学位論文要旨



No 122310
著者(漢字) 坂本,文人
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,フミト
標題(和) 医療用単色X線源のための高周波・熱電子銃システムの実証
標題(洋) Verification of RF System and Thermionic RF Electron Injector for Medical Monochromatic X-ray Source
報告番号 122310
報告番号 甲22310
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6515号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 小佐古,敏荘
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
 東京大学 助教授 門,信一郎
 東京大学 助教授 出町,和之
内容要旨 要旨を表示する

研究背景と目的

 第3世代放射光施設に代表される〜10keVの高エネルギーX線源の登場により、医療や生命科学における単色X線を用いた研究が積極的に行われている。しかし、シンクロトロン放射光で〜10keVの単色X線を生成させるためには、GeVクラスの高エネルギー電子ビームが必要となるためX線源が巨大化し、利用普及には難がある。これに対し近年、線形加速器の電子ビームとパルスレーザーを用いたコンプトン散乱によるX線生成法の有効性が提唱された。この手法により、電子線形加速器とパルスレーザーによりシステムが構成されるため、その規模も、放射光施設に比べ格段に小さくなった。しかし、実用に向けては、安定化と高強度化そして更なる小型化という面での改善が急務である。このような現状と問題点を背景に、東大原子力専攻においては、文部科学省先進小型加速器開発プロジェクトに参画し、従来使用されてきたS-band(2.856GHz)の1/4の波長であるX-band(11.424GHz)線形加速器を採用した、より小型且つ大強度のコンプトン散乱X線源の開発を進めている。本システムの概念図を図1に示す。本システムは、X-band熱陰極高周波(RF)電子銃及び進行波型加速管により生成・加速されたマルチバンチ電子ビームと、ロングパルスNd:YAGレーザーを衝突させるものである。本システムによると、生成X線の短パルス性は損なわれてしまうが、高精度な電子ビーム・レーザーの同期技術が必要なく、最大で109photons/sのX線が得られ、X線応用利用の範囲も拡大される。電子加速の高周波としてX-bandを採用することで、加速空洞のシャント抵抗が高くなり加速電界をより稼ぐことができるので、システム全体の規模も飛躍的に小さくなる。しかしながら、X-band帯域における高電界でのマルチバンチ電子ビーム生成・加速は、空洞の超精密加工や高電界下における取扱い方法など、様々な要素技術開発を含むため世界的に前例がない。そのため得られた知見をまとめる事は、今後の小型大強度加速器の開発において非常に重要な役割を持つ。

 本研究では、X-band電子線形加速器とNd:YAGレーザーによる単色X線源システムの構築を行い、X-band RF電子銃及び加速管による電子ビーム発生・加速を実施し、高電界試験を通して得られたX-band高周波機器の高電界下における取扱いに関する知見をまとめ、さらにコンプトン散乱X線発生実験体系を構築し、その有効性を示す事を目的とする。

X-bandクライストロンによる大電力出力試験と熱陰極RF電子銃ビーム発生試験

 クライストロンを含む高周波機器の高電界試験を行うに当たり、クライストロンの最大定格出力である5MW、パルス幅1μsを達成する過程において、低電力・短パルスからのRFコンディショニングを少しずつ施す必要がある。RFコンディショニングは、電界集中による微小な放電を繰り返し起こさせながら進めていくが、その都度発生する放電現象を正しく把握して適切な対応をしなければ、大きな放電を引き起こし、高周波機器の破損を引起す。そのため、各コンポーネントにおける放電現象を適切に評価するためのモニター系を充実させたRF立体回路を構築した。コンディショニングを進める上で重要な指針となるは、検波器によるRF出力波形と、光電子増倍管による発光シグナルを比較し、放電が発生したタイミングを把握することである。大きな放電により発光が起きた場合、発光が始まる前までRFパルスを短くし、放電の規模をコントロールすることが重要であり、高周波機器の保護とコンディショニングの効率化につながると言える。クライストロンの最大定格は50MW、パルス幅1μsであるが、20MW(2ポート合計)、400nsまで到達するのに運転繰り返し10Hzにおいて約800時間の運転時間を要した。最大定格は達成されていないが、X-band熱陰極RF電子銃試験に必要なRF電力とパルス幅(6MW,400ns)は達成されているため、RF電子銃試験へと移行した。

