて、位相補償を行った。レーザー光をグレーティングで分散させ、それぞれの波長成分をDMにより反射させる。鏡面で反射光のスペクトル領域の位相面を制御する。DMのコントロール電圧と鏡面の変位量は1対1ではないので、手動調整は不可能になる。そこで我々は、遺伝的アルゴリズムを用い、DMを自動調整してレーザー光の位相面補正を行った。

 増幅されたレーザー光は非常に高いエネルギーを持っているため、DM装置は図3のように、増幅前のStretcherと再生増幅器の間に置いた。増幅したパルスからBBO結晶で2倍波を発生させる。この2倍波の強度信号を光電子増倍管で測って、Oscilloscopeでデジタル信号に変換し、コンピューターに伝送する。パルス幅が短いと、ピーク強度が大きくなって、2倍波信号は強くなる。この強度信号はGAプログラムの選択標準として使われた。GAの結果によりリアルタイムで自動的にDM面を調整して、新しい強度信号をもう一度測る。この操作を何回も繰り返して、SHG信号が最大になるよう調整する。

 図4は、DMを使わない場合(a)とDMを使った場合(b)のSHG-FROG(Frequency Resolved Optical Gating)トレスである。補償前と補償後を比べると、補償後、パルス幅は細くなり、両側のサイドピークは弱くなった。SHG-FROGから再生したパルス波形と位相を各々図4に示す。補償前の位相に対して、補償後の位相はフラットになった。また、パルス幅は19fsから15fsになった。

 アト秒パルス発生のためには、パルス幅10fs以下が必要である。基本波では10fs以下発生は難しいので、2倍波発生によって、サブ10fsのパルスを生成する。基本波から2倍波に変換するのと同時に、ASEも取り除く。原理的に、基本波の全部の波長成分が変換されると、発生される2倍波の時間領域のパルス幅は基本波より狭くなる。実際には、フェムト秒のパルスのSHGに於いては基本波と2倍波の群速度ミスマッチにより、許容スペクトル幅が狭くなる。パルスのスペクトルが許容スペクトル幅以上に広い場合、狭帯域化の問題が起こる。これを解決するため、Broadband Frequency Doubling(BFD)光学系を用いて、全帯域SHGを行った。

 図5に示すように、まずGrating1の角度分散を利用して、波長毎に位相整合角で結晶に入射するように配置する。角度分散を補償するために、Grating2の溝数と2倍にし、BBOの前後で対称な光学系を用いた。収差の影響を防ぐために、BBOの前後とも望遠鏡配置とした。

 SD(Self Diffraction)-FROGの方法を用いて、2倍波のパルス幅を測った。15fsの基本波から、BFDを用いて、7.5fsの2倍波が得られた。FROG traceを再構築したtraceは、元のtraceの形とほぼ一緒になり測定は信頼できる。

 基本波出力パワーは7Wであり、2倍波出力パワーは1Wである。

2、音響光学素子(DAZZLER)を用いた高次分散補償によるCPA超短パルス増幅

 前回の実験には問題点がある。針を挿入すると、パルスの安定性は悪くなり、増幅したパルスの出力パワーは弱い。DMシステムの調整が難しいため、GAの効率が低く、安定性が良くない等である。今回、この問題の改善のためDAZZLER位相制御による超短パルスチタンサフャイアレーザーシステムの開発を行った。

 まず、再生増幅器にプリズム対でビームを分散させた位置に多層膜フィルタとペリクルを差し込んで、スペクトル幅を制御した。多層膜フィルタは透明膜の多層構造である。各層の屈折率を連続的に変化させ、800nm付近の波長域で透過率が低く、その外部で透過率100%を取る。増幅光は共振器中を往復させて、透過スペクトルを制御する。空間マスクは入れなくても、波長スペクトルは740nmから、865nmまで得られた。フーリエ限界パルスで、15fsになり、前回とほぼ同じスペクトル幅が得られた(図6)。更に、空間マスクを使わないので、ビーム品質と安定性は前回よりよくなった。

 今回、DAZZLER位相制御による超短パルスチタンサフャイアレーザーシステムは図7のように配置した。DAZZLERは強度および位相が同時に整形できる。増幅器の3次、4次の分散補償して、位相をフラットにすることが可能である。今回使ったDAZZLERはファーストライト社のWB-800であり、波長チューニングレンジは700nmから900nmまで、最大プログラムディレイは3psである。DAZZLERはStretcherと再生増幅器の間に置いてる。増幅したパルスをSPIDERで測って、位相の情報を得る。その位相のデータはDAZZLERに伝送されて、自動的に位相が補償される。

