学位論文要旨



No 122320
著者(漢字) 小出,彩
著者(英字)
著者(カナ) コイデ,アヤ
標題(和) 荷電性ブロック共重合体間の静電相互作用を形成駆動力とする新規超分子中空構造体の設計とその機能性リアクターとしての応用
標題(洋) Design of Novel Polymer Vesicles Self-Assembled via Polyion Complex Formation from Oppositely Charged Block Copolymers and Their Application for Bioreactor
報告番号 122320
報告番号 甲22320
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6525号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 宮原,裕二
 東京大学 助教授 吉田,亮
 東京大学 講師 山崎,裕一
内容要旨 要旨を表示する

 Vesicles and biomembranes have existed since the first cells and play critical role is compartmentalization functions as varied as nutrient transport and DNA protection. Whereas phospholipids are the natural amphiphiles of cell membranes, vesicle-forming materials used in products ranging from cosmetics to anticancer agents can be synthetic as well as biological. Amphiphilic block copolymers approach to vesicle formation, which have the same basic architecture as lipids, were self-assembled in selective solvents. Especially, poly(ethylene glycol) (PEG) is a biologically inert polymer, which has been extensively used in drug delivery system and is declared to be safe for in vivo use by the Food and Drug Administration in USA. It was proposed that PEG conjugation creates a steric hydrophilic barrier surrounding liposome, protecting PEG-liposome from opsonizing plasma proteins, and increasing their intravascular persistence. The steric barrier created by PEG conjugation also prevents PEG-liposome aggregation and fusion and thus stabilizes PEG-liposome dispersions. However, the shielding effect imparted by PEGylated lipids is limited by the maximum amount of PEGylated lipids that can be incorporated into the liposome bilayer before phase separation occurs and separate PEG-lipid micelles are formed. The most optimum PEG surface coverage on liposome was reported to be 10 mol% of 5 kDa PEG. There is a physical limit when optimizing the steric shielding and biocompatibility of PEG-liposome.

 Considering the general interest for polymer vesicle systems with biocompatible composition of PEG and biologically-relevant characteristics, self-assembly from the oppositely charged block copolymer composed PEG and poly(amino acid) provide a new idea for carriers of therapeutic and compartments of diagnostic enzymes in aqueous medium.

 In the present study, the molecular design of functional materials to synthesis of novel polymer vesicles with polyion complex (PIC) membrane for carriers or containers of various water-soluble compounds such as smart bio-reactor system are described, mainly based on the strategy as shown in Figure. Chapter 2 describes well-defined synthesis of oppositely charged block copolymer with the same block compositions. Chapter 3 describes preparation and characterization of PICsomes with semipermeable membrane to penetrate only small solute. Chapter 4 describes new utilities for the PICsome encapsulating functional biomolecules, myoglobin, was investigated. The PICsome encapsulating protein was an ideal formulation structure not only for protein-carriers but also for a suitable functional biomacromolecules of bio-reactor.

Figure. Schematic representation of a polymer-stabilized bioreactor with encapsulated enzyme.

審査要旨 要旨を表示する

 近年、高分子化学、超分子化学の発展は目覚しく、とりわけバイオ関連分野との接点で用いられる新しい機能性高分子材料の創出に対しての貢献が期待されている。特に、2種類あるいはそれ以上の異種高分子を連結して得られるブロック共重合体は、自己組織化により様々な形態の超分子構造体を構築することが知られており、これらの構造体を利用した医用材料開発が盛んに行われている。特に、内部に水相空間を有する中空のポリマーベシクルは、リポソームのような低分子化合物から形成される中空構造体に比べ、高い構造安定性と多様な分子設計を特徴とし、その形成過程や粒子径といった物理化学的特性だけでなく、水溶性化合物および高分子化合物の内包化を可能にするため、認識・応答・生体機能の発現などを可能にする人工細胞、人工オルガネラという非常に興味深い応用性に向けた側面を持っている。親水性および疎水性の高分子セグメントからなる両親媒性ブロック共重合体は、ポリマーベシクルを形成する代表的な例であるが、多くは疎水性相互作用を主な形成駆動力としており、運動性の低い疎水性分子膜で覆われている。このような膜からなる構造体にpHや熱などの種々の外部刺激に対する応答機能を付与することは容易ではなく、構造体形成時に有機溶媒を用いる操作を必要とすることがあり、生体高分子を用いる際に好ましい条件であるとは言えない。一方、親水性かつ生体適合性に優れたポリエチレングリコール(PEG)と荷電性かつ生体適合性を有するポリアミノ酸のセグメントからなる2種類の親水性ブロック共重合体を混合すると、水中で明確なコア-シェル構造を有する数十nmの大きさの高分子ミセルを形成することが知られている。申請者は、本学位請求論文において、ポリマーベシクルの形成駆動力として荷電性セグメント間に働く静電相互作用に着目し、親水性のPEGセグメントと荷電性のポリアミノ酸セグメントにおけるポリイオンコンプレックス(PIC)形成を利用した新規ポリマーベシクルの構築を行った。単一の水系溶媒において、このような静電相互作用を形成駆動力とするポリマーベシクルの研究は他に報告がなく、特に、ポリアミノ酸誘導体であるpoly(β-benzyl-L-aspartate)(PBLA)の定量的な加水分解反応およびアミノリシス反応に着目し、等しい組成比を有するブロック共重合体の合成を可能にし、そのPEG層とPIC層からなる膜構造を有する中空構造体形成手法を確立している。さらに、申請者はこのような研究の背景に基づいて、生理条件塩濃度下においても溶液中で安定なポリマーベシクルの設計のみならず、モデルタンパク質として選択した酸素結合機能を有するミオグロビンを内包化したポリマーベシクルを調製し、その機能特性解析から得られた実験結果をもって、医・工学的な応用を視野に入れて検討した内容を本学位請求論文の後半にまとめている。

