学位論文要旨



No 122312
著者(漢字) 柴田,和也
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,カズヤ
標題(和) 波浪中における船舶甲板への海水打ち込みの粒子法による数値解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 122312
報告番号 甲22312
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6517号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 陳,
 東京大学 助教授 劉,傑
内容要旨 要旨を表示する

 荒天中を航行する船舶は、大波を受け甲板上に大量の海水が流れ込む場合がある。この現象を海水打ち込みという。海水打ち込み水によって、甲板構造物(ハッチカバーなど)の損傷や、船体の復元力の低下などが引き起こされる。最悪の場合、沈没にもつながる危険な現象であり、現象の解明と衝撃荷重の予測方法の確立が求められている。

 これまでの海水打ち込みの研究では、実験にもとづく数式モデルを開発することが主であった。しかし、数式モデルによる予測では、打ち込み水の3次元的な挙動を予測することができない。また様々な打ち込み条件(船体運動、入射角度、船首形状、甲板構造物)に対応することは困難である。数値流体力学を用いればこうした困難が解決できる。

 そこで本研究では、粒子法の1つであるMPS法(Moving Particle Semi-implicit)を用いて3次元の波浪衝撃解析手法を開発する。MPS法では、流体を粒子の集まりで表現する。流体の支配方程式である連続の式とナビエ・ストークス方程式を、それと等価な粒子間相互作用モデルで置き換えて、各粒子の運動を計算する。MPS法は計算格子を用いないという利点があり、界面の大変形と分裂を伴う現象を解析するのに適した手法である。MPS法は完全なラグランジュ記述であるため移流項は粒子の移動によって直接計算できる。従って数値拡散の影響を受けずに、自由表面を伴う流体の挙動を予測することができる。

 海水打ち込み現象は、船体の前進速度や姿勢など、船体運動によって大きく影響されると予想される。しかし、海水打ち込みが生じるほどの高波の条件下で船体運動を計算できる実用的な解析手法は、これまで存在しなかった。そこで本研究では、波浪時の大振幅運動にも対応可能な船体運動モデルを、粒子法を用いて開発する。

 本研究の目的は、(1)粒子法を用いた3次元波浪衝撃解析コードの開発、(2)開発したコードの計算精度の検証、(3)大振幅運動にも対応可能な船体運動モデルの開発である。衝撃荷重の計算精度の検証は、大きく分けて2つの場合で行った。(i)静止した船首模型への打ち込み、(ii)船体を強制運動させた状態での打ち込み、である。

 まず静止した船首模型へ海水打ち込みを生じさせる解析を行った。検証実験は(独)海上技術安全研究所の谷澤らによって行われた。この実験は水槽中に固定された円形の船首模型に波を打ち込む実験である。この実験に合わせて数値解析を行った。計算において、流体の初期形状と初期速度分布として線形の進行波の解析解を与えた。流体の密度と動粘性係数は常温の水の物性値を与えた。流体の表面張力や、空気からの抵抗は働かないとした。

 計算結果では、(1)線形波が船首に進行し、(2)船首に衝突、(3)流体が甲板上に打ち込む、という一連の海水打ち込みの挙動が得られた。また、打ち込み水が船首の両脇から中央部に集まる様子が再現された。こうした打ち込み水の3次元的挙動は実験と一致するものである。定量的な検証として、船首周りの水位を実験と比較したところ、水位の時間履歴はよく一致した。打ち込み水による衝撃力を検証するために、甲板上に加わる圧力値を実験と比較したところ、計算で求まった圧力値は、時間的に振動する成分を含むものの、時間積分値(力積)は実験とほぼ一致した。圧力波形が振動するにもかかわらず、力積が実験とほぼ一致する理由は、打ち込み水の水量と速度が実験とほぼ一致しているからである。構造物の損傷を考える場合、瞬間的な力よりも力積が重要である。MPS法によって計算された衝撃力の力積が実験と一致したことは、衝撃荷重の予測ツールとしての本手法の有用性を示すものである。

 次に、船体を強制運動させる条件で海水打ち込みの解析を行った。検証実験は(独)海上技術安全研究所の谷澤らによって行われた。船体を向かい波方向に航走させ、海水打ち込みを生じさせた。3種類の波長船長比(0.7、1.0、1.5)で計算を行った。船体の上下揺(Heaving)、縦揺(Pitching)は、航走実験の測定値を強制的に与えた。実験では、横揺(Rolling)、船首揺(Yawing)、左右揺(Swaying)、前後揺(Surging)は固定されたため、それらの運動は計算においても生じさせない。船体は剛体とし、剛体粒子の集合として表した。流体の初期の形状と流速分布は線形の進行波の解析解を与えた。実験で用いられた動揺試験水槽の全領域を計算するには、膨大な計算量が必要であり、計算が不可能である。そこで本計算では、流体の計算領域を左舷側の船首部付近のみに限定した。境界部分の流速を実験に近づけために、境界部分に壁粒子を設置し、それらを波の解析解の速度で強制運動させた。

