学位論文要旨



No 122321
著者(漢字) 酒井,崇匡
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,タカマサ
標題(和) 自励振動高分子の基板上への階層的組織化による新規物質輸送表面の設計
標題(洋) Design of novel nano-conveyer by hierarchical assembly of self-oscillating polymer on substrate
報告番号 122321
報告番号 甲22321
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6526号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 吉田,亮
 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 助教授 一木,隆範
 東京大学 講師 山崎,裕一
内容要旨 要旨を表示する

 近年、MEMS、NEMSに代表されるようなマイクロ、ナノスケールのデバイス研究が盛んに行われており、ナノスケールの素子の駆動や、微小サンプルの輸送、センシング技術などへの展開が期待されている。しかし、既存のデバイスではスケールダウンや制御に限界が近づいており、新たな原理で駆動するナノシステムの開発が求められている。そこで、新たなアクチュエーティングシステムとして注目されているのが、アクチン・ミオシン系や、微小管・キネシン系、FO-FlATPaseなどの生体内で働く分子モータである。これらの分子モータは分子(Material)自体がエネルギー供給体に対して作用することで、自らの形態を変化させ、アクチュエーティングするという、高次の機能を有している。このような利点を利用して、微細流路内で物質輸送を行う分子シャトルや、微細表面をイメージングするプローブなどへの応用研究がなされている。

 これらの生体分子モータに対して、本研究では化学エネルギーを直接力学エネルギーに変換する完全人工合成の高分子モータ「自励振動ポリマー」を作成した。このシステムの駆動力としては非線形の酸化還元振動反応として知られている、Belouzov-Zhabotinsky反応(BZ反応)を用いた。金属触媒以外のBZ反応基質溶液にこのポリマーを溶解させると、BZ反応によってポリマーがcoil状態とglobule状態を繰り返す力学的な変化が誘起される。またこのポリマーを架橋して作成したゲルにおいては、架橋によってポリマー1つ1つが協同的に振動するために、ゲル自体のマクロな体積振動が得られる。またゲル内でBZ反応が起こる際には、基質拡散速度が小さいために、反応拡散系としての性質が色濃く現れる。すなわち、基質拡散の効果により化学反応波(膨潤・収縮)がゲル内を伝播し、ゲルの蠕動的な運動が誘起される。

 自励振動ポリマーは生体分子モータと異なり、変性や使用条件の制限が少ないために汎用性の高いナノ・マイクロオーダでの物質輸送デバイスへの応用が期待される。そこで、本研究においては、自励振動高分子を基板上に組織化することにより、ナノ・マイクロレベルの蠕動アクチュエータとして応用することを目的とした。設計に先立って、振動子であるポリマーとナノゲル微粒子の振動挙動を比較することにより、蠕動アクチュエータにおける優位性を比較した。その結果をもとに、振動子の基板上への二次元配列による物質輸送機能性表面の設計を行った。

 本論文の内容を以下章ごとに要約する。

 第一章では、生体高分子一般に見られる階層構造や自己組織化による集合体の構築などについて述べた上で、生体由来の分子モータを用いた分子ナノマシン、BioMEMSなどへの応用についてまとめた。さらには、近年のゲル研究における本研究の位置づけ、自励振動のメカニズム、本研究の目的を達成することで得られる技術的重要性などについて詳細に記述した。

 第二章では、直鎖状ポリマーとナノゲル微粒子の振動挙動を解析するために、通常のBZ反応溶液と直鎖状ポリマー、ナノゲル微粒子の3つの系における振動周期を様々な基質条件下で比較した。その結果、同様の基質濃度条件下では溶液系<ポリマー系<ナノゲル微粒子系の順番に周期が長くなることが分かった。通常の溶液系とポリマー系、ポリマー系とナノゲル系の比較から触媒固定化の効果と、ポリマーへの架橋の効果がそれぞれ明らかになった。特に、ポリマー系とナノゲル微粒子の比較からは、架橋によって、ポリマーの協同的振動の効果と、ゲル層への基質拡散阻害の効果が顕在化することが明らかになった。

