学位論文要旨



No 122319
著者(漢字) 木村,美都奈
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ミズナ
標題(和) 分子間相互作用により自発的ゲル化するソフトバイオマテリアルの創製
標題(洋) Novel Soft Biomaterials Spontaneously Formed via Molecular Interactions
報告番号 122319
報告番号 甲22319
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6524号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 宮原,裕二
 東京大学 助教授 吉田,亮
 東京大学 講師 高井,まどか
内容要旨 要旨を表示する

 刺激応答性や生体適合性など生体組織の機能と共通する点が多いことから、ハイドロゲルは生体適合性材料として有望である。これまでハイドロゲルの特性を利用した様々な研究が行われてきており、Drug Delivery System(DDS)、組織工学、外科領域や眼科領域など幅広い分野での応用が期待されている。中でも、適用部位に合わせてその場で調製できるハイドロゲルは医療分野で大きな注目を集めている。ゲルの調製手法は主に2つに分類される。1つは多官能基モノマーや反応性ポリマーを重合して三次元ネットワークを形成する方法である。しかし、有毒な未反応物質の残存や、重合時に用いる照射光や熱により反応部位が傷付くおそれがある。もう1つは患部に特異的な条件により架橋する環境応答性ポリマーを用いる方法である。温度やpH変化に応答してゾル-ゲル転移を起こす環境応答性ポリマーの研究が進んでいるが、使用方法が煩雑であり臨床応用には多くの課題が残されている。また、幅広い適用箇所、高い機能性、生体内分解性や生体適合性などの条件を満たすマテリアルはほとんどないのが現状である。

 そこで、本研究は場所を選ばず調製することが可能であり、生体内で軟組織に接触して用いることのできる生体内分解性ソフトバイオマテリアルの創製を目指す。そのために分子設計を通して、水素結合、静電相互作用、化学結合などの分子間相互作用による自発的ゲル化、適切な機械的性質、様々な機能性、生体内分解性、高い生体適合性を付与していくことを目的とする。また、組織との相互作用に着目し、マテリアルの組織接着性および非接着性も制御していく。場所を選ばず調製でき、高い機能を発現できるソフトバイオマテリアルは、新たな治療法や今後の高度先端医療に欠かせない技術を提供できる。さらに本研究は、様々な分子間相互作用の影響を物理化学的、生物学的観点から系統的に評価することで、バイオマテリアルの研究領域に新しいマテリアル創製概念を提示できるものであると言える。

 以上のことから(1)水素結合、(2)イオン結合、(3)静電相互作用、(4)化学結合などの分子間相互作用により自発的ゲル化を示すマテリアルとして、優れた生体適合性を示す2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine(MPC)を主成分とする水溶性リン脂質ポリマーを設計した。

(1) 水素結合型ハイドロゲル

 極性の低い環境下ではカルボキシル基の解離が抑制され水素結合が形成される。この現象を利用して、MPCとカルボキシル基を有するmethacrylic acid(MA)とのコポリマー(rPMA)と、MPCとアルキル基を有するn-butyl methacrylate(BMA)とのコポリマー(PMB)の水溶液から調製する、水素結合型ハイドロゲルを設計した。この他にも、1つのモノマーユニット中に2つのカルボキシル基を有するモノマーユニットやベンゼン環を有するモノマーユニットを導入したポリマーも設計し、rPMA/PMBとは異なる効果も期待した。また、モノマーユニット配列を制御したブロックポリマーも設計した。これは機能性モノマーユニットの局所濃度を高めることで相互作用の強化や生体適合性の向上が期待できるためである。ポリマー水溶液を混合するだけで、これらのMPCを主成分とする水素結合型MPCポリマーハイドロゲルは自発的に形成された。また、機能的モノマーユニットの構造およびその配列に依存した機械的性質、生体適合性、薬物徐放性を有していることが確認できた。これにより薬物や患者個人に合わせて使用するマテリアルをオーダーメイドすることも可能である。しかし、血管内に留置するドラッグリザーバーとして長期間使用するためには、物理的架橋点として働いているカルボキシル基を有するモノマーユニットに着目して薬物徐放性やゲルの膨潤、溶解挙動を制御していく必要があることが明らかになった。

