学位論文要旨



No 122318
著者(漢字) 原,雄介
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ユウスケ
標題(和) 新規バイオマシン構築のための自励振動型高分子の分子設計とその機能制御
標題(洋) Molecular Design and Functional Control of Self-Oscillating Polymer for Novel Biomachines
報告番号 122318
報告番号 甲22318
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6523号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 吉田,亮
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 講師 高井,まどか
 東京大学 講師 山崎,裕一
 東京大学 助教授 一木,隆範
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、これまで数多く研究が報告されている刺激応答性高分子とは異なり、一定環境下で自発的に周期的な形態変化を起こす自励振動型高分子を創製し、新規バイオマシンの構築に向けて、生体環境下で自励振動を発現させる分子設計手法の確立を目的とする。

 生命体は、流入するエネルギーと生体内部で散逸するエネルギーが均衡して、一定の散逸構造を保つ、非平衡開放系の分子システムである。その生体内部には、神経細胞の膜電位、心臓の拍動、サーカディアンリズムなど、細胞レベルから一個体至るまでのあらゆる階層おけるリズムを包括している。それらのリズムは、外部刺激によってそのリズムが乱されたとしても、再びそれぞれの持っていた振動リズムに復帰する力強さを内包している。このような動的で周期秩序を有する分子システムを、高分子を用いてテーラーメードで構築することができれば、外部の環境を認識しながらも自励的に駆動する、生命体のような分子システムが構築できる。

 本研究では、外部刺激によらない自励振動を実現するため、自らリズムを発し周期的なパルスや空間パターンを生み出す非線形反応として知られているBelousov-Zhabotinsky(BZ)反応を利用した。BZ反応は、代謝反応との類似性が多く、情報伝達や自己組織化などの種々の生命現象を理解するための化学モデルとしてその重要性が認識されている。これまでの研究において、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(poly(NIPAAm))にBZ反応の金属触媒(ルテニウムビピリジン錯体:Ru(bpy)3)を共重合させることによって、自励的なコイル・グロビュール転移が誘起され、それに伴った溶解と不溶解の周期的変化を透過率振動として実現することに成功した。しかし、これまで開発してきた自励振動型高分子poly(NIPAAm-co-Ru(bpy)3)の分子デザインでは、駆動環境がBZ反応場に固定されており、材料としての適用範囲が限られたものとなっている。駆動環境を生体反応場のような非常にマイルドな環境まで拡張させ、かつ外部環境の変化によってその自励振動挙動を自在にon-offスイッチングさせることができれば、より生命体に近い新規バイオマシンとして、その適用範囲を拡張させることが可能になる。

 本研究では、有機酸(マロン酸)のみが存在する生体環境下で駆動する新規バイオマシンの構築を目指し、段階的なステップを踏むことによって分子設計を行った。第一ステップとしてポリマー鎖内部にpHコントロール部位を内包させ、また第二ステップとして酸化剤供給部位を内包させることによって、それぞれ酸無添加条件および酸化剤無添加条件下で駆動する自励振動型高分子を合成した。最終ステップとして、第一及び第二ステップで得られた知見を基に、pHコントロール部位と酸化剤供給部位を同時に併せ持った新規自励振動型高分子を合成した。その結果、マロン酸だけが存在する生体環境下で自励振動を生起することに成功した。さらに、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて高分子鎖の自励振動挙動の直接観察にも成功した。