 第三章では、直鎖状ポリマーとナノゲル微粒子の振動時における形態変化について考察した。反応の触媒としてポリマー鎖に導入されたルテニウム錯体部位は蛍光プローブとしても機能するため、水中における相転移挙動を透過率と蛍光強度を用いて観察した。その結果、蛍光強度の測定からはポリマー鎖のよりミクロな変化を検知することができた。蛍光強度の測定結果より、ポリマーは連続的に相転移するのに対して、ゲル微粒子においては架橋によってポリマー同士が協同的に振る舞うために不連続的な体積相転移が起こることが明らかになった。この結果より、振動時においてもポリマーは連続的な形態変化をしているのに対して、ゲル微粒子は不連続的に体積変化していることが予測される。基板上に二次元配列した場合には形態の時間変化が空間的に展開されるため、ポリマー配列では蠕動波の波面が緩やかになり、ゲル微粒子配列では切り立った波面になると考えられる。これより、物質輸送表面におけるゲル微粒子の優位性が示された。

 第四章では、第三章までの考察をもとに基板上へのゲル微粒子配列による、物質輸送表面の作製を行った。最初に、二段階鋳型重合法を用いた新たなゲル微粒子二次元配列表面の作製方法を確立した。まず、O-ringを用いた新規な方法により粒径10μmのシリカ微粒子の二次元コロイド結晶を作成した。次に、このシリカコロイド結晶をポリスチレンを用いて型取りし、その後シリカ微粒子部位のみをエッチングすることにより、多孔質のポリスチレンフィルムを得た。最終的に、ポリスチレンフィルムの多孔質内でゲルを光重合し、鋳型部位のみをエッチングすることによりゲル微粒子配列表面を得た。温度応答性のpoly(N-isopropylacrylamide)を用いた微粒子においては、温度によって表面形状を変化させることに成功した。それに伴って、表面の光学特性、摩擦特性、親疎水性など様々な性質が制御できると考えられる。さらには、同様の方法を用いて自励振動ゲル微粒子の基板上への二次元配列に成功した。その表面をBZ反応の基質溶液に浸すと、化学反応波の伝播が確認された。

第五章は、総括とした。本論文全体の内容をまとめるとともに、物質輸送表面としての可能性について示した。

本論文の遂行により、ポリマーに対する架橋の効果が分子論的に明らかにされただけでなく、新たな物質輸送表面の可能性が示された。また、汎用的なゲル微粒子配列表面の作成方法も確立されており、当該分野への波及効果も期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、MEMS、NEMSに代表されるようなマイクロ、ナノスケールのデバイス研究が盛んに行われており、ナノスケールの素子の駆動や、微小サンプルの輸送、センシング技術などへの展開が期待されている。しかし、既存のデバイスではスケールダウンや制御に限界が近づいており、新たな原理で駆動するナノシステムの開発が求められている。そこで、新たなアクチュエーティングシステムとして注目されているのが、アクチン-ミオシン系や、微小管-キネシン系、F0-F1ATPaseなどの生体内で働く分子モーターを利用したシステムである。これらの分子モーターは分子自体がエネルギー供給体に対して作用することで、自らの形態を変化させ、アクチュエーティングするという高次の機能を有している。このような利点を利用して、微細流路内で物質輸送を行う分子シャトルや、微細表面をイメージングするプローブなどへの応用研究がなされている。

 これらの生体分子モーターに対して、申請者は、化学エネルギーを直接力学エネルギーに変換する完全人工合成型の高分子モーターである「自励振動高分子」を作成している。このシステムの駆動力として用いたのは、非線形の酸化還元振動反応として知られているBelousov-Zhabotinsky反応(BZ反応)である。金属触媒以外のBZ反応基質溶液にこのポリマーを溶解させると、BZ反応によってポリマーがcoil状態とglobule状態を周期的に繰り返す自励的な形態変化が誘起される。またこのポリマーを架橋して作成したゲルにおいては、架橋によってポリマー鎖が協同的に振動するために膨潤収縮振動が得られる。さらに空間的な広がりを持つゲル内でBZ反応が起こる際には、基質や中間生成物の拡散速度が小さいために、反応拡散系としての性質が色濃く現れる。すなわち、化学反応波がゲル内を伝播し、ゲルの蠕動的な運動が誘起される。