(2) 水素結合およびイオン結合型ハイドロゲル

 (1)で示した水素結合型ハイドロゲルは、多量の緩衝溶液中で膨潤し短時間のうちに解離してしまう。しかし、カウンターカチオンの導入によりイオン架橋が形成され生体内で長期間安定に存在することができ、さらに解離時間を制御することができると考えられる。FeCl3を含むrPMA/PMBハイドロゲルは水素結合とイオン架橋を利用することにより、ゲル化時間や粘弾性などの機械的特性を制御できた。体内でも数週間程度は安定に存在しており、FeCl3の濃度により解離時間を制御できると考えられた。さらに断裂した腱の周囲にゲルを適用した場合、周囲と癒着することなく腱の癒合が得られた。以上より、FeCl3を含むrPMA/PMBハイドロゲルは抗癒着材としての応用が期待される。しかし、Fe(3+)の酸化ストレスによる影響と抗癒着効果を最適化の必要性が示唆された。

(3) 静電相互作用型ハイドロゲル

 MPCを主成分として様々な分子構造有する両親媒性電解質ポリマーを合成し、polyion complex(PIC)ハイドロゲルを創製した。このPICハイドロゲルは、組織表面に存在するタンパク質と静電相互作用により組織接着性を示すと考えた。また、疎水性モノマー、n-butyl methacrylate(BMA)を導入し静電相互作用の向上を期待した。この両親媒性MPCポリマーの溶存状態および細胞毒性は化学構造に依存し、BMAユニットやポリマー構造を反映した性質を示していた。高い毒性が報告されているglutaraldehydeとくらべて、MPCポリマーの細胞毒性は低かった。グラフトポリマーから生成したPICハイドロゲルは接着性を示さなかった。一方、ランダムポリマーから生成したPICハイドロゲルは接着性を示していたが、ゲル化と接着性に寄与する電離性ユニットのバランスの制御および含水率の制御が接着性の発現には不可欠であることが明らかとなった。

(4) 化学結合型ハイドロゲル

 化学結合型マイクロ粒子と水溶性リン脂質ポリマーから調製するハイドロゲルを設計した。まず1液はアミノ基との間に化学結合を形成できる活性エステル基を有する粒子を含み、生体環境下で2液目に含まれるアミノ基を有するMPCポリマーとアミド結合を形成しゲル化(固化)する。同時に、粒子は接着組織表面と強くかつ多点で相互作用する。2液目は周辺組織との界面に生体適合性に優れたMPCユニットを配向させることにより生体適合性を発現する。つまり全体として相分離構造により組織接着面と周辺組織との接触面で異なる性質を発現できると考えられる。そこで、スクシンイミジル基を有するポリマーを合成し、粒子表面にコーティングした。このスクシンイミジル基はアミノ基と反応することが確認できたが、poly(allylamine)水溶液を用いた場合にはゲル化や顕著な粘度の上昇を確認することはできなかった。そこで、ポリマー主鎖とスクシンイミジル基との間にoligo(ethylene oxide)のスペーサー部位を有するモノマーを設計した。このモノマーユニットを導入した粒子をアミノ基を有するポリマー水溶液と混合した場合、ゲル化は確認されなかったものの、粘度の上昇が確認できた。

 これらの結果から、様々な分子間相互作用を利用して自発的ゲル化するMPCポリマーは、分子設計によりその性質を制御できる新規ソフトバイオマテリアルとして期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

 ハイドロゲルは生体組織に多く見られる構造であり医療用デバイスとしての応用が期待されているが、その中でも複雑な患部の形状に合わせて調製可能で侵襲性の低いspontaneously formed hydrogel(その場で調製できるハイドロゲル)はソフトバイオマテリアルとして期待されている。本研究は、生体内で見られる分子間相互作用により自発的にゲル化する、生体親和性に優れた水溶性ポリマーを2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine (MPC)を主成分として分子設計した。ゲル化の駆動力となる分子間相互作用として、水素結合、イオン結合、静電相互作用、化学結合の4つについて系統的に研究を行った。組織表面との相互作用にも着目し、組織への接着、非接着を制御できるよう分子設計を行った。それぞれのハイドロゲルの特性評価を行い、優れた生体適合性を有する自発的ゲル化ソフトマテリアルの応用についても検討した。

