No | 122313 | |
著者(漢字) | 全,伸幸 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ゼン,ノブユキ | |
標題(和) | 超伝導転移端中での動作点を制御したTESマイクロカロリメータの開発 | |
標題(洋) | STUDY ON OPERATING POINT CONTROLLED SUPERCONDUCTIVE TES MICROCALORIMETERS | |
報告番号 | 122313 | |
報告番号 | 甲22313 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6518号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | システム量子工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.緒言 超伝導の急峻な相転移現象を利用した超伝導転移端マイクロカロリメータ(TES: Transition Edge Superconductor)は、光子の入射によるフォノンの励起を高感度に検出することを動作原理とする放射線検出器である。従来、医療応用や工業材料の非破壊検査などの材料分析手法としては半導体検出器による蛍光X線測定が幅広く利用されてきたが、次世代の検出手法としてTESマイクロカロリメータを用いることにより、より詳細な元素分析が可能となるだけでなく、化学種の動的な状態変化であるケミカルシフトを観測することも可能となる。例えば、近年目覚しい発展を遂げている高輝度放射光と併用することにより、生体細胞への薬剤投与の影響、環境汚染物質の取り込みと新陳代謝の関わり、細胞内・細胞間の情報伝達物質の動きなどを詳細かつ定量的に捉えることも可能となり、多方面に多大なインパクトを与えるものと予想される。ところが、計数率という観点からは、現状のTESマイクロカロリメータでは不十分であり、一桁以上の改善が必要とされている。 一方、宇宙の地図を完成させることは、古代より人類が抱いてきた夢のひとつである。X線を用いて見ることのできる宇宙の領域には、超新星爆発やブラックホールなどの極限状態が多く、宇宙の時空構造やその構造形成と密接に関係している。精密なプラズマ診断やX線ドップラーシフトによる輝線の微細構造分析が可能であるという観点から、TESマイクロカロリメータは画期的な進展をもたらすものと期待されているが、依然、イメージング能力が不足しており、世界各国の研究グループにより精力的にTESのピクセルアレイ化が行われている。 これらの背景を踏まえ、本論文では高計数率特性を有する多ピクセル型TESマイクロカロリメータの開発を目指して研究を行った。TESの性能は、受光素子部の熱容量と密接に関係しており、応答速度とエネルギー分解能はともに、熱容量が小さい、すなわち受光素子部のサイズが小さいほど、向上する。我々は20 μmというサイズをベースにTESの開発を行った。これは従来のTES素子の1/100程度の大きさである。天体X線観測など、イベントが稀な用途への応用を考えた場合は、高計数率は必要とされないが、放射光施設における高輝度X線を用いた蛍光X線測定などの用途においては、小サイズのTESは計数率という観点からは有利ではない。そこで、本研究では、イメージングのためだけではなく、大受光面積を得るという視点にも立って、ピクセルアレイ型TESの研究開発を行った。 2.ETF動作のTES X線入射にともなうTESの温度上昇は高々サブmKであるが、超伝導の転移領域においては極めて急峻な抵抗-温度特性を示すため、高感度に温度変化を検知することができる。TESは一般的に、電熱フィードバック(ETF: Electro-Thermal Feedback)と呼ばれるシステムを用いて動作させる。TESには擬似的な定電圧バイアスが印加されており、TESで発生するジュール熱を電熱的にフィードバックさせることにより、温度を超伝導転移領域に安定に保持させる。X線入射があったときも同様であり、上昇したTESの温度分だけ、TESのジュール熱が電熱的に減少し、バイアス回路を流れる電流変化を読み取ることにより、入射エネルギーを決定している。 ETFとは、熱入力により増加したTESの熱量と同じ量だけTESのジュール熱を減少させ、熱入力の前と同じ状態に冷却するシステムであるが、それはあくまでも見かけ上のことである。実際にTESを冷却しているわけではなく、微小な量ではあるが、熱入力によってTESは温められる。通常の場合なら、熱入力の前後で、TESの温度は変化しないと考えて差し支えない。ところが、高輝度放射光など、高計数率下でフォトンを受光する場合は、個々のフォトン入射がもたらす温度上昇はわずかであっても、これらが蓄積することにより、元のバイアス平衡点からのズレが生じることが考えられる。TES素子を並列に接続したピクセルアレイ型TESの場合も同様のことが危惧される。