 図8は、今回SPIDERで測ってDAZZLERを使わない場合(a)とDAZZLERを使った場合(b)のパルス波形である。補償後、パルス幅は細くなり、両端のサイトーピークは弱くなった。パルス幅は18fsから16fsになった。増幅後の平均出力は16Wで、Compressor後、出力パワーは約9Wである。

 次に、Broadband Frequency Doubling光学系を用いて、全帯域SHGを行った。16fsの基本波から、BFDを用いて、平均出力パワー1.3W、8fsの2倍波が得られた。

3、光パラメトリックチャープパルス増幅(OPCPA)を併用したハイブリッド超短パルス増幅

 チタンサファイアCPAシステムは現在広く応用されているか、欠点がある。増幅しながら、スペクトルの狭帯域化がどうしても起こってしまうので、10fs以下の高出力パルスが発生することは難しい。そこで近年、新たな増幅方法として、光パラメトリック増幅(OPA)という増幅方法が注目されている。OPAは、従来のような反転分布を利用した増幅方法とは異なり、パラメトリック過程によるパンプ光からシグナル光への直接的なエネルギートランスファーによって増幅される。OPAの最大の特徴は非同軸配置パラメトリック増幅(NOPA)位相整合条件によりスペクトル領域を広くとれることである。しかし、OPAの欠点は変換効率が低いので大きいなエネルギーが得にくい。そのため我々は前段でOPA増幅して、後段でチタンサファイア結晶を用いた増幅を行った。それにより、広帯域と高出力パルスを両方得ることが可能と考えられる。

 OPCPAハイブリッドシステムを図9に示す。チタンサファイアCPAでスペクトルが一番狭まるのはは再生増幅器である。従って、再生増幅器をOPA増幅に置き換えた。OPA器は再生増幅と比べると、増幅利得スペクトル幅が広く、また多層膜フィルタなどの光学素子が要らず、結晶の位相整合角を調整することにより、増幅スペクトルを制御できる。

 発振器から発生した80MHz超短パルス光にチャープを与え、時間的に伸ばす。このチャープが与えられた光をOPA増幅法によって2段増幅した後、マルチパス増幅し、最後に圧縮するという方法である。OPAのパンプ光源を作るため、もう一台Tsunami Ti:sapphire狭帯域光源を用いて、外部同期装置(Lock to clock)により、Oscillatorの繰り返し周波数で同期発振させた。再生増幅器装置を用いて、4.3Wまで増幅し、20mmのLBO結晶で2.1Wの2倍波パルスを発生させ、OPAのパンプ光として使った。出力パワーは約2.1Wである。被増幅光にはBBOとSapphire結晶の分散が含まれているが、プリズム対で補償しなくても、Dazzlerだけで高次分散までの補償がカバーできる。

 NOPAにおいて波長領域720nmから890nmまで50mWのパルスが得られた。マルチパス増幅した後、725nmから885nmまで3.5Wのパルスが得られた。(図10)

 SPIDERで測った増幅されたパルスの位相データはDAZZLERに伝送されて、自動的に位相を再補償され、11fsの超短パルスが得られた。(図11)

 以上まとめると、超短パルス化を進め、DMとGAを用いてCPAパルス増幅による15fsの基本波と7.5fsの2倍波が得られた。より安定化を目指し、DAZZLERを用いてCPAパルス増幅による16fsの基本波と8fsの2倍波が得られた。更なる短パルス化のため、OPAとチタンサファイア増幅を併用したハイブリッド超短パルス増幅により11fsの基本波が得られた。

図1、5kMHzレーザー装置

図2、スペクトル

図3、可変形鏡と遺伝アルゴリズムを用いたCPA超短パルス増幅

図4、パルスの波形と位相 (a)補償前、(b)補償後

図5、Broadband Frequency Doubling

図6、スペクトル

図7、音響光学素子を用いた高次分散補償によるCPA超短パルス増幅

図8、パルスの波形と位相 (a)補償前、(b)補償後

図9、OPCPAシステム

図10、スペクトル

図11、パルスの波形と位相

審査要旨 要旨を表示する

 光のパルス幅は光の1サイクルで制限され、800nmでは2.7フェムト秒が限度である。したがって、アト秒(10(-18)秒)パルスを発生するには、光の周波数を高くする(波長を短くする)ことが必要となる。高次高調波発生はアト秒パルス発生の有力な手段であるが、アト秒高調波発生のためには、10fsを切る高出力励起光源が必要である。レーザーによる超短パルス化の進歩は目覚しく、現在近赤外のTi:sapphireレーザーを用いることにより3fsが得られている。しかし、高調波発生に必要な高出力増幅システムではスペクトルの狭帯域化が起こり、20fs以下のパルスの発生は難しい。