以下に本論文の各章の概要を示す。

第1章 緒論として、本論文の背景となる自励振動型高分子創製に向けたこれまでの研究例、及び機能性材料への応用研究例を述べた後、本論文の目的と構成について述べた。

第2章 酸無添加状態で自励振動を生起させるため、高分子鎖の中にpHコントロール部位(アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸(AMPS))を導入した。その結果、BZ反応に必要不可欠な酸を添加物として直接加えることなく、高分子鎖の自励振動挙動が実現された。AMPSを導入した高分子の自励振動挙動は、温度と高分子濃度の影響を大きく受けることが確認された。高分子がカチオン部とアニオン部の両方を持つため、分子鎖内外で強い静電的相互作用を引き起こしている結果であると示唆された。AMPSとRu(bpy)3の組成比が自励振動挙動に与える影響を調べた結果、Ru(bpy)3とAMPSの仕込み量によって大きく高分子の溶解性が変化し、それに伴って振動挙動が大きく影響を受けることが明らかとなった。これらの知見から、自励振動挙動が高分子組成によってコントロール可能であることが示された。また、外部温度変化により自励振動をon-offスイッチングさせることが可能であった。さらに、BZ基質である臭素酸とマロン酸の濃度は、高分子鎖の運動性を示す振幅に対して大きく影響を与えることが確認された。臭素酸とマロン酸濃度、及び外部温度条件を選択することによって自励振動挙動のコントロールが可能であることが示された。高濃度領域においては、酸化状態と還元状態における高分子鎖の溶解性の差に起因した、粘度の自励振動が生じることを見出し、高分子鎖内外に働く相互作用の周期的な変化が流動抵抗のマクロな周期的変化を引き起こすことを明らかにした。さらに、高分子鎖の伸縮振動を、AFMを用いて直接的に観測した結果を報告した。自励振動型高分子poly(NIPAAm-co-Ru(bpy)3)にN-アクリロキシスクシンイミド(NAS)を共重合し、アミノ化ガラス基板上にポリマー鎖を化学結合させた。このガラス基板を金属触媒以外のBZ基質を含有する水溶液に浸漬し、AFMの短針を薄膜上の一ヶ所に固定して時間変化を追跡した。その結果、約70秒の周期で高さ方向の振幅が約5〜10nmの自励振動を確認することに成功した。この結果により、これまで水溶液中で透過率振動として確認してきた高分子鎖の自励振動挙動が、実際に高分子鎖間の周期的な形態変化に起因していることを示すことができた。

第3章 酸化剤(臭素酸イオン)を対イオンとしてポリマー鎖内に導入させるため、自励振動型高分子poly(NIPAAm-co-Ru(bpy)3)に、酸化剤供給部位(メタクリルアミドプロピルトリメチルアンモニウムクロリド(MAPTAC))を共重合した。臭素酸イオンは、MAPTACの対イオン交換によってポリマー鎖に導入された。この高分子は、酸化剤を添加物として加えることなしに自励振動が生じた。また、高濃度(5wt%)条件においても、ポリマー鎖の凝集による減衰振動が起こりにくく、最長で3時間以上振動が継続することが確認された。酸化剤供給部位を持つ高分子は分子鎖内部にカチオン基しかないことに起因して、凝集が起こりにくいと考えられた。またカチオン基のみの存在により、高分子鎖の親水性が上昇するため、酸化状態と還元状態における溶解性の差が小さくなり、その溶解差に起因する振幅が小さくなった。しかし、体温付近(36℃)においても長期に安定な振動が可能なことから、バイオマシン構築のために有利であると考えられた。さらに高分子鎖の自励振動を分子レベルで解明するため、酸化還元電位測定を、透過率振動の測定と同時に行なった。その結果、ルテニウム錯体部位の酸化還元変化は、マクロな高分子鎖の状態変化を示す透過率変化よりも早く進行し、酸化還元比率がある閾値を越えたところで、高分子鎖のマクロな状態変化が引き起こされることが明らかとなった。通常の高分子溶液では、高分子鎖の凝集により、自励振動は時間と伴に減衰するが、凝集した高分子鎖が再解離する異常な現象を確認することができた。高分子鎖が動的で周期的な運動を繰り返す中で、カチオン部位同士の静電反発効果が働き、凝集の解離が引き起こされていると推察された。