 解析した結果、波長船長比が0.7の場合に船体運動は小さく、入射波は船体の前面で激しく衝突した。流体は鉛直上方に持ち上げられ、次に甲板上へ落下する挙動を示した。これらの流体挙動は実験と良く一致した。波長船長比が1.0の場合、水面に対しての船体運動(縦揺と上下揺)が大きく、船体が波の山に突入する際に船首を下げた姿勢となる。その結果、大量の流体が勢いよく甲板上に打ち込んだ。この流体挙動は実験と一致した。波長船長比が1.5の場合、縦揺れと上下動が大きいもの船体運動は水面の動きに沿ったものであり、入射波の変形は小さい。そのため、打込み水は甲板の表面に沿って緩やかにすべり流れる挙動を示した。この流体挙動は実験と良く一致した。また甲板上の打ち込み水の断面を実験と比較した。各時刻における流体の形状は実験と一致した。さらに、甲板上に加わる圧力を実験と比較したところ、計算された圧力は時間的に振動する成分を含むものの、力積が実験と一致した。

 海水打ち込みを高精度に予測するには船体運動の考慮が不可欠である。その理由は、船体運動によって相対水位(甲板と水面との距離)が変化し、打ち込み水の水量や挙動が大きく影響を受けるからである。しかし、海水打ち込みが生じるほどの高波の条件で船体運動を予測するには、船体運動の非線形性や海水打ち込みを考慮しなければならない。そのため、従来の線形の計算手法(ストリップ法)では、十分な計算精度が得られなかった。そこで本研究では、海水打ち込みが生じるほどの高波の条件下にも対応可能な船体の大振幅運動モデルを開発した。本モデルでは、船体を剛体とみなし、剛体と流体との連成計算を行う。剛体は剛体粒子(重心からの相対位置が、変化しない粒子)の集合として表した。剛体と流体の相互作用は弱連成で計算するものとし、剛体が流体から受ける力は剛体表面に働く圧力の表面積分より求めた。船体の姿勢の表現方法としてクォータニオン(Quaternion)を採用した。船体の角速度ベクトルはオイラーの運動方程式より求めた。本研究で開発したモデルの利点としては、(1)打ち込み水の影響を考慮できる、(2)船体の回転角度に制限がない、(3)船体運動に伴う船体表面の移動が剛体粒子の移動によって表されるため界面の取り扱いが容易、という利点がある。

 開発した船体運動モデルを検証するために、典型的な3つの波長船長比(0.7、1.0、1.5)で曳航実験の解析を行った。船速は向かい波方向に前進速度0.724[m/s](Fn=0.134)である。船体の自由度は、上下揺と縦揺を自由とし、他の運動は固定した。船体の寸法は船長3.0[m]、船幅0.51[m]、深さ0.25[m]、排水量243[kg]である。空気抵抗の影響はないとした。実験で用いられた動揺試験水槽の全領域を計算するには、膨大な計算量が必要である。そこで本計算では、流体の計算領域を船体付近(全長:6.0[m]、深さ:0.4[m]、幅:1.5[m])のみに限定した。境界部分(側面と底面)の流速を実験に近づけために、境界付近の粒子を波の解析解の速度で強制運動させた。境界粒子の圧力値は、ベルヌーイの定理より求めた解析解を与えた。波の連続入射を可能にするため、船体前方の境界を流入境界とし、後方の境界を流出境界とした。こうした一連の工夫を加えた計算を仮想水槽と名づけた。

 波長船長比が1.0の場合の計算では、自由表面に対して大きな船体運動が得られ、船首を下げた姿勢で波の山に突入し大量の流体が甲板上に打ち込んだ。波長船長比が1.5の場合、船体は大きく運動するものの、自由表面に対して追随する動きを示した。波長船長比が0.7の場合、船体運動は非常に小さい結果となった。また、全ての波長船長比において、流体の打ち込みが生じた。これらの船体と流体の挙動の傾向は実験と一致した。また上下揺と縦揺の周波数応答を求めた結果、本手法の計算精度は従来手法のストリップ法よりも高いことが示された。