 第1章は序論である。ここでは、一般的な両親媒性ブロック共重合体により形成される構造体の形態変化とポリマーベシクルの形成過程、その医用材料における有用性に触れるとともに、PICの外部環境応答性とそれを利用したPIC構造体の有用性を中心に、本研究への意義を考察し、論点の掘り下げを行っている。

 第2章では、PEGセグメントとPBLAセグメントからなるPEG-PBLAブロック共重合体をプラットフォームポリマーとし、親水性セグメントと荷電性セグメントの組成比が等しい2種類の親水性ブロック共重合体の合成を行っている。一般的に親水性セグメントと荷電性セグメントの組成比の大きさにより、集合体の形態が決定付けられるが、ベシクル構造の形成過程を考慮すると、PEGおよびPICの相混合の少ない平らな膜構造の形成が必要である。そこで申請者は、PICミセルを形成するブロック共重合体の組成比と比較し、PICに対するPEGの鎖長比を減少させることによりPEG鎖の排除体積効果の低下を誘導することに着眼している。その結果、PEG-PBLAのPBLA部分の加水分解反応およびアミノリシス反応は定量的に進行し、荷電性セグメントの鎖長が等しいブロック共重合体が容易な合成手法により達成できることが実証された。特にアミノリシス反応においては反応させる種々のアミン化合物を選択できることから、この合成手法はポリカチオンライブラリーを構築できる非常に有用な手法であると言える。

 第3章では、第2章で設計・合成したブロック共重合体を用い、ポリマー水溶液を単純に混合するという調製方法を通してPIC構造体の形成を行っている。PICに対するPEG鎖長の組成比が100/45と小さい場合には、得られた混合溶液中においてマイクロメートルサイズの中空構造と示唆される集合体が多数形成されることを観察している。しかしPEG鎖長の組成比が17/45と大きい場合には、中空構造だけではなくミセルと予測される中空ではない構造体の存在が明らかとなり、詳細な顕微鏡観察結果よりセグメント組成比における構造体の形態の差異を明らかとしている。また荷電性セグメントの側鎖構造の異なるカチオン性ブロック共重合体においては、中空構造と示唆される粒子の粒子径変化と存在比変化が観察され、カチオン性側鎖構造の変化に伴うPIC構造体の形態変化の可能性を指摘している。次に、中空構造と示唆された構造体は、高分子量の蛍光プローブがその内部に内包化されるという結果から、内部に空間を有したポリマーベシクルであることを実証している。さらに内包された高分子化合物は内部に保持されたが、低分子化合物は構造体外部から高分子膜を透過し、内部空間に存在することが示されている。これより、得られたベシクル構造体の膜が半透過性のPICからなる高分子膜であることが明らかとなり、単一の水系溶媒中におけるPIC形成に起因した中空構造体(PICsome)の構築に初めて成功している。

 第4章では、第3章で検討した中空PIC構造体(PICsome)の物質内包性および半透過性評価のデータをもとに、機能性生体高分子の一つとして、分光学的測定によりその機能性を評価することのできる酸素結合機能を有するミオグロビンを選択し、内包化したPICsomeを調製している。PICsomeに内包化されたミオグロビンは酸素に対する結合能を有していることをピークシフトおよびピークの形状変化により明らかにし、また溶液中に加水分解酵素であるトリプシンが共存した状態においても、その酸素結合能を有していることを明らかにしている。PICsome未内包のミオグロビンはトリプシンにより酸素結合機能を失う一方で、内包化ミオグロビンは不活性ガスの通気により、酸素の結合・脱離という繰り返し過程が維持されることも示されている。これはタンパク質を内包化したPICsomeが生体内へのタンパク質を輸送するキャリア、および高効率な反応性が期待される酵素リアクターとしての有用性を示唆する注目すべき結果である。

 以上のように、本学位請求論文においては、荷電性セグメント間におけるPIC形成を起因とする自己集合化中空構造体のブロック共重合体の設計・合成を出発点として、単一水相媒体を用いた調製方法により形成されるポリマーベシクルの新規バイオマテリアルとしの特性が明らかとされている。また、PIC膜からなる中空構造を形成する大きな要因がブロック共重合体のセグメント組成比を考慮した精密な材料設計に基づくものであるという基礎的な考察が展開されている。本論文の内容は、その独創的なアプローチや解析方法、得られた成果のバイオマテリアルとしての高い有用性から考えて、マテリアル工学の分野において秀逸であると判定される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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