フォトン入射にともなうわずかな温度上昇は、入射した素子だけではなく、周辺の素子にも及ぶことになり、その影響は計り知れない。この場合も、わずかな温度上昇が蓄積しやすいケースであり、各素子のバイアス平衡点が揺らぐことになる。 3.LTSSMによるピクセルアレイ型TESの信号波形評価 超伝導受光素子としてイリジウムを用い、素子同士を並列に接続することによりピクセルアレイ型TESマイクロカロリメータを実現している。我々は、ピクセルごとの信号を読み出す手段として、波形分割方式(WDM: Waveform-Division Multiplexing)と呼ばれる、独自の信号多重化方式を採用している。全ピクセルからの信号を1つのSQUIDアンプで読み込み、応答信号の波形の違いを元に、ピクセルの弁別を行うというものである。 WDM方式のコンセプトに基づき、ピクセルごとに異なる信号波形を取得するため、各素子のサイズが異なる10ピクセルのアレイ型TESを開発した。ピクセルごとの熱容量が異なるため、同一エネルギーの入射に対して様々な波高値が得られるためである。しかしながら、極低温走査シンクロトロン顕微鏡法(LTSSM: Low Temperature Scanning Synchrotron Microscope)により、コリメートしたX線ビームを用いてピクセルごとの応答を調査したところ、期待されたような信号波形の違いを見ることはできなかった。これは、TES素子同士が熱的な相互作用をしていることの顕れであり、ETFという自ら電熱制御を行う機構に内在する問題を指摘した結果である。 4.External-ETF制御による絶対パワー計測用TESの開発 レーザパワーの絶対値を決定することは、産業応用上、極めて重要である。しかしながら、現在広く用いられている低温ラジオメータは、ダイナミックレンジが狭く、応答時間も数分と非常に長いため、動作点のドリフトが生じやすい。 TESをラジオメータとして応用する際の基本的な原理は従来と同様である。TESに未知のパワーが入力されると、ETF機構によって、TESのジュール熱が電熱的に変化する。その変化分を読み取ることにより、未知のパワーを決定するが、しかしながら、パワーの絶対値は、極めて厳密に求めなければ意味がない。そこで、熱入力の有無に関わらず、転移端中でのTESのバイアス点の揺らぎを抑える機構が必要となる。これは、TESの温度揺らぎによるSQUID出力を、ヒータの入力にフィードバックすることにより実現され、Temperature Locked Loop (TLL)と呼ばれる。外部の系から電熱制御を行うTLL機構によって、転移端中でのTESの動作点を制御することは可能となり、数10 nWから300 μWという広いダイナミックレンジにわたって、熱揺らぎを1.5 nWという極小の値に抑えることに成功した。 5.小ピクセルアレイ型TESの動的特性評価 素子のサイズが20 μmという小サイズのアレイ型TESを開発した。1素子あたりの熱容量はC = 1.0 [fJ]と極めて小さく、エネルギーの入射に伴って素子の温度は大幅に上昇し、いったん常伝導領域まで到達したあと、元の動作点に戻ることになる。そのため、信号の頂点付近は飽和することになる。一方、素子のサイズに由来して、信号の立ち上り・立ち下りともに数μsという高速な応答を示し、擬デジタルな応答波形が得られることになった。このため、信号の応答特性は、波形のパルス幅で決定されることになるが、そのパルス幅は数10 μsと依然速く、従来のTESよりも一桁程度の応答速度の向上が見られた。 さらに、出力信号のパルス幅は、信号の時間積分値と良好な直線性を示した。信号のパルス幅を用いてエネルギースペクトルを形成したところ、積分値を用いたスペクトルよりも、30 %程度、エネルギー分解能が向上した。このデバイスの複雑な構造のため、エネルギー分解能は劣化しているが、デジタルモードで動作させるという、TESの新たな信号読み出し方式を示唆するものである。 6.結言 本研究では、高計数率特性を有するピクセルアレイ型TESを目指して研究開発を行った。LTSSM法により、ピクセル間に熱のクロストークが存在し、ETFのみではピクセルごとのバイアス点を制御しきれないことが明らかとなった。一方、外部の系よりTES素子のバイアス点を制御するExternal-ETF機構を用いて、レーザパワーメータを開発した。パワーメータの性能は向上し、External-ETF機構により転移領域中の動作点を制御することは可能であることが示された。External-ETF制御によるピクセルアレイ型TES開発の礎となるものである。 また、小サイズのアレイ型TESの性能評価を行った。サイズ効果にともない擬デジタル信号が得られたが、その応答速度は従来のTESよりも一桁程度向上していた。デジタル動作モードのピクセルアレイ型TESとExternal-ETF機構を組み合わせることにより、同一のデバイスでありながら、大受光面積を必要とする高輝度放射光下における材料化学分析と、X線天文学などのイメージング特性を必要とする用途の両方に適用できることが示された。 | |
