学位論文要旨



No 122311
著者(漢字) 四竃,泰一
著者(英字)
著者(カナ) シカマ,タイイチ
標題(和) 核融合境界層におけるプラズマ及び中性粒子の流れに関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 122311
報告番号 甲22311
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6516号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
 東京大学 助教授 門,信一郎
内容要旨 要旨を表示する

第1章.研究背景・目的

 磁場閉じ込め型のプラズマ核融合実験装置では,最外殻磁気面より外側の境界層プラズマが,炉心プラズマの閉じ込め特性と大きく関係していることが近年知られるようになった.拡散により炉心から漏れ出たプラズマは,スクレイプオフ層を流れ,原子や分子などの中性粒子との複雑な相互作用を伴いながらダイバータ板へと輸送される.このため,境界層におけるプラズマ及び中性粒子の流れは,多くの物理現象と関連しており,そのような現象を解明するためにイオン・原子・分子の流れを統合的に理解することが必要となる.環状型の高温プラズマ閉じ込め装置の代表であるトカマクでは,1980年代にHモードと呼ばれる高閉じ込め状態への分岐現象が観測され,核融合炉心プラズマ条件の達成が現実的となった.Hモードでは,径方向電場の勾配によるE×Bドリフトのシアによって周辺領域の揺動が抑制され遷移が起こることが明らかになってきたが,そのメカニズムに関する詳細な理解が求められる.炉心から流出してきたイオンの流れは,中性粒子からの電離による成分と競合し,ダイバータ板への熱負荷や不純物の輸送を決める要素となる.同時に,低温の境界層においては,これらイオンの流れに比べ速度は小さいが,プラズマの境界条件を規定する中性粒子の流れが重要となる.外部からの燃料供給やリサイクリングにより生成される中性粒子は,圧力勾配やイオンとの摩擦力により輸送され,グローバルな粒子バランスやプラズマ対抗壁の損耗・再堆積過程を支配する要因となっている.

 境界層における流れの計測手法としては,イオンに適用可能な方法として,Machプローブ法,荷電交換分光法,及び,局所的なガス入射によるPlume分光法等が存在する.一方,イオン及び中性粒子に適用可能な方法として,レーザー誘起蛍光法や発光分光法等が存在する.これらの計測手法は各々長所と短所を有するため,目的に応じて相補的に適用していくことが必要となる.イオンの計測手法であるMachプローブ法は,高い空間・時間分解能で流れを計測することが可能である.しかし,実用的な観点から,計測値への擾乱や弱磁化条件下への適用に関して曖昧な点が残されており,これらの解明がさらなる計測精度の向上へとつながる.中性粒子の局所計測を行うためには,通常,観測視線の特殊な配置やレーザーの入射が必要となるが,Zeeman効果の計測と組み合わせた分光法では,単一の観測視線を用いて受動的な発光分光法単独で局所計測を行うことが可能となる.近年,原子に対するこの手法の原理実証がなされたが,実際の物理現象の計測法としては開発の余地がある.さらに,より一般化した分子やイオンの診断法として発展できる可能性を有している.本論文では,イオン及び中性粒子の流れを統合的に計測するために,Machプローブ法及びZeeman効果を利用した分光法の研究開発を行うことを目的とする.

第2章.Machプローブ法を用いた弱磁化プラズマの流れ計測

 Machプローブ法の理論モデルは,イオンLarmor半径とプローブの代表長で決まる磁化条件により分類され,これまで主に強磁化,非磁化条件に対する理論モデルの研究が行われている.しかし,実用的な観点から,計測精度を向上させる上で (i)高エネルギー電子による計測値への擾乱 (ii)弱磁化プラズマにおける適切なモデル式の確立,といった課題が残されている.そこで,本章では弱磁化プラズマ条件を有する基礎実験装置である境界プラズマ模擬装置MAP-IIにおいて,これらの課題の解決を試みた.

 核融合プラズマをはじめとする,高エネルギー電子成分が存在するようなプラズマ中では,高エネルギー電子がプローブに印加した負バイアスを乗り越えて捕集されることで,特定の方向においてイオン電流が減少してしまう可能性がある.そこで,本研究では電子エネルギー分布関数(EEDF)の方向依存性を計測し,Machプローブ計測への影響を評価した.MAP-IIでは,通常運転時はEEDFがMaxwell分布に近い形状を持つが,中性粒子ガス圧を減少させることによって高エネルギー電子成分を生成し,その影響を模擬することが可能となっている.プローブ特性からEEDFを評価した結果,放電部で生成された高エネルギー電子は放電電圧程度のエネルギー値を持つことが確認された.Machプローブ計測への影響を評価するために,プローブ印加電圧を変化させてイオン電流角度分布を計測した.その結果,高エネルギー電子が入射する上流方向において,プローブ印加電圧が放電電圧程度以下になると高エネルギー電子によりイオン電流が減少する様子が観測された.以上のことから,Machプローブ計測を正確に行うためには,十分な負バイアスを行い高エネルギー電子の影響を除去する必要性があることが確認された.