 本論文の目的はTi:sapphire超短パルス増幅器のパルス幅の記録の更新を目指し、同時に5kHzでsubTW級出力を得ることである。

 第1章では、序論として超短パルスレーザーの発展と問題点、高強度超短パルスレーザーと高次高調波の特性を記述し、この論文の目的と意義を述べている。

 第2章では、チャープパルス(CPA)増幅法と光パラメトリック増幅法(OPA)に関する原理について説明している。そして、超短パルス発生に必要な分散補償方法とパルス評価法に関する原理と装置について述べている。

 第3章では、可変形鏡(Deformable Mirror)と遺伝アルゴリズム(Genetic Algorithm)を用いた高次分散補償によるチャープパルス増幅について述べている。スペクトルの狭帯域化を防ぐため、再生増幅器の共振器に薄膜フィルム偏光子、エタロンおよびペリクルを挿入し、更に、針三本を空間マスクとして用いて、740nmから865nmのスペクトル(半値全幅115nm)を得た。これはフーリエ限界パルスで、14fsに対応する。適応光学系として可変形鏡を遺伝的アルゴリズムを用いて最適化し,周波数領域の位相を補正した。具体的にはレーザー光にグレーティングで角度分散を与え、それぞれの波長成分をフーリエ面でDMにより反射させ、鏡面を変形させ、反射光の位相面を制御している。この結果、グレーティングとプリズムで補償できない高次分散を補償し、パルス幅15fsで平均出力7Wを達成した。

 更に出力の安定化と簡単さを目指して、音響光学素子(DAZZLER)を用いた適応型高次分散補償実験について述べている。スペクトルの狭帯域化を防ぐため、再生増幅器の共振器に多層膜フィルターとペリクルを挿入し、740nmから865nmまでのスペクトルを得た。これはフーリエ限界パルスで、15fsに相当する。増幅したパルスの位相をSPIDER法で測定し、その位相情報をDAZZLERにフィードバックして分散補償を行っている。この結果、パルス幅16fs、5kHzで平均出力9Wが得られた。可変形鏡による適応制御に比べ出力と安定性は高くなり、実用性の向上を確認した。

 第4章では、更なる短パルス化のため、OPAとチタンサファイア増幅を併用したシステム、すなわち前段でOPAを用い、後段でチタンサファイア増幅を用いたハイブリッドシステムについて述べている。OPAは従来のような反転分布を利用した増幅方法とは異なり、非同軸配置での位相整合条件により、広帯域で利得が得られる。しかし、OPAの欠点は変換効率が低いので大きいなエネルギーが得にくいことである。そのため、前段でOPA増幅し、後段でTi:sapphire結晶を用いた増幅をすることにより、広帯域と高出力パルスを同時に得ることが可能と考えた。2段の非同軸OPAにより720nmから890nmまでの波長領域で増幅光が得られた。そしてチタンサファイアレーザーにより5kHzで3.5Wまで増幅した。グレーティング圧縮器に加えDAZZLERを用いて全システムの位相を適応制御し、パルス幅11fs、出力2Wが得られた。11fsのTi:sapphire増幅システムの開発により、Ti:sapphire増幅器の短パルス記録を更新した。

 第5章では、Broadband Frequency Doubling(BFD)(広帯域波長変換)により第二高調波発生(SHG)について述べている。10fs以下の光源を得るため、第二高調波発生により更なる短パルス化を目指した。フェムト秒パルスの第二高調波発生では、一般に群速度ミスマッチにより狭帯域化し、2倍波パルス幅はむしろ増大する。この問題を解決するため、BFDを用いて全帯域SHGを行った。レーザー光にGratingによる角度分散を与え、波長毎に位相整合角で結晶に入射させ、2倍波の角度分散を2倍の溝本数をもつGratingで補償している。全系の効率は22%である。更に光学系の収差を回避するため、望遠鏡形BFD光学系を採用し、口径の大きい入射パルスによる波面収差を補正し、パルスフロント歪を除去している。望遠鏡形BFDの位相を可変形鏡により適応制御し、15fsの基本波から7.5fsの2倍波を得、サブTW級で世界最短パルスを得た。この時の2倍波出力は5kHzで1Wである。

 第6章では結論として超短パルス増幅器の性能について述べている。このレーザー増幅器は他の光源より突出した性能を持つことを確認している。

 以上、アト秒パルス発生のためパルス幅10fs以下の光源を開発した。これにより、Ti:sapphire増幅器の短パルス記録を更新した。この研究は物理工学に大きく寄与するものであり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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