審査要旨 | 現在普及している放射線スペクトロスコピーでは、放射線のエネルギーを電荷キャリアに変換するものであるが、この手法では、電荷を生成するために比較的大きなエネルギーを必要とするため、電荷キャリア数のゆらぎの制約を受けて特に低エネルギーX線の分解能には制約があった。一方、放射線のエネルギーを熱として受け止め、吸収体の温度変化を検出する手法は、ボロメータまたはカロリメータと呼ばれて、このような電荷キャリアのゆらぎを受けずに高エネルギー分解能を達成できることが古くから知られていたが、温度変化を検出原理に持ち込むことから、動作速度に制約があった。本研究はこの点に一歩踏み込み、超伝導体の転移端での抵抗変化を利用したマイクロカロリメータである転移端温度センサ(TES)において動作点を制御し、温度変化と電気信号をうまく調和させて動作させることにより、位置検出器としての利用やセンサの高速化、ディジタルモードでの動作による測定系の簡素化など多くの可能性が開けるということを提案し、その具体的な手法と有効性を示したものであり、次の8章から構成されている。 第1章は序論であり、蛍光X線分析や宇宙応用など、高エネルギー分解能が必要とされている応用分野の状況を示し、現在精力的に研究の進められている、超伝導体を用いた代表的な検出器として、単一光子超伝導検出器、超伝導トンネル接合素子、位置敏感型超伝導転移端センサ、テラヘルツ光用検出器など、主要な検出器の比較を行っている。 第2章は、マイクロカロリメータの一般的な動作原理と内部で生じる物理過程について記述を始め、金属マイクロカロリメータや誘電体マイクロカロリメータなどの基本動作原理まで紹介した後に、本論文の主題である超伝導転移端温度センサ(TES)を用いたマイクロカロリメータについて定電圧バイアスでの動作理論と周波数特性や電流感度を示し、更にはジョンソンノイズ、フォノンノイズ、吸収体とセンサ間の温度ゆらぎに起因するTFN(Temperature Fluctuation Noise)などに至る雑音理論を含めたTESの動作特性について詳しく議論し、デバイス特性の定量的な取り扱いを試みている。 第3章は、TESの信号処理手法についてまとめたものであり、一般的に用いられている最適フィルタについて詳しく説明した後に、個々のX線入射に対応する信号パルス波形の変化が大きく、非線形領域での動作に適した、信号波形のクラスタリング分析を用いた新しい信号処理アルゴリズムについて示している。この新しいアルゴリズムを適用した結果、エネルギー分解能の改善が行われている。 第4章は、東京大学において独自に開発されたIr超伝導体を用いたTESの製造法を中心として測定系構築の詳細について細かく述べられたものであり、装置パラメータを最適化してよりよいデバイスを実現したことならびに、本研究で用いた希釈冷凍機とSQUID増幅器の諸特性と動作条件が示されている。 第5章は、動作点を制御することで信号波形をピクセル毎に変化させ、位置検出能力を有する、超伝導検出器であるピクセルアレイ型のTESに関して記述を進めたものである。本章ではまず位置検出のためのシステムサイズを簡略化するための2大手法である時間領域マルチプレクシング、周波数領域マルチプレクシングの原理を示し、これと並ぶ概念である波形領域マルチプレクシングを導入している。その後は、クラスタリング法に集中して、実際の位置敏感型TESから得られる信号を詳細に解析している。本章の最後ではこれらの解析結果に基づいて試作した非対称型のTESを示し、その位置検出特性を求めている。 第6章は、レーザー光強度に関する絶対量を測定するためのレーザーパワーメータについて簡単に触れ、TLL(Temperature Locked Loop)の概念を提案し、さらには実際に原理どおりに動くところまで来ているのであろうか? 第7章は本論文の中心課題である、TESの動作点をピクセル毎に変化させる手法を極端に小さなピクセルをもつTESに対して適用した結果について示したものであり、実測された大きな波形変化から位置情報を簡易に取り出すことの可能性を示すとともに、さらにSPring-8で行った測定実験データにおいては計数率によりバイアス点が変化することなどを新たに見出している。 第8章は本論文の結論であり、動作点を制御したTESの有効性を示し、波形領域マルチプレクシング法による位置検出法に関して得られた結果をまとめるとともに、SPring-8における実験結果において計数率特性の面からも動作点制御が必要であることを述べるなど、動作点制御型TESの今後の展開についても示している。 以上をまとめるに、本研究では、TESにおいて動作点を制御するという新しい考え方に基づき、新たな高エネルギー分解能X線測定法を開発しており、システム量子、特に量子計測の発展へ寄与することは少なくない。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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