第4章 有機酸のみが存在する生体環境下でポリマー鎖を自励的に駆動させるために、pHコントロール部位と酸化剤供給部位を同時に内包する新規自励振動型高分子を合成した。ポリマー鎖を溶解させると同時に水素イオン及び臭素酸イオンが拡散し、マロン酸のみが存在する環境下で自励振動を発現させることに成功した。このことは、駆動環境を生体環境下まで拡張可能なことを示しており、自励振動型高分子の新規バイオマシンとしての適用範囲を大幅に拡張するものといえる。マロン酸濃度と周期は比例的に相関し、振動周期から有機酸濃度を逆算することも可能であり、新規センサー材料としの応用も示唆された。

第5章 統括として本論文全体の内容をまとめるとともに、新規バイオマシンの有用性について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

 生命体は、流入するエネルギーと生体内部で散逸するエネルギーが均衡して、一定の散逸構造を保つ非平衡開放系の分子システムと捉えることができる。その内部では、神経細胞の膜電位、心臓の拍動、サーカディアンリズムなど、細胞レベルから個体に至るまでのあらゆる階層において周期的なリズムを包括している。このような時間的秩序を有する分子システムを高分子を用いてテーラーメードで構築することができれば、外部の環境を認識しながらも自励的に駆動する、生命体のような新しい材料システムが構築できる。申請者は、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(poly(NIPAAm))にBelousov-Zhabotinsky反応(BZ反応)の金属触媒(ルテニウムビピリジン錯体:Ru(bpy)3)を共重合させることによって、BZ反応基質溶液中で自励的なコイル・グロビュール転移を誘起し、それに伴った溶解と不溶解の周期的変化を透過率振動として観測することに成功している。しかし、これまでに開発されてきた自励振動型高分子poly(NIPAAm-co-Ru(bpy)3)の分子デザインでは、駆動環境がBZ反応場に限定されており、機能材料としての適用範囲が限られたものとなっている。駆動環境を生体反応場のような温和な環境まで拡張させ、かつ外部環境の変化によってその自励振動挙動を自在にon-offスイッチングさせることができれば、より生命体に近い新規バイオマシンとして、その適用範囲を拡張させることが可能になる。そこで申請者は、本学位請求論文において、新規バイオマシンの構築に向けて、有機酸(マロン酸)のみが存在する生体環境下で自励振動を発現させる新規自励振動型高分子の創製を行なった。本研究では、段階的なステップを踏むことによってその分子設計を行っている。第一ステップとしてポリマー鎖内部にpHコントロール部位を内包させ、また第二ステップとして酸化剤供給部位を内包させることによって、それぞれ酸無添加条件および酸化剤無添加条件下で駆動する自励振動型高分子を合成した。第一及び第二ステップで得られた知見を基に、最終ステップとして、pHコントロール部位と酸化剤供給部位を同時に併せ持った新規自励振動型高分子を合成し、マロン酸だけが存在する生体環境下で自励振動を生起することに成功している。このように高分子自らが生体環境下でBZ反応場を構築し、自励振動を発現する研究は他に報告がない。さらに、外部温度変化によって自励振動がon-off可能であること、高濃度溶液で粘度の自励振動現象が生起すること、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて高分子鎖の自励振動挙動の直接観察に成功した結果も併せて本学位請求論文にまとめている。本論文は以下の五章から成る。

 第一章は序論である。本論文の背景となる自励振動型高分子創製に向けたこれまでの研究例、及び機能性材料への応用研究例を述べた後、本論文の目的と構成について述べている。