 本学位請求論文は全体で6章から構成されている。

 第1章は本研究の背景と意義、現在提案されている自発的ゲル化ハイドロゲルの課題について系統的にまとめて、生体との接着、非接着を制御するマテリアル設計概念を提示している。

 第2章では自発的ゲル化するMPCポリマーの分子設計と機械的特性についてまとめている。水素結合型ハイドロゲルは、疎水性モノマーユニットが形成する疎水性ドメインの近傍でカルボキシル基の解離が抑制されることを利用している。ベンゼン環のスタッキング効果の導入や、モノマーユニット配列を制御したブロックポリマーについても設計を行い、ゲルの機械的特性がポリマーの分子構造に依存することを明らかにした。また、水素結合性ハイドロゲルにFeCl3によるイオン架橋を導入することにより、緩衝液中での安定性が向上した水素結合+イオン架橋型ハイドロゲルも設計した。FeCl3の濃度により機械的性質を制御できることも確認している。カチオン性およびアニオン性ポリマーから形成される静電相互作用型ハイドロゲルも緩衝液中で高い安定性があることを明確に示している。また、疎水性モノマーユニットの導入や、モノマーユニット配列を制御したブロック、グラフトポリマーについても設計を行なっている。活性エステル基を高密度に表面に有する粒子と、アミノ基を有するMPCポリマーから調製する化学架橋型ハイドロゲルについても設計を行なっている。最初に粒子を組織表面に適用し、次にポリマー水溶液を添加することであたらしい生体接着機構を考案している。ここでは粒子-組織間で組織接着性が、ポリマー層によって非接着性が発現するとしている。

 第3章では水素結合型ハイドロゲルの生体適合性および薬物徐放性について検討し、薬物リザーバーとしての評価を行なっている。MPCポリマーはいずれも生体に適用する濃度においては高い生体適合性を示していた。また、リザーバーのポリマー-薬物間の相互作用や薬物自体の溶解性、水素結合性ユニット配列などの要因に依存した薬物放出挙動が観察され、薬物に応じて選択できる薬物リザーバーとしての可能性を示している。

 第4章では水素結合+イオン架橋型ハイドロゲルの生体適合性および抗癒着性について検討し、抗癒着材としての評価を行なっている。導入したFeCl3の酸化ストレスの影響がin vitroでは見られたが、in vivoでは組織の治癒を阻害することなく癒着を抑制していた。組織の治癒を阻害せずに癒着を効果的に抑制できるようFeCl3の濃度を最適化していく必要はあるが、水素結合+イオン架橋型ハイドロゲルは抗癒着材として期待できる特性を備えていることを明らかにしている。

 第5章では静電相互作用型ハイドロゲルの細胞毒性と組織接着性を評価し、軟組織接着材としての性質を検討している。従来、医療接着材として利用されているアルデヒド系接着剤を取り上げ、高い毒性を示すことが知られているglugtaraldehydeと比較して、MPCポリマーの細胞毒性はいずれも低いことをin vitroにおいて示している。また、組織接着力はフィブリングルーに比較して低いことを見いだしているが、含水率、およびpolyion complex形成/粘着力発現に寄与する電離性モノマーユニットの比率を制御することで、静電相互作用型ハイドロゲルの粘着性を向上できる可能性を示している。

 第6章は総括である。

 本研究では生体内に見られる分子間相互作用を利用して自発的ゲル化を示すマテリアルとして、MPCを主成分とする水溶性ポリマーを系統的に評価している。また、組織表面との相互作用に着目し、接着と非接着を制御できるような分子設計法を提案し、この合成をポリマー構造の制御も含めて行なっている。その結果、場所を選ばず調製することが可能であり、生体内で軟組織に接触して用いることのできる生体内分解性ソフトバイオマテリアルを創製に新たな可能性を示している。加えてこのように分子間相互作用に着目して系統的に分子設計、精密合成および機能評価を行った研究はなく、バイオマテリアルの研究領域に新しいソフトバイオマテリアル創製概念を明確に提示しており、マテリアル工学の新たな発展と医学領域への展開を誘引する研究と評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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