 本システムでは、マルチバンチ且つ低エミッタンスビームを得るため、3.5-cell熱陰極RF電子銃を採用している。電子銃の設計値は入力電力6MW、RF充填時間400ns、電子ビームエネルギー3MeV、電流量2μA(20pC/bunch)であり、RF共振モードはπモードの定在波型である。電子銃のビーム発生試験を行うために、アルファ電磁石とビーム電流モニターから成るテストベンチを構築した。電子ビームのエネルギーは、アルファ電磁石内でのエネルギーの違いによる行路差を利用し、スリットを用いて高エネルギーの電子ビームのみを選別することで可能である。図2に検波器によって観測された、典型的な空洞への入力・反射RF波形を示す。矩形の入射電力に対し、定在波型空洞特有の2つのピークを持つ反射波形が確認できる。この入射波と反射波の差分が空洞に充填される電力となる。入力電力6MW、RFパルス幅200ns投入の際、図2に示すようにアルファ電磁石の前後においてビーム電流の発生を確認した。アルファ電磁石により測定した、電子ビームのエネルギースペクトルを図3に示す。アルファ電磁石出口でピーク2MeV、エネルギー拡がり10%である。この測定結果により、電子銃が放射線発生装置として認可された。

 しかしながら、空洞内の放電現象の多発によりコンディショニングが進んでいない。そのためRFパルス幅が空洞充填時間よりも短く、設計値のビームエネルギーと電荷量が得られていない。放電現象が発生している箇所と原因を追究するため、空洞の内部調査を行った。熱カソード支持とRFコンタクトの目的で装填されていたSUS製のスプリングが破壊され、そこでの放電痕が確認された。空洞内部も同様に調査した結果、銅製の空洞壁面にSUS膜が蒸着されているのが成分分析により確認された。通常運転時、熱カソードは約1000℃で運転しており、SUSの融点よりはるかに低い領域である。しかし、超高真空下でSUSの融点が1200℃近くまで下がり、更に高温状態でカソードケーシングに使用されているMoと反応し、SUSの昇華現象が発生したと考えられる。真空中のSUSは平均自由行程が十分長いので、空洞壁面に蒸着したと考えられる。空洞は表面抵抗の小さい無酸素銅で出来ており、SUSの蒸着は空洞の電界分布を変化させ、得られる電子ビームのパラメータを変えてしまう。そのため、空洞壁面のSUS蒸着を考慮に入れた空洞特性解析と、その空洞における電子ビーム挙動解析をSUPERFISHとPARMELAを用いて行い、実験結果の妥当性を評価した。

 ビーズパーターベーション法により測定した、SUS蒸着前後での空洞軸上電界強度分布をSUPERFISHにより再現し、更にその電磁場分布を粒子トラッキングコードであるPARMELAに入力し、電子銃空洞内におけるビーム挙動をシミュレートした。その結果、PARMELAによると、空洞の第4セルでの電界強度の減少により、最大で2.8MeVの加速に留まる結果が得られた。PARMELAによる計算はシングルバンチを仮定しているが、マルチバンチ加速では、ビームローディングの効果が無視できないため、この効果も評価する必要がある。その結果、パルス後方のバンチでも平均2.1、最大2.5MeVとなる。200nsにおいては平均1.7MeV、最大2.0MeVとなるので、実験で得られた結果と比較して良好な一致であると言える。SUS蒸着が施された空洞は、エネルギーは若干設計値より下がるものの、今後の加速試験とコンプトン散乱実験に際して影響が出る程ではないため、電子銃として十分機能すると言える。破損したスプリングであるが、真空中における融点を考慮に入れ、タングステン製のものを採用し、冷却水の循環経路の改造を行った。本実験で使用した数MeVのX-band熱陰極RF電子銃の試験は世界的にも初の試みであり、その性能評価とビーム発生を実験・数値計算両面からその妥当性を評価し、電子銃としての有用性を示した点は、今後の小型高電界加速器の発展にとって非常に重要な成果であると言える。