 核融合境界層においても,イオン温度が高くなった場合にはイオンの磁化条件が弱磁化に近い状態へと移行することが考えられる.しかし,弱磁化プラズマ中ではこれまで適切な理論モデルが存在しておらず,条件毎に他の手法を用いたモデル定数の較正が必要となっている.そこで本研究では,モデル定数の較正を行うことなく,非磁化・弱磁化条件下へ適用することが可能なモデル式を導出した.ここでは,(i)プローブ形状の違いをイオン捕集角度の違いとして近似する (ii)非磁化モデルを弱磁化プラズマへと外挿するために磁場の影響を消去する,ことを考える.(i)に関しては,イオン電流角度分布の式をプローブの持つ捕集角度範囲で積分することで捕集角の影響を補正する.(ii)に関しては,イオン電流を比の形で用いることで磁場の影響を消去する.これら二つの補正を組み合わせることで,非磁化・弱磁化プラズマにおける一般化したMachプローブモデル式が得られた.導出したモデル式の適用可能性を評価するために,捕集角の大きさが異なる3種類の形状のプローブを用いて比較を行った.磁力線に平行な流れのMach数を計測した結果,一般化したモデル式を用いることで,ほぼプローブ形状に依存しないMach数が計測可能であることが確認された.加えて,磁力線に垂直な方向へのイオンのドリフト速度の計算値とMachプローブ計測とを比較することで,非磁化モデルのモデル定数を用いて妥当なMach数を評価することが可能であることが確認された.

第3章.Zeeman効果を利用した強磁化プラズマの流れ計測

 プラズマからの発光のDoppler拡がりやシフトを利用してトーラスプラズマの局所的な温度や流れ速度を求めるには,ビーム等を用いた能動的な分光法を構築するか,あるいは,あらかじめ発光分布の局在性が確認できるような場合に限り可能である.しかし,強磁場かつ観測視線方向に磁場強度が分布を持つような場合には,発光のZeeman分裂を利用して発光位置を推定することが原理的に可能となる.この手法は,一方向からの観測視線を用いてプラズマの局所計測を行うことが可能であり,将来的な炉への応用が期待できる.そこで本章では, この手法を利用して超伝導強磁場トカマクTRIAM-1M周辺領域の中性粒子流れの局所計測を行った.本手法を適用するに当たり,Zeeman効果を評価するための摂動計算コードを作成し,任意の磁場強度下における任意のイオン・原子・二原子分子の発光スペクトルを評価することが可能となっている.

 水素原子からの発光であるHα線に対して本手法を適用した.TRIAM-1Mの場合,水素原子の生成過程に応じてhot (〜 100 eV),warm (1 〜10 eV),cold (< 1eV)の3温度成分が存在する.これらの温度成分を含んだ形でフィッティング関数を評価し,トーラスの強磁場,弱磁場側からの発光スペクトルを分離した.ポロイダル断面上の観測視線を用いて計測を行った結果,高い空間分解能で発光が最外殻磁気面に沿って存在していることが確認された.水素放電にヘリウムガスを導入した条件下で計測したヘリウム原子線に関しても同様の発光分布が観測された.加えて,分離した発光スペクトルのDopplerシフトから原子の流れを評価し,原子は壁から炉心方向へと向かう内向きの流れを持つことが確認された.流体方程式による解析から,原子圧力勾配により流れが駆動されている可能性が高いと考えられた.さらに,計測した流速,発光強度の経時変化を追うことで,プラズマ対抗壁からのリサイクリング束の変化を評価することが可能となった.

 プラズマ対抗壁近傍からの水素分子Fulcher-α帯発光や最外殻磁気面内の酸素不純物イオンに対しても本手法を適用した.分子に対しては,対抗壁表面での発光位置及び,振動・回転温度の局所値を評価することが可能となっており,得られた回転温度の経時変化から対抗壁の表面温度変化が示唆されている.イオンに対しては,磁気面に沿った発光位置及びイオン温度の局所値の計測に成功した.