 第二章では、酸無添加状態で自励振動を生起させるため、高分子鎖の中にpHコントロール部位(アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸(AMPS))を導入している。その結果、BZ反応に必要不可欠な酸を添加物として直接加えることなく、高分子鎖の自励振動挙動を実現している。AMPSを導入した高分子の自励振動挙動は温度・高分子濃度・高分子組成・BZ基質濃度の影響を大きく受けること、高分子がカチオン部とアニオン部の両方を持つため、高分子の凝集に起因する減衰振動が生じることを確認している。また外部温度変化による自励振動のon-offスイッチングが可能であることを示している。さらに高濃度領域においては、酸化状態と還元状態における高分子鎖の溶解性の差に起因した粘度の自励振動が生じることを見出し、高分子鎖内外に働く相互作用の周期的な変化がマクロな流動抵抗の周期的変化を引き起こすことを明らかにしている。また自励振動型高分子poly(NIPAAm-co-Ru(bpy)3)にN-アクリロキシスクシンイミドを共重合し、アミノ化ガラス基板上にポリマー鎖を化学結合させた。ガラス基板をBZ基質含有溶液に浸漬し、AFMの短針を薄膜上の一ヶ所に固定して時間変化を追跡した結果、高分子鎖の形態変化に相当するナノメートルオーダーの自励振動を確認することに成功している。これまで水溶液中で透過率振動として確認してきた自励振動が、実際に高分子鎖の周期的な形態変化に起因していることを示している。

 第三章では、酸化剤(臭素酸イオン)を対イオンとしてポリマー鎖内に導入させるため、自励振動型高分子poly(NIPAAm-co-Ru(bpy)3)に酸化剤供給部位(メタクリルアミドプロピルトリメチルアンモニウムクロリド(MAPTAC))を共重合している。臭素酸イオンを導入したこの高分子を用いることにより、酸化剤を添加物として加えることなしに自励振動を起こすことに成功している。また、この高分子はカチオン基しか持たないため、高濃度条件においてもポリマー鎖の凝集による減衰振動が起こりにくく、最長で3時間以上振動が継続することを確認している。体温付近においても長期に安定な振動が可能なことから、バイオマシン構築のための有用性についても言及している。さらに高分子鎖の自励振動を分子レベルで解明するため、酸化還元電位と透過率振動の同時測定を行なっている。その結果、ルテニウム錯体部位の酸化還元変化は、高分子鎖の状態変化を示す透過率変化よりも早く進行し、酸化還元比率がある閾値を越えたところで高分子鎖のマクロな状態変化が引き起こされることを明らかにしている。通常、高分子鎖の凝集により自励振動は時間と伴に減衰するが、MAPTACを導入した高分子では凝集した高分子鎖が再解離する異常な現象が生じることを確認している。高分子鎖が周期的な運動を繰り返す中で、カチオン部位同士の静電反発効果が働き、凝集の解離が引き起こされると推察している。

 第四章では、有機酸のみが存在する生体環境下でポリマー鎖を自励的に駆動させるために、pHコントロール部位と酸化剤供給部位を同時に内包する新規自励振動型高分子を合成している。ポリマー鎖を溶解させると同時に水素イオン及び臭素酸イオンが解離・拡散し、マロン酸のみが存在する環境下で自励振動を発現させることに成功している。このことは、駆動環境を生体環境下まで拡張可能なことを示しており、自励振動型高分子の新規バイオマシンとしての適用範囲を大幅に拡張するものといえる。マロン酸濃度と周期は比例的に相関し、振動周期から有機酸濃度を逆算することも可能であり、新規センサー材料としての応用も示唆している。

 第五章は結論であり、本研究で得られた結果を総括している。

 以上のように、本学位請求論文においては、新規バイオマシンの構築に向けて、有機酸(マロン酸)のみが存在する生体環境下で高分子の自励振動を発現させるために、段階的なステップを踏むことで論理的な分子設計を行い、最終目標とする生体環境で機能を発現する新規自励振動型高分子の創製に成功している。さらにそれらの検討過程において、外部温度変化による自励振動のon-offスイッチング、凝集した高分子の再解離現象、高濃度溶液の自励粘性振動、AFMを用いた自励振動挙動の直接観察を実現している。本論文の内容は、その独創的な分子設計や自励振動現象に対する鋭い洞察力、自励振動型高分子の新規バイオマテリアルとしての適用可能性を大幅に高めた点から考えて、マテリアル工学の分野において秀でていると判定される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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