X線発生実験体系の構築とその性能評価

 熱陰極RF電子銃の電子ビーム発生試験の成功に引続き、電子加速に必要なX-band加速管のための高周波立体回路の構築と、コンプトン散乱X線発生のためのビームライン及びレーザーシステムの構築を行った(図4)。電子加速のための加速管と高周波立体回路構築の際に様々なトラブルがあったものの、いずれも解決され順調に大電力が投入されており、これまでに加速管へ40MW、電子銃へ5.5MWの大電力の投入を達成した。世界的にも、X-bandにおけるマルチバンチ電子ビームの加速の実績は未だなく、本高周波システムの構築状況は非常に重要な成果と言える。一方、コンプトン散乱実験に用いるレーザー装置に関しては、光学系の構築とその性能評価を行い、電子ビームとの衝突点において、約1J/10nsの大強度出力でありながらビームスポットの形状評価及び強度・位置の安定性を評価し、いずれも10%以下になることを確認した。この安定度はコンプトン散乱によるX線発生試験に十分な安定度であると言える。また、コンプトン散乱実験に必要不可欠な、電子ビーム・レーザー各々を4次元で測定可能なビーム診断装置を構築した。

結論

 東大原子力専攻において、X-bandマルチバンチ電子線形加速器を用いた小型コンプトン散乱X線源の開発を進めてきている。本研究では、そのシステム構築と性能評価を行ってきた。X-bandクライストロンによる大電力出力試験と熱陰極RF電子銃によるビーム発生試験を実施し、ビーム発生とその評価を定量的に行うことで、その有効性を世界で始めて実証した。これに引続き、X-band加速管とレーザー装置を含むコンプトン散乱によるX線発生に必要な体系を構築した。X-band加速管を含む立体回路の構築では、様々なトラブルを克服し、順調なパワー投入に成功した。また、RFコンディショニングを通じて得られた、コンディショニングの効率化につながる方針を示した。レーザー装置に関しては、性能評価を行う事で十分な安定度が得られている事を定量的に示した。

 本研究で示した熱陰極RF電子銃によるビーム発生の実証の達成と、加速管含む立体回路の構築の成功と得られた知見は、今後の小型高エネルギー加速器の開発にとって重要な成果であると言える。さらに、レーザー光学系の構築とビーム診断装置の開発は、今後のコンプトン散乱X線発生試験へつながる、重要な研究成果であると言える。

図1 小型コンプトン散乱単色X線源概念図

図2 空洞への入力電力波形、空洞からの反射波形、アルファ電磁石前後でのビーム電流波形

図3 電子ビームエネルギースペクトル

図4 電子銃・立体回路用X-band立体回路

審査要旨 要旨を表示する

 論文は東京大学原子力専攻で開発中の小型コンプトン散乱X線源要素技術開発に関する研究である。この装置に用いられる電子線形加速器の特徴として、電子の加速周波数としてX-bandを採用している点が上げられる。X-band帯域でのマルチバンチ電子ビーム発生及び大電力立体回路の実証は世界的に前例がなく、放電現象の把握と対策及び実験により得られた知見を整理することは、小型電子線形加速器の実現の上で非常に重要な役割を持つ。本論文では、世界初の試みとなるX-band熱陰極高周波電子銃による電子ビーム発生試験、電子銃・進行波型加速管のための全RF立体回路システムの構築とその大電力高電界試験がなされ、その実験を通して得られた知見を体系的にまとめ、RFコンディショニングの最適手法についての検討がなされている。

 第一章ではまず、現状の単色X線源とその応用に関して、その詳細な説明がなされている。現状の単色X線源としては第3世代に代表される大型放射光施設が主流であるが、汎用性に限界がある。そのため、コンプトン散乱によるX線発生が近年注目を浴び、世界各国の研究施設でコンプトン散乱X線源の開発が行われている。しかしながら現状のコンプトン散乱X線源は強度が足りず、またその不安定性と更なる小型化が実用へ向けて急務であることが述べられている。他の研究機関と比較し、東大システムは電子加速周波数にX-band(11.424GHz)を採用することで装置の規模が飛躍的に小型化されると共に、熱陰極高周波電子銃とロングパルスレーザーを採用することで、安定なX線発生が実現可能であると示している。このシステムの構築にあたり、本論文は熱陰極高周波電子銃によるビーム発生試験、及び加速管を含む全RFシステムの構築と高電界試験の実施、更にコンプトン散乱のためのレーザーシステムの構築とX線発生試験体系の構築を研究範囲とし、加速器分野、X線応用利用分野における本研究の位置付けを明確に述べている。

 第二章では東大原子力専攻で構築が進められている小型X-band電子線形加速器とNd:YAGレーザーからなる小型コンプトン散乱X線源の詳細を説明し、クライストロンモジュレータの極限の小型化、PPM型クライストロンの採用、X-band熱陰極高周波電子銃とアルファ電磁石からなるマルチバンチ電子ビーム発生等、東大システムの特徴と有効性を明確に示している。

 第三章においては、コンプトン散乱により得られるX線の特性について理論的アプローチから数値計算を行い、電子ビームとレーザーパルスの最適化及び安定性について議論されている。また、コリメータを用いることで得られるX線の単色性についても定量的に議論されており、得られるX線のエネルギー分散が10%程度であり、この値が2色X線CT等に十分な単色性であることが定量的に示されている。

 第四章では、世界初の試みであるX-band熱陰極高周波電子銃試験の詳細が記されており、放電箇所の原因特定のためのモニター系を充実させた高周波立体回路を構築し、高周波窓や電子銃空洞における放電現象への対策として、RFコンディショニング手法の確立と外部磁場による回避法を提唱し、それらを実証している点は独創的と言える。更に、高電界試験を進め、熱陰極からの電子ビーム発生に世界で初めて成功し、エネルギースペクトルをアルファ電磁石内のスリットを用いる事で定量的に測定したことは非常に重要な成果と言える。また、熱陰極の熱によるRFコンタクトとして装填しているSUSスプリングの昇華現象が発生したが、X-band故の小型化に伴う熱拡散の問題を打開するために、スプリング材質と熱陰極近傍構造の改造を行い、これらの問題点を解決した点には独自性が見られた。SUSスプリングの空洞への蒸着を考慮に入れ、電磁場計算コードSUPERFISHとビームトラッキングコードPARMELAによる数値計算を行い、更に航跡場の影響を定量的に評価することで、実験で得られたデータに良好な一致が確認され、実験・数値計算両面からX-band熱陰極高周波電子銃の有効性を世界で初めて実証している。

 第五章では、熱陰極高周波電子銃によるマルチバンチ電子ビームの発生に引続き、ビーム加速のための加速管を含む全RF立体回路とビームラインの構築及びコンプトン散乱用レーザーシステムの構築が示されている。RFシステムは電子銃と加速管でのRFのジッターをなくすために一台のクライストロンからの大電力を合成・分配を行うため、非常に複雑な構造となるため、各箇所で様々なトラブルが発生した。しかしながら、各箇所での諸問題を徹底的に調査することで、逐次改善を加え、加速管・電子銃への理想的な大電力供給に成功し、全RFシステムを完成させた点には強い独自性が感じられる。また、高電界試験を実施し、加速管へ40MW、電子銃へ5MWの大電力投入に成功し、電子銃からの電子ビーム発生を実証した。更に、高電界試験の効率化につながるRFコンディショニングの方針を体系化し、様々な放電現象への的確な対応方法がまとめられている。また、ビーム輸送用のビームラインの構築に当たっては、レーザーパルスとの衝突点に、高分解能のビームプロファイルモニターを設置し、電子ビーム・レーザーパルスの4次元測定が可能なシステムを完成させた点は非常に独創的と言える。一方、コンプトン散乱によるX線発生に用いるレーザーパルスのための光学系を構築し、電子ビーム・レーザーパルス衝突点における、プロファイル、強度、重心位置の安定性を評価し、それらが10%以下であることを測定し、レーザーシステムがコンプトン散乱X線源に有効である事を実証した。

 以上のように本論文は、コンプトン散乱X線源システムの非常に重要な位置を占めるX-band熱陰極高周波電子銃によるビーム発生、加速管を含む全RF立体回路の構築、ビームライン及びレーザーシステムの構築と、それら全ての性能評価を実施し、実験・数値計算両面からそれらを実証した。また、結論においては小型高エネルギー加速器を構築する上で課題となった点を、原子力保全工学を基にきれいにまとめられている。これらの成果は、今後の小型大強度X線源及び小型電子線形加速器の発展に貢献するところが非常に大きいと判断される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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