4.総括

 本論文では,核融合境界層におけるイオン・原子・分子の流れを統合的に診断するための計測手法の開発を行った.イオンの計測手法として非磁化・弱磁化プラズマに適用可能なMachプローブモデル式を導出し,実験による検証を行った.原子・分子の計測手法としてZeeman効果を利用した分光法の開発を行い,発光位置や流速,温度の局所値を計測することが可能となった.本研究の成果により,高い精度,空間・時間分解能でこれらの粒子の流れを統合的に計測することが可能となり,境界層における物理過程の解明に繋がると期待される.

審査要旨 要旨を表示する

 磁場閉じ込め型のプラズマ核融合実験炉では、最外殻磁気面より外側の境界層プラズマが、炉心プラズマの閉じ込め特性と大きく関係していることが知られている。拡散により炉心から漏れ出たプラズマは、スクレイプオフ層を横切り、原子や分子などの中性粒子との複雑な相互作用を伴いながらダイバータ板へと輸送される。このため、境界層におけるイオン及び中性粒子の流れを統合的に理解することが、炉心及び境界層双方の物理現象を解明する上で重要となる。イオンの計測手法であるMachプローブ法は、高い空間及び時間分解能で流れを計測することが可能である。しかし、実用的な観点から、計測値への擾乱や弱磁化条件下への適用に関して曖昧な点が残されており、これらの解明がさらなる計測精度の向上へとつながる。一方、中性粒子の局所計測を行うためには、通常、観測視線の特殊な配置やレーザーの入射が必要となるが、Zeeman効果の計測と組み合わせた分光法を用いることで、単一の観測視線により受動的な発光分光法単独で局所計測を行うことが可能となる。近年、原子に対するこの手法の原理実証がなされたが、プラズマの動的な現象への適用には至っていなかった。本論文は、イオン及び中性粒子の流れを統合的に計測するために、Machプローブ法及びZeeman効果を利用した分光法の研究を行い、流れによって引き起こされる境界層の物理過程に関する考察をおこなったものである。

本論文は4章から構成される。

 第1章は序論であり、研究背景として核融合境界層における流れ計測の意義、流れの計測法としてのMachプローブ法及びZeeman効果を利用した分光法の位置付けが述べられている。

 第2章ではダイバータ・境界層プラズマ模擬装置MAP(material and plasma)-IIを用いたMachプローブ法に関する研究結果が述べられている。計測精度向上のための開発項目である (1)高エネルギー電子による計測値への擾乱、及び(2)弱磁化プラズマに適用可能なモデル式の確立、という二つの点に関して評価が行われている。(1)に関して、電子ビーム成分のエネルギーに対してプローブのバイアスが十分ではない場合に、電子が飛来する方向でイオン電流が減少してしまうことが指摘されている。(2)に関して、既存の信頼性の高い非磁化モデルを拡張した非磁化条件下に適用可能なモデル式が提案されている。提案されたモデル式の実験的検証として、異なる形状を持つMachプローブによる計測結果の比較が行われ、その結果、プローブ形状に依らない一意なMach数を計測可能であることが示されている。プラズマパラメータの空間分布から計算されるドリフト速度との比較から、流速値として妥当なMach数が得られることも検証されている。

 第3章では九州大学応用力学研究所TRIAM-1Mトカマクを用いたZeeman効果を利用した分光法に関する研究結果が述べられている。磁場中での発光スペクトル形状が、縮退のある場合の摂動論により計算されている。ポロイダル断面上の水素原子Hα線発光に対して3温度成分を仮定したフィッティングが行われ、最外殻磁気面外側に存在する発光位置が特定されている。ヘリウム原子からの発光線に対しても同様の結果が得られている。分離したトーラス内側及び外側からの発光線のDopplerシフトを利用することで、真空容器壁から炉心方向へと向かう径方向の原子流れが観測されている。原子流体方程式を用いた解析により、この流れは原子の圧力勾配による力で駆動されていると結論付けられている。最外殻磁気面位置を動かした際の流速の経時変化から、炉内構造物であるダイバータ板からのリサイクリングフラックスと流速が関係していることも指摘されている。さらに、本手法をより一般化し、分子やイオンへ適用した結果にも言及されている。水素分子に対しては、リミター表面からのFulcher-α帯発光が観測され、プラズマとリミターとの接触位置近傍に発光位置が存在することが確認されている。観測された回転温度の上昇から、リミター表面温度の上昇が示唆されている。

 第4章は総括であり、結論と今後の展望が述べられている。

 以上要するに、本論文では、核融合炉心プラズマの閉じ込め特性及びプラズマ対向壁近傍の熱・粒子制御に重要な、境界層におけるイオンや中性粒子の流れ計測の信頼度の向上および、計測結果からわかる物理現象の考察がなされたものである。これらはシステム量子工学、特に境界層プラズマにおけるイオンや中性粒子の動的挙動の解明に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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