 以上より、本研究によって海水打ち込みによる船舶甲板への波浪衝撃荷重および波浪による船体の大振幅運動に対してMPS法によって解析する方法を確立した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は波浪中における船舶甲板への海水打ち込みの粒子法による数値解析に関する研究で、5章より構成されている。

 第1章は序論で、研究の背景と目的が述べられている。荒天中を航行する船舶は、大波を受け甲板上に大量の海水が流れ込む場合がある。この現象は海水打ち込みと呼ばれ、甲板構造物の損傷や船体の復元力の低下などが引き起こされる。これまでの研究では実験にもとづく数式モデルが開発されてきた。しかし数式モデルでは、打ち込み水の3次元的な挙動や様々な打ち込み条件に対応することが困難である。そこで、粒子法の1つであるMPS法(Moving Particle Semi-implicit)を用いて3次元の波浪衝撃解析手法を開発すること、および波浪時の大振幅運動にも対応可能な船体運動モデルを開発することが研究の目的であるとしている。

 第2章ではMPS法の計算手法が述べられている。MPS法による自由表面流れの計算手法について記述されている。本研究では大規模な3次元計算をおこなうことから、近傍粒子探索の高速化、連立一次方程式のソルバー、MPS法の並列化、および計算時間と粒子数の関係について研究されている。

 第3章では粒子法を用いて開発された船体運動モデルについて記述されている。海水打ち込みが生じるほどの高波の条件では、船体運動の非線形性を考慮しなければならない。そのため、従来の線形の計算手法(ストリップ法)では十分な計算精度が得られなかった。本研究で開発されたモデルでは、船体を剛体とみなし、剛体と流体は粒子で離散化している。剛体と流体の相互作用は弱連成で計算され、剛体が流体から受ける力は剛体表面の圧力の積分より求められている。また、船体の姿勢の表現方法としてクォータニオンが採用された。これにより、船体と波との相互作用の計算において、船体の非線形な大振幅運動や海水打ち込みを考慮できるようになった。

 第4章の内容は開発した手法の検証計算である。実験は(独)海上技術安全研究所の谷澤らが実施したものである。まず静止した船首模型への海水打ち込みの計算がおこなわれた。計算では打ち込み水が船首の両脇から中央部に集中する3次元的な挙動が得られ、実験と一致している。船首周りの水位については実験と定量的によく一致している。甲板上の圧力の時間変化は大きく振動する成分を含むものの、時間積分値(力積)は実験とほぼ一致している。本実験解析から、開発された計算手法により海水打ち込みの3次元挙動や甲板上の力積を評価できることが示された。

 次に、船体を強制運動させながらの海水打ち込みの計算がおこなわれた。船体を向かい波方向に航走させ、船体の上下揺(Heaving)と縦揺(Pitching)として航走実験の測定値を強制的に与え、海水打ち込みのみを比較できるようにしている。計算結果では、波長船長比が0.7の場合に船体運動は小さく、入射波は船体の前面で激しく衝突してから甲板上へ落下している。波長船長比が1.0の場合、水面に対しての船体運動が大きく、船体が波の山に突入し、大量の流体が勢いよく甲板上に打ち込んでいる。波長船長比が1.5の場合、船体運動は大きいが水面の動きに沿っており、打込み水は甲板の表面に沿って緩やかに流れる挙動を示している。これらの流体挙動は実験と良く一致している。甲板上に加わる圧力の積分値もほぼ実験と一致したが、全体的に実験よりも小さくなる傾向が見られた。その原因は解像度の問題であると説明されている。

 さらに、船体運動と波との相互作用が計算された。船体運動が安定するためには長時間の計算が必要であり、そのために、流入境界と流出境界を工夫した仮想水槽が開発された。波長船長比が0.5では船体は殆ど運動がなく、1.0, 1.5では大きく運動した。揺れの振幅を実験および従来のストリップ法と比較したところ、本計算では海水打ち込みの影響が考慮されているために振幅はストリップ法より小さくなり、実験に近づく傾向が示された。すなわち、開発した手法によって海水打ち込みを考慮した船体運動を計算できることが示された。

 第6章は結論であり、本研究のまとめが述べられている。

 以上を要するに、本論文では粒子法を用いて船舶甲板への海水打ち込みの定量的な3次元解析手法の確立および大振幅運動が扱える船体運動モデルの開発をおこない、多数の検証計算を実施している。これらは、粒子法によるコンピュータシミュレーションを実用的な技術として展開するものと位置づけられる。こうした成果はシステム量子工学の進歩に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク