学位論文要旨



No 122317
著者(漢字) 山口,順
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ジュン
標題(和) 光二量化反応を用いた生体分子固定化マトリックスの創製
標題(洋) Matrix preparation for biomolecules immobilization by photodimerization reaction
報告番号 122317
報告番号 甲22317
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6522号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 宮原,裕二
 東京大学 助教授 吉田,亮
 東京大学 助教授 米山,隆之
 東京大学 講師 高井まどか
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、光を利用し、包括法による生体分子固定化可能なマトリックスを作成できるポリマーバイオマテリアルを提案する。これまで光エネルギーにより流動性素材を選択的に硬化させ、所望の形状の立体物を創成する加工法である光造形技術は、プラスチックの成型加工や半導体製造工程におけるフォトリソグラフィー工程でのレジスト材として多くの分野に利用されている。光造形技術の利点は、化学・物理架橋技術に比べ、広い温度範囲において所望の立体物を簡便・迅速に形成可能なことである。また、造形過程において温度的に温和な条件で反応が進行するため、生体分子に障害を与えることがないことも挙げられる。近年のバイオテクノロジーにおいて、光架橋などの光化学反応の特性を用いることは、バイオチップにおけるバイオセパレーションのための微小構築物や三次元的スキャホールドの製作技術への応用に広がりをみせている。その中で、特にタンパク質、DNA、および細胞などの生体分子を扱うようなバイオチップの構築物であるマイクロハイドロゲルゲート、バルブや、バイオセンサーのための酵素固定化膜では、生体適合性を有することが重要となる。一般に、これらの目的に使用される高分子材料は、多糖類、ポリペプチドや親水性合成高分子である。これまで、光架橋性ポリマーバイオマテリアルとして知られているスチルバゾリウム基を有するポリビニルアルコール(PVA-SbQ)はバイオセンサーにおける酵素固定化膜として実用化された。しかしながら、PVAは親水性材料ではあるが、PVAは比較的生体物質と適合性が良いとされているものの、ナノバイオ領域を考えた場合には、より高い性能のポリマーバイオマテリアルが必要となる。目的のポリマーが求められる特性として、光により簡便・迅速に反応が進行すること、水中で反応が進行すること、光照射により得られるマトリックスが高いタンパク質吸着抑制効果を持ち、高い生体分子透過性を示すこと、また、生体分子を固定化した際、生体分子がマトリックスへ効果的に固定化されており、その活性を維持できることが挙げられる。そこで、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)と4-(4-メトキシシンナモイルメトキシシンナモイル)フェニルメタクリレート(MOCPMA)とを共重合し光反応性リン脂質ポリマー(PMMC)を合成した。これまでの研究で、ホスコリルコリン基を有するポリマーは素晴らしいタンパク質吸着抑制と細胞粘着抑制を示すことが確認されてきた。これらのポリマーはモノマーとしてMPCと他のビニル化合物により構成されている。MOCPMAユニットは光照射によりシンナモイル基の二量化反応により架橋する。さらにこのMOCPMAはバイオマテリアルへの応用も報告されていることより、生体適合性を持つことが期待できる。また、光二量化反応を採用しているため、架橋点を選択的に形成していくことより、生体分子への影響を軽減できると考えられる。そして、MPCを一成分として得られるハイドロゲルは高含水率であり、高い生体成分透過性を示すことが期待され、高い生体適合性から、固定化の際の高い酵素活性維持を期待できる。

本論文はChapter1〜5で構成されている。Chapter 1は、本研究においての背景および目的について書いた。Chapter 2では、MPCとMOCPMAとを共重合し各組成のPMMCを合成した。得られたPMMCの特性評価と、IR、UV-VISおよび蛍光測定を行い、水中およびエタノール中における光反応速度違いについて検討した。本章で、光架橋可能な新規ポリマーバイオマテリアルの創製に成功した。Chapter 3では、Chapter 2で得られたPMMCを光照射によりハイドロゲルを合成し各種特性評価(ゲル化率、含水率、微細加工、タンパク吸着試験)を行った。本章で、PMMCを用いることにより高含水率で微細加工可能なハイドロゲルの合成に成功した。また従来バイオセンサーにおける酵素固定化膜として実用化されていたPVA-SbQに比べてタンパク吸着抑制に優れたハイドロゲルを合成できた。したがって、PMMCを用いることにより高い溶質透過性を示すハイドロゲルマトリックスを構築できることが示唆された。Chapter 4では、PMMCを用いて包括法によるグルコースオキシダーゼ(GOD)の固定化を行い、固定化されたGODの活性は呈色試験により確認した。本章で、PMMCを用いることによりPVA-SbQと同様に酵素固定化マトリックスを作成することが可能であることが確認された。Chapter 5は、本研究にあたっての結論を述べた。

 今回提案したPMMCによるハイドロゲル合成プロセスを用いると、単純操作でポリマーバイオマテリアルを微細加工できるような材料及び技術を確立することが出来き、再生医療分野で必須な三次元的スキャホールドや損傷部位の縫合を行う必要がなくなる組織封止材を体内で直接造型できるような技術の確立も可能であると考えられる。以上のように、光反応性ポリマーバイオマテリアルの創製が可能となれば、バイオマテリアルの使用範囲を広げることが可能になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 光エネルギーによりポリマー生成反応や分解反応を誘起する光反応性ポリマーは、半導体製造工程におけるフォトリソグラフィーのレジスト材として利用されている。一方、近年のバイオテクノロジーにおいて、光架橋、光固定化などの光化学反応の特性を用いることは、タンパク質や核酸チップの作成にも利用されてきている。また、バイオセンサーのための酵素固定化では、効率のよい固定を温和条件でなせるポリマー系が求められるほか、このポリマーが生体親和性を有することが重要となる。すなわち、ポリマーに必要な特性として、水に溶解し、この環境下で光により簡便・迅速に反応が進行すること、光照射により得られるマトリックスが高いタンパク質吸着抑制効果と溶質透過性を示すこと、また、生体分子を固定化した際、生体分子がマトリックスへ効果的に固定化されており、その活性を維持できることが挙げられる。そこで、本研究では、光反応でタンパク質を包括固定する新しいポリマーバイオマテリアルの創製を目指して、高効率で光二量化反応する官能基と生体親和性の高いリン脂質極性基をポリマー分子に担持させる分子設計と、このポリマーを利用したバイオセンシングシステムの構築を実施している。

 本論文は全5章から成る。

 第1章は序論である。これまでの光反応性ポリマーや生体分子固定化方法などを述べ、温和な条件で簡便・迅速に反応が進行する光反応についてまとめている。これを研究背景として、優しい生体分子固定化ポリマーバイオマテリアルを提案している。

 第2章では、リン脂質極性基を有するモノマー(MPC)と高効率で光二量化反応を起こすシンナモイル基を有するモノマー(MOCPMA)とをラジカル反応で共重合し、光反応性リン脂質ポリマー(PMMC)を合成している。この際、ポリマー中の各モノマーユニットの組成の制御することで、ポリマーの水に対する溶解性を制御している。また、光二量化反応を検討し、PMMCが光照射により迅速に架橋反応していることを示している。溶媒が水である場合にはPMMCが疎水性相互作用に基づく会合体形成をするために、シンナモイル基同士の近接が生じ、二量化反応速度がエタノール中での反応に比較して大きいことを証明している。

 第3章では、PMMCから光照射によりハイドロゲルを合成し、その特性についてゲル化率、含水率、タンパク吸着性の観点から検討している。PMMCの光反応により得られるハイドロゲルは90%以上の高含水率であることを示し、これより溶質透過性が大きいことを示唆している。このハイドロゲルが、バイオセンサーにおける酵素固定化膜として実用化されているポリビニルアルコール系(PVA-SbQ)に比べてタンパク吸着抑制効果に優れていることを明らかにした。また、光照射を規定することで、300-500μmレベルの微細加工に成功しており、バイオセンシングシステムへの応用の可能性を明らかにしている。これらのことより、光照射によりPMMCが良好なマトリックスハイドロゲルとなることを結論している。

 第4章では、PMMCを用いて包括法による酵素固定化を行い、固定化された酵素の反応について議論している。固定化は光二量化反応に伴って起こり、室温、生体環境において可能であることを示している。また固定化された酵素の活性が、従来のPVA-SbQに比較して高く維持されていることも明らかにしている。これを利用して血糖値センサーとして利用するグルコース酸化酵素の固定化を実現し、バイオセンシングシステムの基盤を構築している。

 第5章は総括で、本研究をまとめるとともに、光反応性リン脂質ポリマーのバイオマテリアルとしての今後の展望について述べている。

 光反応の適用は、単純な操作でバイオデバイスを微細加工できるようなマテリアルを実現する。また本研究の光反応性リン脂質ポリマーは組織再生工学において必須な細胞の足場となる三次元的スキャホールドの構築や、損傷部位の縫合に代わる組織接着材にも応用できる技術の基盤と考えられる。このように、本論文の内容は、生体親和性でかつ光反応性ポリマーの分子設計とその得られるポリマーマテリアルの医療への応用について示しており、マテリアル工学の医療分野への展開に大きな貢献をすると判断できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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