 この自励振動高分子は生体分子モーターと異なり、変性や使用条件の制限が少ないために汎用性の高いナノ・マイクロオーダでの物質輸送デバイスへの応用が期待される。そこで、本学位請求論文においては、自励振動高分子を基板上に組織化することにより、ナノ・マイクロレベルの蠕動アクチュエータとして応用することを目指している。設計に先立って、振動子である直鎖状ポリマーとナノゲル微粒子の振動挙動を比較することにより、蠕動アクチュエータにおける優位性を比較した。その結果をもとに、振動子の基板上への二次元配列による物質輸送機能性表面の設計を行っている。本論文は以下の五章から成る。

 第一章は序論である。生体高分子一般に見られる階層構造や自己組織化による集合体の構築などについて述べ、生体由来の分子モーターを用いた分子ナノマシン、BioMEMSなどへの応用についてまとめている。さらには、近年のゲル研究における本研究の位置づけ、自励振動のメカニズム、本研究の目的を達成することで得られる技術的重要性などについて詳細に述べている。

 第二章では、直鎖状ポリマーとナノゲル微粒子の振動挙動を解析するために、通常のBZ反応溶液と直鎖状ポリマー溶液、ナノゲル微粒子懸濁液の3つの系における振動周期を様々な基質条件下で比較している。その結果、同様の基質濃度条件下では溶液系<ポリマー系<ナノゲル微粒子系の順番に周期が長くなることが示されている。通常の溶液系とポリマー系、ポリマー系とナノゲル系の比較から、触媒固定化の効果と、ポリマーへの架橋の効果がそれぞれ明らかにされている。特に、ポリマー系とナノゲル微粒子系の比較から、架橋によるポリマーの協同的振動の効果と、ゲル層への基質拡散阻害の効果が顕在化することを明らかにしている。

 第三章では、直鎖状ポリマーとナノゲル微粒子の振動時における形態変化について考察している。反応の触媒としてポリマー鎖に導入されたルテニウム錯体部位は蛍光プローブとしても機能するため、水中における相転移挙動を透過率と共に蛍光強度を測定して解析した。蛍光強度の測定結果より、ポリマーは連続的に相転移するのに対して、ゲル微粒子は架橋によってポリマー同士が協同的に振る舞うために不連続的な体積相転移が起こることを明らかにしている。この結果より、振動時においてもポリマーは連続的な形態変化をしているのに対して、ゲル微粒子は不連続的に体積変化していることを推測している。基板上に二次元配列した場合には、形態の時間変化が空間的に展開されるため、ポリマー配列では蠕動波の波面が緩やかになるのに対しゲル微粒子配列では切り立った波面になると考察し、物質輸送表面におけるゲル微粒子の優位性を示している。

 第四章では、第三章までの考察をもとに、基板上へのゲル微粒子配列による物質輸送表面の作製を行っている。最初に、二段階鋳型重合法を用いた新たなゲル微粒子二次元配列表面の作製方法を確立している。まず、O-リングを用いた新規な方法により粒径10μmのシリカ微粒子の二次元コロイド結晶を作成した。次に、このシリカコロイド結晶をポリスチレンを用いて型取りし、その後シリカ微粒子部位のみをエッチングすることにより、多孔質のポリスチレンフィルムを得た。最終的に、ポリスチレンフィルムの多孔質内でゲルを光重合し、鋳型部位のみをエッチングすることによりゲル微粒子配列表面を得ている。温度応答性のポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)ゲル微粒子を用いることにより、温度によって表面形状を変化させることに成功し、表面の光学特性、摩擦特性、親疎水性など様々な性質が制御できることを示している。さらには、同様の方法を用いて自励振動ゲル微粒子の基板上への二次元配列に成功し、BZ反応の基質溶液中において化学反応波の伝播を確認している。

 第五章は総括であり、本論文全体の内容をまとめるとともに、物質輸送表面としての可能性について言及している。

 以上のように、本学位請求論文においては、自励振動高分子の新規アクチュエータのしての機能が分子論的に明らかにされるとともに、ゲル微粒子配列表面の作成方法が確立され、新たな物質輸送表面の実現の可能性が示された。これまでにない新しい概念で機能性表面を設計する手法を提示しており、バイオマテリアルへの応用展開も含め、マテリアル工学に対する貢献は大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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